『あの胸にもういちど』~涙あふれて~

 アラン・ドロンが主演している『冒険者たち』(1967年)のレティシアと、『あの胸にもういちど』(1968年)のレベッカは、作品の雰囲気とともに60年代後半から70年代にかけてのサイケデリック・カルチャーにおける女性像を象徴しているように思います。
 『あの胸にもういちど』の原作『オートバイ』はフランスの現代文学者アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグの著作ですが、ジャック・カーディフ監督もマリアンヌ・フェイスフルもイギリス人で、作品もフランスとの合作とはいえイギリスのミッド・アトランティック・フィルムの作品です。
 また、この作品の製作には、アラン・ドロンを再び英語圏でPRしようとする目的もあったようです。
オートバイ
A.ピエール・ド・マンディアルグ 生田 耕作 / 白水社






 1960年代後半のロックシーンでは、ビートルズが最高傑作といってもいいアルバム『アビイ・ロード』を発表して解散しました。ヤードバーズの音楽活動も終焉し、エリック・クラプトンのいたクリームも劇的な解散を迎え、激動の1960年代のブリティッシュロックの時代は転換期を迎えていくことになります。
アビイ・ロード
ザ・ビートルズ / 東芝EMI





 そして、キング・クリムゾンが発表したアルバム『クリムゾン・キングの宮殿』とヤードバーズのジミー・ペイジを中心に結成したレッド・ツェッペリンの『レッド・ツェッペリンⅡ』は、とうとうアルバム・チャートでビートルズの『アビイ・ロード』を抜くことになります。
クリムゾン・キングの宮殿 (ファイナル・ヴァージョン)
キング・クリムゾン / WHDエンタテインメント





Led Zeppelin II
Led Zeppelin / WEA International





 『ハッシュ』でデビューしたディープ・パープルもハード・ロックの典型ともいえる『ファイアボール』『マシン・ヘッド』などの名盤をリリースして、『天国への階段』『ブラック・ドッグ』『ロックン・ロール』の3枚ものシングルカットを実現させたアルバム『レッド・ツェッペリンIV』のレッド・ツェッペリンとともに伝説的なロック・スターとなっていきます。
ファイアボール
ディープ・パープル / ワーナーミュージック・ジャパン





マシン・ヘッド
ディープ・パープル / ワーナーミュージック・ジャパン





ブラック・ナイト=24カラット
ディープ・パープル / ワーナーミュージック・ジャパン





レッド・ツェッペリンIV
レッド・ツェッペリン / ワーナーミュージック・ジャパン





 新しいブリティッシュロックは、サイケデリックのムーブメントを体験した多くのロック・ミュージシャンによって、クラッシックやジャズ、ブルースの影響を受けながら、ハモンドオルガンやエレキギターのテクニックをとことん突き詰め、プログレッシヴサウンド(プログレ)と呼ばれていきました。
 エマーソン・レイク&パーマーやキング・クリムゾン、ピンク・フロイド、イエスなどの演奏も芸術作品ともいえるハイセンスなもので、彼らによってプログレの全盛期が迎えられることになります。
展覧会の絵
レイク&パーマー エマーソン / ビクターエンタテインメント





狂気(SACD-Hybrid)
ピンク・フロイド / 東芝EMI





危機
イエス / ワーナーミュージック・ジャパン





 そして、デビッド・ボウイのアルバム『ジギー・スターダスト』(シングルカットの『スターマン』にはしびれます)も大ヒットし、アルバム『オペラ座の夜』以降のクイーン時代の到来を待つことになるのです。
ジギー・スターダスト
デヴィッド・ボウイ / 東芝EMI





オペラ座の夜
クイーン / 東芝EMI





 また、映画では、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の『欲望』(1966年)で、かつてエリック・クランプトンがいたこともあるヤードバーズのライブの場面があります。若いジェフ・ベックとジミー・ペイジがツイン・ギターで『トレイン・ケプト・ア・ローリン』を演奏しています。
 ピンク・フロイドがミムジー・ファーマー主演のドラッグとセックスをテーマにしたルクセンブルグ映画『モア』(1969年)を担当して、ストリートレベルの大衆にロジャー・ウォータースを印象づけた最初の作品が創られ、ミケランジェロ・アントニオーニ監督は『砂丘』(1970年)でもピンク・フロイドを音楽の担当にしています。
 ケン・ラッセル監督が演出したザ・フーのロック・オペラ『トミー』(1975年)、デビッド・ボウイが主演した『地球に落ちてきた男』(1976年)も話題となった作品です。
欲望
/ ワーナー・ホーム・ビデオ





ジェフ・ベック・ベスト・イヤーズ
ヤードバーズ / テイチクエンタテインメント





モア
/ ハピネット・ピクチャーズ





モア
ピンク・フロイド / 東芝EMI





砂丘
/ ビクターエンタテインメント





砂丘
サントラ ピンク・フロイド カレイドスコープ グレイトフル・デッド パティ・ペイジ ヤング・ブラッズ / 東芝EMI





トミー
/ キングレコード





地球に落ちてきた男(完全版)
/ バップ





 そういった激動のブリティッシュロックの時代に、ローリング・ストーンズはブライアン・ジョーンズが率いた60年代からミック・テイラーが在籍する70年代前半を経て、このブリティッシュロックシーンの転換期にも平然と第一線で活動したのです。
アウト・オブ・アワー・ヘッズ
ザ・ローリング・ストーンズ / ユニバーサルインターナショナル





