『アラン・ドロンについて』⑪~アラン・ドロンが出演している面白い作品 新ベスト5~

 わたしには、アラン・ドロンが出演している作品で、周期的に観たくなる作品、何ケ月か何週間かに一度は観たくなり、かつ単純に面白いと思う作品が5本あります。

 彼の魅力が本質的なものまで掘り下げられているか否かは別として、わたしにとって彼のキャラクターが非常に魅力的に映っている作品です。以前からたいへん好きな作品ではあったのですが、本当に真から好きな作品と自覚できるようになったのは最近のことだと思います。

『さらば友よ』(1968年)【8点】
『シシリアン』(1969年)【7点】
『レッド・サン』(1971年)【7点】
『アラン・ドロンのゾロ』(1974年)【未掲載】
『ハーフ・ア・チャンス』(1998年)【7点】
※注 【  】内の点数は、ブロガー仲間のオカピーさんの評価点数です。
プロフェッサー・オカピーの部屋[別館]テーマ「アラン・ドロン」のブログ記事

 特に、『さらば友よ』と『シシリアン』は、ようやく最近になって、それらが最も上位に位置付くほど好きであることを自覚した作品です。
 順位までの格付けは、今のところ不可能なのですが、私の「無意識の意識」が選んだベスト5作品です。

 私の無意識、すなわち潜在意識は、彼に何を求め、どこに魅力を感じたのか、自分自身の分析をしてみたくなります。

 ここには、彼の代表作品である『太陽がいっぱい』や『サムライ』、『パリの灯は遠く』のような単独主演の作品はありません。チャールズ・ブロンソン、ジャン・ギャバン、リノ・ヴァンチュラ、三船敏郎、ジャン・ポール・ベルモンドなど、ほとんどが同格の主演者との共演作品です。

 単独の主演作品は、『アラン・ドロンのゾロ』ですが、この作品にしてもスタンリー・ベイカーという素晴らしい敵役、ヒロインとしてたいへん魅力的な役柄を演じたオッタビア・ピッコロと共演しています。
 植民地施策総督府の総督など権力の権化のような役を演ずることは、当時の彼には、俳優の資質としても欠損していたとは思いますが、『世にも怪奇な物語 第2話 影を殺した男(William Wilson)』や『レッド・サン』、そして『リスボン特急』などを鑑みれば、もしアラン・ドロンがウェルタ大佐を演じたとしても素晴らしい作品になったかもしれません。

 いずれにしても、私の潜在意識は、アラン・ドロンが共演者とともに作品を創っていく俳優であることに満足感を得ているようです。彼が共演者たちの魅力を惹き出し、彼の魅力もまた、その共演者たちによって惹き出されていることから、その作品を面白く鑑賞することができているのです。

 また、『ハーフ・ア・チャンス』以外は、すべて1960年代後半から1970年代中盤までの作品であり、これは、やはり、日本でのアラン・ドロンが、映画スターとしての人気の全盛期を迎えていた頃の作品ばかりであり、わたしもまた、一般的な日本人の感性の中でアラン・ドロンに魅力を感じていることに、あらためて気付かされたところなのです。
 『ハーフ・ア・チャンス』でさえ、往年のライバルであり、友人であるジャン・ポール・ベルモンドと共演を果たした全盛期への時代的郷愁からの嗜好を盛り込んだ「アクション・ノワール」の総決算的な作品でもありました。

 そういった意味では、わたしの大嫌いな映画評論家の南俊子氏への批判的な気持ちも、逆に考えれば、これもまた無意識の近親憎悪による嫌悪感なのかもしれないと、大いに反省を促されているところでもあります。

 当時のアラン・ドロンの日本での人気の原因をよく表している一文を見つけました。
 最近ではノーベル賞作家の大江健三郎氏と「反原発」運動で行動を共にしていますが、1960年代後半から70年代にかけて、ラジオ番組『セイ!ヤング』で大活躍されていた文化放送のアナウンサーであった「レモンちゃん」こと落合恵子氏のエッセイ集にあったものです。

