『パリの灯は遠く』②~カフカから喚起されたウェルズとロージー~

 わたしの最も敬愛する作家、大江健三郎氏の若き頃の評論集『厳粛なる綱渡り』に、1963年のオーソン・ウェルズが監督・脚本・助演し、アンソニー・パーキンスがヨーゼフ・Kを演じた『審判』(フランツ・カフカ原作)に関わる映画コラムが載せられています。そこではフランツ・カフカの文章について、次のような特徴があることが挙げられています。
審判
/ アイ・ヴィー・シー





審判
カフカ / / 岩波書店





「カフカのイメージの特徴は、なによりもまず、喚起的であるということだろうと思う。喚起的というのも、ごく具体的に、他の人間の心にはたらきかけて、新しい芸術作品あるいは単なる夢想を呼び起こす、ということで喚起的なのだ。」
【引用~『厳粛な綱渡り 第六部 クラナッハ論と芸術およびジャーナリズムにかかわる48篇のコラム 演劇と映画をめぐるコラム 審判』大江 健三郎著、文藝春秋、1965年(以下『厳粛な綱渡り)』】
厳粛な綱渡り―全エッセイ集 (1965年)
大江 健三郎 / / 文芸春秋新社






 大江氏は、恐らくオーソン・ウェルズ監督も同様の喚起から映画を演出したであろうとし、その実際の作品化についての困難を察しながらも、自分の嗜好を優先して映画を鑑賞したそうです。

「カフカのように内的で、他人の眼の光に毒されない場所で自分のイメージを完成するタイプの作家の小説を、他人の眼そのもののレンズでうつしだすことは、カフカの同時代の途方にくれた挿し絵画家の試み同様、成功の疑わしい困難な作業にちがいない。しかし、ともかくそこにオーソン・ウェルズの映画があるのだから、それを見ればよいわけだ。ぼくは見て充分楽しんだ。」
【引用~『厳粛な綱渡り』】

 恐らく同様に、『パリの灯は遠く』でのジョセフ・ロージー監督の演出にも、カフカからの喚起された動機が作用していたのではないでしょうか?

「(-略-)突然ユダヤ人にされてしまって抗弁も聞き入れてもらえず、虫けらのように抹殺されていく不条理の主人公を演じた。オリジナル・シナリオはカフカの「審判」と「出口なし」にヒントをえたという。」
【「パリの灯は遠く」(東北新社)DVDライナーノーツの解説(日野康一)より】
(注 「出口なし」はカフカの書籍にはなく、恐らくフランスの実存主義哲学者のジャン・ポール・サルトルの戯曲のそれだと思われます。)
サルトル全集〈第8巻〉恭々しき娼婦 (1952年)
/ 人文書院
「出口なし」伊吹武彦訳  P87~ 



 カフカの『審判』に登場するヨーゼフ・Kと『パリの灯は遠く』の主人公ロベール・クラインには異なる個性が多く、人物のキャラクターやアクトにおいての比較は不可能であろうと思いますが、ストーリーの展開や設定されているシチュエーションの多くに類似性があり、それは決して偶然とは思えません。
 しかも『パリの灯は遠く』のキャスティングにもそれは反映されており、『審判』に出演していたジャンヌ・モロー、シュザンヌ・フロン、ミシェル・ロンダールまでが出演しています。しかもロミー・シュナイダーの当時の恋人アラン・ドロンが主演なのです。

 また、ジョセフ・ロージーにおいては、カフカから喚起されるべくハリウッド・テンの事件での被差別の経験などから、それはもはや条件反射的な制作動機を持つものだったのだろうとまで確信できるように思います。
 同様に、製作・主演のアラン・ドロンに関してもマルコヴィッチ殺害容疑に関わって、事件の重要参考人とされた経験から、このユダヤ人と間違えられたロベール・クラインに自己を同化させることが可能だったのでしょう。

「 -その尋ね人の写真を娘の一人が引き裂いたところでは、カフカを連想しました。この作品はカフカの世界に通じる雰囲気が色濃くあります。
JL-カフカは読んでいる。枕元に置いて愛読するようなことはしなかった。・・・長文の手紙で、自己顕示に終始していて、父親の非をあげつらっているが、互いの理解や心の触れ合いなどは一切存在しなかった、と書いてある。私もカフカとの類似があることは充分気がついていた。・・・」
【引用~『追放された魂の物語―映画監督ジョセフ・ロージー』ミシェル シマン著、中田秀夫・志水 賢訳、日本テレビ放送網、1996年(以下、『追放された魂の物語―映画監督ジョセフ・ロージー』)】
追放された魂の物語―映画監督ジョセフ・ロージー
ミシェル シマン Michel Ciment 中田 秀夫 志水 賢 / 日本テレビ放送網






 では、オーソン・ウェルズやジョセフ・ロージーの演出には、どのようなカフカ的喚起が成されているのでしょうか?

