『黒いチューリップ』①~革命から時代を経て、現在そして、未来へ~

 映画『黒いチューリップ』での1シーンに、主人公ジュリアンが兄ギヨームの正体である共和派の義賊「黒いチューリップ」であることを知って「兄さんの理想は僕の理想と同じだ。」と目を輝かせる場面があります。「兄さんはルソーを読んだ?」とうれしそうに問いかけるジュリアン。フランス革命の思想基盤を作ったジャン・ジャック・ルソーの社会契約説のことです。

社会契約論 (岩波文庫)

J.J. ルソー / 岩波書店



 フランス映画伝統の「詩(心理)的レアリスム」戦後第二世代クリスチャン・ジャック監督によるフランス革命の娯楽大作です。アラン・ドロンの一人二役の好演が印象に残る明るい楽しい作品であり、恐らく当時のフランス国民の誰もが安心して見ていられる歴史活劇だったのでしょう。
 また、『太陽がいっぱい』や『生きる歓び』で、すでに自分自身の分身を演じるきっかけを得ていたアラン・ドロンにとって、非常に演じ易かった配役だったのではないでしょうか?また、それが、その後の彼の演じた多くのキャラクターに継承されていった意味でも、重要で意義のある役柄だったと思われます。
 彼はこういったクラッシックな内容の文芸大作がよく似合い、それを上手く演じることができる古いタイプの映画俳優のような気がしているのはわたしだけでは無いでしょう。

 フランスの歴史はフランス革命から始まったと言っても言い過ぎではないかもしれません。
 「騒擾がつづき、街路にはバリケードがつくられ、民衆は武器商におしかけて武器をうばった。七月十四日の朝、群衆は廢兵院から三万二〇〇〇挺の小銃をうばい、さらに武器を求めてバスチーユの牢獄にせまった。」 『フランス革命小史』(河野健二著 1959年 岩波新書より)

フランス革命小史 (岩波新書 青版 348)

河野 健二 / 岩波書店



 民衆蜂起の1789年7月14日のバスチーユ牢獄への襲撃により、8月26日、国民議会の人間および市民の権利宣言(人権宣言)の発表。そして、ナポレオンのクーデター(ブリュメールの18日)でフランス大革命は終焉します。
「起てや祖国の 健児らよ、 栄えある日こそ 来たるなれ、 われに刃向かう 暴虐の、 血染めの旗ぞ ひるがえる、 君よ聞かずや 野に山に、 敵兵どもの 吠えるのを、 わが同胞を 殺さんと、 奴らはわれに 迫り来る、 いざ武器をとれ 市民たち! 隊伍を組めや いざ行かん! 敵の汚れし 血潮もて、 わが田の畝を 潤さん。」(フランス共和国国歌「ラ・マルセエーズ」より)

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東北新社



 しかし、革命後は反動的な立憲君主制に戻り、自由主義者と対立します。1830年7月再び、共和派は7月革命を成し遂げますが、この革命でも少数の大資本家の支配が中心の政治体制で中小資本家、労働者には選挙権すらありませんでした。
 1848年2月、選挙法の改正を巡って三たび、2月革命による臨時政府をうち立てます。しかも、この2月革命後の議会には社会主義者であったルイ・ブランも加わっていました。
 しかし、1851年、ルイ・ナポレオンによる第二帝政の時代が訪れます。普仏戦争の敗戦による不満からパリ市民は先鋭化し、1871年共産主義政権パリ・コミューン臨時政府が樹立され、共和派と共産主義臨時政府との間に対立が起こります。ドイツの協力を得た共和派が1875年、共産主義者を一掃して実権を握り、ようやく第三共和政の基礎が整ったわけです。
 映画『パリは燃えているか』で第2次世界大戦中にナチス・ドイツと闘い、フランス共和国臨時政府を設立したときの共和派はこの第三共和政の組織であったドゴール派でした。
 1946年、戦後初の新憲法発布により第四共和政が発足。これは、映画『パリは燃えているか』に描かれているレジスタンス組織「国民抵抗会議」が、ド・ゴールを支持した結果としてでした。

 第四共和政は、大国主義により、後のベトナム戦争に繋がるインドシナ戦争を勃発させてしまい、1958年には、映画『名誉と栄光のためでなく』の舞台となっているアルジェリア政策を巡るトラブルからドゴール首班の憲法改正を実施して第五共和政を敷きます(このため、アラン・ドロンが製作・主演した『さすらいの狼』は公開が遅れ、大赤字となります)。これが現在のEUの土台となるEEC(ヨーロッパ経済共同体)を1958年に誕生させます。

 そして、EEC発足6年前の1951年成立のECSC(ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体)、前年の1957年成立のEURATOM(ヨーロッパ原子力共同体)がEECと統合し、1967年についにEC(ヨーロッパ共同体)の発足となったのです。1973年にはイギリスも加盟し、拡大ECが誕生します。

 特に注目すべきはECSCの成立です。これはフランスとドイツ(設立当時は西ドイツ)が第二次世界大戦の経済的な要因、つまり石炭と鉄鋼の利権を巡る争いであったことの反省から、それらを共同管理することから始まっていったものです。現在のEU(ヨーロッパ連合)の発展は、戦争という手段を使わずに国家間が平和的統合を目指す歴史上に類例を見ない取り組みの過程であるといえるでしょう。

