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『太陽がいっぱい』①~犯罪動機「貧困とコンプレックス」~

 この作品でもルネ・クレマン監督のスタッフ・キャストの編成においては、非常に特徴があるようです。
 まず、シナリオですが、クロード・シャブロル監督の『二重の鍵』『いとこ同志』やエリック・ロメール監督の『獅子座』のシナリオを担当していたポール・ジェゴフです。そして、カメラのアンリ・ドカエも、当時、クロード・シャブロル、フランソワ・トリュフォー、ルイ・マルなどの監督達とよく組んでいました。彼は、初期のジャン・ピエール・メルヴィル監督に見出されたカメラマンです。「ヌーヴェル・ヴァーグ」の監督たちは、彼の『海の沈黙』や『恐るべき子供たち』を絶賛し、彼が、そのカメラマンだったわけです。
二重の鍵
/ ジェネオン エンタテインメント





いとこ同志
/ アイ・ヴィー・シー





エリック・ロメール Collection DVD-BOX 1 (獅子座 / 六つの教訓物語)
/ 紀伊國屋書店





恐るべき子供たち【字幕版】
/ ビデオメーカー





 そして、共演者のモーリス・ロネですが、彼もまた、前作ではルイ・マル監督の『死刑台のエレベーター』に主演しています。しかも、『太陽がいっぱい』は、彼が主演する予定であった作品です。
死刑台のエレベーター
/ ポニーキャニオン





 これらのメンバーとルネ・クレマン監督が組んだことから、この作品は「ヌーヴェル・ヴァーグ」に対抗して作った作品といわれているようです。しかし、それはむしろ、『フランス式十戒』でジャン・クロード・ブリアリを使って「ヌーヴェル・ヴァーグ」を小者扱いした旧時代の代表監督ジュリアン・デュヴィヴィエの方だったような気がします。
 むしろ、彼独特のリアリズム作品を創作してきたルネ・クレマン監督は、「ヌーヴェル・ヴァーグ」を作風に取り入れ、新境地を開拓しようとしたのではないかと思います。そして、今、自分は「新しい波」を受け入れ、1930年代以降、ジュリアン・デュヴィヴィエやジャック・フェデール、マルセル・カルネ達から引き継がれてきたフランス映画界において、戦後1940年代後半からのクリスチャン・ジャックやクロード・オータン・ララ、そして、ジャン・ドラノワらの「詩(心理)的レアリスム」第二世代とともに、「ヌーヴェル・ヴァーグ」の旗手たちへの歴史の橋渡しになろうとの思いがあったのではないでしょうか?

 作品の題材を文学作品ではなく、アメリカの作家であるパトリシア・ハイスミス原作の推理サスペンスとしたことは、クロード・シャブロル監督の『二重の鍵』と似ていますし、シナリオも、『居酒屋』と同テーマであるにも関わらず、ジャン・ギャバンを主演にした『鉄格子の彼方』以来、一緒に仕事をしてきたジャン・オーランシュとピエール・ボストのシナリオコンビ(ドロン作品では『学生たちの道』のシナリオを担当)を使わず、ポール・ジェゴフを起用したことなどは、まるで自らが「ヌーヴェル・ヴァーグ」の作家のようです(ジャン・オーランシュとピエール・ボストのコンビは、当時のフランス映画の文学的傾向、いわゆる「良質の伝統」を創り出していた時代の代表でしたが、「カイエ・デュ・シネマ」誌(1954年1月号)上での掲載論文「フランス映画のある種の傾向」により、フランソワ・トリュフォーによって徹底的に批判されました)。

 これらのことから、ルネ・クレマン監督の本来の目的やフランス映画史的意義からいえば、この作品は、モーリス・ロネが主演トム・リプリーを務めるべき作品であったのだといえそうです。これは、彼が多くの映画人を育ててきた教育的側面を持っていた映画人であったことからも考えられることであり、より広い意味からの考察です。つまり、「ヌーヴェル・ヴァーグ」とそれ以前の映画は、断絶すべきではなかったと思うわけです。