 ローリング・ストーンズのメンバーの一人であったブライアン・ジョーンズが自宅のプールで溺死体として発見され、ジミ・ヘンドリックスが薬物中毒で死亡し、女性ロックシンガーの女神ジャニス・ジョップリンが心臓麻痺で急死します。これらすべてはドラッグが引き金となった死亡事故で、この時代からロック・スターとドラッグは必然の結びつきを持つものとなっていきました。
 マリアンヌ・フェイスフルも当時はローリング・ストーンズのヴォーカリストのミック・ジャガーの恋人であり、ストーンズのメンバーとともにドラッグ漬けの例に漏れてはいませんでした。ミックと別れた後、アルコールとドラッグへの依存はさらに加速して廃人同様にまでなってしまいます。
ベガーズ・バンケット
ザ・ローリング・ストーンズ / ユニバーサルインターナショナル





パール
ジャニス・ジョプリン / Sony Music Direct





ファースト・レイズ・オブ・ザ・ニュー・ライジング・サン
ジミ・ヘンドリックス / ユニバーサルインターナショナル





 『あの胸にもういちど』は、このようなブリティッシュロックの転換期の時代に公開され、この時代が生みだした、まさに「時代の申し子」としての作品ですが、いつの時代の若い人たちの間でも必ず受け入れられ、未来に語り継がれていく作品であるように思います。

 主演しているマリアンヌ・フェイスフルも、彼女が演じたレベッカとともに実に個性的で魅力的です。この作品での彼女は、少女が大人になる難しさや反抗を主人公の破滅という結末を比喩として、その悲しみととも演じています。そして、映画を観た者は大人になるということ自体が意味のあることなのだろうかと疑問を感じてしまうのです。しかも「少女」が大人になることは、「少年」が大人になることと比べて、ずっと大変なことだということがわかるのです。

 彼女は自分の住んでいる町の墓地、兵営、練兵場から戦争や死者を連想し、若者の無抵抗や無気力に不満を漏らし呟きます。
「反抗だけが生命を与えてくれるのに」

 レベッカは大人から見ると、そのセクシーさが大きな魅力だと感じます。
 彼女が身につけているの革のレザースーツやアラン・ドロン演ずるダニエルのサディズムの魅力に取り憑かれていること、夢の中でフランスと西ドイツの国境関門の好色そうな吏員を嫌悪しながらも魅力を感じてまっていることなど、性の問題は若い人たちへの社会的抑圧の問題と同一なのかもしれません。

 彼女は、ヴィクトリア朝時代のイギリス詩人アルフレッド・テニソンの自由恋愛の論文を教材とした恋人ダニエルのゼミの講義の様子を思い浮かべながら、街で見かけた子ども連れの主婦を見て
「5匹目を生もうとしている牝犬そっくりだわ、あの疲れた様子!」
と侮蔑します。

 彼女の素晴らしさと魅力、そして彼女の幸福は、積極的に男性を愛し自ら男性を求めていくことができる女性としてのものです。しかし彼女は、自分が本当の意味での愛を得ていないことも知っているのです。
「本当の私は気狂いじみた牝山羊よ」
「あなたは冷たくてサディストなんだわ。ダニエルあなたはブタよ!ブタよ!ほんとにブタだわ!」
 このときのレベッカの笑顔は、マリアンヌが実際にそうであったようにドラッグでラリった状態に近いようで、完全にいかれてしまっています。

 これらの彼女の自虐的で攻撃的な感性は、現代以降の若者の共感と結びつくもののような気がします。それは、若い人たちにとって、現代特有の何かが不足している疎外状況に敏感に反応したものなのかもしれません。

 考えてみれば(考えなくても)いま自分がやっていること、しようとしていることは決して許されることではありません。不倫するために結婚し、優しい夫を嫌い、娘想いの父を落胆させ、まともに愛してもくれない恋人を自分から求めているのですから。
 でも、彼女は恋人ダニエルを求めずにいられないのです。ダニエルのもとハイデルベルクへ向かう途中、バーでブランデー「桜桃酒(キルシュ)」を頼み、ふたりの恋の想い出を甦らせます。それは自分の心細さや敗北の予感を打ち消してくれる官能の恋、女性の闘いの恋、男の夢に憧れる恋、自分の勝利の夢を叶えさせてくれる恋の想い出なのです。
 彼女は再びオートバイに乗ることでダニエルを求める強さを取り戻し、歓喜の妄想に浸ります。もうすぐダニエルのもとにたどり着けるのです。1200CCのハーレーダビットソンは、強い異性を求める女性の象徴、それによって強くなろうとする女性のせつない闘い、そして破滅の象徴だったのだと思います。
 女性は愛されることで生命を維持しており、男性に愛されないと死んでしまいます。「愛されない=死」がこの作品のテーマなのです。周囲の男性はもっと、しっかりとレベッカを愛すべきではないでしょうか?悲しいテーマに割り切れないものが残ります。女性が愛されることなしに自ら愛を求めようとすることは、死を決した命がけのことだと知るべきなのです。

 この作品が創られる1年前の1967年、マリアンヌ・フェイスフルはジャン・リュック・ゴダール監督の『メイド・イン・USA』に出演し、ローリング・ストーンズから贈られた『アズ・ティアーズ・ゴー・バイ』をこれ以上ないほどの悲しい表情、淋しい歌声で歌いました。
メイド・イン・USA / ビクターエンタテインメント







As Tears Go By (Jagger/Richards)
涙あふれて(ミック・ジャガー、キース・リチャーズ)

It is the evening of the day
その日の夕暮れ
I sit and watch the children play
子供たちが遊ぶのをすわって見ていたの
Smiling faces I can see, but not for me
笑顔を見ることができるけど、それはわたしのための笑顔ってわけじゃない
I sit and watch as tears go by
涙が過ぎゆくのを子供たちを見ながら待っているわ

My riches can't buy everything
いくらたくさんのお金でも本当に大切なものを買うことはできないわ
I want to hear the children sing
子供たちの歌を聴きたいの
All I ever hear is the sound of rain falling on the ground
わたしがいつも聞くのは地面に降りつける雨の音だけだから
I sit and watch as tears go by
涙が過ぎゆくのを子供たちを見ながら待っているわ

It is the evening of the day
その日の夕暮れ
I sit and watch the children play
子供たちが遊ぶのをすわって見ていたの
Doing things I used to do, they think are new
わたしがとっくに慣れてしまっていることも、彼らには初めてのことなんだわ
I sit and watch as tears go by
涙が過ぎゆくのを子供たちを見ながら待っているわ
Mm mm mm...


