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『地下室のメロディー』②~映画館での鑑賞で特に印象の強かったもの~

 今日(平成22年6月6日(日))は、久しぶりに仕事が休みでしたので、札幌市に所在するミニシアター映画館「蠍座」(北区北9条3丁目タカノビルB1)で上映されている『地下室のメロディー』を観に行ってきました。

 今回は、家族全員で札幌での他の所用が主目的だったので、自家用自動車での路程となりました。幸いなことに、それは午後からの用事だったので、午前8時に自宅を出発して高速道路を利用し、何とか10時30分からの上映開始時刻には間に合わせることができました。12時30分までの2時間、ゆっくりと『地下室のメロディー』を堪能することができ、久しぶりに映画における有意義なひとときを過ごせたわけです。

 一緒に札幌に行くことになった本年73歳を迎えた母親に
「丁度、札幌の映画館で、アラン・ドロンとジャン・ギャバンの古い映画をやっているから、それを観終わって12時30分過ぎ頃に待ち合わせよう。」

「なにっ?!ドロンとギャバン・・・それって、『地下室のメロディー』かい??・・・
・・・いいねえ、一人で観て・・・・・・どうやって時間潰そうかなあ?」

と、どうも恨めしそうな表情だったので・・・・・仕方がありません。一緒に連れてくかあ。

 それにしても、おふくろのヤツ、よく『地下室のメロディー』なんて映画名が出てきたもんだ。アラン・ドロン人気全盛期の世代であるにも拘わらず、『サムライ』と『レッド・サン』の区別が付いていない人ですから、正直、驚きました。
 映画に連れて行ってもらうことに気を良くしたのか、わずかな年金から今回は映画代を出してくれました。おふくろに「小遣い」貰うの何十年ぶりかな・・・。


 さて、振り返ってみれば、平成17年2月に『山猫』を「シアターキノ」(中央区南3条西6丁目南3条グランドビル2F)で、平成21年2月7日(土)に『望郷』と『太陽がいっぱい』、平成21年2月28日(土)に『肉体の冠』と『太陽はひとりぼっち』を「蠍座」で鑑賞することができました。ここ5・6年の間に、4本ものアラン・ドロンの主演作品を映画館で鑑賞したことは、わたしにとっての一生の想い出となりそうです。
望郷
/ ジェネオン エンタテインメント





肉体の冠
/ ジェネオン エンタテインメント





 逆に、残念なのは、平成20年11月に「札幌シネマフロンティア」(中央区北5条西2丁目5番地 JRタワー・ステラプレイス7階)で上映された『若者のすべて』を、仕事の都合で観に行くことができなくなってしまったこと。わたしにとって、これは本当に悔しい想い出となりました。

 それにしても、「スクリーンに投影された」アラン・ドロンとジャン・ギャバンを想い浮かべて・・・正に映画とはこういうものなのだ、映画スターとは彼らのような者たちのことを言うのだ・・・と、わたしは映画を観に行く前から大きな感慨に耽ってしまっていたのです。
 やはり、寝転がって、見落とした場面を送り戻しながら・・・また、お菓子を頬張りながら・・・あるいは、一時停止をしてトイレに行ったり・・・このような緊張感のない鑑賞は、いくらディスプレイが大きくなった新型TVで鑑賞したとしても、本物の映画鑑賞とは言えますまい。

 想い起こせば、この『地下室のメロディー』は、中学校2年生の時分、1978年頃だったでしょうか?同じクラスの友人を付き合わせて映画館に足を運んだ記憶があります。
 それ以前のTV放映でも既に鑑賞していたのですが、ジャン・ギャバン演ずる出所帰りのシャルルとヴィヴィアンヌ・ロマンス演ずる妻ジャネットとの自宅でのやり取りや、アラン・ドロン演ずるフランシスとカルラ・マルリエ演ずるスウェーデンのダンサー、ブリジットとの恋愛関係などのシークエンスが大幅に編集・カットされており、
「本当の『地下室のメロディー』は、随分と長い作品だったんだなあ」
との印象を持ったものでした。

 今回の映画館鑑賞で、わたしがあらためて印象に強く残ったのは、フランシスとブリジットとの淡い恋物語、そして、やはりカンヌのパルム・ビーチでのカジノの地下金庫室からの現金強奪のスリリングでリアルなプロットとその映像表現でした。

 フランシスは初め、シャルルの指示通りに舞台ホールの楽屋裏の出入りを自由にできるようにするために、スウェーデン出身のダンサーであるブリジットに近付いただけでした。ところが、彼はどうやら、本気で彼女に恋をしてしまったようです。

 彼女とのデートで午前4時まで、仕事を気にかけずに浮き足立ってしまったフランシスに、ボスのシャルルから、
「・・・1分のズレは1分では戻せん それで何年も食らうからな」
と、1分刻みでの行動を取れ、と大目玉を食らうシーンがあります。

