『悪魔のようなあなた』~ジャン・リュック・ゴダールからジュリアン・デュヴィヴィエへの賛美~

 『悪魔のようなあなた』は、高速スピードで疾走している自動車内のドライバーの視点から、道路と風景を捉えていく緊張感の高いタイトル・バックから始っていきます。
 このファースト・シークエンスでは、自動車の疾走と病院内の様子を交互にクロス・カッティングさせていることで、ドライバーがすでに事故に遭遇していることを理解させます。それらはフラッシュ・バックによって、疾走する自動車と、医師、看護婦、医療器具や病院内の風景などとを、フレームセンター、および左右両端からのワイプやオーバーラップでつなぎ、特に自動車が衝突して転倒する瞬間は手術室内の照明器具からのオーバーラップによりディゾルヴします。
 しかも、すべて主人公当人の一人称の主観描写ですので、観る側は何も説明がなされていないにも関わらず、ドライバーの暴走運転に遭遇する感覚を体感することになるのです。
 実際の事故場面を撮影していなくても、冒頭から、これだけの緊張感、臨場感を演出しているジュリアン・デュヴィヴィエ監督のモンタージュ技術には脱帽してしまいます。

 更にアラン・ドロン演ずるピエール・ラグランジュが意識を回復するシーンでは、顔面を包帯でぐるぐる巻きにされたシーンから、彼の目のエクストリームのクローズアップを挿入した後、病室内の窓から見える風景、TV、病室内の壁面、看護士のクローズ・アップへと、やはり彼の主観描写でパンニングし、本人のクローズ・アップに戻します。
 見る側は、たったの数十秒の各ショットおよびカットによって、何が起こったのか、すべての状況が理解できるわけです。

 ジャン・リュック・ゴダール監督は23年後の1990年、同じくアラン・ドロンを主演にした『ヌーヴェルヴァーグ』の冒頭で、やはり主人公が自動車事故により、負傷して記憶喪失になったシークエンスを再現しています。具体的な場面をほとんど描かずに音響とモンタージュのカットの効果によって、観る側自らに事故の発生のイメージを喚起させているゴダール監督の演出にも感嘆せざるをえません。
 新旧フランス映画界の両巨匠の編集は、方法論の違いがあるとはいえ、映画を見る側への演出家としてのアプローチとして完璧な成功を達成していると言えましょう。両作品の同じようなシークエンスで主人公を演じることのできたアラン・ドロンは、実に幸せな俳優であったと思います。

 次に、妻は無事であったと担当医から聞いた後、ベッドで上半身を起こしているピエールの横顔を撮り、奥の花瓶の花をパンフォーカスによってピントを合わせ、彼の手の指輪と時計をクローズ・アップで写します。観る側が記憶喪失のピエールとともに“一体どんな女性が妻なのか?”と期待と不安を想起させる構成です。
 間を置かずしてセンタ・バーガー演ずるクリスティーヌが病室に現れます。自分の妻だというクリスティーヌは彼に軽いキスをし、やはり花瓶の花も同じアングルからパンフォーカスされています。その後、医師と話す彼女の身体の線から美しい脚にかけてをピエールの主観描写によりサーチ・アップでティルトさせ、にやけた表情の彼のクローズ・アップにカッティングするのです。妻と名乗るクリスティーヌに瞬時に魅了されてしまったピエールの表情へとカットさせた後、彼女の登場場面の魅惑的なクローズアップや、センタ・バーガーの女優としてのオーラも加わり、観る側のピエールへの感情移入の効果を更に高めます。

 今度はいよいよ舞台となる豪邸に移るのですが、やはり自動車で入ってくるピエールからの主観描写であり、屋敷を観る主観描写としてドリーにより森林に囲まれている屋敷の全景のロングショットに切り返しています。その邸宅が湖沼に映し出されている様子を撮り、まるでそれが幻であるかのような印象を抱かせます。
 邸内は独特の東洋風のインテリアの装飾が施されています。事故で記憶喪失となった主人公ピエール・ラグランジュは、ジョルジュ・カンポという香港に建設会社を持つ大富豪であるとの説明を受け、ブルジョアには全く不似合いな彼が、その生活習慣を持って物語を展開することになっていきます。

 これらの状況もジャン・リュック・ゴダール監督の『ヌーヴェルヴァーグ』で再現されており、主人公ロジェ・レノックスの慣れないブルジョア世界での生活と同設定です。
 激しい動的なリズムと静的な主人公への感情移入を観る側に与える両作品のこれらの導入部分は、映画ファンにとっては必見だといえましょう。

 異化効果とは、ドイツの劇作家、詩人、演出家であるベルトルト・ブレヒトの演劇論による理論ですが、無意識化における思いこみを、言葉や形態によって異質なものとすることで強いショックを与え、俳優の演じる役柄や物語の内容に対する鑑賞者の作品への同化をわざと妨げる演劇手法です。

 ジャン・リュック・ゴダール監督が、『勝手にしやがれ』(1959年)の中でジャン・ポール・ベルモントの演じた主人公ミシェルが会話をしているときに立っている位置が突然変わったり、突然、あるカットが他のカットに予告なしにジャンプしたりする方法で映画における異化効果を確立しました。この技術によってミッシェルの不可解で、行き当たりばったりの刹那的な生き方を表現したのです。【参考~『ヌーベルバーグ以後 自由をめざす映画』佐藤忠男著、中央公論社(中公新書)、1971年】

 ピエールは何度も妻クリスティーヌに迫りますが、彼女は寝台をともにすることを拒みます。それでも、彼女に
「健忘症でエッチで皮肉屋になったのね。愛しているからいいけど。」
と言われ、満足そうな笑みを浮かべるピエール。
 ピエールが物陰に隠れて聞き耳を立てていることを知りながら、フレディとクリスティーヌは芝居をします。以前のような乱暴で横暴な夫には戻って欲しくはないが、早く記憶を取り戻して、病気が回復してほしい妻の気持ちを悪人たちが、ピエールを騙すためにシナリオにしたのです。
「でも、近頃 私 彼が・・・。」とクリスティーヌ
「好きになりかけた?」とフレディ。
「ええ、そうらしいわ。」
 それを聞いたピエールは小躍りして歓び、部屋に戻ります。わたしはアラン・ドロンのファンとして、彼のこのうれしそうな表情を映し出したシーンに目を覆ってしまいました。こんなにカッコ悪くて情けない、しかも無邪気な彼をこれ以前の作品でも以後の作品でも見たことがありません。
 このように作品の前半では、記憶喪失の若者ピエール・ラグランジュを陥れようとすために、妻クリスティーヌ、中国人の下僕キエムや医師の友人フィリップが常にわざとらしい芝居を演じている様子を描写していきます。

