『暗殺者のメロディ』②~俳優アラン・ドロンの演技~

 今更、当たり前のことなのかもしれませんが、恐らく、アラン・ドロンは、演技をすることが心底から大好きで、しかも、どんな映画作品の場合でも、それを楽しんでいたのではないか、と思っています。
 そして、彼は優れた演出家の演技指導に対しては、どんなときでも、とても謙虚で素直だったのではないか、とも察しています。

 アラン・ドロンが、『暗殺者のメロディ』に出演したのは1972年です。
 これは、正に彼が超人気スターとして頂点に君臨していた時代です。この頃のアラン・ドロン人気の大ブレイクに関しては、現在でも当時を知っている世代から、その活躍ぶりの凄まじさを聞くことができます。そのことは、戦後の映画スター史においても特筆されるべき重要な事象であったとも思います。

 アラン・ドロンは、1964年29歳のときに渡米し、ハリウッド映画界での活躍を目指しますが、その取組みは結果として芳しいものではありませんでした。しかし、その後の1966年には、美しい青春賛歌『冒険者たち』で、フランス映画界に見事に復帰を果たします。
 そして、「ヌーヴェル・ヴァーグ」のルイ・マル監督の短編『世にも怪奇な物語 第2話 影を殺した男』(1967年)と「詩(心理)的レアリスム」の巨匠ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の遺作『悪魔のようなあなた』(1967年)で、一挙にフランス映画の新旧両スタイルの巨匠の作品に出演してフランス映画の歴史を体感しました。
 ジャン・ピエール・メルヴィル監督の『サムライ』(1967年)により、「フレンチ・フィルム・ノワール」での全盛期のアラン・ドロン・キャラクターの基盤を確立し、その後ハリウッドのドル箱スターとなるチャールズ・ブロンソンと共演した『さらば友よ』(1968年)では、渡米時代の経験を生かして「フレンチ・フィルム・ノワール」をエンターテインメント大作にまで高めました。
 殺害事件の参考人として招致されていた時期には、『太陽が知っている』(1968年)で、敢えて完全犯罪を履行する主人公として、しかも元婚約者のロミー・シュナイダーと共演し、あらゆるスキャンダルを逆手に取りました。
 永らく恋人として同棲することになるミレーユ・ダルクと『ジェフ』(1968年)、敬愛する大先輩ジャン・ギャバン、リノ・ヴァンチュラと『シシリアン』(1969年)、永遠のライバル、親友でもあるジャン・ポール・ベルモンドと『ボルサリーノ』(1969年)、再びジャン・ピエール・メルヴィルの演出で、イブ・モンタン、ブールヴィルなどの名優と『仁義』(1970年)で共演し、「フレンチ・フィルム・ノワール」での大スターとして大活躍していったのです。
 更には、三船敏郎やチャールズ・ブロンソンと共演した『レッド・サン』(1971年)では、西部劇での悪漢を活き活きと演じ、『帰らざる夜明け』(1971年)では、若き日のジャン・ギャバンが演じていたような犯罪逃亡者の主人公を、彼が最も尊敬する名女優シモーヌ・シニョレとの共演で実現させていました。

 押しも押されもせずの大スター、アラン・ドロン!

 しかし、わたしには、以前から理解できないことがありました。

 それは、このような人気の絶頂期において、・・・わざわざ、あの陰鬱で、地味、しかも、折角のスター性を全く発揮することの必要ない、気味の悪い『暗殺者のメロディ』での主人公である暗殺者フランク・ジャクソン(ラモン・メルカデル)を、何故演じることにしたのか?・・・ということなのです。

 何故、何故、何故・・・なのでしょうか???

 アラン・ドロンは、若い頃から多くの素晴らしい映画人たちに囲まれ、そのフランス、イタリアなどヨーロッパ映画界の豊かな映画環境によって、多くのことを学び、俳優として、スターとして大きく成長していったことは周知の事実であります。

【>ベルトラン・ブリエの『真夜中のミラージュ』では笑わそうとする意志が感じられましたね、それが一番の狙いではないにしろ。
>アラン・ドロン
ブリエの現場は本当に素晴らしかったね。ロージー以来、私はブリエのような人を待っていたんだ。他の監督たちに侮蔑的に聞こえて欲しくはないけどね。でも私にはヴィスコンティ、クレマンがいて、アントニオーニは偶然だがね・・・