 しかし、残念なことに「カイエ・デュ・シネマ」誌を主宰していたアンドレ・バザンや「カイエ派」の集いの場シネマテーク・フランセーズを率いていたアンリ・ラングロワらのパリのインテリ層は「新しい波」と「フランス映画の良質の伝統」との確執を埋めようとはせずに、「新しい波」の作家主義を育てていったわけです。文学界においても、実存主義の文学者ジャン・ポール・サルトルが、モーリアックを例にとり、旧来のフランス文学を批判していった時代であったことなどは、ルネ・クレマン監督のかつての師である『美女と野獣』の監督、そして詩人、画家でもあったジャン・コクトーにも直接・間接の影響を与えていたからだとも言われています。
文学とは何か
J‐P・ サルトル Jean‐Paul Sartre 加藤 周一 海老坂 武 白井 健三郎 / 人文書院





美女と野獣
/ アイ・ヴィー・シー





 更に、フランスの映画ファンにしても、アラン・ドロンは、例えば、ジャン・ギャバンのように愛すべきパリジャンではなく、成り上がりの警戒すべき危険な印象をもった俳優であったことも、これらのことに輪をかけていった原因のひとつであったのかもしれません。

 もちろん、アラン・ドロンのこの作品で名演は、今更わざわざ、説明するまでもないことでしょう。主人公のトム・リプリーの卑屈なコンプレックスとトップ願望がアラン・ドロンその人、そのものであった配役の成功であったと、周囲も語り継ぎ、本人もそう語っています。結果的に彼がこの主人公を演じたことで、単体としての作品の結晶度からみれば、完璧な作品となりました。特に日本では、リアルな犯罪心理劇のストーリーに、ニーノ・ロータの甘美で悲しい感情表現がうまくマッチングしたあの有名な主題曲とともに、歴史的な大ヒットとなったのです。

 そして、彼らにとってのこの成功体験は、以降3作品も続く映画史的名コンビネーションとなっていったわけです。
 ただ、ここでも残念なことに、ルネ・クレマン監督のアラン・ドロンへのこだわりが、演出家としての本来の目的と異なってしまい、自らの映画監督としてのスランプ、悪循環に繋がってしまったことにも着目すべきなのです。しかも、アラン・ドロンにはルネ・クレマンだけではなく、もうひとりの師匠ルキノ・ヴィスコンティというイタリアの「ネオ・リアリズモ」の巨匠がいたわけです。

 この作品も、そろそろ再評価されてくる時代ではあるとは思いますが、フランス国内でのトップ・クラスの他の映画作品のなかでは、まだまだ、評価が高いとまではいえないようです。
 また、同時期の「ヌーヴェル・ヴァーグ」の諸作品より低い評価であるのはもちろんですが、ルネ・クレマンの作品としても『鉄路の闘い』『居酒屋』『禁じられた遊び』などの「リアリズム」作品の方が着目されがちですし、アラン・ドロンの作品としてもジョセフ・ロージー、ルキノ・ヴィスコンティ、ミケランジェロ・アントニオーニ、ジャン・ピエール・メルヴィル、ベルトラン・ブリエの作品のほうが評価が高いようです。
 しかし、そういった客観的な現実があっても、なお、『太陽がいっぱい』という作品の素晴らしさは普遍であり、現在の映画ファンに必要なテキストであるとも、わたしには思われるのです。