 わたしは、この歌を歌うマリアンヌを観ていると胸が締めつけられ、心が破れてしまいます。

A Stranger on Earth: An Introduction to Marianne Faithfull
Marianne Faithfull / Island
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by Tom5k | 2006-04-29 18:53 | あの胸にもういちど | Trackback(7) | Comments(20)

『カサノヴァ最後の恋』~恋ひとすじに、過去への郷愁~

 アラン・ドロン製作総指揮の『カサノヴァ最後の恋』は、ロミー・シュナイダーとアラン・ドロンが共演した1958年の『恋ひとすじに』と同じく、アルトゥール・シュニッツラーを原作としたものであり、登場人物の構成に多くの類似点があります。
 クリスティーヌとフリッツは、マルコリーナ(エルザ)とロレンツィ(ヴァデック・スタンザック)であり、エッガースドルフ男爵は、老貴族セルシ侯爵(アラン・キュニー)。エッガースドルフ男爵夫人であるレナ夫人は、セルシ侯爵夫人であるデルフィヌ夫人にあたるような気がします。
 2作品の人物を較べてみると、クリスティーヌはイノセントな封建の女性であり、マルコリーナはルソーやヴォルテールを愛読し、毎日を学術・研究に費やす自立したインテリ女性を志向する近代女性であること。ロレンツィもフランツと異なり、マルコリーナを愛してはいても、結婚する決断までは出来ておらず、実力以上のプライドや思い上がった上昇志向と野心を持つ生意気盛りの若者であることなど、『恋ひとすじ』での美しい精神世界を持った主人公たちとは随分と異なる部分も多くあります。
 ところが、映画という虚構の世界を離れたとき、女優であったロミー・シュナイダーは、アラン・ドロン夫人に納まっていられるような封建の女性ではなく、あらゆるものを犠牲にしても女優として生き抜こうとした自立を目指した女性であり、アラン・ドロンはというと、俗物で野心とナルシズムの固まりのような若者だったといわれています。後で考えれば、本当にロミー・シュナイダーと結婚する気があったのかどうか疑わしい面も無きにしもあらずかもしれません?
【アランと一緒に生きたかったのです。それならどこかの田舎の家でもかまわなかった。どんな寒村でもよかった。でも同時にわたしは映画に出たかった。自分の職業を愛していましたから。わたしはこの板ばさみの状態からどうしても抜け出ることができなかったのです。】
(『ロミー・シュナイダー事件』ミヒャエル・ユルクス著、平野卿子、集英社、1996年より)
【彼はひどい俗物でした。有名になってお金を稼ぐことしか頭になかったのです。いつか家中にルノワールの絵を飾るんだ、というのが口癖でした。】
(『ロミー・シュナイダー 恋ひとすじに』レナーテ・ザイデル編、瀬川祐司訳、平凡社、1991年より)

 そういう意味では、カサノヴァに対するマルコリーナの冷たい知的なキャラクターと、ロレンツィの上昇志向の強い生意気なキャラクターは、『恋ひとすじに』のクリスティーヌとフリッツとは異なっていても、実生活でのロミーとアランには近かったといえましょう。

 ロミー・シュナイダーとアラン・ドロンが共演し、ふたりの激しいロマンスが燃えさかった『恋ひとすじに』から何年を経たでしょう。1992年の『カサノヴァ最後の恋』まで、すでに34年も経っています。当時はまだ22歳の青年だったアラン・ドロンも、現在は57歳の初老の男性となってしまいました。作品中でもロレンツィやマルコリーナに侮蔑的に老人扱いされる場面が何度もあります。
 当然のことながら、アラン・ドロンはロレンツィを演じる年齢ではありません。

 そう考えて、この『カサノヴァ最後の恋』を観たとき、わたしは非常に面白い観賞ができたのです。いつもアラン・ドロンは自分の外に自らの分身を求めます。この作品も例外ではなかったのでは?と考えました。つまり、今回は過去の自分とその恋人にその対象を拡げたのではないかということです。
 この作品では、ロレンツィの意地の悪い態度とマルコリーナの冷たい拒絶がカサノヴァに襲いかかります。彼らと必死に闘うカサノヴァの姿は、自分たちの若い頃と闘う現在のアラン・ドロンの姿のようにわたしには感じられたのです。若い自分たちの分身に屈辱的な仕打ちを受け、最後に自らそれらを粉々に打ち砕くカサノヴァ。

