『ヌーヴェルヴァーグ』③~ゴダール&ドロンの共通点、それは映画の大衆性ではなかったか?!~

 「ヌーヴェル・ヴァーグ」の時代以後、「BBC」の1980年代以前、丁度その中間に位置する1970年代、ポスト・ヌーヴェル・ヴァーグと呼ばれた世代の映画監督であるフィリップ・ガレルは『ヌーヴェルヴァーグ』を評して、次のように語っています。
「『ヌーヴェルヴァーグ』ですごいと思うのは、ゴダールのような左翼とドロンのような右翼とが、互いに衝突しあうこともなく、一緒に仕事をすることができたということです。」
【参考 『カイエ・デュ・シネマ・ジャポン1 30年前から、ゴダール!』 フィルム・アート社、1991年】

 ジャン・リュック・ゴダール監督とアラン・ドロンが結びつくことなど誰もが思いつかず、全く想像できないほど違う次元で生きてきた者同士のように考えられていました。この作品においても、公開当時から現在まで、何故、彼らが一緒に映画を創ったのかがわからないという意見が未だに一般的であるようです。
 わたしは、『ヌーヴェルヴァーグ』の製作・公開当時から、この作品での二人の関係を理解したいと考えてきました。そのうえで、彼らの映画における「新しい波」を理解したいと思ってきたのです。

 アラン・ドロンが、ジャン・リュック・ゴダール監督や「ヌーヴェル・ヴァーグ」を意識していたことは想像に難くないことです。

 マリアンヌ・フェイスフルを登場させたゴダール監督の『メイド・イン・USA』(1967年)の翌年、アラン・ドロンも『あの胸にもういちど』(1968年)で彼女と共演しています。
メイド・イン・USA
/ ビクターエンタテインメント





 アラン・レネ監督が、ジャン・ポール・ベルモンドを主演させてユダヤ人問題を扱った『薔薇のスタビスキー』(1973年)の3年後には、フランスでは20世紀映画の古典とまで評価されている大傑作『パリの灯は遠く』(1976年)をジョセフ・ロージー監督の下に生み出しました。アラン・ドロンは、常にゴダール監督や「ヌーヴェル・ヴァーグ」を意識してきたように見えます。

 また、ゴダール監督にしてみても最も無視してきた商業映画のスターであるアラン・ドロンが、デビュー間もない時代にイタリアの「ネオ・リアリズモ」のミケランジェロ・アントニオーニ監督、ルキノ・ヴィスコンティ監督の代表作に出演していることまでは無視できなかったと思います。
 「ネオ・リアリズモ」は、テーマや思想基盤、そして映像技術においても「ヌーヴェル・ヴァーグ」の若手演出家たちのお手本ともいえる一体系であったからです。

 アラン・ドロンは、彼の代表作のひとつである『サムライ』(1967年)において、「詩(心理)的レアリスム」の頂点といわれている『天井桟敷の人々』を演出したマルセル・カルネ監督から、演出の希望についての交渉を受けています。
天井桟敷の人々
/ ジェネオン エンタテインメント





 しかし、マルセル・カルネ監督が演出した『危険な曲り角』』(1958年)で、まだ駆け出しのキャリアでしかなかったアラン・ドロンは、監督のカメラ・テストを受けることすら不可能で、ジャック・シェリエにその役を譲った経験を持っていました。負けず嫌いの彼は、9年後、『サムライ』の監督にジャン・ピエール・メルヴィルを選び、マルセル・カルネの交渉を蹴ったそうです。
【参考 『パリの風のなかで』 秦早穂子 著、講談社、1979年】

 こうした経緯を別としても、ドロンが
「ヌーヴェル・ヴァーグの先駆者」
「最もアメリカ的なフランスの映画作家」
「暗黒街映画の巨匠」
と言われていたメルヴィル監督によって『サムライ』を撮ったことは注目すべきことです。

 更にメルヴィル監督はその後、「ヌーヴェル・ヴァーグ」の主流の作品とは一線を画し、「アラン・ドロン映画」のお抱え監督として、アラン・ドロンに取り込まれていきます。
わがフランス映画誌
山田 宏一 / 平凡社
P248~ 4 ヌーヴェル・ヴァーグ前夜 ヌーヴェル・ヴァーグ前夜ージャン=ピエール・メルヴィルー