 そのようなことから、わたしは、次のことを常に意識しながら、何度も観賞しています。

1、現代社会の歪み「犯罪行為」を扱っている作品であること。

2、トム・リプリーの「犯罪動機」が貧困と劣等感にあること。

3、作品構成がリアルな描写とストーリーに徹底しており、現実社会から遊離していないこと。

4、トム・リプリーの「犯罪心理」の描写が正確であり、特に、その比喩表現がインサートカットの挿入等により、成功していること。

5、作品のテーマが人間倫理を全うしていること。

6、正常者と異常(犯罪)者の境界が自然に理解できる表現に徹しており、トム・リプリーの犯罪と破滅に対して感情移入してしまう構成であること。

7、アラン・ドロンというアイドル・スターを本物の俳優に育てたこと。また、彼の資質が役柄において、俳優として適任であったこと。

 特に有名なインサートとしては、主人公トム・リプリーが、市場を散歩する場合の魚と彼のモンタージュです。他にも、フィリップを殺す際のトムのナイフを握る手、フィリップの落としたトランプを拾おうとする手、ヨットの遠景ショット、フィリップがナイフを刺されたまま「マルジュ」と叫ぶ下からのショットの連続のなかでのヨットという全く殺人と関係のないカットの挿入、つまり、トムの潜在意識の「誰かに見られている」という恐怖感の表現などが有名なインサートです。

 また、フィリップの友人の死体を運ぶときの車のクラクションの効果も自分が死体を運んでいるような気持ちになりますし、殺人のあとのトムの食欲も、本当の殺人事件と同じだそうです。殺人犯人は、人を殺害した後に急激に食欲や性欲が襲ってくるそうです。日本の警察も、現場での死体の検死は、自殺と他殺の区別が困難な場合に、その現場の冷蔵庫の食べ物を確認するそうです。
 このように、この作品には、この他にも数え切れないほどの多くの殺人犯人の潜在意識が表現されています。


 ルネ・クレマン監督は、「人の道から外れた生き方」には非常に厳しいひとではないでしょうか?彼の作品では、「人の道から外れた生き方」をしている人間は、辛い思いが、更に強くなるという構造になっているような気がします。つまり、「転落」や「破滅」の本質的な原因が何なのかを観る側は考えていかざるを得ないように思うのです。
 作品の主人公の生き方では「駄目」なのです。彼のその倫理観は、代表作品『居酒屋』や、この『太陽がいっぱい』でも一貫したテーマです。そういう生き方をしている主人公のキャラクターに感情移入することができて、しかも、それが愛すべき人物であったとしてもです。
 悲惨な環境の者が、益々悲惨になってしまうストーリーは、ヒューマニティの社会還元を目的にした彼の作品特有の警告であったとはいえないでしょうか?

 『太陽がいっぱい』のトム・リプリーの殺人動機は非常に分かり易く、そういう意味で極端に言えば、彼は非常に健康的な人間であるともいえます。当時の日本でこの作品が受け入れられたことを考えると、日本はまだ、あらゆる面で健康を保っていたのかもしれません。
 現在、日本での刑事事件における犯罪動機は、全く理解できない意味不明のものが増加しており、実に危険な時代を迎えてしまっているように思います。この時代にルネ・クレマン監督のヒューマニズムをどのように生かしていけばいいのか、我々、現代人の苦悩は益々深く沈潜していかざるを得ないような気がします。

(参考~『巨匠たちの映画術』西村雄一郎著、キネマ旬報社、1999年 / 『フランス映画史の誘惑』中条省平著、集英社(集英社新書)、2003年)

by Tom5k | 2005-11-12 15:47 | 太陽がいっぱい(3) | Trackback(16) | Comments(28)

