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『アラン・ドロンについて』⑦~フランス映画史体系 マサヤさんとの対話から~

2006年12月4日から12月13日にかけて、ジャン・ピエール・メルヴィルの熱烈なファンであるマサヤさんのサイト(マサヤさんのホーム・ページ「LE CERCLE ROUGE」の掲示板)にて、フランス映画史に関わるテーマで、たいへん充実したコメント交換ができましたので、ご紹介いたします。


トム(Tom5k)
マサヤさん
BOOKSのコーナーに追加された「キネマ旬報 1970年12月下旬号 No.538」は、わたくしも所有しております。貴重な情報満載でしたね。
表紙は『ラ・マンチャの男』なんですが、「キネマ旬報 1972年12月下旬号 No.595」に『リスボン特急』特集とシナリオが掲載されています。こちらも素晴らしい特集号でした。


マサヤさん
トムさん、こんにちは。
私も最近当時の『キネマ旬報』がいかにメルヴィルを扱っていたかを知り、驚いているところです。
『リスボン特急』の特集が掲載された、ご指摘の「キネマ旬報 1972年12月下旬号 No.595」もつい先日古本屋で手に入れたばかりです。
いずれ、このサイトでも紹介するつもりです。
ところで、安かったのでメルヴィル関連の記事が載っている「キネマ旬報」をまとめて買ってきたのですが、特に印象に残ったものは、メルヴィルが亡くなった後の「キネマ旬報 1973年11月上旬号 No.617」で、山田宏一氏が書かれた追悼記事です。
もっとも、山田氏は『サムライ』以降のメルヴィルは堕落したとまで言い切っている厳しいご意見の持ち主なのですが、それだけに、それ以前の『いぬ』『賭博師ボブ』あたりに寄せる愛情は並大抵のものではなく、それらの作品を語る文章には熱がこもっていて感動的なほどです。
いぬ
/ アイ・ヴィー・シー





賭博師ボブ
/ ビデオメーカー





いずれ、これらの記事を始めとする山田氏の文章は、このサイトでもまとめて紹介したいと思っていますが、それもいつになるやら分かりませんので(笑)、ここで少しだけ紹介させていただきます。

「・・・メルヴィルの暗黒映画の男たちにとって、帽子は女よりも命よりも大事なシンボルのように思えるからなのである。」
「帽子は、メルヴィルのクールで非情な暗黒映画の世界においては、唯一の男のやさしさの表現であると同時に、男のいのちであり、存在そのもののアイデンティティですらあるのだ。」
(引用~「キネマ旬報 1973年11月上旬号 No.617』掲載「シネ・ブラボー」ジャン=ピエール・メルヴィル追悼(2)山田宏一」 より)


トム(Tom5k)
マサヤさん、こんばんは。
当時の『キネマ旬報』の特集は、素晴らしいものが多く、わたしも古本屋に行くと、ついむかしのキネ旬を手に取って立ち読みしてしまいます。
ところで、山田宏一氏は、「わがフランス映画誌」では、「ヌーヴェル・ヴァーグ」の項で、「アラン・ドロン映画」のお抱え監督になってしまった」などと評されていることから、アラン・ドロン作品のメルヴィルを評価していないように見受けられます。
わがフランス映画誌
山田 宏一 / 平凡社






わたしにとっては、そのことがむしろ素晴らしいことだったと思うのですが、映画史的な意味でいえば、確かに作品レベルの低下は免れなかったのかもしれませんね(わたしは、素直にそうは思いたくないのですが・・・)。それより前の時代が、凄すぎたんでしょうね。
追悼記事での小道具としての帽子の意味は初めて知りましたが、確かに言われてみれば、それを感じます。『サムライ』は、特にその意味を持つ作品のような気がします。
では、また。


マサヤさん
トムさん、こんにちは。
山田宏一氏著「わがフランス映画誌」(平凡社版ですネ)私も所有しております。
ちなみに、↑に引用した帽子に関する文章は「山田宏一のフランス映画誌」(こちらはワイズ出版)の「夜は帰ってこない―ジャン=ピエール・メルヴィル」という文章の中にも収録されています(全体的にキネマ旬報の文章とはところどころ異なる部分もあります)。
山田氏がアラン・ドロン主演のメルヴィル作品をあまり評価してらっしゃらないことは事実のようです。
山田宏一のフランス映画誌
山田 宏一 / / ワイズ出版