 その後、いよいよ、「ヌーヴェル・ヴァーグ」の申し子であるライバルのジャン・ポール・ベルモンドと『ボルサリーノ』で共演を果たしました。

 そして、ジャン・リュック・ゴダール監督の『気狂いピエロ』でジャン・ポール・ベルモンドが演じた気狂いピエロことピエール・ルートレル(作品中での主人公本人は「違う、フェルディナンだ」と答えていますが・・・)は、戦前の有名なギャングですが、アラン・ドロンも『フリック・ストーリー』の友人のロジェ・ボルニッシュの実録『友よ静かに死ね』の原作から、今度は刑事のボルニッシュ役ではなく、犯人役でベルモンドの役名に引用されていたピエール・ルートレル(気狂いロベール)を演じます。
 しかも、『ボルサリーノ』も『友よ静かに死ね』も「詩(心理)的レアリスム第三世代」?ともいえる?ジャック・ドレー監督による演出でのアデル・プロダクションによる映画化です。
(注~『気狂いピエロ』の原作については、一般的にはライオネル・ホワイト著の『十一時の悪魔』であると紹介されていますが、種々の引用の多いジャン・リュック・ゴダール監督作品であることから、ジョゼ・ジョヴァンニの『気ちがいピエロ』も原型のひとつであると思われます。少なくても原題である「気狂いピエロ(Pierrot le Fou)」は、戦後のギャング団のボスであったピエール・ルートレルの、このニックネームより引用されていると思われます。)
気狂いピエロ
/ アミューズソフトエンタテインメント





 そして、ルネ・クレマン監督が『太陽がいっぱい』で、「ヌーヴェル・ヴァーグ」の名カメラマンだったアンリ・ドカエを起用したようにアラン・ドロンは『私刑警察』でジャン・リュック・ゴダール監督作品の名カメラマン、ラウール・クタールを起用したのです。

 これらのアラン・ドロンの動向をカイエ派(特にゴダール監督)が表面的には無視しても、本質的に無関心でいられるわけがありません。

 また、「カイエ・デュ・シネマ」誌の若き革新者たちは、ハリウッド映画のアルフレッド・ヒッチコック監督とハワード・ホークス監督の徹底した娯楽性の追求、映画資本に追随しない作家主義を貫いていた映画の創作スタイルを絶賛していました。
 そして、アラン・ドロンの過去の作品や演じてきたキャラクターは、ジャン・リュック・ゴダール監督やフランソワ・トリュフォー監督たちカイエ派の絶賛していたアルフレッド・ヒッチコック監督のサスペンス映画の作風、登場人物たちの類型に非常に近いように、わたしには感じられるのです。

 まず、同一の原作者で有名なものに『見知らぬ乗客』があり、『太陽がいっぱい』と同様にパトリシア・ハイスミスというアメリカの推理作家の作品です。
 『めまい』では、アラン・ドロンそのものの個性ともいえる一人二役をキム・ノヴァクが演じました。
 また、『間違えられた男』では身に覚えのない罪を苦悩するカフカ的テーマをノンフィクションの現代劇として創作していますが、作品のテーマは、ジョセフ・ロージー監督とアラン・ドロンが組んだ『パリの灯は遠く』と非常に類似しているような気がします。
 『サイコ』の分裂病患者も、やはりジョセフ・ロージー監督の『暗殺者のメロディ』での暗殺者フランク・ジャクソンの心神喪失的な役柄が、その系譜であったと思え、
 さらに、記憶喪失と精神分析の深層心理(夢)を扱った『白い恐怖』や、過去の異常体験から詐欺・泥棒・男性拒否に陥った主人公が、心身症状を克服するために過去に退行して自分を取り戻してい『マーニー』などは、『悪魔のようなあなた』での記憶喪失者を扱ったジュリアン・デュヴィヴィエ監督のプロットと同一であるように見えます。
 このように見てくると、アラン・ドロンの主演した作品とアルフレッド・ヒッチコック監督のサスペンス作品とは、多くの類似した傾向があり、わたしなどは、それに気づかない者のほうが少ないのではないかとまで思ってしまいます。
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間違えられた男 特別版
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白い恐怖
/ ファーストトレーディング





 ゴダール監督の『勝手にしやがれ』では、ジャン・ポール・ベルモンドが演じるミシェルが、くわえ煙草で「ボギー・・・・」とハンフリー・ボガードのポスターに呟くシーンがあります。これは、ゴダール監督による、ボギーを通してのハワード・ホークス監督の『三つ数えろ』など、アメリカのハード・ボイルド作品(「フィルム・ノワール」)へのオマージュの場面であることは有名です。
勝手にしやがれ
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三つ数えろ 特別版
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大いなる眠り
レイモンド・チャンドラー 双葉 十三郎 / 東京創元社
『三つ数えろ』の原作





 ハリウッドのB級犯罪映画のアラン・ドワン、ラオール・ウォルシュ、ウィリアム・A・ウェルマン、テイ・ガーネット、マイケル・カーティス、エドガー・G・ウルマー、ジャック・ターナーなどの職人監督たちを絶賛しているのはフランソワ・トリュフォー監督です。