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タイトル : 太陽がいっぱい
太陽がいっぱい 「太陽がいっぱい」(60)は、英国の女流作家パトリシア・ハイスミスの探偵小説「才人リプレイ君」の映画化。 アラン・ドロンを大スターに伸し上げたルネ・クレマンの逸作。 製作ロベール・アキムとレイモン・アキム、監督は「海の壁」(58)のルネ・クレマン、脚本はR・クレマンと「二十の鍵」(59)のポール・ジェゴフの共同脚色、撮影も「二重の鍵」のアンリ・ドカエ、美術はポール・ベルトラン、音楽は「甘い生活」(59)のニーノ・ロータが担当。 出演は「若者のすべて」(59)のアラン・ドロン、新星...... more
Tracked from マジック・映画について思.. at 2006-07-17 12:29
タイトル : 太陽がいっぱい/Plain Soleil
1960年のフランス映画です。 アラン・ドロン主演映画で私が初めて観た作品で、映画の評価云々を通り越して忘れられない映画です。 タイトルの「Plain Soleil」がポップなアニメーションで映し出され、イタリアの名所を背景にキャスト・スタッフの表示が終わると、双発の飛行艇が画面に広がります。そして書類にサインをするトム・リプリー(アラン・ドロン)の手が映されます。その後のストーリーを暗示するかのような印象的なカットです。... more
Tracked from 西洋と東洋の狭間 at 2006-07-20 12:33
タイトル : 太陽がいっぱい 「PLEIN SOLEIL・アラン・ドロ..
1960年度 フランス・イタリア映画 太陽がいっぱい(PLEIN SOLEIL) 監督:脚本:ルネ・クレマン Rene Clement 製作:ロベール・アキム Robert Hakim     レイモン・アキム Raymond Hakim 原作:パトリシア・ハイスミス Patricia Highsmith 音楽:ニーノ・ロータ Nino Rota 撮影:アンリ・ドカエ Henri Decae 編集:フランソワーズ・ジャヴェット Francoise 美術:ポール・ベルトラン Paul Bertrand...... more
Tracked from マジック・映画について思.. at 2006-09-18 20:15
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Tracked from 真紅のthinkingd.. at 2007-07-31 10:19
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 PLEIN SOLEIL  パトリシア・ハイスミス原作、ルネ・クレマン監督、アラン・ドロン主演、言わずと 知れたサスペンスの名作。古今東西、シネフィルや批評家に語り尽くされてき たであろうこの作品について、私ごと... more
Tracked from 川越名画座 at 2008-05-30 23:39
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”GERVAISE”  ネタバレです。ご注意ください。 救いがない・・・・のかなぁ、やっぱり。 フランス自然主義文学の巨匠エミール・ゾラの同盟小説を、「禁じられた遊び」「太陽がいっぱい」のルネ・ギ..... more
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タイトル : 「太陽がいっぱい」
PLEIN SOLEIL 1960年/フランス・イタリア/122分 CS放映されていた「太陽がいっぱい」を観る。 初公開時から何度かリバイバル上映されていて、私もそれでスクリーンで本作を観ている。テレビでも何度か放映されていて最後に観たのはいつだっけ? 今まではイタリア地中海の明るい太陽の下で完全犯罪を目論むトム・リプリー役のアラン・ドロンの一挙一投足、そして地中海の青い海、白いヨット、降り注ぐ太陽、ニーノ・ロータのメロディ…こんなところに眼が奪われて、案外と表層的にしか観ていな...... more
Tracked from 寄り道カフェ at 2008-07-08 22:33
タイトル : 「告発のとき」
IN THE VALLEY OF ELAH 2007年/アメリカ/121分 at:TOHOシネマズ梅田 前作「クラッシュ」で見事にオスカーを獲得したポール・ハギスの監督2作目はイラク帰還兵のPTSD(心的外傷ストレス障害)をテーマにした映画。 兵士達のPTSDそして捕虜や民間人に対するアメリカ兵たちの犯罪行為については、少ない情報ながら報道写真とか特集記事等である程度は知っている。しかしベトナム戦争の時と比べると報道で知らされることは絶対的に少ない。 先週末に見に行こうと梅田まで出て...... more
Commented by るうるう at 2005-12-12 15:29 x
はじめまして!コメント&TBありがとうございます。「太陽がいっぱい」はリメイクと合わせて今度観てみる予定です。この正月はアランの出演作品をずらっと観ようかなぁ。
Commented by Tom5k at 2005-12-18 14:04
わたしも、お正月はアラン・ドロン三昧の予定です。「太陽がいっぱい」はパトリシア・ハイスミスの原作も面白く、トム・リプレーシリーズが何冊かあり、ヴィム・ヴェンダース監督でデニス・ホッパーが演じた「アメリカの友人」はその第三作目なんですよ。
Commented by sentence2307 at 2006-01-01 16:18
はじめまして。
コメントとTBありがとうございます。
「太陽がいっぱい」は、「若者のすべて」と「冒険者たち」とともに繰り返し見ている作品です。
アラン・ドロンから受けるイメージとして、美貌と肉体美だけで生きていく男の頽廃美みたいな感じを抱いているのですが、それにぴったりの作品というのが、僕にとっては「太陽がいっぱい」でした。
そういうイメージの作品て、他にあるのでしょうか?
Commented by Tom5k at 2006-01-01 19:19
こちらこそありがとうございます。
「美貌と肉体美だけで生きていく男の頽廃美」は実に難しくて、何とも・・・。、『黒いチューリップ』の兄の役でしょうかね?「美貌だけで生きていく男の頽廃美」であれば『高校教師』『影を殺した男』などとか、一連のフィルムノワールなどが多くあるような気がします。
『ショック療法』は退廃美ではなく、サディスティックで悪魔的な役柄でした。ルネ・クレール監督の『悪魔の美しさ』のジェラール・フィリップのような雰囲気に近いような気がします。
Commented by トールバズ at 2006-01-04 02:36 x
TBありがとうございます。初めて訪問しましたが、文章力があり読み応えのあるブログですね。早速読者にならさせていただきます。今回「サムライ」の事を記事にしましたので読んでみてください。TB返しです(笑)今度ドロン以外の映画の事も書いてください。では
Commented by オカピー at 2006-01-23 15:26 x
わが拙い映画評「太陽がいっぱい」をTB致しました。やはりアラン・ドロンというと、この作品となってしまいます。この作品に出会わなければ、彼もあれほど犯罪映画に出演することもなかったでしょうね。