「(-略-)たとえば、人間は人間を裁くことができるか?しかし、この寓意はもう誰も本気で問題にしはしない。人間だけが人間ほかあらゆるものを裁くのであって、神々も獣たちも裁かないということは誰もがすでに納得していることである。」
【引用~『厳粛な綱渡り』】

 大江氏はこのように、まず一般論として、強者と弱者の関係を、真実に基づくものではない人間社会特有の詭弁による「裁くという行為」に象徴させていることを挙げています。
 そして、オーソン・ウェルズが弁護士を演じた動機の推察や感想、そしてアンソニー・パーキンスが演じたKのマゾヒスティックな特徴や、自分の法廷での経験から、『審判』での不明瞭で無節操な行動をとっている奇怪な傍聴人たちの様子にこだわり、「裁く行為」、「裁かれる行為」、そしてそれらを取り巻く「奇怪な環境」の異常性などを指摘しています。

「弁護士はKの運命も疑っているようでもあり、確信しているようでもある。Kは弁護士に対して、もっと苦しまねばならない。いったい弁護士とは敵なのか、味方なのか? もし弁護士がKの味方なら、弁護士もKの処刑にあたって、共に、犬のように殺されるべきではないのか? これは一般的な話しだが、世の数々の死刑囚たちは、なぜ、かれら弁護人たちが、かれらとともにくびられることを要求しないのだろう? 人間が人間を弁護するとはそのようなことではないか? オーソン・ウェルズはこの明快な映画の全体のなかでわずかに唯ひとつ暗くあいまいな弁護士の役割をひきうけ映画の最後に、ひとりだけ救助された難破船の水夫のように満足げに配役の明細をアナウンスしている。
(-中略-)かれらのための証人としてぼくは法廷にでたのだったが、被告たちはまじめでなかった。すなわち、有罪判決を恐れていなかった。いったい被告たちが有罪判決をうけることを恐れていない裁判ほど不まじめなものが他にあるだろうか?
(-中略-)まじめな裁判にまぎれこんでいる、なんだか無関係な傍聴者。考えてみれば、今日の裁判で奇怪なのは、弁護士だけではなく、おそらくもっと奇怪なのが傍聴人たちではあるまいか?
 オーソン・ウェルズの『審判』の傍聴人たちも奇怪な連中だった。かれらはKのひとりよがりな演説に夢中で拍手するかと思えば、法廷の片隅で接吻する情人たちに大騒ぎするしまつ。それにいったいかれらはどこから集まってきたのか?」
【引用~『厳粛な綱渡り』】

 さすがに大江氏は、文学者特有の感性において、現代社会の特徴をこの裁判の逸話に比喩させており、更にカフカの先見性とオーソン・ウェルズの鋭敏な知性と感性に昂奮したのだと思います。

 『パリの灯は遠く』に登場するミシェル・ロンダール演ずるピエールという弁護士も、オーソン・ウェルズが演じた弁護士ほど露骨で象徴的な存在感はありませんが、常にいかがわしい雰囲気を携えて登場してきます。

「(-略-)あの50年代のハリウッドの赤狩りの投影を見たのだろう。またブニュエルと同じように、「召使」「できごと」「恋」などの作品をつうじてブルジョワジーの偽善性を攻撃している彼は、弁護士(これを演じているミシェル・ロンダールという俳優はたしかブニュエルの映画にも出ていた記憶がある)とその妻に象徴されているように、普段は親友顔しながら、賤民の境遇に落ち込んでいく者に対してはひややかに背を向けるブルジョワたちの態度に、かつてハリウッド人種の姿をだぶらせたのだろう。」
【引用~『映画芸術No.319~ロージーのユダヤ人への心中立て~矢島 翠』映画芸術新社、1977年】

 ジョセフ・ロージー監督のアラン・ドロンへの演技指導では、弁護士ピエールに対する複雑な感情のイメージを次のように指導したそうです。

「(-略-)弁護士には交錯した感情を抱いているから、憎しみは大きいんだ。君は彼の妻を寝取ったという罪悪感もある。彼が裏切り者であることを知り、君と妻の情事を大目に見たことへの軽蔑心もある。君が陰のクラインに会おうとするのを妨害される憎しみもある。」
【引用~『追放された魂の物語―映画監督ジョセフ・ロージー』】

 アラン・ドロン演ずるロベール・クラインは、理由はどうあれヨーゼフ・Kと同様に、有罪判決「裁かれる行為」を全く恐れていません。
 彼は自分は何者なのかという倒錯した矛盾を抱えながら、アウシュビッツ行きを回避できたはずの幾度かのチャンスをわざわざ棒に振り、危険を顧みずにユダヤ人クラインを追い続けてしまう破滅型のマゾヒスト、異常者なのです。
 そして、ユダヤ人のクラインに憧憬の感情までを持ち、彼を求めてパリの街を彷徨うのです。ユダヤ人を求めてしまった人間に、「裁く行為」を実施する側である反ユダヤ主義の審判の効力は無いに等しく、それどころか、大江氏が言説しているとおり、このようにユダヤ人でない者がユダヤ人になろうとしてしまったときにこそ、反ユダヤ主義が最も不まじめなイデオロギーとして定義づけられてしまうことになるように思うのです。

「(-中略-)かれらのための証人としてぼくは法廷にでたのだったが、被告たちはまじめでなかった。すなわち、有罪判決を恐れていなかった。いったい被告たちが有罪判決をうけることを恐れていない裁判ほど不まじめなものが他にあるだろうか?」
【引用~『厳粛な綱渡り』再掲】