 そしてピエールの過去の夢や、断片的な記憶の回復のショットを映画の基本ともいえるカット・バックによって描写し、主人公の不安定で動揺している心理を、画面フレーム内のアンバランスなアングルでの古典技法で表現しました。
 この映像技術は過去のジュリアン・デュヴィヴィエ監督の代表作『舞踏会の手帖』(1937年)で、主人公の社交界でのダンスパートナーの一人であったノイローゼ医師との邂逅場面で使用したショットと同様です。画面の水平線を傾け、画面を斜めにおいた対角線の構図で撮しており、カール・ドライヤー監督の『裁かるるジャンヌ』(1927年)やエイゼンシュタイン監督の『十月』(1928年)などの古典で、映画史上の大胆な実験としての技法を確立していった傾斜ホライゾンと言われるアングル・ショットの方法です。
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 取り巻きの登場人物達の様子とは逆に、主人公ピエール本人の苦悶においては、冒頭での種々のカメラ技術、記憶回復や夢のシーンでの一人称の主観描写、フランソワ・ド・ルーペの謎めいた美しい音楽による心理描写のシーンなどによって、常に感情移入させられる演出が工夫されています。
 ピエールに対する周囲の殺意と、彼への感情移入の両面を同時に経験させてしまうジュリアン・デュヴィヴィエ監督の演出技巧は熟練であり、心理劇としては極めて優れたサスペンスを構成しているといえましょう。

 妻クリスティーヌに命を狙われ徐々に追いつめられていくピエールの様子は、犯罪の動機は別として、やはり『ヌーヴェルヴァーグ』での、妻エレナに殺害されたロジェ・レノックスと似通っています。サスペンスフルな構成を目的としていなかったとは思うのですが、エレナの殺意には強い緊張感を伴う強烈な印象を残しました。


 「ネオ・リアリズモ」の巨匠ルキノ・ヴィスコンティは、他の同系列の監督たちの例に漏れず、初期の『揺れる大地(海の挿話)』(1948年)で地元の漁師たちを俳優として使いリアルな映像作家として、そこに位置しました。
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 ルネ・クレマン監督もフランス国有鉄道の労働組合のレジスタンス運動を描いた『鉄路の闘い』(1945年)で独自のリアリズムを描き出し、実際の俳優を使わず、つい数年前まで本当にレジスタンス運動をしていた鉄道労働者を俳優として使いました。
鉄路の闘い
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 俳優は演技者ではなくタイプ(「ティパージュ」の語源)という存在として必要であるという実践が、『戦艦ポチョムキン』(1925年)等、旧ソ連の大監督エイゼンシュタインは職業俳優を2・3人しか使わず、重要な配役にはカメラの前に立った経験のない素人ばかりを使いフィルムのモンタージュによって映画のリアリティを追求したのです。これらの傾向は、俳優を「ティパージュ(型、典型)」として位置付けた理論でした。
 ここから発展してきた「擬人映画(シネマ・アンスロポモーフィック)」は、素人も含めた出演者(俳優)に登場人物と同一化するような演技指導を施し配置するものとして、「ネオ・リアリズモ」の巨匠ルキノ・ヴィスコンティ監督に定義付けられました。

 アラン・ドロンが、ルキノ・ヴィスコンティ監督やルネ・クレマン監督のようなリアリズムの巨匠たちに気に入られた理由が、ここにあると思われます。彼はまさに『太陽がいっぱい』(1959年)での貧困の中で育った殺人犯トム・リプリーであり、『若者のすべて』(1960年)でのイタリアの南部出身の貧しい労働者ロッコ・パロンディであったわけです。つまり、職業俳優ではない実際の生活者を俳優として使っていた両巨匠のリアリズム作品に彼は最も適していた存在であったというわけです。
 両巨匠の描いたとおりに、映画デビュー前のアラン・ドロンの実生活は、貧しくすさんだものだったようです。幼少期から貧困な家庭で育ち、外人部隊でインドシナ戦線に従軍し、帰仏後は反社会的な若者となってしまっていたことなどが周知の事実となっています。
 巨匠たちにとってのアラン・ドロンは、美しい容姿と発散するスターとしてのオーラと、リアリズム作品に不可欠な素人に近い存在であったことを併せ持った不思議で興味深い俳優であったのではないでしょうか?

 ジュリアン・デュヴィヴィエ監督という巨匠の目から見ても、アラン・ドロンは可愛く無邪気で、血気さかんな青年でしかなかったのでしょう。ピエール・ラグランジュは、アルジェリア戦線に外人部隊として従軍し、帰仏した後は酒と女とバクチにしか興味のない素性のしれないチンピラでしかありません。そして映画デビュー前の彼も、この主人公と似たり寄ったりの生活をしていた若者でした。

 ピエールは自分が富豪ジョルジュ・カンポであるのか否かに悩み続けます。貧困の生活からドル箱俳優となったアラン・ドロンにとって、ピエール・ラグランジェの役柄は、演技を意識する必要が無いほどリアルな感覚で演じることが可能であったと思います。彼の不安と焦燥は、現実の俳優生活そのものの実体験であったはずなのです。

 ジュリアン・デュヴィヴィエ監督と同世代の巨匠ジャン・ルノワール監督の『ゲームの規則』(1939年)や『大いなる幻影』(1937年)、「ヌーヴェル・ヴァーグ」のカイエ派の一人であるエリック・ロメール監督の『獅子座』(1959年)などは、極端から極端に移動してしまった人間をその過程でドラマティックに描きだしました。
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 アラン・ドロンという俳優も、映画でも実生活でも極端から極端へと常に移動し続けた俳優です。素人俳優として求められるリアルな演技者でありながら大スターであること、貧困の生活経験と映画スターとしての高額所得の獲得等々。
 『太陽がいっぱい』でのトム・リプリーとフィリップ・グリーンリーフ、『生きる歓び』(1961年)でのユリスとテロリスト、『黒いチューリップ』(1963年)でのジュリアンとギヨーム、『世にも怪奇な物語~影を殺した男~』(1967年)ウィリアム・ウィルソンとドッペルゲンガー、この作品でのピエール・ラグランジェとジョルジュ・カンポ・・・・。
 ルネ・クレマン監督、クリスチャン・ジャック監督、ルイ・マル監督、そして、このジュリアン・デュヴィヴィエ監督、後のジャン・リュック・ゴダール監督、フランス国内の偉大なる巨匠たちは、このアラン・ドロンの二面性、すなわち自らの分身を追い求めた極端から極端への移動を作品のテーマに持ってきていました。