キネマ旬報の追悼記事を読む限り、アラン・ドロンその人をあまりお好きではないような印象を受けます(『暗黒街のふたり』を評し、ジョヴァンニの世界にまでアラン・ドロンが闖入したなんて憂慮にたえぬ・・・とまで書いています)。
作品レベルが低下したというよりは、メルヴィルがドロンと組むことによって、コマーシャリズムに身を売ったことに対する落胆が大きいようです。
しかし、メルヴィルは以前からすでにジャン=ポール・ベルモンドやリノ・ヴァンチュラを主演に迎えて映画を撮っている点からも、『サムライ』以後、急に商業主義に傾いたわけではないのでは?と私個人は思っているのですが。
事実、58年の『マンハッタンの二人の男』を撮った後、「これからは金になる映画を撮る」と言っていたようですし。(「キネマ旬報 1970年春の特別号 No.520 J・P・メルビル+その他の人びと その全作品を語る」より)
マンハッタンの二人の男
/ 紀伊國屋書店





ドロンなくしては『サムライ』や『仁義』といった傑作(しかも、なんという傑作!)は生み出されなかったでしょうから、私もトムさん同様、山田氏とは当然感じ方が異なります。
しかも、それらはコマーシャリズムとか通俗化と切り捨てるにはあまりに魅力的な作品ではないでしょうか。
ただ、『いぬ』以降ほぼリアルタイムでメルヴィルの作品を(日本未公開作品含め)観ていた山田氏の感じ方もまた分からなくはない気もします。
事実、氏の熱っぽい文章にはなんともいえぬ説得力があるんですよね(笑)。


トム(Tom5k)
マサヤさん、こんばんは。
帽子に関する文章は「ワイズ出版」版)だったんですね。残念ながらこちらは持っていなかったので、マサヤさんの情報のみでした。あの本、高いですよね。なかなか手が出なくて・・・。
山田氏は、基本的に前時代のデュヴィヴィエ、カルネ、フェデールなどの「詩(心理)的レアリスム」の作品を、あまり評価されていないような気がします。まして次世代のジャン・ドラノアやクリスチャン・ジャック、クロード・オータン・ララ、ルネ・クレマンなど、ほとんど話題にもしていませんし・・・
すなわち、山田氏の考え方は、極端に言えば新時代「ヌーヴェル・ヴァーグ」だけがフランス映画なのだとの主張とも受け取れます。
アラン・ドロンなどは、スターとして、プロデューサーとして、反(もしくは非)「ヌーヴェル・ヴァーグ」というか、前時代的というか、そういった映画人ですから、結果的に否定せざるを得なかったのではないでしょうか?ここまで来ると山田氏の考え方というよりも、フランス映画史の現在までの体系に言及しなければなりません。
わたしは常々、ここのところにフランス映画史の矛盾を感じております。つまりドロン主演のメルヴィル作品への批判が的を得ていないのであれば、「ヌーヴェル・ヴァーグ」と、その前時代の映画史体系を再整理する必要があると感じているのです。
デュヴィヴィエやカルネ、フェデ-ルたちを無視して、ルノワール、ベッケル、クルーゾーたちを評価するのみでは、あまりの短絡であると思っています。
ゴダールがアラン・ドロンと映画を撮ったこと、ヴァルダの映画史にドロンが登場したこと、をどう解釈したらよいのでしょうか、フランス映画史の再編は近いうちにどこかで整理されていくように信じています。
『サムライ』や『仁義』、『ヌーヴェルヴァーグ』や『百一夜』などから想起してしまうことは、結局はフランス映画は旧時代の素晴らしさを認めざるを得なかったということなのです。
そしてメルヴィルは、それを先見して前時代をシンボライズしていたドロンを使ったのだと思うのです。
では、また。


マサヤさん
トムさん、こんにちは。
トムさんの感じてらっしゃるようなフランス映画史の矛盾は私も常々感じていることで、特に現在の日本では、「ヌーヴェル・ヴァーグ」を評価するあまり、それ以前のフランス映画がほとんど無きものであるかのごとき評価が定着してしまっているのではと思われることがあります。
それは同時に、「ヌーヴェル・ヴァーグ」の連中が評価したフランス映画のみが(それ以前の映画では)評価されるという実情にもつながってしまってもいるのではないでしょうか。
また、それは現在では日本独自の評価ではないのか、とも感じております。
それはゴダールやヴァルダの件に表れているのかもしれませんね。