 この作品で、最も不気味なシークエンスだと思うのは、ジョセフ・ロージー監督が最も良くできたと自賛しているバーでのユダヤ人排斥主義の舞台ステージです(このシークエンスでのアラン・ドロンとジュリエット・ベルトですが、ジョセフ・ロージー監督は、舞台でのこの出し物を本番で初めて見せたそうで、ふたりのリアクションは演技ではなかったそうです)。
 ユダヤ人を嘲弄する暴力的で醜悪な舞台演出の内容や、司会者の醜態、マーラーの歌曲を歌う男性が演じるユダヤ人の未亡人の異様さ、その舞台を観る観客のけたたましくヒステリックな傍観者としての嘲笑、観客たちの侮蔑に富んだにやけた表情のクローズ・アップなど、ユダヤ人差別が露骨に、そして醜悪に表現されており、大江氏の指摘している法廷における「奇怪な傍聴者」に極めて類似する群衆のように思いました。

「(-中略-)まじめな裁判にまぎれこんでいる、なんだか無関係な傍聴者。考えてみれば、今日の裁判で奇怪なのは、弁護士だけではなく、おそらくもっと奇怪なのが傍聴人たちではあるまいか?
 オーソン・ウェルズの『審判』の傍聴人たちも奇怪な連中だった。かれらはKのひとりよがりな演説に夢中で拍手するかと思えば、法廷の片隅で接吻する情人たちに大騒ぎするしまつ。それにいったいかれらはどこから集まってきたのか?」
【引用~『厳粛な綱渡り』再掲】


「 -この作品の中では人はみな自分だけの生活のうちに孤立しています。どの二人をとっても真に心を結び合った関係にはありません。」
【引用~『追放された魂の物語―映画監督ジョセフ・ロージー』】

 大江氏のコラムのとおり、不まじめで奇怪な人間社会の構図を、オーソン・ウェルズ監督がカフカから喚起された想像力よりも鮮明、かつ直接的に具象化して現代的テーマに置き換えたこの作品は「20世紀映画の古典」とまで言われています。

 その所以は、これらの異常性が行き着かざるを得なかった歴史的な意味においての最悪の結果の、その原因を暴き出しているからに外ならないからなのでしょう。

 『パリの灯は遠く』の反ユダヤ主義の時代設定などは、今更説明するまでもないことかもしれませんが、反ユダヤ主義の裁き裁かれることの恐怖や狂気が、ユダヤ人にとってだけのものではないことをここまで鮮明にした作品は、今までに無かったような気がします。
 演出したジョセフ・ロージー、そして製作者のひとりであり主役を演じたアラン・ドロンの功績は絶賛すべきものでしょう。


「出来上がった作品は1942年のパリの、つかみどころのない複雑さを描いた傑作だ。だれも口にしないが無関心と援助がはびこった時期でもあった。フランス人は彼らの戦時の戸棚にひそむ骸骨に驚くほど敏感で、占領下の反ユダヤ運動と真っ向から取り組んだこの作品は、あまりに直接的すぎると感じる人もいた。」
【『女優ジャンヌ・モロー型破りの聖像(イコン)』マリアンヌ・グレイ著、小沢瑞穂訳、日之出出版、1999年】
女優ジャンヌ・モロー―型破りの聖像(イコン)
マリアンヌ グレイ / / 日之出出版






「『審判』の最後にKが犬のように殺されてしまったあと、ぼくは試写室の居心地の悪い椅子のなかで身うごきしながら、自分自身をまた、この『審判』の、わけのわからない、無関係な、傍聴人のひとりのように感じていたのだった。」
【引用~『厳粛な綱渡り』】

 『演劇と映画をめぐるコラム 審判』での最後に、大江氏は自己批判ともとれる自らの『審判』への鑑賞姿勢に言及し、文学者特有の社会的モラルを投影して自らを客観視しているのです。
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by Tom5k | 2007-04-21 06:10 | パリの灯は遠く(4) | Trackback(1) | Comments(15)

『太陽はひとりぼっち』③~「アラン・ドロン」の原型 ホワイト・カラー層として~

 アラン・ドロンを世に送り出した巨匠たちは、作品のうえで彼のキャラクターを次のように表現していきました。

ジュリアン・デュヴィヴィエ監督は、血縁の両親でないにも関わらず、暖かい家庭に恵まれた幸せな青年や、外人部隊上がりの俗物のチンピラとして、
ルネ・クレマン監督は、コンプレックスと暗い欲望から犯罪者になってしまう青年や、不幸な育ち故、幸せな家庭に入り込んで背伸びをしてしまった明るい好青年、悪女たちにしてやられてしまうチンピラカード師、ファシズムを共通の敵にしているレジスタンスの闘志、第三共和政の中心的政治家として、
クリチャン・ジャック監督は、アラン・ドロン特有の二面性を明るい活劇に活かし、
アンリ・ヴェルヌイユ監督は、新旧ギャング・スターの対比で描き、
ルキノ・ヴィスコンティ監督は、封建時代のイノセントな青年が現代社会の毒にまみれる悲劇の労働者階級、そして時代を担う若手貴族として、
ジャン・ピエール・メルヴィル監督、ジョゼ・ジョヴァンニ監督は、映画のスター・システムの中での現代人のアウトサイダーへの共感を「フィルム・ノワール」で表現し、
ジョゼフ・ロージー監督は、完成されていたスター・キャラクターの奥にある彼の暗い異常性を引き出し、
自ら経営する映画会社アデル・プロダクションでは、古き良き時代のフランス映画の古典への懐古を徹底していきました。

 どの巨匠たちもアラン・ドロンの本質を種々の視点から見抜いて、彼の新境地の開拓に一役買っていったわけです。
 しかも、それら各々の主人公は、アラン・ドロンのキャラクターの本質と同一であり、巨匠として描きたかったテーマに沿った主人公そのものでもあったわけです。