 ジャン・リュック・ゴダール監督は、アルジェリア問題に関わっての社会派の作品『小さな兵隊』を1960年に完成させています。この『悪魔のようなあなた』の制作された1968年の前年、1967年には『ベトナムから遠く離れて』を撮り、いよいよカルチエ・ラタンの学生たちのデモンストレーションとともに政治的成熟を見せていくこととなりなす。その1968年5月には、パリ大学ナンテール校から発信した学生闘争がパリ市内にバリケードを築くほどの暴動となってフランス全土に拡がり「五月危機」に発展していきました。ジャン・リュック・ゴダール監督はすでに、この事件を予告するほど敏感にマオイズム(毛沢東理論)に傾倒した政治ディスカッションの作品、パリ大学ナンテール校を舞台とした『中国女』を1967年に創り出していたのです。
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 ジュリアン・デュヴィヴィエ監督は、この10年間、ゴダール監督ら「ヌーヴェル・ヴァーグ」のカイエ派からの批判を受けてきた戦前から戦後にかけてのフランス映画の良質の伝統「詩(心理)的レアリスム」の代表的な演出家です。しかし1962年に、彼はフランス映画オールスター・キャスティングの『フランス式十戒』(第6話アラン・ドロン主演)(1962年)によって、世評はどうあれ「ヌーヴェル・ヴァーグ」を子供扱いしました。

 中国人の下僕キエムの愛読書は「毛沢東語録」で、ピエールがふざけて付けた彼へのニック・ネームは「毛沢東」です。彼は、この『悪魔のようなあなた』でも、本当の意味での無産階級というものを知ろうとするならば、“アラン・ドロンを見よ”とゴダール監督のマオイズムに疑問を投げかけているようにわたしには見えてしまいました。“果たして「ヌーヴェル・ヴァーグ」諸君達の思想は、本当に本物なのか?マオイズム(毛沢東理論)などとは言っても、所詮は机上の空論としての理解しかできていないのでは?君たちの思想が本物ならば、このアラン・ドロンという俳優を見たときに、その本質は瞬時に理解できるはずだろう”と・・・。
 ジュリアン・デュヴィヴィエ監督は『フランス式十戒』と同様に、アルジェリア問題も社会的弱者である無産階級の擁護も、このアラン・ドロンという、映画における「ティパージュ」、彼が演じている「擬人映画(シネマ・アンスロポモーフィック)」を見ずして、所詮は中産階級のお坊ちゃんの似非の思想でしかないと、再び「ヌーヴェル・ヴァーグ」を嘲笑したのではないでしょうか?

 ジャン・リュック・ゴダール監督は五月危機の後、「ジガ・ヴェトルフ集団」を結成し、急進的な左翼映画の製作を目指して先鋭化していったものの、案の定1980年の『勝手に逃げろ/人生』で劇映画に復帰してしまいます。
勝手に逃げろ/人生
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 『悪魔のようなあなた』の結末では、富豪の妻クリスティーヌが愛人の医師フレディと共謀して夫ジョルジュ・カンポを殺害し、酒場で拾ったアルジェリア帰りの軍人の男ピエールを夫に仕立て、自動車事故に見せかけて殺害しようとする遺産相続をめぐる争いだったことが明かされます。
 自分がピエール・ラグランジュである記憶を取り戻し、ジョルジュ・カンポが殺害されていたことを知った彼は、クリスティーヌを罵倒し男女としての関係を強引に結びます。開き直ったピエールに魅せられたのか、一緒の生活のなかで彼に惹かれていったのか、クリスティーヌはピエールを拒みません。
 ピエールは、更にフィリップとキエムを殺害してしまったクリスティーヌと手を組み、彼女の犯した殺害の偽装に協力し、警察の目を欺こうとします。

 最後にピエール・ラグランジュが開き直っていく様子やクリスティーヌとの恋愛関係の変遷などは、『ヌーヴェルヴァーグ』でのリシャール・レノックスがエレナを殺害しようとした後に、彼女に救いの手を差し出し、愛を再生させた題材のヒントになっていたのではないでしょうか?

 ジャン・リュック・ゴダール監督の『ヌーヴェルヴァーグ』は、この『悪魔のようなあなた』のストーリーを基軸にして展開されており、極端にいえばリメイクであると言ってもいいのではないかとまで思えます。
 「ヌーヴェル・ヴァーグ」のカイエ派が徹底的に批判していった「詩(心理)的レアリスム」の巨匠ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の遺作であるこの作品を引用し、クリスチャン・ジャック監督、ルネ・クレマン監督、そしてこのジュリアン・デュヴィヴィエ監督の作品に出演していたアラン・ドロンを使って<『ヌーヴェルヴァーグ』>と名付けたジャン・リュック・ゴダール監督の真意はどこにあるのでしょうか?

 もしかしたら『ヌーヴェルヴァーグ』は、「詩(心理)的レアリスム」へのオマージュとしての意味を持った作品なのかもしれません。
 しかし、もしそうだとしても、それは一体何故なのでしょうか?

 ジュリアン・デュヴィヴィエ監督はこの作品で、前述したように無産階級の典型であるようなアラン・ドロンをファクターとして、ブルジョア社会への軽蔑と憎悪を露呈させたような気がするのです。
 このストーリーでのアラン・ドロン演ずるピエール・ラグランジュは、実は何も犯罪らしい犯罪を犯してはおらず、ブルジョアジーの間での醜い所有欲の犠牲になっているだけなのです。品性が低くて育ちも悪く、誇れるものは何も無く、世間の裏舞台を何も知らされていないある意味でイノセントなピエール・ラグランジュを描いたことで、無産階級は全く罪を犯してはいないことを比喩したという解釈も成り立つのかもしれません。ジャン・リュック・ゴダール監督がデュヴィヴィエ&ドロンを再評価し、自身を省みた理由のひとつが、ここにもあるような気がするのです。

 映画のラスト・シークエンスでは、金と女に目がくらんだピエールが
「わたしがジョルジュ・カンポです。」
と警察に対して公然と偽証します。その途端でした。自分を自殺に追い込もうとしていたテープ・レコーダーが発見され、全てが明るみに出てしまったのは・・・。
 無垢な労働者ロッコ・パロンディが、犯罪者トム・リプリーになった瞬間のことでした。