山田氏の場合、著書「友よ映画よ、わがヌーヴェル・ヴァーグ誌」に見られるような「ヌーヴェル・ヴァーグ」の連中との個人的な親交と、その作品への熱狂が、トムさんご指摘の“反ヌーヴェル・ヴァーグ”的なアラン・ドロンという存在への反発につながったのは?と思うのです。
増補 友よ映画よ、わがヌーヴェル・ヴァーグ誌 (平凡社ライブラリー)
山田 宏一 / / 平凡社





ことに日本ではドロンの人気が凄かったために、「ヌーヴェル・ヴァーグ」の代表的俳優である(山田氏が大好きと公言する)ジャン=ポール・ベルモンドのライバル的存在であったアラン・ドロンへの感情的な反発という面もあったのではないでしょうか。
「山田宏一のフランス映画誌」(友人に貸したので今手元にありません)に掲載されているアンリ・ドカへのインタビューに、“上手くゆくはずがないと思っていたメルヴィルとドロンが『サムライ』で上手くいったのは何かがおかしかった”という文章(厳密にこの文章ではありません)がありますが、大変象徴的な記事であり、それがある意味、山田氏の意を強くしたのではないか、とも思うのです(※注)。

※注
マサヤさんのブログLE CERCLE ROUGE BLOGの「Category(アンリ・ドカ)」には、これらに関連した素晴らしい内容の記事がたくさん載せられています。

しかしながら、メルヴィル本「サムライ」を読む限り、根っからの映画ファンであるメルヴィルは“スター”という存在が単純に大好きな人で、それが当然のごとくドロンの起用につながった、そして、メルヴィルの頭の中には「ヌーヴェルヴァーグ」の連中が考えていたような映画史的な観点はほとんどなかったのではないか、というのが私個人の考えです。
サムライ―ジャン=ピエール・メルヴィルの映画人生
ルイ ノゲイラ Rui Nogueira 井上 真希 / 晶文社






先日、マルセル・マルタンという人が書いた「フランス映画1943-現代」というかなり面白そうな本を手に入れました。
現代、といっても1983年ぐらいまでの戦後フランス映画の総括的な本ですが、これを読んで更に勉強してみたいと思っています。
フランス映画 1943~現代
マルセル マルタン / / 合同出版






トム(Tom5k)
マサヤさん、わたしばっかりコメントしちゃって、他のこのサイトのファンのみなさんに怒られちゃいますよね。申し訳なく思いつつ、書かずにはいられません。
フランス映画史の矛盾に関わっては、マサヤさんもわたくしと同意見をお持ちとのこと、たいへんうれしく思います。
>「ヌーヴェル・ヴァーグ」を評価するあまり、それ以前のフランス映画がほとんど無きものであるかのごとき評価が定着してしまっているのではと思われることがあります・・・。
それは現在では日本独自の評価でもあるとも感じております。

山田氏のドロン嫌いは、客観的ではなかったのかもしれませんね。しかも、フランス映画評論の権威になってしかるべき実力派の評論家ですし・・・。
さらに南俊子氏や渡辺祥子氏のミーハー的なドロン論が当時は一般的でした。これでは、本質的なフランス映画の体系などを整理することなど、日本では極めて困難であり、実に残念なフランス映画評論史といえましょう。
マサヤさんのおっしゃるように、メルヴィルの作品は「スターの存在」が極めて重要な位置におり、「ヌーヴェル・ヴァーグ」と異なる存在となっていったのかもしれません。
結果的にかもしれませんが「俳優としての存在」をも両立させるものだったようにも思います。
アラン・ドロンは、その両側面を兼ね備えていたことから、双方にとって理想的なコンビであったように感じます。
マルセル・マルタンの「フランス映画1943-現代」。これは、何としても手に入れて読破せねばなりません。マサヤさんも読破されたら内容をご紹介ください。
本当に連続のコメントすみません。
では、また。


マサヤさん
トムさん、こんにちは。
ここはもともと書き込みの少ないサイトでして(笑)映画に関することならどんな書き込みでもサイトの活性化につながりますので大歓迎です。
まして、トムさんのご意見は鋭く、私も勉強になることばかりですのでご遠慮なくどうぞ(笑)。
ところで、ある種の暴論として聞いていただきたいのですが、私は評論家は必ずしも客観的である必要はないと思っています。
むしろ、好き嫌いがハッキリしている人の文章の方が読んでいて面白いと考えています。
山田氏の文章が読んでいて面白いのは、氏の嗜好に読む者を動かす“熱”があるからだと思います。
それを“映画愛”と言い換えてもよいかもしれません。
その文章は“評論”というよりも“愛情の吐露”に近いようにも思えます。
ご指摘の“ミーハー的ドロン論”などにも顕著かと思いますが、日本人とフランス映画との関わりから考えますに、トムさんが仰る通り、本質的なフランス映画の体系を日本で整理することは(今のところ、というか未だに)不可能ではないでしょうか。
もちろん、時代を経て、客観的に論ずる評論家が現れる可能性もありますが、どれだけ読者を獲得できるでしょうか・・・。