 しかし、これらの素晴らしい巨匠たちのなかでも、特にミケランジェロ・アントニオーニ監督ほど、アラン・ドロンの未来を正確に予見した映画作家はいなかったと思います。
 彼はアラン・ドロンのビジネスマンや実業家、すなわちホワイト・カラー層としての素養をいち早く見抜き、それを現代青年の退廃に象徴しているかのような空虚で虚無的なキャラクターとして描き出していきました。

「証券取引所の喧噪のなかで泡のように実態のない儲けを求めて走り回る、株式仲買人たちや彼らを見守る株主たち。彼らもまた、広大な証券取引所の建物いっぱいに群がり押しあう凄まじい力のかたまりでありつつ、そのゆきつく果ての空虚さが、私たちを慄然とさせるだろう。」
【引用~『アントニオーニの誘惑―事物と女たち』石原郁子著、筑摩書房、1992年】


 1920年代ソ連の「社会主義リアリズム」の映画作家セルゲイ・エイゼンシュテイン監督の『戦艦ポチョムキン』を代表とした作品群では、ほとんど素人の一般市民たちを「生きたモデル」すなわち「型・典型」として、俳優に使用していきました。
 これは「ティパージュ」という手法として体系づけられており、職業俳優の演技力やスター・システムによるネーム・バリューに依存するのではなく、その主題に最もふさわしいキャラクターを重視して、あえて素人を登場人物に配置し、モンタージュ技術を駆使することなどによって、俳優を素材の一部として取り扱い、テーマに合致させるという映画特有の理論に基づいたものでした。
戦艦ポチョムキン
/ アイ・ヴィー・シー





 1940年代から50年代のイタリアでの「ネオ・リアリズモ」運動も、この俳優論から多くの影響を受けていたようです。
 当時のヨーロッパの多くの優れた映画作家たちに気に入られ、演技指導を受けていったアラン・ドロンも、職業俳優及び映画スターであったわけですが、種々の視点によって、映画の主題に合致した要素、あるいは素材としての素人俳優であったとも解釈できるように思います。


 ミケランジェロ・アントニオーニ監督と同様に、近代社会の疎外をテーマにして音楽活動をしていたピンク・フロイドは、彼のアメリカでの作品『砂丘』で音楽を担当しました。
 ピンク・フロイドのアルバム『A NICE PAIA』での立川直樹氏の解説によれば、彼らは相性が余り良くなく、ピンク・フロイドはアントニオーニ監督に対して、かなりの過激な発言をしていたようです。

 “アントニオーニの音楽の使い方はイモだった。何もわかっていない。”
                                 (ピンク・フロイド)
 “アントニオーニはクレージーな奴だ。僕達は映画で何にも完結しなかった。
  何故か彼は経験豊かな俳優と仕事をしなかった。
  『砂丘』の俳優は全てを注文通りにした。彼等には自由がなかった・・・。
                                 (ニック・メイスン)
【引用~『A NICE PAIA』ライナー・ノーツ(立川直樹・解説)】
砂丘
サントラ ピンク・フロイド カレイドスコープ グレイトフル・デッド パティ・ペイジ ヤング・ブラッズ / 東芝EMI





 そして、監督自身は映画俳優の使い方を次のように語っています。
「映画俳優は理解しないで、生きなければなりません。俳優が知的である場合には、よい俳優であろうとする彼の努力は三倍にもなります。(-中略-)自分で障害を作り出してしまうのです。(-中略-)
 映画俳優は心理的水準ではなく、想像の水準で働かなくてはなりません。そして想像は自ら発光するのであって、指で押すようなスウッィチはありません。(-中略-)俳優と監督は否応なく敵同士のようなものになります。監督が妥協せず、適切な意図を明らかにすることがよいことです。俳優は監督という城塞に入り込んだトロイの木馬なのです。
 私の好む方法とは、隠れた仕事を通して、確実な結果をもたらすものです。俳優を彼自身も気付かない心の琴線で刺激することです。彼の頭脳ではなく、彼の本能を促すこと。正当化ではなく、啓示を与えること。(-中略-)監督は何を求めるか、自らわきまえていなければなりません。俳優が出してくるものの中で、悪いものと良いものを、無意味なものと役に立つものを選び分けられることです。(-中略-)
 即興的な俳優、いわゆる〈市井の(素人の)〉俳優から好ましい結果を引き出すことを監督に許す唯一の方法なのです。ネオレアリズモは私たちをこうしたことへと導きました。
 この話しは職業俳優についても言えることです。(-略-)」

 そして、『太陽はひとりぼっち』でのアラン・ドロンへの演技指導では、
「・・・アラン・ドロン本人には、後で誘拐に巻き込まれたパオロ・ヴァッサロという手本を与えました。彼は自分の父親の助手として証券取引所で働いていました。ドロンは証券取引所で、このパオロ・ヴァッサロを観察しました。彼が何をして、どのように動くのかを。」
【引用~『アントニオーニ存在の証明―映画作家が自身を語る』カルロ ディ・カルロ、ジョルジョ ティナッツィ編、西村安弘訳、フィルム・アート社、1999年】