 23年後のジャン・リュック・ゴダール監督の自分への再評価や、未来の彼の成熟や自己批判など、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督は、この段階でとっくに見通していたのではないかとまで思えてきます。
 「ヌーヴェルヴァーグ」の若き改革者たちが絶賛していたもう一人の巨匠ジャン・ルノワール監督は「映画においては、すべての人間の言いぶんが正しい。」と主張しました。しかし、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督は正しいものと正しくないものを判別しています。それほど彼の映画には、何か確信のようなものを随所に感じることが出来るのです。

 残念ながら本作品の完成直後に、彼は自動車事故により他界してしまいました。映画が映画としての役割を果たしていた世代の偉大なる演出家ジュリアン・デュヴィヴィエ監督。再評価をもっと活発にしていくべきだと感じているのはわたしだけではないはずです。
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by Tom5k | 2006-07-31 11:35 | 悪魔のようなあなた

『シシリアン』②~「フレンチ・フィルム・ノワール」の作家ジョゼ・ジョヴァンニ~

 「スクリーン」誌か、「ロードショー」誌か、さらにその発売年月号も忘れてしまっており、手元にあるのは当時の切り抜きのみですが、そこには、アラン・ドロンの熱烈なファンであった映画評論家の南俊子さんが書いた「ドロン映画のワースト・テン」としての記事が掲載されています。そこでは『ジェフ』と『悪魔のようなあなた』と、この『シシリアン』を「シナリオがまずかったと思うもの」とした短評がコメントされています。

 『シシリアン』のシナリオは、その監督でもあるアンリ・ヴェルヌイユと、『冒険者たち』の原作者およびシナリオの担当者でもあったジョゼ・ジョヴァンニが担当しています。ジョゼ・ジョヴァンニは1970年代後半にアラン・ドロンを主演にした「フレンチ・フィルム・ノワール」の監督として大活躍していきます。
 彼は、監督であったアンリ・ヴェルヌイユ監督が自分の書いたシナリオを大衆受けする目的で大幅に改編したことを後に批判しています。
「オーギュスト・ル・ブルトンの小説による『シシリアン』の脚本は自分でも最高のものだったと信じているのですが、監督のアンリ・ヴェルヌイユが身もふたもなく改変してしまった。わたしはこの映画を製作した20世紀フォックスのヨーロッパ支社の了解をえて抗議したのですが、受け入れられませんでした。ヴェルヌイユは撮影中にも、そうするほうが派手なアクションになるとか見栄えがするとかいって、いろいろとディティールを変えてしまった。」
【『映画とは何か 山田宏一映画インタビュー集 フランスの暗黒映画 ジョゼ・ジョヴァンニ<監督>と語る』山田宏一著、草思社、1988年】
映画とは何か―山田宏一映画インタビュー集
山田 宏一 / 草思社





 確かに、この内容には南俊子さんの短評と一致しており、完成した作品においてもジャック・ベッケル監督やジャン・ピエール・メルヴィル監督の演出作品のように人物描写に力点を置いたテーマではなく、旅客機のハイジャック強盗やジャン・ギャバン、アラン・ドロン、リノ・ヴァンチュラの3大スターのアクション・シークエンスなどを中心とした展開です。
 しかし、アンリ・ヴェルヌイユは、『ヘッドライト』や『地下室のメロディー』などで人間的心情を豊かに表現したフランス映画の伝統的な作風を引き継ぎ、かつリアルなドラマトゥルギーを演出してきた監督です。
ヘッドライト【字幕版】
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 何故、ジョゼ・ジョヴァンニのシナリオのディティールを大幅に改編したのでしょうか?

 1960年代後半から1970年代に向けてのハリウッド映画は、「アメリカン・ニュー・シネマ」といわれる『俺たちに明日はない』『卒業』『真夜中のカーボーイ』『イージー・ライダー』等の代表作を生みだしていきます。低予算で良質の作品を生み出していったフランス映画の「ヌーヴェル・ヴァーグ」が、ハリウッド作品にまで、その傾向を影響を与えた結果ともいわれています。
俺たちに明日はない
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卒業 デジタルニューマスター版
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真夜中のカーボーイ
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イージー★ライダー コレクターズ・エディション
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 ところが、その逆に『シシリアン』は、練り上げたストーリーと派手なアクション、出演すれば観客動員に直接結びつくスター・システムなど、従来のハリウッドの大作主義をフランスの作品で、どこまで実践できるかを試すべく製作されており、20世紀フォックス社が、世界配給に向けてリリースした作品だったのです。
【参考 「シシリアン オリジナル・サウンドトラック盤」ライナーノーツ】

 アンリ・ヴェルヌイユ監督は、過去のフランス映画からの伝統的傾向とも言える、人物描写を中心にした「フレンチ・フィルム・ノワール」の作風だけでは、この目的を果たせないと判断したのではないでしょうか?わたしは、スタッフ・キャストがすべてフランス人の作品だとはいえ、彼のアメリカ資本の作品制作であることを踏まえたシナリオ改編を、安易に批判することは避けたいと思います。

 いや、それはむしろ、結果として賞賛すべき成果を生み出していることにさえ気付かされました。
【「下記、Commented by オカピー氏 at 2006-07-16 15:11」、及び「プロフェッサー・オカピー別館 映画評「シシリアン」 参照】


 20世紀フォックス社としてのアメリカナイズされた作風のなかで、新旧の「フレンチ・フィルム・ノワール」の3大スターの競演、「ヌーヴェル・ヴァーグ」のアンリ・ドカエのカメラ、犯罪者としての実体験を持っているジョゼ・ジョヴァンニのシナリオ等々、種々の諸要素を混在させ、ハリウッド映画とフランス映画双方の特徴を総括的に演出したアンリ・ヴェルヌイユは、新しい独特の「フレンチ・フィルム・ノワール」を創り出したといえましょう。


 最愛の孫を残して家族を失ってしまったジャン・ギャバン演ずるヴィットリオが、リノ・ヴァンチュラ演ずるル・ゴフ警部に連行されるラスト・シークエンスでは、フランス映画特有の運命に敗北した主人公の寂寞の心情を表現していた「詩(心理)的レアリスム」の伝統が充分に生かされていた名場面と言えます。

 ハイジャックによる宝石強盗を成功させた後、サルテが身を隠しているニューヨークのホテルでの窓ガラスに映るビルの灯り、その暗い部屋でのアラン・ドロンを映し出す点滅するネオンサインのライティング効果や、ブラインドやタバコの煙などに、1940年代のハリウッドの「フィルム・ノワール」の雰囲気を漂わせています。