その意味で、紹介しましたマルセル・マルタンの「フランス映画1943-現代」は、フランス人の書いた戦後フランス映画史として貴重かと思います。
私が読破するのはいつのことになるやら分かりませんが、メルヴィルに関する文章も散見され、いずれこのサイトでも紹介するつもりでおります。


トム(Tom5k)
お言葉に甘え、またも連続コメントしちゃいます。
わたしのブログ記事でもコメントさせていただきましたが、「世界の映画作家18 犯罪・暗黒映画の名手たち/ジョン・ヒューストン ドン・シーゲル ジャン・ピエール・メルヴィル」(キネマ旬報社、1973年)及び、メルヴィル監督の『恐るべき子供たち』を購入してしまいましたよ。また、マルセル・マルタンの「フランス映画1943-現代」も注文してしまいました。更に、アニエス・ヴァルダの『百一夜』も再見してしまいました。
すべて、マサヤさんの影響でございます(笑)。
恐るべき子供たち
コクトー / / 光文社





恐るべき子供たち
/ ビデオメーカー





>時代を経て、客観的に論ずる評論家が現れる可能性もありますが、どれだけ読者を獲得できるでしょうか・・・。

う~む、確かに客観性は、情熱・映画愛などと反比例する側面もあるかもしれません。

さて、わたしのブログ記事でも何度か取り上げている内容のことで、マサヤさんにお聞きしたかったんですが、『サムライ』の監督にマルセル・カルネが名乗りをあげ、ドロンがそれを蹴った、という逸話ですが、ご存知でしょうか?
映画評論家の秦早穂子のエッセイ「パリの風のなかで」(講談社、1979年)で触れられているのですが、本当に信憑性のある逸話だったのかどうかを、以前から疑問に思っておりました。
彼女は、かつて「映画評論」や「映画の友」等などのレビュー記事などでご活躍され、フランス政府からフランス映画文化紹介によって、芸術文化賞まで受賞されている権威ある文化人です。ですからこの逸話の紹介も信頼できるものであったと思ってはいるのですが・・・。
あまり一般に知られていない内容なものですから、違う方面からの同内容の情報などあればお教えいただきたいと思っております。
パリの風のなかで (1979年)
秦 早穂子 / / 講談社





では、また。


マサヤさん
トムさん、こんにちは。
いろいろ買われましたね(笑)。
『恐るべき子供たち』をトムさんがどうお感じになるかも興味深いですが、メルヴィルが載っている「世界の映画作家18」はあまり見かけないので貴重ですよ。
しかも700円と安価だったとか。
ところで全くの偶然なのですが、一昨日私もこの本を買ったのです。
もちろん、すでに1冊持っていますが、それよりも状態が良く、しかも650円とあまりに安かったのでつい買ってしまいました(笑)。
こういう物欲はキリがありません。
『サムライ』の監督にマルセル・カルネが名乗りをあげたという件、私は全くの初耳です。
本「サムライ」を読んでもそれらしい記事はなかったように思います。
しかし、それほどの方が紹介されたお話ですから、本当なのでしょうね。
それにしても、マルセル・カルネ監督の『サムライ』はちょっと想像できませんね(笑)




マサヤさんは、ジャン・ピエール・メルヴィルのみならず、広く映画を愛好されている方です。わたしのわがままな話題にお付き合いしていただき、たいへんうれしかったので、ご本人のご承諾をいただいて今回の記事更新としました。
トム(Tom5k)

by Tom5k | 2007-09-02 15:35 | アラン・ドロンについて(12) | Trackback(2) | Comments(15)