 フランス文学が専門の映画批評家でもある松浦寿輝氏は、前作『ヌーヴェルヴァーグ』で、ジャン・リュック・ゴダール監督がアラン・ドロンを商品化せずに彼のスター意識をはぎ取ってしまっていることに注目しています。
【ここでのアラン・ドロンは、ドロンをドロンたらしめてきたあらゆる衣裳を剥ぎ取られてただよるべなくそこにいる。~(中略)~ドロンはここで自身の肉体を商品化していない、ただ、自分がアラン・ドロンであることをすがすがしく忘れてしまっているのである。】(引用~『カイエ・デュ・シネマ・ジャポン1 30年前から、ゴダール!』フィルム・アート社、1991年)
 前作『ヌーヴェルヴァーグ』でのゴダールの演出で、自身を丸裸にされたアラン・ドロンにはもう恐いものなどなかったのでしょう。映画作品を創るうえで、自分を繕うための体裁も必要ではなくなっていたのだと思います。彼は現在の裸の自分で、過去の裸の自分たちと、正面きっての思い切った闘いに挑んだのだと思います。

 カサノヴァがロレンツィを剣で倒したときの彼への接吻は、自身の過去への愛おしさ、マルコリーナに対する恋は、今はもういないクリスティーヌを演じたロミー・シュナイダーへのセクシュアルなこだわり。甘い初恋の想い出は、実にリアルな自己への投影であったように感じます。

 最後にふたりを追い込んでいくカサノヴァは、『太陽がいっぱい』でフィリップを刺殺するときや『悪魔のようなあなた』でクリスティーヌと手を組み、居直って警察を欺くピエールのように、ルネ・クレマン監督やジュリアン・デュヴィヴィエ監督のアラン・ドロンが全開でした。
 カサノヴァは自らの過去であるロレンツィと剣を交えながら語ります。
「この20年間に出会った男の中で最高だ。剣を交えたくなかった。最後に教えておきたい事がある。たとえば甘美と残酷だ。絶望と生きる力だ。」
 これは、アラン・ドロンの自らの過去、すなわちロミーとアランのカップルに対する現在から過去への語りかけなのです。

 そして、ルイ・マル監督の演出で演じた『世にも怪奇な物語、第2話 影を殺した男(ウィリアム・ウィルソン)』のラストシーンと同様に自らを抹殺するのです。自らの死、生きながらの死、それはもはや自らの生きる術、すなわち良心を抹殺しての生でしかなかったのです。
 マルコリーナとロレンツィを破滅させた後、ヴェネツィアへの帰還の意味するところは、自分の良心を売り渡してしまった裏切り者として生きる覚悟です。そして、それを選び、受け入れてしまったカサノヴァは、誰の責任でもない自らの意志でイバラの道を歩む決心をしたのです。カサノヴァは裏切り行為においてすら『自由』を貫いたのだといえます。彼こそは、真の『自由人』といえましょう。
【わたしは狂おしいほど女を愛してきたが、つねに女たちより自由を愛してきた。】(『カサノヴァ回想録』ジャコモ・ジロラモ・カザノバ・デ・ザイン著、ジル・ペロ-編、大久保昭男訳、社会思想社(現代教養文庫)、1986年)

カサノヴァ回想録
ジル ペロー 大久保 昭男 / 社会思想社





 アラン・ドロン自身においても、ロミー・シュナイダーを捨ててハリウッドに渡り、成功出来なかった過去への投影もあったのでしょう。
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 ラストシーンのヴェネツィアの古い街並みの景観と恋人たちを映し出す見事なカメラワークとナレーション、フェード・アウトのテーマ音楽の哀愁、オーバーラップされるアラン・ドロンの無表情の演技は、カサノヴァの複雑な心象をすべて巧みに表現しています。そして、これからの残った人生に全ての過去を背負い続ける覚悟のアラン・ドロンに、老いというものの真の美しさと孤独な自由を見い出すことができるのです。
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by Tom5k | 2006-04-22 15:35 | カサノヴァ最後の恋 | Trackback(2) | Comments(12)

『恋ひとすじに』②~ロミーに恋したアラン~

 『恋ひとすじに(恋愛三昧)』の原作者アルトゥール・シュニッツラーだけでなく、ホフマンスタール、ヘルマン・バールといった「若きウィーン派」の作家群は印象主義者ともいわれ、古都ウィーンのカフェ・グリーンシュタイドルに集って、社会の不安感やペシミスティックな情動とロマンティズムなどを、フロイト的な意味での「死」への無意識として表現していきました。わたしは「若きウィーン派」のこのような傾向が、フランス独自の映像文化といわれた演劇的伝統における文学的情緒、すなわち最後に滅びゆく人間の運命を深淵なるメロドラマの作風としていった「詩(心理)的レアリスム」と実に似通った傾向にあるように感じられます。
 しかも「詩(心理)的レアリスム」は、F・W・ムルナウ監督やジョセフ・フォン・スタンバーグ監督などの「ドイツ表現主義」からの影響も多く受けているわけですが、「ドイツ表現主義」が前時代19世紀末の文学潮流「若きウィーン派」の影響を受けていたことは想像に難くないことと思われます。
 1950年代後半にフランスと旧西ドイツの合作よって、『恋ひとすじに』が創られた背景にはこのような必然があり、この作品での共演による両国のアイドル的存在であったアラン・ドロンとロミー・シュナイダーの燃え上がるようなロマンスには、すでに両国相互間の文化・芸術の婚姻ともいえる結びつきによる背景があったのだと想像してしまうのです。

 この作品のロミーとアランは、あまりにも可愛らしく、そして美しく、男の私でさえ見とれてしまいます。すべてのストーリー、ロケーション、登場人物の衣裳、歌劇場やそこでのオーケストレーション、あらゆる舞台・美術・衣裳はロミーとアランの無垢な可愛らしさと同様に素晴らしく可憐で美しいのです。

 アラン・ドロン演ずる少尉フランツ・ロープハイマーが、ジャン・クロード・ブリアリ演ずる友人のテオ・カイザー中尉や竜騎兵の将校たちと酒場へと遊びに出かけます。テオは、ソフィ・グリマルディの演ずるクリスティーヌの友人ミッツィと恋仲になり、ロミー・シュナイダー演ずるクリスティーヌとフランツは私生活と同様に一目で恋におちます。