 ルキノ・ヴィスコンティ監督の『若者のすべて』の主人公ロッコ・パロンディ役も、アラン・ドロンは無産階級の典型的なモデルとして、選定・配置されたとも解釈できます。
 しかし、このキャラクター、ロッコ・パロンディは現代には存在し得ない前時代(封建時代)のものとして文学的なドラマトゥルギーをプロットとしていた側面も持っていました。
 現代(金融資本主義社会)に適応させた「生きたモデル」としては、『太陽はひとりぼっち』の主人公ピエロが典型的な登場人物だったとも言えるかもしれません。
 しかも、アントニオーニ監督の表現においては、「その当時のアラン・ドロン」ではなく、彼の未来への資質を見抜いており、その先見は恐ろしいまでに正確なものであったといえましょう。



 リアリズム作品の巨匠二人が、アラン・ドロンの過去と未来を同時期に描いていたこと。そして、その対比ほど、不思議な魅力を放つ視点はないように思います。

 後年、『百一夜』でアラン・ドロンの挿話を入れたアニエス・ヴァルダ監督もルキノ・ヴィスコンティ監督の過去の「ネオ・リアリズモ」作品に出演していた時代と現在の実業家時代のアラン・ドロンとを対比させたドキュメントを撮っていますし、『ヌーヴェルヴァーグ』に、アラン・ドロンを起用したジャン・リュック・ゴダール監督はロッコとピエロのキャラクターにより、二重性行の同一人物として描き出ました。

 愛する恋人を最愛の兄に強姦され、愛憎絡み合う兄の借金のために最も忌み嫌っていた職業を選ばざるを得ず、決して壊してはならない家族の絆さえ守りきれずに、現代社会の華やかな欲望溢れる都会に放り出されたロッコ・パロンディ。彼が、もしその社会に適応してしまった場合には、現代青年ピエロのこの退廃と空虚のキャラクターと同一のものになってしまうのかもしれません。


 アニエス・ヴァルダ監督の『百一夜』でのアラン・ドロン挿話として、極貧の生活からはい上がり、今や実業家・映画スターの座を勝ち取ってブルジョアジーとなった彼が、自家用ヘリコプターでジュリー・ガイエ演ずる若くて美しい女性主人公カミーユをパリ15区までエスコートするシークエンスがあります。その直後のショットに、「ネオ・リアリズモ」の巨匠の一人ヴィットリオ・デ・シーカの『自転車泥棒』のパロディがインサートされていました。

 彼女のモンタージュには、ルキノ・ヴィスコンティ監督の「ネオ・リアリズモ」作品から出発したにも関わらず、実業家、そして大スターになってしまったアラン・ドロンへの厳しい問いかけが表現されていたように思います。
自転車泥棒
/ アイ・ヴィー・シー






 彼女が象徴させたルキノ・ヴィスコンティ監督とアラン・ドロンの確執には、彼の「貧困への裏切りと決別」が暗喩されていたというわけです。

 そういう意味での解釈をもってすれば、『太陽はひとりぼっち』での主人公ピエロの退廃ぶりはひどく、わたしが以前の記事で書いたピエロの記載は訂正を余儀なくされてしまいます。
【この作品でのアラン・ドロンの演ずるピエロは、有能な証券マンで、育ちの良いホワイトカラーのエリートであり、ごく普通の明るい好青年です。彼にしては珍しく個性の弱い役柄】(2005-08-27 16:52『太陽はひとりぼっち』①~「愛の不毛」と「ネオ・リアリズモ」~)
 ピエロをこのように見ること自体、今日(こんにち)の時代の退廃と空虚に鈍感になっており、そういう自分に愕然としています。この青年の没落は、考えれば尋常ではなく、人間の孤独や苦悩を全く自覚することすらできなくなってしまった欠陥キャラクターなわけですから・・・。


 株式の大暴落のときの同僚の女性へのパワー・ハラスメントとも言える言動や、常連客の個人投資家達への答弁には眼を覆いたくなるものがあります。
「話す気はないですよ。何だと言うんです?今日の損失は僕のせいだ。でも今までさんざん儲けさせてあげた。あとは自分で何とかなさい」
「そんな・・・」

>顧客
「財産を処分しろなんて。」
>ピエロ
「だって当然でしょう。株が上がれば金を取り、下がれば払う。」
>顧客
「そうだが、でもどうすりゃいい。」
>ピエロ
「最初あなたの資金は50万リラだけだった。」
>顧客
「君のいう通りだが。」
>ピエロ
「2年で800万リラ儲けさせ やめろといのに聞かなかった あの金はいったいどこへ消えてしまった。あなたのせいだ。払うものは払ってもらう。」

 やけになって知り合いの女性とデートするときの言動もひどいものです。
 じろじろと無神経に彼女の髪を観て
>ピエロ
「染めたのか?前はブロンドだった。」
>女性
「これが本当よ。」
>ピエロ
「行けよ。僕は残る。」

 モニカ・ヴィッティ演ずるヴィットリアが、心配して会いに来てくれたときの、盗難に遭った自家用車の交通事故に関わる会話でも
>ピエロ
「ゆっくり落ちたんだ。車体は傷が少ない。」
>ヴィットリア
「心配なのは車体のこと。」
>ピエロ
「エンジンも心配だよ。修理に金がかかる。」
 このシークエンスのピエロの鈍感さには、思わず苦笑してしまいました。

「盗まれた車は泥棒ごと川に落ちていたのだが、その引き上げに立ちあいにいくドロンは、車から腕をなまなましく突き出している死人のことはいっこう気に留めず、車の損害のこと仕事時間のロスばかり気にしている。それらはいずれも、いかにもマネー・ゲームによる人間性の喪失を描いた深刻なシーンなのだが、しかしその傍らにヴィッティの茫漠とあまり表情を動かさない顔が並ぶと、どこかに一瞬はずれた、そしてそのはずれた一瞬のなかに真白な空虚が広がっているのがかいま見えるような、不思議なおかしさを漂わせる。」
【引用~『アントニオーニの誘惑―事物と女たち』石原郁子著、筑摩書房、1992年】

 このように考えれば、アニエス・ヴァルダ監督のアラン・ドロン観は、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の描いたアラン・ドロン観を継承したものであるとも言えましょう。

 しかし不思議なことに、アラン・ドロンのスターとしての人気の絶頂は、実業家として活躍していた、このようなホワイト・カラー層としてのイメージにも比例していたような気がするのです。

 何故なのでしょうか?