【蝶よりは蛾のほうがいい。なぜか、突然、そう思った。
黄や白、黒の薄っぺらな羽を、これみよがしにヒラヒラさせて飛んでいる蝶を見ると、鳥肌が立つ。第一、嘘くさいじゃないさ。インチキじゃないか。あのモゴモゴとした、不器用な毛虫から、軽やかな蝶に変身するなんて。
美容整形した清純派スター、さもなくば、どなたか偉いひとの立身出世伝でも読んでいるようで、腹がたつ。
夏の終わり、子供達の夏休みの作品かなんかで、箱いっぱいに虫ピンで止められた蝶の採集を見ていると、それが一番お前さんにお似合いさとイヤミの一つでもいってやりたくなる。
(-中略-)
一匹の蛾が入ってきた。そこで、さっきの“蝶よりは蛾のほうがいい”という、とっぴょうしもない考えが思い浮かんだのだけど。
考えて見てもちょうだい。毛虫が毛虫のままで終わるのなら、もしくは、毛虫が蝶でなくて、蛾になるのなら、それなりに美しいし、せつないし、ナットクだけどさ、ある日突然、美しい蝶に変身しちまうなんて、まるで、シンデレラか、安っぽいハリウッド式スター誕生って感じで、イヤミじゃない?
(-中略-)
“蛾で思い出したけど、アラン・ドロンってえのは、あの美しさにかかわらず、どこかしら、蛾的・・・・・こんな言葉ってあるんだろうか・・・・・な匂いがするんだな。
どこでなにをしても、タキシードにシルクのタイでシャンパン片手に、居心地のよさそうなソファに腰をおろしていても、真赤なスポーツカーでハイウェイをぶっとばしていても、夏のはじめのエメラルドグリーンのプールで、二十四時間、酒と女に飽食しているそのときでも、なにか、満たされない不良少年の渇き、だれにも入ることのできない暗さを漂わせてたりしている。
どんなに陽気そうに笑っていても、彼のあの型のいい唇・・・・・まるで、〈kiss〉と夜のために用意されたような・・・・のはじっこには、いつも不敵でシニックな影がチラチラしているし、すべてを捨てて、身を投げかけてきた女を、あのガッシリとした胸でうけとめながらも、彼の目は、百パーセント人間を信用できない、信用されたこともない男特有の不幸な疑惑が見えたりする。
ニコヤカに握手をして肩をたたき合っても、油断なく相手の頭のてっぺんから爪先きまで、かぎまわし、敵か味方か、白か黒か決めつけなくては気がすまない、そしてそんな自分を嫌悪している苦みがある。そのくせ、人一倍人間の肌のヌクモリ、やさしさ、安らぎ、吐息を求めてやまない幼児的な欲求にいつもせきたてられている。
このへんなんだな、彼の魅力は。美しすぎるものや人は、えてして、嫉妬の対象になりうるのに、男にも、女にも、なぜか許されてしまう、熱いオニオンスープの一杯でも、こさえてあげたくなってしまう気分にさせるところは。
「人間の性格というものは、その幼児体験にかなり左右される。ぼくには子供らしい夢というものがなかった。いつも爪をかんで大人の顔色をうかがっているようなイジケタ子供だったような気がする」
と、ドロン自信も回想しているように、子供のころ出会った両親の離婚のショックが、彼を少々イビツな、それゆえ、トビキリ魅力的な男にさせているのかもしれない。
蝶になりうるすべての外的な条件・・・・・たとえば名声、たとえば富、女、人気・・・・・を与えられながら、どこかで爪をかんでフクレッツラしている男の哀愁。しんそこ蝶になりきれない精神的な肌寒さが、いつも彼の背中から離れやしない。
否定しながらも、なお求めてやまぬ愛情へのあこがれ、そんなものが哀しいほど、伝わってきてしまう。(略-)】
『おうちへお帰り(蛾が好き! ドロンが好き!)』落合恵子著、新書館、昭和47年10月


 どうでしょうか。まさに時代の申し子であったアラン・ドロン!
 参考までに、『おうちへお帰り』が発行される前の直近5年間に日本公開されていたアラン・ドロン出演作品は、次のとおりです。

※ 日本公開年月順
昭和42年
  5月 『冒険者たち』(1966年)

昭和43年
  3月 『サムライ』(1967年)
  5月 『悪魔のようなあなた』(1967年)
 10月 『さらば友よ』(1968年)
 12月 『あの胸にもういちど』(1967年)

昭和44年
  4月 『太陽が知っている』(1968年)
  7月 『世にも怪奇な物語〈第二話 影を殺した男〉』(1967年)
 12月 『ジェフ』(1968年)

昭和45年
  4月 『シシリアン』(1969年)
  6月 『ボルサリーノ』(1969年)
 12月 『仁義』(1970年)

昭和46年
 10月 『栗色のマッドレー』(1970年)
 11月 『レッド・サン』(1971年)