ところで、tom5kというハンドル・ネームはトム・リプリーからでしょうか?気になって眠れません(笑)。
Commented by Tom5k at 2006-01-28 11:03
>オカピーさん
こんにちわ。アラン・ドロンのこの作品は日本人の感性にピッタリなのでしょうね。世代を超えて人気の出る作品だと思います。

>tom5kというハンドル・ネームはトム・リプリーからでしょうか?

おっしゃるとおりでございます。
Commented by 徳丸虎龍 at 2006-02-05 21:48 x
お久しぶりでございます。徳丸です。ウチのブログをリンクしていただいたようで…。嬉しい、というより“いいのかな?”という申し訳なさでいっぱいです。あんないーかげんなブログを…。気が変わったらいつでも言ってください(笑)。徳丸の方もこちらをリンクさせていただきました〜。

こちらへも時々おじゃまして、ちょっとずつ記事を読ませていただいてたんですよ。次がちょうどこの記事だったんですが、トムさんの“『太陽がいっぱい』を観る時の7つのポイント”を読みながらふむふむと納得してました。毎回こちらで勉強させていただくたび、「そうか、アランくんてスゲー役者だったんだ」と今さらながら感心しております(←だからこの程度なんですよ、徳丸の鑑賞能力なんざ…)。
Commented by wako at 2006-02-09 13:14 x
ごめんなさい。なぜか「オリバー・ツイスト」までTBしていました。「どんな繋がりが??」って不思議に思われましたよね。こちらもリンク貼らせていただきました。今後も宜しくお願いいたします。
Commented by Tom5k at 2006-02-11 15:32
>徳丸さん
こんにちわ
いつも、読んでいただいていたとは、たいへんうれしく思います。わたしも徳丸さんの記事はいつも楽しみにしています。そして、リンクありがとう。

わたしは、おっしゃるとおりアランくんてスゲー役者だと思ってはいるのですが、徳丸さんがつっこみをいれたくなる気持ちがよくわかるのです。アランくんが親しみやすい庶民のスターであることも、本当のことだと思うからかもしれません。