 このシークエンスに、『サムライ』でアラン・ドロンが演じた主人公、殺し屋ジェフ・コステロが魅了されてしまった美しい黒人ピアニストのヴァレリー役で共演したカティ・ロジェのポスターを挿入していることも意図的な演出による印象深いシーンとなっています。
 ジャン・ピエール・メルヴィル監督の意図として、『サムライ』での彼女は、主人公ジェフに取り憑いた死の女神の象徴として描かれていたとのことですが、この『シシリアン』でも、このシークエンス以降から主人公サルテに取り憑いて、彼とヴィットリオ一家に避けられない運命的な悲劇を与えているように映ります。

 「ヌーヴェル・ヴァーグ」のカメラマン、アンリ・ドカエの散光フィルターによるソフト・フォーカスでのイリナ・デミック演ずるジャンヌのクローズ・アップは、彼が過去に撮ったルネ・クレマン監督の『危険がいっぱい』でのジェーン・フォンダや、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の『悪魔のようなあなた』でのセンタ・バーガーらと同様に、魅惑的で妖艶な美しさを表現しています。
 ハリウッドの「フィルム・ノワール」作品での中産階級の孤独な女性像は、主人公を破滅に導く謎の美しい悪女ファム・ファタルとして描かれますが、この作品では、シチリア出身ではない疎外感を持つジャンヌの孤独を、一匹狼サルテとのセクシュアルな恋愛関係を通じて、ハリウッド作品よりも分かり易く描いています。


 そして、改編されたとは言えジョゼ・ジョヴァンニのシナリオの傾向は、アンリ・ヴェルヌイユ監督の演出によってストーリーに(特にアラン・ドロン演じるサルテのキャラクターのなかに)巧く活かされ、かつジョゼ・ジョヴァンニ特有のヤクザ映画の生々しさも緩和され、洗練された第一級のエンターテインメントとして成立しています。

 アラン・ドロンといえば、ジャン・ピエール・メルヴィル監督での作品である『サムライ』(1967年)、『仁義』(1970年)、『リスボン特急』(1972年)などの印象が強烈なため、孤独でクールな一匹狼、家庭的な雰囲気とは無縁なアウトローのイメージの強い俳優ですが、意外にも彼の作品には、主人公が大切にしている家族の出てくる作品も多いのです。
 『泥棒を消せ』(1964年)、『ビッグ・ガン』(1973年)、『ル・ジタン』(1975)、『ブーメランのように』(1976年)などは、家族愛そのものが中心のテーマですし、『地下室のメロディー』(1962年)、『ボルサリーノ』(1969年)では母親、『スコルピオ』でも主人公ローリエには妹がいます。常に家族思いの優しい息子や兄、父親の役であり、彼が幼いころから家族愛に恵まれなかったことで、人一倍そういう愛情に敏感だったことを反映している傾向かもしれません。

 この『シシリアン』も、例外ではなく、非情な男の世界で生きる犯罪者ではありますが、ダニエル・ヴォル演ずる妹モニクの優しい兄という設定です。警察の監視をかいくぐるために自動車の後部座席に隠れて、生活費の送金の手配のことを伝え、妹に別れを告げる場面も本当に、悲しくせつない気持ちになります。
「外国へ行く。もう帰らん。お前には苦労させた。・・・泣く奴があるか。気苦労のタネが消えるんだ。・・・これで気がすんだ。幸せにな。」
 そして、パリ・オルリー空港での、マナレーゼ一家とル・ゴフ警部の待ち伏せをかいくぐったあとのヴィットリオに電話するシーンでは、
「妹が留置されたら、皆殺しにしてやる。」とヴィットリオに言い放つセリフがあります。妹思いの兄の役を観て、アラン・ドロンの妹になりたいと思った女性ファンも多かったのではないでしょうか?

 ヤクザな兄貴に悲しむ妹、これは「ハード・ボイルド」や「フィルム・ノワール」というより、松竹の山田洋二の『男はつらいよ』シリーズや、大映か東映の「ヤクザ映画」に通じる基本設定です。アラン・ドロンの日本での人気の要因は、こんなところにもあったのではないでしょうか?
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 更に印象深いシーンとして、冒頭でのアラン・ドロン演ずる容疑者サルテへの事件調書の確認の場面です。
「工員の父に妹と育てられる。学校に通っていたのは11歳まで、小学校時代の教師によれば「笑みを絶やさぬ人好きのする子」君への唯一の好意的な評だ。逮捕歴は14歳から・・・」
 きっと小学生だった頃のサルテは、この担任の先生のいうように、本当は明るくて良い子だったのでしょう。何故そんな良い子が、凶悪な殺人者になってしまったのでしょうか?アラン・ドロンの演じてきた多くの犯罪者たちは、きっとみんな世間にいじめられてそうなってしまった悲しい人たちばかりなのでしょう。非常に心が痛むシーンです。

 ジョゼ・ジョヴァンニは、小説家としても、シナリオライターとしても、そして演出家としても、社会で虐げられ疎外され、アウトローとして生きざるを得なかった犯罪者たちの悲哀を描き続けた作家であり、シナリオの改編に本人の不満があったにせよ、この『シシリアン』でも、それは一貫した内容として反映されています。
 そして70年代のジョゼ・ジョヴァンニ監督の演出によるアラン・ドロンの個性は、この作品で最初に発現していたようにも感じました。



 ジャック・ベッケル監督の『穴』とクロード・ソーテ監督の『墓場なき野郎ども』の原作・シナリオライターとして、鮮烈なデビューを飾ったジョゼ・ジョヴァンニは、映画監督としても、1960年代になって多くの「フレンチ・フィルム・ノワール」作品の傑作を生み出していきます。『生き残った者の掟』(1966年)、『墓場なき野郎ども』(1960年)、『ギャング』(1966年)、『オー!』(1968年)、『ラ・スクムーン』(1972年)等々。
 アラン・ドロンとのコンビでは、彼の書いたシナリオ『冒険者たち』と『シシリアン』がヒットしたことから、ジョゼ・ジョヴァンニが『暗黒街のふたり』(1973年)のシナリオを書いて、アラン・ドロンに出演交渉をしたそうです。他にアラン・ドロンの主演作品の監督としては、『ル・ジタン』と『ブーメランのように』があります。
 このように1960年代から1970年代にかけての彼は、「フレンチ・フィルム・ノワール」作品の作家として、大活躍していきました。