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Tracked from LE CERCLE RO.. at 2007-09-11 11:25
タイトル : メルヴィルとアンリ・ドカ その7・最終回
メルヴィル監督とアンリ・ドカの関係についてズラズラと書き連ねてまいりましたが、今回の最終回は、前回紹介したドカのインタビューで、ドカが指摘していたメルヴィルの“変化”についての私見を述べてみたいと思います。 ドカは、晩年のメルヴィルは商売人になってしまって、金のことばかりに目がくらんでいた、映画館を満員にすることばかり考えて、自身の映画さえ平気で犠牲にした、と厳しく批判していました。 本当にそうだったのでしょうか? アンリ・ドカは当時のフランス映画界でメルヴィルに最も近...... more
Tracked from にじばぶの映画 at 2007-10-08 22:12
タイトル : アラン・ドロンが30年ぶりにテレビ出演!
あのアラン・ドロンが30年ぶりに日本のテレビに出演しました! 番組が「SMAP×SMAP」だったのは少し残念ですが、まさかテレビで見られると思っていなかったので、感激しました。 番組の中で、アラン・ドロン自身が気に入っている出演作を5作品挙げていました。 せっかくですので、こちらにアップしておきますね。 『太陽がいっぱい(1960)』 『山猫(1963)』 『冒険者たち(1967)』 『太陽が知っている(1968)』 『暗黒街のふたり(1973)』 ...... more
Commented by マサヤ at 2007-09-03 22:48 x
トムさん、こんばんは。
このような晴れがましい場に対話を紹介していただきまして恐れ入ります。
ただ、今更ながら自分の文章を読み返してみて意味不明の部分が多いことに改めてショックを受けましたし、実際のところ、フランス映画史体系を語るには、トムさんに比べ私はあまりにも勉強不足ですので、対話というよりはトムさんの授業の講義を受けている学生のような感じかと思います。
あと、マルセル・マルタンの「フランス映画1943-現代」をあれからきちんと読んでいないことを思い出しました。(^^;)
Commented by Tom5k at 2007-09-04 23:16
>マサヤさん、こんばんは。
>このような晴れがましい場・・・
あっ、マサヤさんは、当ブログが地味で人気のないことを、ご存じないようですね(笑)。
マサヤさんのおっしゃっていることは、常識的で誰しも納得できることばかりだと思います。むしろ、わたしの言っていることの方が極論ばかり・・・(また、その極論から離れられないんですけどね。)。
>トムさんの授業の講義・・・
やめてくださいよ。わたしはただの映画好きで、ドロン好きなだけの庶民ですから。ただ、いろいろな方とのコメントの交換が楽しくてしようがないのです。
マサヤさんにも、いつもお付き合いいただいて、本当にありがとうございます。
>マルセル・マルタン
すごい情報量で、映画史体系の資料としては素晴らしく価値のある書籍だと思います。わたしも全て読み込めていないですよ。
では、また。
Commented by マサヤ at 2007-09-11 11:28 x
トムさん、こんにちは。
晴れてトラックバックできましたので、お知らせします。(^^)
こんなに簡単だとは知りませんでした・・・お恥ずかしい。
ところで、すでにご存知かと思いますが、ドロン氏来日されるのですね。
スマスマというところが微妙ですが、放送が楽しみです。
Commented by Tom5k at 2007-09-13 23:56
>マサヤさん、TBありがとうございます。
わたしも、初めのころどうやっていいのかわからず、結構とんでもないミスをやらかしてました。
>ドロン氏来日
おおっ、久しぶりの来日ですねえ。しかし、バラエティ番組に出られるとは・・・。
わたしの記憶では、西郷輝彦さんの司会の「レディ・ファースト」や、筑紫哲也さんの「ニュース23」、たしか中尾ミエさんの番組などに出られていた記憶がありますよ。
楽しみですね。
では、また。
Commented by nijibabu at 2007-10-08 22:14
トムさんお久しぶりです!
アラン・ドロンが30年ぶりに日本のテレビに出演したんです!
ご覧になりましたか??
当ブログの方で、簡単ですが記事にしてみましたので、お時間のある時にでも遊びに来て頂けると幸いです。
とり急ぎ、ご連絡まで。
Commented by Tom5k at 2007-10-09 23:38
おおっ、にじばぶさんっ!
実はPCが壊れてしまい、しばらくブログから遠ざかっていました。ご無沙汰していてスミマセン。
>アラン・ドロンが30年ぶりに日本のテレビに・・・
昨日は休みだというのに夜中まで仕事だったものですから。今日、録画してあったのを見ました。
いやあ、カッコ良かったですねえ。
TBと記事アップの連絡、ありがとう。にじばぶさんがドロンの記事をお書きになるとは、うれしい限りです。
早速そちらにお邪魔します。
Commented by 用心棒 at 2007-10-23 23:52 x
 トムさん、おひさしぶりです。パソコンが不調だったのですね。心配しておりました。
 ところで、来月からWOWOWで2003年にフランスで放映された、アラン・ドロン主演のドラマ・シリーズ『刑事フランク・リーヴァ』が始まりますね。ギャング対刑事の攻防を描くようなので、かなり期待しております。ではまた。
Commented by 武田 at 2007-12-29 14:18 x
トムさま、こんにちは。
珍しく下半期は多忙で、ドロン映画もまったく見ることができず残念でした。
が、トムさまに色々なことを勉強させていただき、嬉しい1年となりました。本当にありがとうございました。
年明けに落ち着きましたら、またお邪魔させてくださいね。
ではでは、よいお年をお迎えください。
Commented by マサヤ at 2008-01-01 10:53 x
トムさん、あけましておめでとうございます。
昨年中もトムさんと濃密な(?)対話ができまして大変有意義でした。
今年もいろいろとお話できればと思います。
このところ更新が滞ってらっしゃるのがちょっと心配ですが、パソコンの不調のせいでしたら、また復帰されることを期待しています。
今年もよろしくお願いいたします。
Commented by 時々の男 at 2008-04-12 10:48 x
マサヤさんの板に時々登上してるものです、