わたしのほうへは、いつでも来てくださいね。
Commented by Tom5k at 2006-02-11 15:37
>wako さん
リンクありがとう。
「オリバー・ツイスト」はポランスキーも原作のデッケンズも知らないのですが、最近友人に勧められ、デヴィット・リーン監督の『オリヴァツイスト』をレンタルで観ました。60回も映画化されているなんて知りませんでした。
セットも随分お金をかけているんですね。デヴィット・リーン監督の作品も時代描写がとても優れていたという印象でした。
Commented by サーチカ at 2006-03-22 00:15 x
コメント、ありがとうございました!
私もTB返させていただきますね。
トムさんの映画のお話、とても興味深くて、思わずお気に入りに入れてしまいました。
これから、他の文章も読ませていただきますネ!
Commented by Tom5k at 2006-03-26 12:58
>サーチカ さん
「お気に入り」に加えていただいて、ありがとうございました。
わたしも、また、お邪魔させていただきます。よろしくお願いします。
Commented by ヘンリー at 2006-07-17 12:37 x
トムさま
お久しぶりです。ここ数ヶ月仕事に忙殺されておりましたが、頑張って「太陽がいっぱい」をアップしましたので、TBさせていただきます。
数々のインサートショット、確かに印象的ですよね。犯行直後の白い帆船は偶然通りかかったのをアンリ・ドカエがたまたま撮影していたそうです。1秒にも満たないショットですが、強烈な印象を与えていますよね。
今後とも宜しくお願いいたします。では、失礼いたします。
Commented by Tom5k at 2006-07-17 22:23
>ヘンリーさん
ようこそ、お久しぶりです。お仕事お忙しいとのこと。お身体に気をつけて頑張ってください。
『太陽がいっぱい』をアップされたとは・・・。早速寄らせていただきます。
Commented by ヘンリー at 2006-09-18 20:19 x
>トムさま
先日お勧めいただいた「アメリカの友人」観てみました。
ある意味「太陽がいっぱい」よりも深い内容?と思ってしまいました。お時間のある時にでもコメントいただけると幸いです。では、失礼いたします。
Commented by Tom5k at 2006-09-18 22:11
>ヘンリーさん
わたしの勧めさせていただいた『アメリカの友人』を観ていただいたとのこと。たいへん、うれしいです。
トム・リップリーはあまりにもアラン・ドロンが素晴らしかったため、トム・リップリー=アラン・ドロンという固定されてしまった、ある意味では不幸なキャラクターかもしれません。
007=ショーン・コネリー、寅さん=渥美清、ドラキュラ=クリストファー・リー、フランケンシュタインの怪物=ボリス・カーロフ、クラリス捜査官=ジョディ・フォスター等々。そういった事例は挙げればきりがないですよね。
しかし、我々映画ファンは、そういった固定観念を払拭し、種々の本質を見極めていかねばならないのかもしれません。
とはいえ、ハイスミスのトム・リップリーシリーズは第一作の『太陽がいっぱい』しか読んでいませんので、ヘンリーさんの記事で早速、勉強させていただきます。
では。
Commented by 武田 at 2007-07-25 00:13 x
トムさま、こんばんは。
あっという間に、もう7月も終りですね。
ヌーヴェルヴァーグ⑦、わくわくしながら拝見させていただきました。

今夜は1年ぶりくらいに昨日放映された『太陽がいっぱい』を見たのですけど、何度見ても本当にすごい作品ですね。
>つまり、ヌーヴェル・ヴァーグとそれ以前の映画は、断絶すべきではなかったと思うわけです。
なるほど、そうだったのか!!と、またまたいつもと同じようにひたすら勉強させていただき、唸ってしまいました。
>ルネ・クレマン監督は、「駄目な生き方」には非常に厳しいひとではないでしょうか?
本当ですね。この映画の若者たちはみな、「罰当たり」で罪深いという視線で捉えられているなあと感じます。