 ところで、戦後間もなくのフランスでは、ダシール・ハメットやレイモンド・チャンドラー、W.R.バーネットなどのアメリカ製犯罪小説のブームが起こり、1945年、ガリマール社から「セリ・ノワール(黒のシリーズ)」叢書として発刊されていきました。
 その時期のフランス国内の代表的な作家としてジョルジュ・シムノンの原作が多く映画化されている外、アルベール・シモナン、オーギュスト・ル・ブルトンらが代表格として挙げられます。アルベール・シモナンは、ジャック・ベッケル監督、ジャン・ギャバン主演の『現金に手を出すな』の原作者です。
 オーギュスト・ル・ブルトンの原作・脚本では、ジャン・ギャバンやリノ・ヴァンチュラが出演している『筋金を入れろ』(1954年)、『赤い灯をつけるな』(1957年)、『皆殺しのバラード』(1966年)などや、「ヌーヴェル・ヴァーグ」の作家たちに影響を与えたアンリ・ドカエのカメラによるジャン・ピエール・メルヴィル監督の『賭博師ボブ』(1955年)や、ジュールス・ダッシンがハリウッド・テンの事件で赤狩りを逃れて映画化した『男の争い』(1955年)なども有名な作品です。
 そして、この『シシリアン』もオーギュスト・ル・ブルトンの原作です。
現金に手を出すな
アルベール・シモナン 野口 雄司 / 早川書房





男の争い
オーギュスト・ル ブルトン Auguste le Breton 野口 雄司 / 早川書房






生き残った者の掟
ジョゼ・ジョバンニ 岡村 孝一 / 早川書房






 『生き残った者の掟』の原作のなかでジョゼ・ジョヴァンニは、マニュにエレーヌを紹介する場面に『シシリアン』の原作者である大先輩オーギュスト・ル・ブルトンを登場させ、彼へのオマージュを捧げているのです。

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by Tom5k | 2006-07-15 22:50 | シシリアン(3)

『シシリアン』①~「フレンチ・フィルム・ノワール」の変遷~

 「フィルム・ノワール」とは、「黒い映画」を意味するフランス語で、1940年代から1950年代にかけて創られたハリウッド製の犯罪映画を総称し、フランスの映画評論家ニーノ・フランクが映画雑誌『レクラン・フランセ』(1946年8月号)で用いた用語だそうです。一般的には、ジョン・ヒューストン監督、ハンフリー・ボガード、メアリー・アスター主演の『マルタの鷹』(1941年)が、この体系の最初の作品といわれているようです。

 そのテーマや手法などの特徴的な傾向は数多くありますが、ほとんどは、犯罪が多発する夜の世界を舞台とし、複雑で難解な推理プロットで構成され、上流階級の破滅的な結末を都会の孤独な生活を遠因にして描いています。
 登場人物の孤独感や、作品テーマに反映されたペシミスティックな雰囲気を表現するためのボイス・オーバー(主人公の独白)とフラッシュバック、当時の検閲を巧みに逃れるために編集やプロットを工夫し、特にポイント・オブ・ビュー(多種多様の視点)での表現を工夫しています。
 また、非情の女を意味する美しい悪女「ファム・ファタル」を登場させ、男の論理を一貫させて女性を破滅させるか、女性の裏切りによる男の犬死を描く傾向を持ち、その代表的な女優としては、メアリー・アスター、リタ・ヘイワース、バーバラ・スタンウィック、アン・バクスター、ローレン・バコールなどが有名です。

 映画の主人公たちが身につけているピストル、トレンチコート、帽子や、都会の夜の霧、ビルの灯りや街灯、点滅するネオンサイン、自動車のヘッドライト、街路を濡らす雨と闇の陰影、探偵事務所の窓・ブラインド・換気扇・タバコの煙などを、ロー・キーの照明で撮影し、暗闇でのライティング効果を利用した色彩のないモノクロームの黒白画面で独特の雰囲気を作り出し、凝った言い回しや挑発的なワイズ・クラックなどのキザなセリフで、B級低予算の作品を映画史に残る体系にまで高めました。
 アーネスト・ヘミングウェイの影響を受けたダシール・ハメット、レイモンド・チャンドラー、W.R.バーネット、ジェームズ・M・ケインなどの「ハード・ボイルド」小説を原作・モチーフにして創ったものが多いようです。

 ハリウッドでの1930年代のウィリアム・A・ウェルマン監督、ラオール・ウォルシュ監督、ハワード・ホークス監督、マイケル・カーティス監督らが、ジェームズ・キャグニー、ジョージ・ラフト、エドワード・G・ロビンソン、ポール・ムニらを主演にして制作されたワーナー・ブラザーズ社を中心とした一連の「ギャングスター映画」は、厳密には「フィルム・ノワール」とは呼ばれていないようですが、その多くの作品に影響を与えました。

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 更に、「ドイツ表現主義」や戦後イタリアの「ネオ・リアリズモ」などの影響も合わせて強く受け、全盛期を迎えていくわけです。
 その代表的なものとしては、前述した『マルタの鷹』、ビリー・ワイルダー監督、フレッド・マクマレイ、バーバラ・スタンウィック主演の『深夜の告白』(1944年)、フリッツ・ラング監督、エドワード・G・ロビンソン、ジョーン・ベネット主演の『飾窓の女』(1944年)、オットー・プレミンジャー監督、ジーン・ティアニー、ダナ・アンドリュース、ヴィンセント・プライス主演の『ローラ殺人事件』(1944年)、チャールズ・ヴィダー監督、リタ・ヘイワース、グレン・フォード主演の『ギルダ』(1946年)、テイ・ガーネット監督、ラナ・ターナー、ジョン・ガーフィールド主演の『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(1946年)、オーソン・ウェルズ監督・主演、リタ・ヘイワース主演の『上海から来た女』などが有名です。
 典型といわれているハンフリー・ボガートとローレン・バコールが主演した作品には、ハワード・ホークス監督の『脱出』(1944年)や『三つ数えろ』(1946年)、デルマー・デイヴィス監督の『潜行者』(1947)、ジョン・ヒューストン監督の『キー・ラーゴ』などがあります。

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 これらの作品傾向は、1950年代から1970年代にかけてのフランス映画にも定着し、一般的には、その創始者はジャック・ベッケル監督だとされ、ジャン・ギャバン主演の『現金に手を出すな』(1953年)とジョゼ・ジョヴァンニ原作の『穴』(1954年)が、その最初の体系と言われています。
 その先駆けとしては、アンリ・ジョルジュ・クルーゾー監督の私立探偵を主人公とした『犯人は21番に住む』(1943年)や『犯罪河岸』(1947年)などが挙げられています。