昭和47年
  4月 『もういちど愛して』(1970年)
  9月 『帰らざる夜明け』(1971年)

 落合恵子氏がこのうち何本の作品をご覧になっていたかは、知るよしもありませんが、彼女のアラン・ドロンへの批評にあるその姿こそ、当時、ほとんどの日本人が求めていた時代的キャラクターであったのです。それを体現していたアラン・ドロン像は、落合恵子氏の独創的な所感ではなく、日本での最も一般的な彼のイメージだったと思います。

 だが、例えば、21世紀に育った現在の若い世代に、アラン・ドロンの出演した映画作品を観せて、彼女のこのエッセイを読ませたとしたならば・・・。
 恐らく彼らには、アラン・ドロンと昭和40年代の何がどう魅力的なのか、その意味そのものが理解できない・・・わからないのではないでしょうか????

 かなり前のブログ記事なのですが、わたしのブログ仲間のviva jijiさんが、全盛期のアラン・ドロンの記事をアップされていますので、ご紹介します。
 当時のアラン・ドロンが、日本でどんな存在だったかが、とても良く分かる記事だと思います。何せviva jijiさんは、熱狂的な映画ファンで、世代的には団塊世代よりは若く、我々の世代よりは少し上ですから、アラン・ドロンの全盛期を堪能された世代、その時代に青春を送った世代なわけです。
viva jijiさんのブログ『映画と暮らす、日々に暮らす。』の記事「アラン・ドロン」

 さて、わたしが今回選んだ作品はすべて、純粋なフランス映画作品ではなく、非常にハリウッド・ナイズされた作品ばかりとなりました。
 これは、アラン・ドロンが出演している多くの作品が、そうであったのかもしれませんが、チャールズ・ブロンソンというアメリカのドル箱スターと共演した『さらば友よ』や『レッド・サン』、20世紀フォックス制作の『シシリアン』、元来がアメリカのキャラクターである『アラン・ドロンのゾロ』など、ギャング映画(ギャングスター映画)、西部劇、活劇(剣戟映画)という典型的なハリウッドのエンターテインメントの要素をヨーロッパ的作風でアレンジしている作品ばかりなのです。

 また、わたしが従来から大好きな、ルネ・クレマン、ルキノ・ヴィスコンティ、ジャン・ピエール・メルヴィル、ジョセフ・ロージーの演出作品を選んでいないことは、今回の私の「無意識の意識」が、非常に商業的なエンターテインメントへの嗜好の強さ・・・映画芸術ではなく、華やかな娯楽性を持った商業映画の魅力に惹かれていることを正直に見詰めた結果から選んだ作品だからかもしれません。

 これらの娯楽作品群は、アラン・ドロンが出演している作品の中でも群を抜いてそのプロットや登場人物が類型的で硬直しています。
 それは、もうひどくワン・パターンであり、男同士の友情や裏切り、派手なアクション、単純な正義と悪とのすみわけ、全く深みのない表層的なテーマ・主題・・・これらにおいては、フランソワ・トリュフォーやジャン・リュック・ゴダールなど「ヌーヴェル・ヴァーグ」カイエ派の批評によって、間違いなく息の根を止められてしまうべきステレオ・タイプの映画様式(スタイル)ではないでしょうか?
 特に、『シシリアン』のギャング集団、『レッド・サン』のコマンチ族、『アラン・ドロンのゾロ』の悪の総督府、『ハーフ・ア・チャンス』のロシアン・マフィア・・・ファンであるわたしでも批判されれば反論できない類型的で硬直した型式モデルばかりです。

 しかし、わたしの正直な潜在意識・・・「正直な潜在意識」ってどんな?・・・にとっては、それが最も魅力あるキャラクターたちでもあったのです。これは、ある意味、新しい発見です。

 それにしても『レッド・サン』で彼が演じた悪漢ゴーシェは素晴らしい。彼が超一流の俳優であることが証されている作品だと思います。この作品はブルーレイのディスクとして蘇ります。久しぶりに西部の悪漢として大暴れしたゴーシェに心酔してみようかと思っているところです。


 この5本、わたしのなかで何が面白いのか?正直なところ自分でもその理由まではよくわかっていないかもしれません。うまく文章表現できませんでした???(笑)


 が、しかし、アラン・ドロンのファンとしての自分自身の可能性の発見、これが無限に近いものであることを発見できたこと・・・自己分析のプラス評価として自我自賛したくなる今日この頃なのです。
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by Tom5k | 2012-04-07 01:39 | アラン・ドロンについて(12)