Commented by Tom5k at 2007-07-26 00:46
>武田さん、こんばんは。北海道も暑いですよ。そちらはどうですか?
『太陽がいっぱい』も、わたしは不幸な作品であるように思います。こんなに素晴らしいのに、どうして、もっと評価されないのかなあ?当時の時代的な影響のせいなんでしょうね。
ジュルジュ・サドゥールの「世界映画史」の影響が強すぎるためか、この著では『海の壁』の失敗のことと、『太陽がいっぱい』や『生きる歓び』では「クレマンの衰えた演出」と評価されていたようです。それから、墓堀人トリュフォー監督の批判、左岸派が無視していること、などなど。
でも、再評価の機運も高まっているようなので、わたしは楽天的です。素晴らしいものは素晴らしいですから。
>「罰当たり」・・・
確かに、『太陽がいっぱい』は、まだ分かり易いんですけれど、『居酒屋』の主人公ジェルヴェーズも、きっと罪深いものを持っているんだろうと思っています。
では、また。
Commented by 真紅 at 2007-07-31 10:39 x
Tom5kさま、初めまして。「終日暖気」武田さまのところから参りました。
アラン・ドロンのファンでいらっしゃるのですね。
私はフランス映画にもアラン・ドロンにも全く詳しくはないのですが、この映画は素晴らしいと思いました。
稚拙な感想ですがTBさせていただきました、よろしくお願いします。
ではでは、失礼します。
Commented by Tom5k at 2007-08-01 01:13
>真紅さん、はじめまして。TB・コメントありがとうございました。
武田さんとは、いつも楽しくコメントの交換などさせていただいています。
>フランス映画にもアラン・ドロンにも全く詳しくはないのですが・・・
とのことですが、むしろ詳細な知識は無用だと思っています。そのほうが本質的な映画鑑賞ができるのではないかな?それで素晴らしいと感じて言葉にすることができれば、その映画は本当に素晴らしいのでしょうね。
是非とも、またお越し下さい。
では、また。
Commented by FROST at 2008-05-30 23:48 x
『居酒屋』方面からトラックバックさせていただきました。トムさんのこの記事は前に読ませていただいていて、うちの『居酒屋』の記事にコメントいただいたときにピンと来てました。クレマン監督のヌーヴェル・ヴァーグへの関わりはなるほどと納得させられました。

>ルネ・クレマン監督は、「駄目な生き方」には非常に厳しいひとではないでしょうか?

このポイントですよね。ここに絞り込んで『居酒屋』を再見してみようと思います(まだ見れてないんですよ~)。『居酒屋』において、クレマン監督が「駄目な生き方」を極めてクリアに描こうとしたことは間違いないと思います。が、”正しき強き人の理論”としてそれに対して厳しい視線を向けていたのか、そこのところが今ひとつつかまえられてないんですよ。観なおしたらまたコメントしますね。
Commented by mchouette at 2008-05-31 08:19
トムさん。こちらのほうにTB貼らせていただきました。
>多くの殺人犯人の潜在意識が表現されています。
私も今回、再見して、細部に至るまで。様々な要素でトムの心理を巧みに描いているなって、とても感じました。特に印象的だったのが台所で背中を丸めてチキンを食らっているシーン。食べるという行為は人間の一番の欲望だし、人間性が一番表出される行為。トムさんの文章読んでいて、さらに一つのシーンに隠されているもので、私が感覚的にしか捉えられなかった部分がさらに的確な形で見えてきて…いやぁ、嬉しいといおうか興味深かった。零れ落ちるものについ眼が注がれ、そこから感じるものにさらに見ていきたいタイプの人間なので、トムさんの指摘、視点はとても興味深いです。
改めてトムさんの文章で私の感覚だけに終始した把握を補強させていただきました。いやぁ、また観たくなったわ!