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犯罪河岸

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 「ヌーヴェル・ヴァ-グ」の評論家達の主張していた作家主義においても、ハリウッドの「フィルム・ノワール」は絶賛され、自らの監督作品にもその要素を取り入れており、彼らの先輩格であるジャン・ピエール・メルヴィル監督の創作した多くの作品も、暗黒街を舞台にした「フレンチ・フィルム・ノワール」であったわけです。
 このようにフランスでは、映画人としての新旧世代やジャンルを問わず、それは評価され映画界に定着していきました。もっとも、定義づけについてはあいまいな部分も多く、フランス映画においての作風は、1930年代のハリウッドの「ギャングスター映画」に近い傾向の作品も含めた、広い意味での犯罪映画の総称になっています。

 フランスにおけるその代表的なスターは、戦前から活躍していた大スターであるジャン・ギャバンを始め、クラシック傾向の作品の多いアラン・ドロン、ジャン・リュック・ゴダール監督やアラン・レネ監督の「ヌーヴェル・ヴァーグ」の代表作品に出演していたジャン・ポール・ベルモンド、ジョゼ・ジョヴァンニのムショ仲間であったミシェル・コンスタンタンが上げられます。そしてリノ・ヴァンチュラ、イブ・モンタン、ジャン・ルイ・トライティニャンなども多くの「フレンチ・フィルム・ノワール」作品に主演しています。

 『シシリアン』は、この代表的なスター、ジャン・ギャバン、アラン・ドロン、リノ・ヴァンチュラを出演させた非常に贅沢なキャスティングを組んで制作されました。

 まず、特筆すべきはジャン・ギャバンの出演です。
 彼は、戦後の『現金に手を出すな』よりも以前、戦前の「詩(心理)的レアリスム」の体系のなかで、すでに犯罪組織のボスや暗黒街に生きる孤独な主人公を、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督、マルセル・カルネ監督、戦後間もなくのルネ・クレマン監督らの演出により演じています。

 ジャン・ギャバン主演の「詩(心理)的レアリスム」の作品は、1940年代のハリウッドで、「フィルム・ノワール」に大きな影響を与えた1930年代の「ギャングスター映画」の影響を少なからず受けており、更に、同様の影響を与えた「ドイツ表現主義」なども「詩(心理)的レアリスム」の源流のひとつであると言われています。
【(略)~こうしたペシミスティックな雰囲気の描写が、F・W・ムルナウの『最後の人』(1924年)やジュセフ・フォン・スタンバーグの『嘆きの天使』(1930年)など、ドイツ表現主義映画の風土から出発していることです。デュヴィヴィエの『望郷』(1937年)に至っては、アメリカのハワード・ホークスのギャング映画『暗黒街の顔役』(1932年)の影響をはっきりと受けています。フランス独自の映像美学と思われがちな「詩的レアリスム」は、けっして同時代の世界の映画の流れとは切りはなせないものでした。【引用~『フランス映画史の誘惑』中条省平著、集英社(集英社新書)、2003年)】

 これらのことを考えると、ジャン・ギャバンの得意とした暗黒街の孤独な主人公を登場させた戦前の代表作品の傾向は、ハリウッドの1930年代の「ギャングスター映画」にまで拡大されて総称となった「フレンチ・フィルム・ノワール」の土台となっていると、わたしには思えるのです。
 どの映画評論によってもフランスでの、それは、アンリ・ジョルジュ・クルーゾー監督やジャック・ベッケル監督の作品以降であると体系づけられていますが、わたしは、この戦前の「詩(心理)的レアリスム」でのジャン・ギャバンの作品群にこそ、その源流があると思えてならないのです。

 特にジュリアン・デュヴィヴィエ監督の作品は、元来、ノワール的傾向の作品も多く、1932年の『モンパルナスの夜』などは、明らかに「フィルム・ノワール」作品としての傾向を持っています。
 戦後のジャン・ギャバンの演じた「メグレ警視」(ジャン・ドラノワ監督、ジル・グランジェ監督)は有名ですが、これはベルギー人作家ジョルジュ・シムノンが生んだ「セリ・ノワール」小説のこのシリーズの一遍である『男の首』を映画化したものです。ジャン・ギャバンは出演していませんが、1940年代のハリウッドの「フィルム・ノーワル」に最も近い傾向の作品です。
 しかもカイエ派が絶賛し、ジャン・リュック・ゴダール監督がフランスで唯一の「フィルム・ノワール」だとまで言い切った巨匠ジャン・ルノワール監督の「メグレ警視」を主役にした『十字路の夜』(1932年)よりも先立って制作されているのです。

 ジュリアン・デュヴィヴィエ監督は、1936年にはジャン・ギャバンを主演にして、暗黒街の犯罪者ペペ・ル・モコを演じさせた大傑作『望郷』を撮るわけですが、後年、他の「詩(心理)的レアリスム」の演出家や脚本家の例に漏れず、「ヌーヴェル・ヴァーグ」のカイエ派のシニカルで攻撃的な批判によって、彼の多くの功績は無視され、現在に至ってもなお不遇な扱いを受け続けています。

 トーキー時代初期のルネ・クレール監督から始まった「詩(心理)的レアリスム」の最高傑作は、その巨匠と位置づけられているジュリアン・デュヴィヴィエ監督、ジャック・フェデール監督よりも、更に若いマルセル・カルネ監督と、脚本を担当していた詩人ジャック・プレヴェールとのコンビによる『天井桟敷の人々』(1943~45年)でしょう。
 そして彼らがジャン・ギャバンを主演にした『霧の波止場』(1938年)や『港のマリー』(1949年)などは映画史上においても、ジャック・プレヴェールによるシナリオによるダイアローグの数々が絶品であり、『望郷』と同様に、この2作品ともノワール的な傾向を強く持った作品なのです。

 また、独特のリアリズム作品を多く生みだしたルネ・クレマン監督は「詩(心理)的レアリスム」の作品傾向とは一線を画しているように見えますが、ジャン・オーランシュとピエール・ボストのシナリオ・コンビと組んだ『禁じられた遊び』(1952年)、『居酒屋』(1956年)を制作していることから、やはりカイエ派の批判にさらされていきます。
 『鉄格子の彼方』(1948年)は、イタリアの「ネオ・リアリズモ」作品である『自転車泥棒』(1948年)のチェザーレ・ザヴァッティーニとチェッキ・ダミコのシナリオですが、ジャン・オーランシュとピエール・ボストに脚色させ、ジャン・ギャバンが主演していることもあって、彼の作品としては最もノワール的傾向の強い「詩(心理)的レアリズム」作品として位置付けられましょう。

 これらの作品の特徴を考えたとき、「フレンチ・フィルム・ノワール」が、アンリ・ジョルジュ・クルーゾー監督、ジャック・ベッケル監督から始まったといわれている映画史体系は、それ以前の作品群が、いくらフランス映画の良質の伝統の体系であったとはいえ、戦前からのノワール傾向を持った演出や、ジャン・ギャバンたちの演じたキャラクターと演技等の素晴らしい実績を、あまりにも短絡的に無視してしまったようで実に残念なわけです。
 そのような意味では、フランス映画史の体系は今後、前向きな再編の必要性を要しているのではないでしょうか?