 そして、フランス市民がバスチーユを奪還してから200年あまり、第二次世界大戦でのナチス・ドイツの占領下から約60年経った今日、フランス共和国第五共和政は旧敵国ドイツとともに、東欧10カ国を加えた言語も文化も異なるEU25カ国の牽引となっています。
 2003年イラク攻撃に係る国連安全保障理事会やNATOにおいては、古いヨーロッパと蔑まされながらも、古いヨーロッパこそ誇りとばかりに反英米を堂々と明言し、正面切って武力攻撃に反対しました。おそらくは、この誇り高き国家の理念は、今でもフランス革命の精神と理想から貫かれているのでしょう。
 現在のフランスは、極右の台頭や不法入国等よる移民問題、失業者の増大等、多くの国内問題をかかえています。
 「国家のなかに、一人でも不幸なひとや貧しい人がいるのを放置しておいてはならない。そういう人が一人もいなくなったときに、はじめて、諸君は、革命をなしとげ、ほんとうの共和国を建設したことになるだろう。」(1794年国民公会にて、フランスの革命家サン・ジュストの演説)

 このサン・ジュストら当時の革命家たち、そして、市民たちの理想を引き継いで、現在、EUの共通通貨ユーロの採用、昨年6月にはEUの政治統合を目指す憲法草案の承認までこぎ着けました。市場経済、民主主義、人権尊重の理念で結ばれた大欧州の建設をフランスおよびヨーロッパは目指し続けています。これからもフランスは、フランス革命の精神を拠り所として多くの問題をかかえながらも困難を乗り切り、更に世界へ次の未来のビジョンを提示し続けて行くに違いありません。
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by Tom5k | 2005-04-26 22:19 | 黒いチューリップ(2)

『パリは燃えているか』①~侵されない理由~

 再版未定となっていた『パリは燃えているか?上・下』(ドミニク・ラピエール 、ラリー・コリンズ著、早川書店刊行)が3月に単行本で復刊されました。

パリは燃えているか?(上)
ラリー・コリンズ&ドミニク・ラピエール著 志摩隆 / 早川書房





パリは燃えているか?(下)
ラリー・コリンズ&ドミニク・ラピエール著 志摩隆 / 早川書房





 戦後60年後の現在のパリは毅然と誇らしげに町並みを現存しています。
 ルーブル美術館はじめ、各大規模美術館の数々、点在するローマ時代の遺跡群、カルチエ・ラタン、サン・ジェルマン・デ・プレなどの文教地域、パリ万国博覧会の開催時のモニュメントとして建造されたエッフェル塔、フランス革命時にマリーアントワネット、ルイ16世から始まり、ダントンやロベスピエールなどの革命家でさえもギロチンの露と消えてしまったコンコルド広場、ジャンヌ・ダルクの名誉回復審判やヴィクトル・ユーゴーの小説の舞台となったノートルダム寺院、ナポレオンのアウステルリッツの戦勝記念として発案された凱旋門、そして、革命市民の名が今でも刻まれているバスチーユ広場.....等々。

 戦時下においてさえ、破壊されなかったこれらのパリ文化遺産の数々。

 映画『パリは燃えているか』は歴史を再現したノンフィクションです。「Dデー」、連合軍のノルマンディー上陸作戦の決行、そして上陸成功。あせるヒトラーはパリ占拠の責任者にコルティッツ長官を任命してパリ焦土作戦を命じました。
 一方、抵抗組織レジスタンス内部では、共和主義者のドゴール派の幕僚アラン・ドロン演じるデルマスと自由フランス軍の共産主義組織のロル大佐との対立に代表される矛盾を抱えていました。しかし、議決の結果では、敵はただひとつナチスドイツであるとの結論を生み出し、ついに統一人民戦線レジスタンスの武装蜂起が決定されたのです。ドイツ軍のパリ鎮圧目的の攻撃とパリ市民の解放への闘いが始まり、おのおのパリ市民は武器を手に立ち上がり市の要所を奪還していきました。

 パリ占領軍の長官コルティッツのジレンマは作品でもよく描かれており、勝利を確信し、決してナチスに屈服しないレジスタンスの誇りや自信との対比もリアルに表現されています。絶対であるヒトラー総統の命令であるパリ壊滅を戸惑うコルティッツ。

 それにしても、当時、戦況が不利になってきていたナチスドイツとはいえ、まだ相当の軍勢を維持しており、最も有能で優れた軍人であるコルティッツが任務していたパリにおいて、破壊を免れて解放されていったパリの様子は、単に歴史上の事実のみならず人類史の遺産として認知されるべきことであるとわたしは思うのです。

 戦後60年経った今、ひとつだけはっきりといえることは、パリ市民のレジスタンス運動が本物であり、パリの各文化遺産が本物であったこと、ナチスドイツ、およびヒトラーは偽物であったということです。偽物が本物に勝利することなど決して不可能なことなのです。
 本物の市民運動や文化遺産が、いかなる力によっても破壊することが出来ないということが証明された最も典型的なケースとして、このパリ解放の物語の真実があるのは、人類史の誇りとして銘記すべき出来事なのだとわたしには思われるのです。
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by Tom5k | 2005-04-07 20:39 | パリは燃えているか(2)