サムライの映画は自分も大変気に入り 15回は観て 自分でも

古いビデオを持ってますが 映画は館でみて映画であって、、、、

が 持論ですので館で廻りの反応を確かめながらがいいのでうす。

マサヤさんの板にも書きましたが 図書館に面白い本をみつけて

しまい 嬉しくなって  それは 映画の世界のロケ地 と 言うやつです、

これには古今東西の名作映画などの撮影地が記録されてます、

もちろん サムライのドロンが シャンゼリーゼの何処から入り

何処で乗り換えdて とか パリ警視庁との追っかけシーンは何処

など 出てますよ。  今度ご覧 アレ!
Commented by Tom5k at 2008-05-10 21:10
>用心棒さん
約8カ月も前のコメントに今頃ご返信、ごめんなさい。
『刑事フランク・リーヴァ』は、実はまだ未見でして、何せ映画、ブログどころではない生活の激変がございまして、少し余裕がげきたのですが、これからもどうかな?
でも、また、用心棒さんのブログにはお邪魔させていただきます。
では、また。
Commented by Tom5k at 2008-05-10 21:34
>武田さん、こんにちは。
4か月もの間、ご返信できず、すみませんでした。
>ドロン映画もまったく見ることができず・・・
それは、少し残念・・・。
かくいう私も全く別世界で生きておりました。
最近ようやくDVDを見る余裕ができ、ジャン・ドラノア監督の『ノートルダム・ド・パリ』を観ました。素敵な作品でしたよ。

ぜひまた、コメントの交換いたしましょうね。
では、また。
Commented by Tom5k at 2008-05-10 21:47
>マサヤさん!
年明けから4か月も経っていますがあけましておめでとう!
>このところ更新が滞って・・・
ご心配をおかけして、すみませんでした。
パソコンは壊れるし、生活は忙しいし、興味は他に分散するし・・・ということでかなり遠ざかっていましたが、マサヤさんのところへは、またお邪魔させていただきますね。
これからも、またよろしくお願いいたします。
Commented by Tom5k at 2008-05-10 21:48
>時々の男さま
コメントありがとうございます。
そうですか。マサヤさんのところに・・・。
最近、とんとご無沙汰してしまいまして存知ておりませんで、失礼いたしました。
『サムライ』は傑作ですよね。
>15回は観て・・・
映画館ではご覧になられているのですか?
だとするとうらやましい限りです。
>「映画の世界のロケ地」
おおっ、興味深そうな書籍ですね。探してみますよ。
では!
Commented by 時々の男 at 2017-11-22 23:52 x
メルビルのタッチと古い大映画の市川雷蔵の眠狂四郎シリーズ、大映は美術が他社に比べて優れているのです。

余談ですが、 東映時代劇の、片岡千恵蔵と大川橋蔵 共演の(御金蔵破り)は地下室のメロディーの時代劇版だそうです。

片岡千恵蔵が地下室を見て 東映に企画を出してのものらしいです。 千恵蔵は東映の重役ですのでなんなく です。

これも余談ですが 千恵蔵の息子さんは、日航の社長さんですね。 本名植木 が千恵蔵で 日航の社長も植木で

東映を大きくした千恵蔵 日航を立て直したのも植木さん  。
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