「わたしの考えでは、ハリウッド的なセンスと力量を持っていたフランスの職人監督はジュリアン・デュヴィヴィエとクリスチャン・ジャックぐらいなものでしょう。」
【『わがフランス映画誌(4 ヌーヴェル・ヴァーグ前夜 フランス映画のある種の傾向 P246) (山田宏一著 1990年 平凡社刊)】
と語っています。
 さすがに墓堀人と呼ばれた彼でも、かつて批判してきた「詩(心理)的レアリスム」の巨匠たちを評価せざるを得ないこともあったようです。


 そして、ジュリアン・デュヴィヴィエとクリスチャン・ジャックは二人とも、アラン・ドロンを主演にした作品を制作している監督なのです。

 さらに、アラン・ドロンは、ハリウッドでの成功を目指して渡米する以前、ロミー・シュナイダーと婚約していた時代に、すでにハンフリー・ボガードの犯罪映画をくりかえし観て研究し、彼のジェスチャーはすべて記憶していたといいます。
【『ロミー・シュナイダー事件』 ミヒャエル・ユルクス著、平野卿子、集英社、1996年】

 そして、ハワード・ホークス監督作品の影響を受けていると思われる『望郷』、『霧の波止場』から『現金に手を出すな』までの作品などで活躍した「フレンチ・フィルム・ノワール」の大御所であったジャン・ギャバンは、アラン・ドロンが最も尊敬する俳優の一人です。
 そういったこともあってなのか、彼自身も映画スターとしての全盛期、1960年代後半から70年代にかけて、「ヌーヴェル・ヴァーグ」と縁の深いジャン・ピエール・メルヴィル監督の作品から「フレンチ・フィルム・ノワール」の世界に入り込み、ジョゼ・ジョヴァンニ監督やジャック・ドレー監督と多くの犯罪映画を量産した後、『危険なささやき』と『鷹』をB級犯罪映画「フレンチ・フィルム・ノワール」の古典的手法で演出しました。


 このようなジャン・リュック・ゴダール監督とアラン・ドロンの過去の映画を遡ってみれば、ともに「ネオ・リアリズモ」、ヒッチコック監督とホークス監督、そして「B級犯罪映画(フィルム・ノワール)」において、実に近い距離にあったと言えるような気がします。


 『ヌーヴェルヴァーグ』では、レイモンド・チャンドラー原作の『長いお別れ(The long good bye)』の引用が非常に印象的です。
 作品中のレノックスは、レイモンド・チャンドラーを読んでいます。
「テリー・レノックスは店の前のロールスロイスの中ですっかり泥酔していた。」

 特に最初にテリー・レノックスという人間をロールスロイスで表現しているこの小説は、『ヌーヴェルヴァーグ』に出てくる自動車を使っての各登場人物たちのキャラクター表現に影響を与えた原因かもしれません。
 リシャールとエレナは色違いのマゼラッティに乗っています。メルセデス・ベンツ、ジャギュア、トヨタ、シトロエン、プジョー、リンカーン・コンチネンタルなどの自動車も各登場人物の個性に合わせて使っているそうです。
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 主人公のレノックスという名前もチャンドラーの小説『長いお別れ』のテリー・レノックスからの引用です。
 この小説でも、妻が財力のある家の娘である設定で、彼は非常に卑屈な性格として登場してきますが、たいへん魅力的なキャラクターです。主人公の私立探偵フィリップ・マーロウも、彼の人間的な魅力に親近感を感じてしまいます。レノックスは、妻を殺害してしまい、失踪するのですが、マーロウは決して彼を疑わず、裏切りません。
長いお別れ
レイモンド・チャンドラー 清水 俊二 / 早川書房





 彼の有名なワイズ・クラック。
「こんなとき、フランス語にはいい言葉がある。フランス人はどんなことにもうまい言葉を持っていて、その言葉はいつも正しかった。さよならをいうのはわずかのあいだ死ぬことだ。」
 そして、レノックスは別の人間となってマーロウの前に現れるのです。

 この『ヌーヴェルヴァーグ』でも、ロジェ・レノックスはリシャール・レノックスとなって再登場します。

 フィリップ・マーロウは、『三つ数えろ』でハワード・ホークス監督により、ハンフリー・ボガードが演じました。そういった意味で、この『長いお別れ』は、ゴダール監督とアラン・ドロンにとって、自分たちに最も近い存在の犯罪小説だったのではないでしょうか?
 だからこそ彼らは『ヌーヴェルヴァーグ』において、ボギー=チャンドラー、すなわちハワード・ホークス監督の「フィルム・ノワール」作品への郷愁を、息の合ったところで表現したのでしょう。