 フランツは赤い詰め襟の空色の軍服に、真っ白い肌で少年のように美しく、クリスティーヌもピンクの水玉模様のドレスと、おそろいの生地の帽子に花をあしらい、それを結んだピンクのリボンが可愛らしく、キュートでチャーミングです。
 彼女の部屋のバルコニーにも花がたくさん飾り付けられいます。二人が知り合って間もなく、バルコニーの正面を通る騎兵隊の一人の将校であるフランツにネグリジェのまま合図を贈る彼女の恥じらいには、初々しさで胸が痛くなるほどです。

 父のピアノでジョルジュ・オーリックの主題歌を歌うクリスティーヌは、ピンクのシャツに黒いリボンタイ、ブルーのタイトスカート、長いブロンドの髪を黒のリボンでまとめています。
 美しい古城を背にした若い恋人同士のフランツとクリスティーヌ。

 彼女は、白いワンピースのブラウスにピンクのベルトを絞め、リボンタイもブラウスのボタンも、それに合わせたピンクで、髪は白いリボンでしばっています。ストローハットもピンクの長いひものリボンがたなびいていました。フランツとふたりきりでのボートや、古城のそばでの牧場での幸せそうな様子は、観ている方がうっとりしてしまいます。

 初めてのふたりだけのデートでは、牧歌的な田園の風景を馬車に乗って走ります。広大な田園のなかで、ふたりの声がこだまし、美しく素敵なラブシーンが挿入されます。髪をアップし、少し大胆に胸を開いた白いブラウスでいつもより大人っぽいクリスティーヌですが、赤いリボンタイとグレーのチェックのスカートに赤い縁取りの肩掛けで、清純な情熱を感じさせます。スワガーハットのクラウンも鮮やかな赤いリボンの帯にきれいな花が添えられ、仄かに漂う気品ある色香を感じさせ、素晴らしく魅力的です。

 友人である4人が集まったフランツの部屋でのパーティでの彼女は肩まで露出した美しいドレスを身につけています。フランツは彼女の耳許で「Je′taime.Christine.」と囁きます。二人は幸せそうに頬を寄せ合ってワルツを踊るのでした。

 しかし、彼にはミシュリーヌ・プレール演ずるエッガースドルフ男爵夫人であるレナという恋人がいて、それは、夫人の夫の目を盗んでの不倫関係だったのです。彼はクリスティーヌとの愛情を誠実なものにしようと夫人との関係を清算しますが、男爵は妻の隠していたフランツの部屋の鍵を見付けてしまうのです。彼はピストルの名手でフランツの太刀打ちできる相手ではありませんでしたが、男爵は自身の名誉のために彼に決闘を申し込むことになります。

 不思議なものです。まだ彼の悲壮な決意を全く知らないはずのクリスティーヌが、歌手になるためのコンテストで選んだ曲はフランツ・シューベルトの『アヴェ・マリア(Ave Maria)』でした。歌うロミーの哀しみと愁いに満ちた表情が美しい。
 帽子のクラウンの黒い帯に地味なドライフラワーを付け、黒の縁取りのグレーのボレロとフレアスカートのツーピースに白い手袋を身に着け、すでに彼の死を知ったかのように悲しみに満ちた歌を歌うのです。


 オペラ歌手を目指していた彼女は、ようやくオペラ座歌劇団の歌手として採用され、その歓びで一杯でした。
 しかし、それは最愛の恋人フランツの訃報を聞くことと同時の出来事だったのです。彼女の悲しみは想像に余りあるものです。自身の存在を彼無しでは見いだせないほど、その愛情は純血であったのです。彼女はとうとうバルコニーの窓から、かつてフランツの所属していた連隊の行進に向かって身投げをしてしまいます。
 わたしは、最愛の若い恋人同士が引き裂かれ、死を迎えざるを得ない、あまりに悲劇的なこの結末のシークエンスを正視することが出来ませんでした。


 共演者のジャン・クロード・ブリアリは、アラン・ドロンが映画界に入るきっかけをつくったり、アラン・ドロンやロミー・シュナイダーのプライヴェートの友人でもあったわけですが、その後ジャン・リュック・ゴダールやクロード・シャブロル、ロジェ・ヴァディム、フランソワ・トリュフォーらの「ヌーヴェル・ヴァーグ」作品の俳優として、彼らとは異なる地味な活躍を続けていきます。
 彼は誠実な人で、アラン・ドロンがロミー・シュナイダーとの婚約を破棄したときには、
【「ロミーがあまりにもかわいそうだ」と仲のよいドロンの敵に回ることすら辞さなかった】
(『ロミー・シュナイダー事件』ミヒャエル ユルクス著、平野 卿子訳、集英社、1996年)との気持ちであったそうです。
アンナ
/ コロムビアミュージックエンタテインメント





美しきセルジュ/王手飛車取り
/ アイ・ヴィー・シー





 この作品での共演から、アラン・ドロンと私生活でも恋人になったロミー・シュナイダーは、1938年9月23日、オーストリアのウィーンで生誕しました。母親は旧西ドイツの女優マグダ・シュナイデルで、マックス・オフェルス監督の『恋愛三昧』でロミーと同じクリスティーヌを演じた女優です。この旧作は「ヌーヴェル・ヴァーグ」のカイエ派が絶賛し、特にフランソワ・トリュフォーはオフェルス監督を最も敬愛している演出家のひとりとして上げています。
【マックス・オフュルスが『歴史は女で作られる』の製作を準備しつつあった1954年、ある21歳の若者の書いた映画評論が、一部で大きなセンセーションをまきおこしました。この若者はまもなく、映画ジャーナリズムから酷評された『歴史は女で作られる』を熱烈に擁護することになります。若者の名はフランソワ・トリュフォーです。】
(引用~『フランス映画史の誘惑』中条省平著、集英社(集英社新書)、2003年)
歴史は女で作られる
/ アイ・ヴィー・シー