 アラン・ドロンの人気の絶頂は、『あの胸にもういちど』(1967年)あたりから始まって、『個人生活』(1974年)、三船プロダクションでの『レナウンの紳士服ダーバンのCM』の時期だったのではないかと思います。

 特に、ホワイト・カラー層を演じた彼の作品の経緯をたどれば、

『あの胸にもういちど』はアラン・ドロン主演というより、当時の若者の矛盾を体現していたマリアンヌ・フェイスフルに主演を譲り、インテリゲンチャを演じたものの、それは実に品位の欠落したエロティックな大学教授の役でした。
『栗色のマッドレー』(1970年)では、恋愛に肌の色を持ち込む必要のないことを、プライベートでの最愛の恋人ミレーユ・ダルクとの対比にまで高めて表現し、
『燃えつきた納屋』(1973年)でも、逞しい農民の女性に謙譲してしまう検察官、
ブランド商品で固めたような『個人生活』でさえ、左翼中道の労働者政党の政治家であり、
『愛人関係』(1974年)ではミレーユ・ダルクを誠実に心底、愛してしまっている弁護士を演じて、女性ファンを失望させています。
(その後は『アラン・ドロンのゾロ』(1974年)や『フリック・ストーリー』(1975年)などから、正義を貫く反骨のキャラクターへと変貌を遂げ、映画スターとしては、自己の内部矛盾を社会への矛盾に解消してしまい、暗いアウトローとしてのスターとしての魅力を半減させ、人気の凋落傾向を辿っていくわけですが・・・)

 いずれにしても、人気の絶頂期に彼が演じたキャラクターは、ブルジョアジーやホワイトカラー層の役柄を演じてはいても、まっとうで純粋な意味でのそれは少なく、常にアウトサイダーとしての誠実さや、時に下層階級の品の無さを垣間見せるものであったと言えましょう。
 むしろ、それが現代のダンディズムやヒーロー観に象徴されていたことが、スターとしての人気を沸騰させていった要因のようにまで思うわけです。

 要するに彼は、どんなに上品ぶったホワイト・カラー層のキャラクターを演じていても、常に下層の人々や被差別者、社会のアウトローに対する親近を忘れたことは無かったのです。

「ドロンはギャバンとはちがいさまざまな異質なヒーローを演じながら、ドロン=ヒーローとして一貫性をもっている。彼は舞台経験がほとんどないだけに、かえってそういう芸当もできるのである。またそういう自信には一時代まえのギャバンの自信とはちがった近代性がある。TVコマーシャルにでても一向平気なのもそのためだ。」
【引用~「ユリイカ詩と批評1976年6月号~特集映画ヒーローの条件」(映画におけるヒーローと俳優 主としてフランス映画の場合 飯島正)】


 『太陽はひとりぼっち』は、アラン・ドロン主演の作品というよりもモニカ・ヴィッティの主演作品という印象が一般的ですが、「ヌーヴェル・ヴァーグ」カイエ派のジャン・リュック・ゴダール監督は、アラン・ドロンを主演に据えて『ヌーヴェルヴァーグ』を撮ったときのインタビューで、彼の過去の出演作品について、次のように評しています。

「アラン・ドロンの出た『ヌーヴェルヴァーグ』を撮った時、本当にドロンと一緒に仕事をしたいと思ったのですか?」
「そうだ。それはまた、彼の年齢と物腰を思えば、彼が『パリの灯は遠く』や『若者のすべて』や『太陽はひとりぼっち』で見せた何かを再び見たいという欲望でもあったんだ。彼は3本の優れた映画を生みだした。それほど多い数ではないが、それだけあれば充分だ・・・・。」
【『現代思想 総特集 ゴダールの神話』(「映画はその役割を果たす術を知らなかった/リュミエール100年にあたってのインタビュー」ジャン・ピエール・ラヴォワニャ、細川晋 訳)青土社、1995年10月臨時増刊】
ゴダールの神話
/ 青土社




 その言説のとおりに、ゴダール監督は、アントニオーニ監督が未来のアラン・ドロンに見て取った退廃した空虚なホワイト・カラー・ビジネスマンの「愛の不毛」を、「愛の再生」にまで高めました。

「ドロンは電話の受話器をはずしてデートに邪魔が入らないようにしており、受話器を戻したあとも、電話が鳴っても出ずにじっとしている。それは、仕事に忙殺されてきた男の初めての人間性の芽生えのようであるが、同時にそれまでもっていた唯一のコミュニケーション手段ももはや信じられなくなった、孤独の確認、と言っていいのかもかもしれない。」
【引用~『アントニオーニの誘惑―事物と女たち』石原郁子著、筑摩書房、1992年】