>アントニオーニはモニカ・ヴィッティにより関心が向いていたと思いますが。
>アラン・ドロン
ヴィッティは彼の奥さんだったからね。私は奥さんの相手役だった訳だ。私の代わりにマストロヤンニでも良かっただろう。ヴィスコンティ、クレマン、メルヴィルにロージー:私のキャリアは正にそれだよ。その後にもいくつかの出逢いはあった:1964年のアラン・カヴァリエ(さすらいの狼)、ブリエにレネ・マンゾールの「デーモン・ワールド」のような監督第一回作品もあったね。ベルニュイユやドレー監督と撮った10本も映画も否定するつもりは全くないよ。どの作品も収めるべき場所があるんだ。ヴィスコンティがこう言ってた:「キャリアを築くのは、建築のようなものだ、基礎工事が肝心だとね。」私の基礎は、ヴィスコンティ、クレマン、メルヴィルにロージーだね。】
【引用(参考) takagiさんのブログ「Virginie Ledoyen et le cinema francais」の記事 2007/6/18 「回想するアラン・ドロン:その6(インタヴュー和訳)」

 わたしは、アラン・ドロンが自分の俳優としての基礎を得たことに、ルネ・クレマンやルキノ・ヴィスコンティ、ジャン・ピエール・メルヴィルを挙げることは、容易に理解できます。

 しかし、ジョセフ・ロージーと巡り会った時期は、ルネ・クレマンやルキノ・ヴィスコンティの指導から俳優、スターとしての自分を確立しようとしていた貪欲な20歳代の頃の成長期ではないのです。
 また、ハリウッド映画の失敗経験から、フランス映画界での自分の新しいキャラクターを模索して、ジャン・ピエール・メルヴィルやルイ・マル、ジュリアン・デュヴィヴィエの演出を受けて出演していた時期とも異なるのです。

 どんな人気スターにも引けを取らない凄まじい人気全盛期のアラン・ドロンと優れた巨匠ではあっても陰気で地味で暗澹たる気味の悪い作品を得意とするジョセフ・ロージー・・・この二人の関係は、アラン・ドロンのファンとして、考えても、考えても・・・以前から理解できなかった・・・ファンとしての七不思議のひとつでした。

 華麗なる大スター、アラン・ドロンは、何故、この陰鬱なジョセフ・ロージー監督が演出する『暗殺者のメロディ』のオファーを受けたのか?・・・いくら優れた演出家でもルイ・マルとは相容れなかったようですし、マルセル・カルネのオファーも断っているというのに・・・。

 ロミー・シュナイダーとの再共演は確かに魅力的ではあったかもしれません。英国演劇界から生まれ出て、ハリウッド・スターとして磨きをかけられた大俳優リチャード・バートンとの初共演も出演動機に十分成り得たでしょう。
 しかし、そうではあっても、この前衛作家ジョセフ・ロージー監督の過去の作品から考えれば、彼の華やかさなどは全く必要が無く、そのスター性など、完璧にはぎ取られてしまうことなど、出演する前からアラン・ドロン自身も含めて誰しもが予想できることだったでしょう。

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 そして、その華やかさが命であるとも言えるアラン・ドロンは、このようなジョセフ・ロージー監督を、何故、師の一人として仰ぐのか???
 彼はダーク・ボガードでも、トム・コートネイでも、スタンリー・べーカーでもなく、エインターテーインメント作品の大スター、アラン・ドロンであるはずなのに・・・???


 ところで、わたしのブログの盟友オカピーさんが、その映画評の記事で実に分かり易くて的を得た内容でこの『暗殺者のメロディ』を紹介しています。
オカピーさんのブログ「プロフェッサー・オカピーの部屋[別館]」ブログ記事 映画評「暗殺者のメロディ」
 特にコメント欄では、
【何と言っても、ドロンの美を破壊してしまうような最後のストップモーションが鬼気迫りますよねえ。】

 そう、オカピーさんが仰っているように、アラン・ドロン・キャラクターに無くてはならないスターとしての条件、それがなくては、何者でもなくなってしまう「美」を、ジョセフ・ロージーに破壊し尽くされてしまっているのです。

 超人気スターであったアラン・ドロンのその後には、一体何が残るというのでしょうか・・・?

 オカピーさんは次のように、ジョセフ・ロージーの演出とアラン・ドロンの演技の評価をしています。

【そのバランス無視が結果としてアラン・ドロンからそれまでとは違った演技を引き出したのではあるまいか。ドロン・ファンにすれば余り格好良くない人物像なので好ましくないかもしれないが、彼の演技史の中では有数の出来映えと思う】

と、ジョセフ・ロージーの演出の独特の映像構成、すなわち3人の主人公のトロツキズムを支点とした三角関係のアンバランスが新しいアラン・ドロンを引き出していると分析しています。これは凄い分析です。

 わたしは、本年2013年の新春、初めて観る映画(自宅でのDVD鑑賞)は、『暗殺者のメロディ』に決めました。


 この作品では、『サムライ』や『シシリアン』での「死の美学」を演じていたクールでダンディな恰好良い悲劇のヒーロー、アラン・ドロンのイメージは、微塵の欠片もありません。