 ロミー・シュナイダーは1955年以降、オーストリア映画『プリンセス・シシー』シリーズ3作にシシー役で主役し、1972年には、ルキノ・ヴィスコンティ監督の『ルートヴィヒ/神々の黄昏』で久しぶりのシシー役のエリザベートを演じ、シシー=ロミー・シュナイダーとまで言われ続けました。ロミー自身はその清純な乙女としてのキャラクターからの脱却を目指していたのですが、それは現在でも払拭できておらず、かのジャン・リュック・ゴダールでさえ、「シシー以外のロミー・シュナイダーは忘れ去られている。」とまで発言しています。

 しかし彼女は、オットー・プレミンジャー、ウディ・アレン(『何かいいことないか子猫チャン』脚本・出演のみ)、オーソン・ウェルズ、ルキノ・ヴィスコンティ、ジョセフ・ロージー、クロード・シャブロル、ロベール・アンリコなどの大監督に使われ、女優としての素晴らしい成長と活躍をしたことは事実であり、人々から忘れられることのない素晴らしい女優であったとわたしは思っています。
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枢機卿
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何かいいことないか子猫チャン
/ 紀伊國屋書店





ボッカチオ’70
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審判
/ アイ・ヴィー・シー





 最近でも、カトリーヌ・ドヌーヴ、エマニュエル・ベアール、イザベル・ユペール、ファニー・アルダン、ヴィルジニー・ルドワイヤン、リュディヴィーヌ・サニエ、ダニエル・ダリュー、フィルミーヌ・リシャールが共演したミステリーミュージカル映画『8人の女たち』を監督したフランソワ・オゾンは、ロミー・シュナイダーが生きていれば、間違いなくこの作品への出演交渉をしただろうと語っています。
 作品中でも、エマニュエル・ベアールが演じていた女中が、以前使われていた女主人の写真を大切に身につけており、ロミーの写真が使われていました。
8人の女たち デラックス版
/ ジェネオン エンタテインメント






 彼女は、残念ながら、アラン・ドロンとの別れや最愛の長男の事故死など、精神的な疲労も重なったのでしょう。1982年に43才という若さで急逝してしまいます。本当に悲しく気の毒な女優人生であったように思います。

 アラン・ドロンとロミー・シュナイダーとは、1963年の婚約解消後も1968年『太陽が知っている』、1972年『暗殺者のメロディ』と2度の共演作があります。
 そして、1977年、世紀の大傑作『パリの灯は遠く』(監督ジョセフ・ロージー)は、オーソン・ウェルズが監督し、ロミー・シュナイダーも出演している映画『審判』のフランツ・カフカの原作にヒントを得ていた作品だそうです。

【1977年1月6日 わが人生でもっとも重要な男性はアランだった-そしてそれは今もかわりがない。私が彼を必要とするようなとき、彼はいつも快く力を貸してくれる。アランは今でもわたしが全幅の信頼を置けるたった一人の人物である。彼はどんなときも私の味方だ。アランは私のことを見放したことはないし、これからもそうだろう。】
(『ロミー・シュナイダー 恋ひとすじに』レナーテ・ザイデル編、瀬川祐司訳、平凡社、1991年より)

【人はぼくを冷たいと言う。でも、ロミーはわかってくれるね。また、ロミーがなぜ死んだのか、どんな人間だったのか、それを知っているのもやはりぼくだけなのだ。~(略)~ぼくたちは二人だけの5年間をすごし、それから別離がやってきた。けれどもいまでもぼくははきみの兄であり、きみはぼくの妹なのだ。ぼくたち二人の間では、なにもかもが純粋で透き通っていた。~(略))アランのロミーへの告別の手紙『さよならぼくのおにんぎょちゃん』より抜粋】
【(略)~その残酷さゆえとはいえ、おそらく最も正直な男でもあったこと、そして、ドロンこそ、ロミーを利用せず、搾取せず、なにも奪わなかった数少ない男のひとりであることも~(略)】
(『ロミー・シュナイダー事件』ミヒャエル・ユルクス著、平野卿子、集英社、1996年より)

 これらのふたりの関係の美しさは、その関係が初恋だったからではないでしょうか?

ロミー・シュナイダー―恋ひとすじに
ロミー・シュナイダー レナーテ・ザイデル 瀬川 裕司 / 平凡社






ロミー・シュナイダー事件
ミヒャエル ユルクス Michael J¨urgs 平野 卿子 / 集英社





 そして、ロミーが死去して10年後の1992年、アラン・ドロンはアルトゥール・シュニッツラーの原作の映画を34年ぶりに主演しました。『カサノヴァ最後の恋』です(『帰ってきたカザノーヴァ』山下七志郎訳、能登印刷出版部、1993年)(『カサノヴァの帰還』金井英一訳、集英社、1992年)。
 彼が、この作品を創作するにあたっては、デビュー当時の『恋ひとすじに』でのロミーとの共演や恋愛など、様々なふたりの想い出を胸に秘めたなかでの撮影だったのではないかと想像してしまい、彼がロミーへのオマージュを心から込めた作品だったのではないだろうかと察してしまうのです。
帰ってきたカザノーヴァ
アルトゥール・シュニッツラー 山下 七志郎 / 能登印刷出版部