 結局は、最後に彼女が選ぶのは、別のブルジョア男性となってしまうのですが、その彼と一緒になることをフランシスにわざわざ告げてお互いの関係を清算してしまう行動は、とても不自然なものでした。
 もしかしたら、他の男の元に行ってしまう自分を本気で引き留めて欲しかったのではないか、むしろそのために、わざわざ彼の元を訪れて別れを切り出したのではないか、と勘ぐりたくなってしまいます。
 これは女心の常套の表現方法だったのかもしれません。

 それにしても、冒頭でのシャルルとジャネットの会話や、フランシスと彼の母親との親子喧嘩、ショット・バーでフランシスが自分に惚れている女給に放つ「お前なんかにこの曲がわかるもんか」の無神経な言葉、公衆浴場の経営をするシャルルの友人マルクの妻の極端なキャラクター、義兄ルイの「妻と行く舞台鑑賞よりストリップ・ショーの方に興味がある」との卑猥な冗談、ブリジットの別れ話に逆上するフランシスの乱暴な態度などなど、この作品は女性の立場を全く否定してしまっています。

 「ヌーヴェル・ヴァーグ」の祖母といわれていたフェミニスト、アニエス・ヴァルダ監督が、映画生誕100年の記念作品『百一夜』で、フランス映画界の大スターであったジャン・ギャバンを全く取り挙げていないこと、その意味をわたしはあらためて理解することができてしまったのです。


 さて、映画のプロットに戻りますが、フランシスは、ホテルでの最後のダンス・ショーの最中に、ブリジットが客席に居るブルジョアの婚約者に、ステージ上から花を投げる行為を眼にします。
 そのとき、カメラは一瞬フランシスの複雑な表情を写し撮っているのですが、彼は、これからの仕事のことで頭が一杯になっていたのか?彼女の行為から仕事に集中せざるを得なかったのか?彼の目線(主観描写)でカメラが追ったのは建物上部の天井部分でした。

 フランシスはシャルルとの打合せ通り、ステージにある梯子段からホテルの屋上に出るため、ダンス・ショーが終了した頃合いを見計らって、ステージ上の舞台道具の陰に隠れることにしました。

 そこでは、最後のダンス・ショーの打ち上げパーティーが行われ、参加していたブリジットに対して同僚の友人が

「フランシスには未練がないの?」

と問いかけます。
 それに対する彼女の本音は・・・

「彼の言葉遣いにも態度にも未練はないわ」

だったのです。

 わたし自身の数少ない恋愛経験から察するところ・・・男として、これほどの悔しい言葉はありません。惚れた女が自分に全く未練を残していないなんて・・・

 しかし、だから・・・だからこそ、彼はこの仕事に打ち込めたのかもしれません。

「・・・1分のズレは1分では戻せん それで何年も食らうからな」
 そして、ここで、ようやく彼は、女にうつつを抜かして時間にルーズだった自分を省みることができたのだと思います。

 カジノの金庫が開く時間が間近に迫ってきました。彼は早く建物の屋上に辿り着き、シャルルとルイにライトで合図を送らなければなりません。
 予定では11時半にホテルのバーのダンス・ショーが終了し、すぐに屋上に出られるはずだったのに、最後となったこのショーの打ち上げパーティーのために、ホテルの屋上階には、なかなか行くことが出来ないのです。

 このシークエンスあたりから、作品としてのクライマックスに向けて、緊迫感が醸成してきます。

 それは、アラン・ドロン、ジャン・ギャバン、モーリス・ヴィローの台詞や表情に敢えて大仰な動きを付けずに、むしろ、それをほとんど無くしてしまうことによって、フランシスが屋上階に辿り着けないことへのシャルルやルイの内面を表すことに成功しています。
 ロールスロイスからホテル屋上に向けてのライティングにフランシスから何の反応も無いことへの彼らの苛立ちや焦燥感などの心情が、観る側においても見事に実感できる素晴らしい視覚効果を生み出しているのです。

 このあたりの静かで緊張感の漂う主人公たちを俳優たちに演じさせるときのアンリ・ヴェルヌイユ監督の演技指導に、プールに札束・紙幣が浮かぶ有名なラスト・シークエンスで、ジャン・ギャバンの「無表情の演技」が主人公シャルルの無念の想いを表現したことに繋がっているのだとも思います。

 ようやくパーティが終了して、フランシスが天井までの梯子を上り詰め、屋上階への開閉口を解錠できたその瞬間に、その鍵を落としてしまうショットを天井上部から下方へ、ティルトもパンもズームも無く、ただ貼り合わせた静止画像のように映し出し、ステージ床に落ちたときの誰もいないホールに響き渡る音響効果で、彼のこの仕事への緊張感を最高潮に表現しています。
 この象徴的な主観ショットを観ていて、わたしなどは本当に全身から汗が噴き出してきたほどです。
 フランシスが屋上の円柱をつたうショットにも、自宅でのDVD鑑賞からは解釈しきれない緊迫感が映画館でのスクリーンから伝わってきます。
 ちなみに、屋上の円柱を伝ってライトでの合図までこぎ着けるこのシークエンスでのアラン・ドロンは、ノー・スタントの撮影だったそうです。若いですねえ、本当に。