 暗殺の画策を指示する仲間から、トロツキーの暗殺で英雄になれると吹聴され、その言葉を真に受けて満足そうに笑みを浮かべるアラン・ドロン。
 一度目の暗殺計画で、それを実行できずに自宅で茫然自失している放心したアラン・ドロン。
 二度目の計画を実行する直前に落ち尽きなく煙草を吸いながら、ピッケルを振ってのトロツキーの暗殺をイメージをしている暗殺者の小心な素顔を演じるアラン・ドロン。
 フランクの恋人ギタを演ずるロミー・シュナイダーを抱き寄せている間もトロツキーのことで頭が一杯であるが故に、視点の焦点が定まらない不安げな表情、人格に破綻を来している暗殺者の異常性を表現しているアラン・ドロン。
 いよいよ、緊張状態の極限から暗殺を決行するときの狂気を表現するアラン・ドロン。
 ラスト・シーンでギタに掴みかかられ、びくびく震えていながら、トロツキーを暗殺した英雄のつもりでいる哀れな心神喪失状態のアラン・ドロン。

 人格に破綻を来している暗殺者の異常性を表現しているアラン・ドロンは、このようなシリアスな前衛的な映像に釣り合ってはいるものの、あまりに滑稽であり、それ故に怖くて不気味なのです。
 また、わたしは、この主人公フラン・ジャクソン(ラモン・メルカデル)を演ずるアラン・ドロンに感情移入してしまい、観ていて相当にみじめな気持ちになってしまいます。

 もちろん、以前から何度も鑑賞していますので、このような彼の演技の素晴らしい表現は既に理解出来ていたのですが、今回は、暗殺者としての暗殺決行の緊張と恐怖感、英雄願望への野心など、その心理描写を踏まえて鑑賞することが出来ました。

オカピーさんは、
【本作を異色作たらしめているのは殺し屋の性格描写である。この殺し屋はソ連の母親を人質に取られて暗殺を強要されている為好んで殺しに来たわけではない。殺しに対する恐怖に心を占拠されることがあるかと思えば、暗殺の成功による本国での評価といった野望に心が揺さぶられることもあるようだ(数百万人の国民を処刑したスターリンが指導している限り本国に帰るのは即ち死を意味しているのに)。こういう風にロージーは、トロツキーと交互する比較的限られた枠の中で執拗に彼を描写する。何故彼だけに焦点を合せなかったか推測するに、それ自体が決して目的ではないからである。】
と分析しています。

 主人公フランク・ジャクソン(ラモン・メルカデル)の小心で滑稽、故に怖くて不気味であることの背景には、このような心理状態があり、それがアラン・ドロンによって、うまく表現されているのです。

 人気の全盛期に、スターとしてはあまりにも大きい危険なリスクを背負ってまで、自分の新しい演技の可能性に賭け、堂々とジョセフ・ロージー監督の演技指導を引き受けたアラン・ドロン・・・。

 わたしは、この作品を詳細に観て、彼は演技することが、とても好きであるからこそ、優れた演出家に対して、実直であり、ジョセフ・ロージー監督に全面的に信頼を寄せていたのだという確信にまで至ってしまったのです。
 彼は、その演技指導によって、新たに引き出された自分の新境地に、歓び勇んで演技していたのかもしれません。今回の鑑賞を境にして、わたしはそのように感じられるようになりました。

 アラン・ドロンは、スターであるばかりではなく、俳優として演技することにおいても、真の意味での「俳優魂」を持っていたのでしょう。
 わたしは万感の思いを込めて、彼の演技に拍手を贈りたくなってしまいます。

 『暗殺者のメロディ』での彼の演技の素晴らしさは以前から理解してはいましたが、そのことを、【アラン・ドロンの魅力】として、はっきりと自覚できたのは、やはりオカピーさんのブログ記事の内容に刺激を受けたからのように思います。オカピーさん、本当にありがとう。今年は新春から出足の良いスタートです。

【>ジョセフ・ロージー
最初バートンはドロンにまともな演技ができると考えていなかったのだが、突如としてドロンは演技の実力があるばかりでなく、どうやらそのときバートン本人以上に仕事に対して真剣であると気づかされた。そしてバートンはドロンに敬意を表するようになり、競争意識のようなものが芽生えた。
 メルカデル(ジャクソン)のキャラクターは申し分なく魅力的だ。『暗殺者のメロディ』でのドロンは実に素晴らしいと思う。あの映画によってわれわれの友情が芽生え、そして『パリの灯は遠く』が生まれた。冷酷さや多義性や、ドロンはすべてを備えていたし、仕事には全力投球で打ち込んだ。】
【引用~『追放された魂の物語―映画監督ジョセフ・ロージー』ミシェル シマン著、中田秀夫・志水 賢訳、日本テレビ放送網、1996年(以下、『追放された魂の物語―映画監督ジョセフ・ロージー』)】

追放された魂の物語―映画監督ジョセフ・ロージー

ミシェル シマン Michel Ciment 中田 秀夫 志水 賢日本テレビ放送網


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by Tom5k | 2013-01-13 02:38 | 暗殺者のメロディ(2)