カサノヴァの帰還
アルトゥール シュニッツラー Arthur Schnitzler 金井 英一 小林 俊明 / 集英社





 残念なことに、ふたりの恋は永遠の愛へと成就することなく、破局を迎えてしまいます。
 しかし、この『恋ひとすじに』は、アランの心にとっての最も大切な想い出の作品となっているのではないかとわたしには思えるのです。

 それは誰にも侵すことのできないアランのロミーに対する美しい初恋への永遠なる郷愁だったのではないでしょうか?
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by Tom5k | 2006-04-11 01:01 | 恋ひとすじに(3) | Trackback | Comments(12)

『恋ひとすじに』①~「アラン・ドロン」の原型 古き良き時代の古都ウィーンを舞台にして~

 この作品の原作者のアルトゥール・シュニッツラーは、オーストリアの首都ウィーン出身の文学者であり、彼の作品は時代や国境を越えて、多くの魅力を放っているようです。

 ハリウッドのスタンリー・キューブリック監督の遺作で、トム・クルーズとニコール・キッドマンが主演した『アイズ・ワイド・シャット』(1999年)は、舞台をニューヨークに移して創られた彼の作品です(『夢奇譚』池田香代子訳、文藝春秋(文春文庫)、1999年)(『夢がたり シュニッツラー作品集』尾崎宏次訳、早川書房(ハヤカワ文庫)1999年)(『夢小説』池内紀訳、岩波書店(岩波文庫)、1990年)。
アイズ・ワイド・シャット 特別版
/ ワーナー・ホーム・ビデオ





夢奇譚
アルトゥル・シュニッツラー 池田 香代子 / 文芸春秋






夢がたり―シュニッツラー作品集
アルトゥール シュニッツラー Arthur Schnitzler 尾崎 宏次 / 早川書房





夢小説・闇への逃走 他一篇
シュニッツラー 池内 紀 武村 知子 / 岩波書店





 そして、映画化される度にオールスターキャストになるオムニバス映画『輪舞』も、たいへん有名な作品です(『輪舞』中村政雄訳、岩波書店(岩波文庫)1998年)(『輪舞』岩淵達治訳、現代思潮新社、1997年)。
 1度目は、1950年にマックス・オフェルス監督により、ダニエラ・ジェラン、シモーヌ・シニョレ、ダニエル・ダリュー、ジャン・ルイ・バロー、イザ・ミランダ、ジェラール・フィリップらが出演しています。そして撮影は、この『恋ひとすじに』のクリスチャン・マトラによるものでした。彼は『恋ひとすじに』よりも前に、すでに古都ウィーンの景観の素晴らしさをカメラに収めていたのです。
 なお、この旧作は「ヌーヴェル・ヴァーグ」のカイエ派も絶賛している作品です。
輪舞
/ ジェネオン エンタテインメント





 2度目はパリを舞台として、1964年、ロジェ・ヴァディム監督で、マリー・デュボワ、ジェーン・フォンダ、ジャン・クロード・ブリアリ、アンナ・カリーナ、モーリス・ロネ、カトリーヌ・スパークらが出演し、撮影はアンリ・ドカエが担当しています。
輪舞(ロンド)
/ ビデオメーカー





輪舞
シュニッツラー 中村 政雄 / 岩波書店





輪舞
シュニツラー 岩淵 達治 / 現代思潮社





 オーストリアの芸術・文化は、バロック時代からの影響を引き継いでいます。ウィーンの宮廷舞台は、ヨーロツパ演劇が中心であったことから、オペラやバレエを主にした華やかな芸術の都のイメージでも文化史上に位置づけられていましたが、19世紀後半からは、ウィーンにも新しい革新芸術が勃興してきました。
 フーゴー・フォン・ホフマンスタールやヘルマン・バール、アルトゥール・シュニッツラーらは世紀末のペシミスティックな世界を、当時のウィーンの姿に投影させ独特の作風を作り出し「若きウィーン派」と呼ばれました。彼ら「若きウィーン派」の作家群は印象主義者ともいわれ、カフェ・グリーンシュタイドルに集い、社会の不安感、ペシミスティックな情動とロマンティズムなどを、フロイト的な意味での「死への無意識」として表現していったのです。

 アルトゥール・シュニッツラーを初めて日本に紹介したのは、明治時代に『雁』『ヰタ・セクスアリス』『青年』『阿部一族』など、反自然主義の高踏派で浪漫主義の先駆者であった森鴎外です。しかも、この『恋ひとすじに』の原作である戯曲『恋愛三昧』を翻訳し、日本に紹介したのが彼なのです(『恋愛三昧』森鴎外訳、岩波書店(岩波文庫))。
 彼はウィーン大学で医学に志し、同時代のジクムント・フロイトの精神分析学に傾倒し、生きていた時代を敏感に己の作風を当時、主流であった自然主義文学に反映させました。このような作風が浪漫主義の先駆者であったの森鴎外の関心を惹いたのかもしれません。
 これらの事は、特筆すべきであり、現在、再版未定であるこの書籍と日本で未だ販売されていない『恋ひとすじに』のDVDは、早急にセットで商品化すべきであるとまで、わたしは思ってしまいます。
昭和初期世界名作翻訳全集 (9)
シュニッツラー 森 鴎外 / ゆまに書房