 映画史的な意味での「フィルム・ノワール」の懸案はさておき、ジャン・ギャバンは『シシリアン』のオファーを受けたときに

「ヤツをぶち殺す役ならドロンと共演してもいい。」

とジョークを交えて承諾したという逸話が残っています。
 これは粋で洒落たエスプリに富んだ発言です。俗物でありながら非常識で生意気、わきまえの無い青年などと言われていたアラン・ドロンを決して拒否せず、世間と同様の彼に対する憎さを、嫌みなく正直に、そしてほほえましく言えるジャン・ギャバンに、キャパシティの広さと後輩思いの親分肌を感じました。

 『シシリアン』での、さらに贅沢なキャスティングは、ル・ゴフ警部役のリノ・ヴァンチュラの助演でしょう。
 ラリー・アドラーのハーモニカの「グリスビーのブルース」を背景に、ボスのマックス役によって、以降のキャラクターを確立したジャン・ギャバンや、ジャンヌ・モローのファム・ファタルとともに、ジャック・ベッケル監督の『現金に手を出すな』に出演した当時の彼は、ジャン・ギャバン主演の「フレンチ・フィルム・ノワール」作品での助演も多く、『筋金を入れろ』(1955年)、『赤い灯をつけるな』(1957年)、『殺人鬼に罠をかけろ』(1958年)などで素晴らしい名脇役としての共演を果たしています。
 彼のアラン・ドロンと共演したロベール・アンリコ監督の青春映画『冒険者たち』(1967年)も、ジョゼ・ジョヴァンニの原作です。

 クロード・ソーテ監督の『墓場なき野郎ども』(1960年)での主演、アンリ・ヴェルヌイユ監督の『太陽の下の10万ドル』(1964年)でのジャン・ポール・ベルモンドとの共演、ジョルジュ・ロートネル監督の『女王陛下のダイナマイト』(1966年)ではミシェル・コンスタンタン、ミレーユ・ダルクとも共演しています。ジャン・ピエール・メルヴィル監督とはジョゼ・ジョヴァンニ原作『ギャング』(1966年)や『影の軍隊』(1969年)で組んでいますし、「ヌーヴェル・ヴァーグ」のルイ・マル監督の『死刑台のエレベーター』(1957年)でさえ、刑事役で出演するほどでした。

 ジャック・ベッケル監督、ジェラール・フィリップ主演の『モンパルナスの灯』(1958年)での冷徹な画商の役や、テレンス・ヤング監督、チャールズ・ブロンソン主演の『バラキ』(1972年)での冷酷なマフィアのボス役が圧巻で、強烈な印象を残しました。
 彼は、「フィルム・ノワール」の世界では、最も優れた助演俳優なのです。

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 そしてアラン・ドロンです。彼の「フレンチ・フィルム・ノワール」第1作目は、ジャン・ギャバンと共演した『地下室のメロディー』(1962年)です。演出も『シシリアン』と同様にアンリ・ヴェルヌイユ監督でした。失敗作とも言われていますが、自らのプロデュース作品であるアラン・カヴァリエ監督の『さすらいの狼』(1964年)もノワール傾向の色調の強い作品だと思います。

 また渡米後のハリウッド作品、当時エルヴィス・プレスリーと恋人だったアン・マーグレットと共演し、『危険がいっぱい』のラロ・シフリンが音楽を担当したマーク・ロブソン監督の『泥棒を消せ』(1964年)を忘れてはいけません。
 凄いのはジャック・パランスを初めとしたヤクザ・ファミリーでした。見るからに凄みのあるヤクザを続々登場させているこの作品の迫力を、わたしは忘れることができません。
 さらに犯罪者がまっとうに生きるために気質(かたぎ)になることの難しさや、父親としての我が子への愛情などを、アラン・ドロンが初めて演じた作品であり、後年ジョゼ・ジョヴァンニ監督とコンビを組んで製作していった70年代後半のアデル・プロダクションのテーマに通じる極めて重要な作品です。

 しかも、それはハリウッド作品であることから、1930年代の「ギャングスター映画」や1940年代以降の伝統的ノワール傾向を色濃く反映していますし、主人公エディのキャラクターは、ジョゼ・ジョヴァンニが原作者である『冒険者たち』の主人公マニュに通じるものを感じます。

 残念ながら、日本では30年近く前にゴールデン洋画劇場でTV放映されて以後、ビデオ・DVD化されておらず、わたしは早急に商品化すべき作品であるとまで思っています。
 その後、アラン・ドロンはハリウッド映画からフランス映画に復帰し、『シシリアン』の製作までの間にジョゼ・ジョヴァンニ原作の『冒険者たち』でリノ・ヴァンチュラと共演し、ジャン・ピエール・メルヴィル監督の『サムライ』(1967年)、チャールズ・ブロンソンと共演した『さらば友よ』(1968年)、ミレーユ・ダルクと知り合った『ジェフ』(1968年)などの「フレンチ・フィルム・ノワール」作品に主演していったのです。

 そして遂に1969年、この『シシリアン』により、『地下室のメロディー』以来7年ぶりの顔合わせであるジャン・ギャバンや、『学生たちの道』や『冒険者たち』で息の合ったコンビを組んだリノ・ヴァンチュラとの再共演が果たせました。
 「フレンチ・フィルム・ノワール」の大スターであるアラン・ドロンは、彼ら大先輩に可愛がられて、更にスターとしての素養に磨きをかけることのできた幸せな俳優でした。

 わたしは、このような先輩たちと互角に渡り合えた『シシリアン』での撮影は至福の時だったと想像します。彼は、リノ・ヴァンチュラに追われ、ジャン・ギャバンに殺されるサルテの役に、歓びをかみしめながら演技していたに違いないと思うのです。
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by Tom5k | 2006-07-09 16:56 | シシリアン(3)