 アラン・ドロンは『ヌーヴェルヴァーグ』で、愛憎絡み合う恋人の女性の手をしっかりと握りしめ、ラスト・シーンで楽しそうにジャンプするリシャール・レノックスを演じています。
 彼はヴィットリアのニヒリズムに巻き込まれた「孤独の確認」、すなわち虚無的な無気力に到達してしまったキャラクターを、未来に展望を持った「超・ピエロ」へと進化させているのです。

 もしかしたら、それは、アントニオーニ監督に予言された虚無的な未来を、自らの力で超越したアラン・ドロンに対する、ゴダール監督の絶大なる賛辞であったのかもしれません。
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by Tom5k | 2007-04-08 21:33 | 太陽はひとりぼっち(5) | Trackback(2) | Comments(11)

『太陽はひとりぼっち』②~現代社会のディスコミュニケーション「内的ネオ・リアリズモ」~

 ミケランジェロ・アントニオーニ監督の作品主題は今更言わずとも、「愛の不毛」であり、それは男女間のみならず、人間同士の「コミュニケーションの不可能性」を表現し続けていった演出でした。
【参考~koukinobaabaさんのブログ『Audio-Visual Trivia for Movie & Music』の記事「太陽はひとりぼっち L'Eclisse」

 その時代、その主題そのものが、ヨーロッパで初めてとも言われたワンショット・ワンシークエンスなどの映画技巧とともに実にセンセーショナルなものであったことは想像に難くないことです。

「『情事』のラスト・シーン。中心で真二つに分割された構図で、アントニオーニは、この二人の間の永遠の断絶を描いた。」
「『情事』の後に、彼は『夜』(1961)『太陽はひとりぼっち』(1961)『赤い砂漠』(1964)などの一連の作品で結局ただひとつのことを言っている。(-中略-)世間的に成功した作家夫妻、株式取引所をめぐる若い男女の短い出会い、また神経症的素質のために軽い狂気に陥った人妻など主としてブルジョワ階級を中心にして設定して彼らの間で人間と人間との連体や交流が、利害関係や習俗によってはもちろん、愛情やいわんやセックスによっても成りたちえなくなった、断絶と絶望の現代の一側面を描いた。」
【引用~『現代映画芸術』岩崎 昶著、岩波書店(岩波新書)、1971年】
現代映画芸術 (1971年)
岩崎 昶 / / 岩波書店





マルチェロ・マストロヤンニ / / アイ・ヴィー・シー





赤い砂漠
モニカ・ビッティ / / ジェネオン エンタテインメント





 『太陽はひとりぼっち』にも、アラン・ドロン演ずるピエロとモニカ・ヴィッティ演ずるヴィットリアが初めて出会う証券取引所で、彼らがその施設内の支柱を挟んで左右に映るショットがあります。そこには彼らが出会ったときから、すでに深い溝、すなわち「断絶」のあることが表現されているのです。

 初めて二人が出会ってのデートのとき、キスを拒否したヴィットリアを見送るピエロに対して、ひとり彼女は振り向かずに歩き出します。
 振り返ってピエロを探すヴィットリアの後ろに既にピエロはいません。そこには閑散とした住宅街の風景があるのみでした。結ばれる前からの断絶、空疎な現代社会での「ディスコミュニケーション」という俗語がピタリと当てはまるショットが、このようにいくつもあるのです。

 ヴィットリアの虚無感と憂鬱については、あの有名な冒頭からワンショット・ワンシークエンスの恋人との破局のシーンから、充分に理解することができます。

 しかし、彼女が自分の生活に不足を感じ、常に無意識に何かを求めていることも間違いのないことなのだと思います。
「ヴィッティが友人の夫の操縦する小型飛行機ではしゃいだり、深夜友人のアパートで歓談したり、逃げた犬をみんなで追いかけたり、といった、それ以前の作品にはあってもきわめて弱々しかった、躍動する開放感に満ちたいくつかのシーンがある。」
【引用~『アントニオーニの誘惑―事物と女たち』石原郁子著、筑摩書房、1992年】
アントニオーニの誘惑―事物と女たち
石原 郁子 / / 筑摩書房





 深夜に友人宅での逃げた愛犬を追ったり、アフリカのケニアの魅力に踊りふざける様子、セスナ機での雲の中への飛行などのシークエンスには、常に暗鬱な彼女の、実は求めてやまないものの断片が垣間見えるように思うのです。
 それらは、無垢で単純な自然なものの姿なのかもしれません・・・そして、それと同様にピエロとの逢い引きに表れる彼女の表情に開放的な歓びが表現されているように感じるのです。
 若くエネルギッシュなホワイト・カラーのビジネスマン、ピエロ。彼への魅力の感じ方もこのような意味から理解できるような気がします。



 「太陽」は人類にとって最高・絶対の存在、その存在さえ蝕まれる日蝕、すなわち擬人化して表現すれば、このように孤立した太陽を『太陽はひとりぼっち(原題L' ECLISSE(日蝕))』とした邦題は面白いと感じます。
 その「太陽」とは、現代資本主義の象徴と役割を持った「証券取引所」を指しているのでしょう。その証券取引所での黙祷の後の大暴落のシークエンスでは、証券取引所の不必要性を表現しているようにも思われます(「証券取引所はひとりぼっち」???)。