Commented by mchouette at 2008-05-31 08:19
<字数オーバーになったので続きます>
>モーリス・ロネ
ポランスキーの「水の中のナイフ」みていて貧しい青年がロネによくく似ていたし、ドロンとも似ている。彼がキャスティングされていても不思議ではない雰囲気持ってますよね。そしたらフィリップは?
やはり、これはロネとドロンの二人が演じたからこその作品だったでしょうね。それからクレマンの「居酒屋」「鉄路の戦い」アマゾンでワンクリックしましたよ! またクレジットの支払いに追われそう(笑)レンタルでも最近少ないですからね。頑張って仕事しなければ…です。時間が足りない!用心棒さんからも「水の中のナイフ」関連で「狂った果実」「太陽の季節」を教えていただきこれも観なければ…です。
仕事しているからこうやってアマゾンでほいほいとクリックできるのだけれど、その分時間が少ない! 人生こんなもんでしょうね。
有意義で手応えある文章ありがとうございました。(ペコリ)
Commented by Tom5k at 2008-06-01 16:16
>シュエットさん、TBありがとう。
これらの潜在意識の表現は、わたしの発見というよりも、有名な逸話ばかりですので、案外と正確なものかもしれません。ルネ・クレマンの前歴は、精神分析のお医者さんだったようですよ。だから、こういった心理映画が上手につくれたんでしょうね。
>モーリス・ロネ
いい俳優さんですよね。よく、役の変更を納得したものだと思います。トムをやっても上手に演じたろうな、と思います。
>そしたらフィリップは?
予定されていたとおり、ドロンだったらどうなっていたかなあ?何だか遊びほうけて、弱いものいじめをしているというアラン・ドロンはピンと来ないです。
きっと、マルジュとアメリカに帰って父親の事業を継ぎ、もっと大きな会社にしていたのでは?多分トムも役員の一人として使っていたと思います。

>「居酒屋」「鉄路の戦い」・・・
ええっ!ほんとですかあ。この二作品もほんとうに素晴らしい作品ですよ。
>「狂った果実」「太陽の季節」
日本映画のすばらしさを再確認できます。確かオカピーさんも記事を書いていたと思います。
ご覧になったら、それぞれ感想を聞かせてくださいね。
では、また。
Commented by Tom5k at 2008-06-01 19:16
>FROSTさん、こんにちは。
『居酒屋』のTBありがとう。
読んでいただいていたのですね。ありがとうございます。
最近、お知り合いさせていただいたシュエットさんにも、このポイントをお伝えしてみたところです。
ほんとにポイントなのかどうかも怪しいかもしれませんがね(笑)。
だって、『居酒屋』のつらさを、つらいというだけで解釈するには、つらすぎます(日本語になっていませんが)。
>”正しき強き人の理論”
ふ~む、たしかに、クレマンの一世代前のジュリアン・デュヴィヴィエは、あきらかにクリスチャンとしての倫理観が透徹していたように思います。クレマンは、そこのところはどうなんでしょうね。
再見されたら、またご感想をお聞きしたいです。
では、また。
Commented by mchouette at 2008-07-08 22:39
トムさん、今晩は。
劇場公開されている『告発のとき」見てきました。イラク戦争における兵士達のPTSDをテーマにした映画l。その感想の中で犯罪心理の一文をトムさんの記事から引用させていただきました。事後報告で申し訳ありません。
重いけど、この映画がというより、世界で起きていることを知るということでも、やはりみるべき映画カも知れませんね。
映画について、やはりあれこれ思ってしまい、まとまりがつかないままに書き連ねてますが、お時間ありましたらご一読ください。
Commented by Tom5k at 2008-07-09 22:56
>シュエットさん、こんばんは。
引用は全然かまわないんですけど、これ案外有名な逸話なんで。ですから、わたし自身もテレビとか本からの引用というか参考したものがあるというか、わたしの独自の発見ではないんですよ。
でも、わたしのブログから、そういったところに着目してただいたことは、とてもうれしかったです。ありがとうございます。
>『告発のとき』
では、これからお邪魔しますね。
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