 しかし、彼らは既にフィリップ・マーロウ=ボギーを目指す年齢ではなく、目標や憧憬であったはずの分身を、既に自己に統一できるだけの経験を積んでいました。だからこの作品では、憧憬の対象であったマーロウよりも、彼自身が魅力を感じてしまったたテリー・レノックスを主軸にしたストーリーを展開させていったのではないでしょうか?
 目指していたボギーと同一になり得た彼らにとっては、レノックスを追求していくことの方が、成熟したテーマになりえたのでしょう。

 意外なことのようですが、この二人は全く異なる個性であるにも関わらず、このように実に多くの共通点を確認することもできるのです。

 では、映画人としての彼らの目指してきたものは一体、何だったのでしょうか?

 アラン・ドロンは、心ないインテリの映画ファンから、
「女店員と工場労働者にうける二枚目」とされ
「アラン・ドロンのファンは映画館のモギリ嬢かウェイトレス、都会に憧れる田舎娘ばかりだ。」
などと侮蔑されていたそうです。

【「映画ってやつはな、俺たちのためにできていないんだよ。なにしろ俺たちの芸術的、文学的伝統ときたら重みがありすぎて、俺たちは映画の方へ足を踏み入れることができないんだ。(~中略~)フランスの演劇はブルジョワ芸術さ。アメリカ映画は本質的に大衆のものなんだ。俺たちの間だけの話しだけだがね、実は俺は海の向こうの俳優仲間が羨ましいのさ、あんな観客を相手に芝居できるなんて。アイルランドやイタリヤからの、字だってほとんど読めない移民連中が相手だなんて」が兄の結論だった。】

 これは、『わがフランス映画誌』(山田宏一著 1990年 平凡社刊)の「2 ルノワールからゴダールまで」にジャン・ルノワール自伝からの引用転載で、ルノワール監督が、自分の兄の意見を述懐したものです。
 「ヌーヴェル・ヴァーグ」の若き革新者たちは、このルノワールの兄の発言、つまり映画が本来は大衆のものであるべきだとの主張に共感し、映画の気取った似非の芸術性(フランス映画のある種の傾向「良質の伝統」、具体的には「詩(心理)的レアリスム」の諸作品)を否定していった理由のひとつとしていたのかもしれません。
 ゴダール監督も、自国フランスではルノワール監督を最も偉大で優れた映画人として絶賛していますし、彼らの敬愛したヒッチコック監督やホークス監督も大衆映画の監督でした。

 似非の芸術を忌み嫌い、ジャン・ルノワール監督の自伝や、アルフレッド・ヒッチコック監督、ハワード・ホークス監督の作品づくりから優れた大衆文化を評価するジャン・リュック・ゴダール監督と、あらゆるコンプレックスから、自分の分身を追い求めながらも、自分のなかの本当に大切なものを守り抜いてきたアラン・ドロン。
 彼らががっぷり四つに組んで、この素晴らしい『ヌーヴェルヴァーグ』という作品を創作したことは、映画史上の必然の結果であり、映画監督フィリップ・ガレルが「すごい」という彼らの結びつきも、考えてみれば、何の不思議もなく、むしろお互いが尊敬し合える理想的な接点がこの作品だったのは、ごく自然な成り行きだったのだと思えるのです。

 残念ながら、この『ヌーヴェルヴァーグ』は1990年の第43回カンヌ映画祭のパルムドールにノミネートはされましたが、受賞した作品はデヴィッド・リンチ監督の『ワイルド・アット・ハート』でした。
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 ジャン・リュック・ゴダール監督は、かつてルイ・マル監督やフランソワ・トリュフォー監督らとともに上映ボイコット運動でカンヌ映画祭をめちゃめちゃにしました。

 また、アラン・ドロンは、
「カンヌ映画祭のようなコンペは、フィルム市場にとっても、また映画の威信にとっても必要なことであろうことは認める。しかし賞を予想するということは二次的な行為であり、全くバカげたことである。」
と映画祭での受賞を意識した映画批評や映画製作に対するシニカルな発言をしています。

 こんなことをしたり、言ったりしている人たちには、カンヌ国際映画祭でパルムドールに選定される価値観は無いようにも思います。

 彼らが映画は大衆のためのものであることによって初めて、真の文化・芸術になるということを最もよくわかっている、現在では数少なくなってしまった本物の映画人であることを再認識できるように思うのです。
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by Tom5k | 2006-02-23 18:19 | ヌーヴェルヴァーグ(6)