「証券取引所は無くてはならないものかしら?」
ヴィットリアは醒めた表情でピエロに問いかけます。

【参考~サーチカさんのブログ『サーチカの映画日記』の記事「太陽はひとりぼっち/ミケランジェロ・アントニオーニ」

 当時のイタリアの「ネオ・リアリズモ」なるものは、戦後民主主義による左派系の影響を受けていたことは間違いないことで、ルキノ・ヴィスコンティ、ヴィットリオ・デ・シーカ、ルイジ・ザンパ、ピトロ・ジェルミ、ジュゼッペ・デ・サンティス、アルベルト・ラットゥアーダ、そして、ロベルト・ロッセリーニなどの演出は、無産階級である未熟練労働者の疎外された姿、ファシズムへの痛烈な批判を描いたものや反戦映画などの作品体系によるもので、ミケランジェロ・アントニオーニの出発点もそこにありました。

「『ポー河の人々』と『NU(都市の清掃)』のドキュメンタリー映画で、私は既に民衆に向かっていました。私は幾分自分自身のために、ネオレアリズモを創り上げなければなりませんでした。誰も私には教えてくれませんでした。私は民衆の世界を本能的に愛していました。思春期の頃、私は夜明けに起きて、田舎の方へと出発する馬車に乗り、御者と話しをしました。居酒屋の人々や女性の間で幾晩も過ごしました。私は彼らがとても好きでした。(-中略-)けれども、感情についての物語の中で、民衆について語るのは、私には難しいことに思えました。私が内面をよく知っていたのは、裕福なブルジョアという自分の環境でした。・・・」
【引用~『アントニオーニ存在の証明―映画作家が自身を語る』カルロ ディ・カルロ、ジョルジョ ティナッツィ編、西村安弘訳、フィルム・アート社、1999年】
アントニオーニ 存在の証明―映画作家が自身を語る
/ フィルムアート社





 「ネオ・リアリズモ」の継承者アントニオーニが、自身においても「内的ネオ・リアリスト」と呼ばれるようになっていった経緯については、このように、すでに各種の彼についての名著やインタビューでも十分に明らかにされています。

「(-略-)いうところの「近代化」社会、大衆社会に住む人間の当面するのっぴきならなぬ苦境は、ひと口にいえば、人間喪失、疎外状況というに尽きる。したがって現代の真剣また敏感な芸術家がこの主題をとりあげずにすまないことは当然であるが、映画作家としてのミケランジェロ・アントニオーニの特徴、そしてほとんど唯一の関心はこの一点に集中している。彼はかつてムッソリーニ時代には反ファシズムの地下運動者であり、戦後はネオリアリズムの創作人の一人であったが、さきに明らかにしたように中途で自ら名づける「内的ネオリアリズモ」に転換し、人間の心内にある「形而上的リアリティー」(フェリーニ)を目ざすことになった。」
【引用~『現代映画芸術』岩崎 昶著、岩波書店(岩波新書)、1971年】

「ネオ・リアリズモを救うためには、それを内面化する必要がある」(ミケランジェロ・アントニオーニ)
「(-略-)今、あなたは現代のブルジョワジーをどのように表現しますか?(-略-)
現代のブルジョワジーと比較すると、当時のブルジョワジーは白百合のようなものだったと言えるでしょう。(-中略-)ある種の特権の擁護のためと、彼らを絶滅へと導いている(ように思える)内的な堕落のために、ブルジョワジーは数多くの事件の糸を引いているように思います。(-中略-)今日『太陽はひとりぼっち』を作らなければならないとすれば、もっと非情で暴力的なものになるでしょう。」
【引用~『アントニオーニ存在の証明―映画作家が自身を語る』カルロ ディ・カルロ、ジョルジョ ティナッツィ編、西村安弘訳、フィルム・アート社、1999年】


 飛行機内ではしゃぐ有閑のマダムたち、飛行場でのレストランでは、店外のベンチに腰掛けている労働者たちの姿、店内でビールを飲むホワイト・カラー労働者の姿。
 わたしは、このワンシークエンスに、現代社会の現実、特に平和な社会であっても、それが実に空疎なものであることがシンボライズされていたように思うのです。
 その各々は、彼らのが映画という同一のフレーム内に表現されているにも関わらず、各々が遠く点在しているがために、「コミュニケーション」においての絶対的な不可能性が表現されているように思ったのです。


「現在を繊細に見つめて未来へと先鋭に向かうアントニオーニのまなざしは、当然つねに予言的な力を孕み、彼は『さすらい』で飛行場の建設が農民から土地を奪うことについて、『太陽はひとりぼっち』でマネー・ゲームの陥穽とアフリカの白人支配の終焉と核の恐怖とについて、『赤い砂漠』で工場の排水による公害問題について、『砂丘』で砂漠地帯への人為的な環境汚染について、そして16ミリの記録映画『中国』でたぶん文化大革命の限界について、他の映画作家たちにも観客たちにもはるかにさきがけて言及している。そして、それでいながらなお彼は進歩を信じ、人間は誤謬を正して前進すると考えるのだ。(-中略-)その等身大の個人が日常で否応なく出会うものとしてごく自然に政治的な場面を含み、そのとき人びとは決して現状に満足していないのだが、未来はもっとよくなると考え、そのために行動し、未来への希望を口にする。」
【引用~『アントニオーニの誘惑―事物と女たち』石原郁子著、筑摩書房、1992年】

さすらい
スティーヴ・コクラン / / アイ・ヴィー・シー





砂丘
/ ビクターエンタテインメント
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by Tom5k | 2007-04-08 13:56 | 太陽はひとりぼっち(5) | Trackback(1) | Comments(2)