 また、空調設備の通風ダクトに入り込み、その中を這ってエレヴェーターの昇降空間に辿り着くというプロットは、原作者ジョン・トリニアンか、シナリオを担当した「セリ・ノワール(黒のシリーズ)」叢書の大家アルベール・シナモン、あるいは演出と脚本を担当したアンリ・ベルヌイユ監督の着想だったのか、いずれにしても、この映像表現はアクション・シーンとしての素晴らしい効果を生み出しています。

 通風ダクトを進んでいくフランシスに、突然、温度調節のための装置が作動して正面から冷風が吹き付けられるときの彼の苦しそうな表情のクローズ・アップ。
 ダクトの底部が網目状になっている部分を通り抜けるときの上方からのカジノ全景のショット。
 通風口からエレヴェーターの昇降空間へ出るときの窓の編み目の針金をプライヤーで一本一本切り取っていく彼の作業描写と地下金庫でのカジノの経営者クリンプと会計係の出納確認をしているのショットとのクロス・カッティング。
 ようやく辿り着いたエレベーターが突然降車し、掴まっていた昇降ワイヤーから落ちそうになってしまうフランシスを映し出すショットでは、エレベーターから彼を映し出す上方へのショット、フランシスから観たエレベーター上部のショット、彼が昇降ワイヤーを伝って降りるミディアムのショットなどを次々とモンタージュしていきます。

 映像から受ける心理的な圧迫感や緊迫感は、このようなモノクロームの静かな写実において表現されることが、古典技法となって普遍化する所以なのだとも思います・・・コンピュータ・グラフィックスや3D映像から表現されるアクション・シーンは、あまりにも説明過多となって、むしろ実体への想像力からかけ離れてしまい、似非の現実を、さも本当らしく表現しているとまで思うのです。
 そして、わたしは、禁欲的でサスペンスフルなこれらのシークエンスに、ロベール・ブレッソンが演出した『抵抗(レジスタンス)』を想起してしました。真のリアリズムとはこのようなショットなのだと感じたのです。

抵抗-死刑囚は逃げた [DVD]

紀伊國屋書店



 また、あの有名なラスト・シークエンス、札束・紙幣がプール水面下から表層部に浮かびあがり、その一面一杯に拡がって行く様相は、娯楽作品のエンターテインメント性を超えて、映画芸術を極めたフォトジェニックな映像だとも感じました。
 わたしは、かつて、クロード・オータン・ララやルイス・ブニュエル、ルネ・クレール、ジャン・グレミヨン、マン・レイなどが、「アヴァンギャルド(前衛)映画」として試行し続けた「純粋映画」、あるいは「絶対映画」を映画的に進化させた映像表現だとも感じてしまいました。
 「アヴァンギャルド(前衛)映画」の体系はあまりに観念的で芸術至上主義であったため、一般に受け入れられることにはならなかったようですが、この『地下室のメロディー』で、新しい活用方法を見い出したような気がしたのです。これらの映画体系については、その分析だけでブログ記事が何ページにも及んでしまいそうですし、今回はその詳細な分析はしませんが、わたしの好奇心が実に強く刺激されるところであります。

 なお、わたしのブログの盟友である用心棒さんは、この映画体系の記事を過去にアップされていますので、ご紹介いたします。
【用心棒さんのブログ『良い映画を褒める会。』 の記事
『ひとで』(1928)単なる劇映画とは違う、かつて、あった自由な映画。
『リズム21』(1921)かつてあった映画、その二。絶対映画とはどのようなものだったのか。

 何十回も観賞しているこの『地下室のメロディー』なのですが、『太陽がいっぱい』、『山猫』、『太陽はひとりぼっち』の映画館での鑑賞時と同様に、実に貴重で刺激的な映像体験でした。
 わたしは、深い満足感とともに、午後からの所用を済ませての家路に着いたのでした(映画鑑賞とは無関係ですので、記事内容として掲載する予定はございませんが、午後からの所用もたいへん有意義なものでした。)。

 当時の映画ファン(=母親)と、この作品を観ると、アラン・ドロンは、映画の専門用語「フィルム・ノワール」が当てはまるような大スターではなくて、あくまでも一般大衆が分かり易い「ギャング映画」という名称での大スターだったんだ・・・ということに気がつくことができました。

 こんなことも実にリアルな体験のひとつだったわけです。

「ギャング役は好き?
 = ぼくが一ばん好きなのがギャング役ではない 観客が一ばん好きなのがギャング役なのだと思う(略-)」
【アラン・ドロン孤独と背徳のバラード 芳賀書店(1972年)】

 それにしても、映画を見終わった後のおふくろは、ジャン・ギャバンとアラン・ドロンの名コンビを観て、完全に青春時代を取り戻してしまっていました。
「あのふたりは、本当に格好良い!最高に格好良かった!」
と一日中、連呼し続けていたのです。

 ちなみに、わたしの母は、1937(昭和12)年生まれ、アラン・ドロンの2歳年下です。
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by Tom5k | 2010-06-06 23:54 | 地下室のメロディー(5) | Comments(17)