 物語の舞台は、1906年オーストリアのウィーンです。冒頭からウィーンの美しい街並みが映し出され、その美しさは、まるで絵画のようですが、ここからアラン・ドロン演ずる少尉フランツ・ロープハイマーとロミー・シュナイダー演ずるクリスティーヌの悲恋の物語がはじまるのです。
 クリスティーヌの部屋のバルコニーには花がたくさん飾り付けられ、ウィーン市民の日常が多くの花に囲まれた素敵な生活であったことが印象に残ります。
 美しい古城を背にしたフリッツとクリスティーヌ、友人テオとミッツィのカップルとのピクニックの場面も素晴らしいシークエンスです。
 更に、初めてのデートのシーンで、ふたりは牧歌的な田園の風景を馬車に乗って走ります。広大な田園のなかで、恋人たちの声がこだまし、美しく素敵なラブシーンとして表現されているのです。


 古き良き時代のウィーンを舞台とした古典戯曲の典型的な作品は、あまりにも美しくて悲しい物語ですが、この作品の美術を造り上げた担当者は、ジャン・ドーボンヌでした。彼は『詩人の血』(1930年)や『オルフェ』(1950年)でジャン・コクトー監督の作品で美術を担当し、ジャック・ベッケルの『肉体の冠』(1951年)『現金に手を出すな』(1954年)『モンパルナスの灯』(1958年)、クリスチャン・ジャックの『パルムの僧院』(1947年)やマックス・オフェルスの『輪舞』(1950年)などを手がけたフランス映画のトップクラスの名コーディネーターです。
詩人の血【字幕版】
/ ビデオメーカー





肉体の冠
/ ジェネオン エンタテインメント





モンパルナスの灯
/ ビデオメーカー





パルムの僧院〈完全版〉
/ アイ・ヴィー・シー





 撮影はクリスチャン・マトラ。ドーボンヌのセットや美術を背景としたウィーンの景観や登場人物の素晴らしさや美しさは、彼のカメラによるところが大きいと思います。
 『大いなる幻影』(1937年)『旅路の果て』(1939年)『賭はなされた』(1947年)『双頭の鷲』(1947年)『花咲ける騎士道』(1952年)『女優ナナ』(1955年)『モンパルナスの灯』(1958年)『輪舞』(1950年)『歴史は女で作られる』(1956年)などの代表作で、ジャン・ルノワール、ジュリアン・デュヴィヴィエ、ジャン・コクトー、ジャック・ベッケル、アンリ・ジョルジュ・クルーゾー、クリスチャン・ジャック、ミッシェル・ボワロン、アンドレ・カイヤット、マルク・アレグレ、アンリ・ヴェルヌイユ、ジャン・ドラノワ、ルイス・ブニュエルなどフランスの戦前・戦後の主なほとんどすべての監督と組み、ジェラール・フィリップやジャン・マレー、ジャン・ギャバン、ルイ・ジューヴェ、ダニエル・ダリュー、ミッシェル・モルガン、ミシュリーヌ・プレール、エドウィジュ・フィエール、マルティーヌ・キャロルなど戦前・戦中からのスター俳優、ミレーヌ・ドモンジョ、アヌーク・エーメ、フランソワーズ・アルヌール、クラウディア・カルディナーレ、ジーナ・ロロブリジナ、アンナ・カリーナ、アラン・ドロン、ジャン・ポール・ベルモンドなど戦後のスター俳優まで、各世代の美男・美女を撮り続けました。
 旧作『恋愛三昧』のマックス・オフェルス監督や、この新作のピエール・ガスパール・ユイとも何本かコンビでの作品を撮りました。

 この顔ぶれはフランス映画史そのものといえるそうそうたる顔ぶれです。50年代後半から活躍していくアンリ・ドカエやラウール・クタールが出現するまで、フランスの映画界を背負って立っていた名カメラマンだったといえましょう。
大いなる幻影
/ ジェネオン エンタテインメント





旅路の果て
/ アイ・ヴィー・シー





双頭の鷲
/ ビデオメーカー





 音楽は、ジョルジュ・オーリックです。彼はパブロ・ピカソやエリック・サティらの芸術家とも親交が厚く、映画音楽への関心はジャン・コクトーの影響によるものだったそうです。クリスチャン・マトラとのコンビも数多くあり、息のあったコンビネーションによった作品となっており、マトラの素晴らしい映像に加えた彼の音楽の素晴らしさが良くマッチングしています。
 シネ・ジャズの時代が到来するまで、クラシック音楽が映画音楽の主流であった時代にオペラや交響曲を大衆に分かり易く、映画を通じて提供してくれていたメディア文化最先端の音楽家です。この作品でもヴェートーヴェンの『シンフォニー第5番「運命」』やシューベルトの『アヴェ・マリア』の使い方、歌劇場の様子やクリスティーヌの父親が音楽家である設定、ロミーの歌う場面(多分、吹き替えだと思いますが)などオーリックの力量が十分発揮された作品といえましょう。

 監督を務めたのは、制作した本数は少ないながらも1963年度カンヌ映画祭で『シエラザード』により、フランス映画高等技術委員会大賞を受賞しているピエール・ガスパール・ユイです。ドイツ映画界の不信で母国での作品製作が振るわなかった時代的な不運がなければ、もっと多くの名作品を輩出できた演出家であったと思います。

 また、特筆すべきはフランツの愛人役で大女優ミシュリーヌ・プレールが出演していることです。
 クロード・オータン・ララ監督、ボストとオーランシュの脚本コンビによるレイモン・ラディゲ原作の『肉体の悪魔』(1947年)では、ジェラール・フィリップの恋の相手として年上の人妻役を演じました。まさにフランスの古き良き時代の「詩(心理)的レアリスム」の典型的な作品が代表作です。また、実存主義哲学者のジャン・ポール・サルトルがシナリオを担当し、撮影と音楽をマトラとオーリックのコンビとしたジャン・ドラノワ 監督の『賭はなされた』(1947年)、ジャック・ベッケル監督の『偽れる装い』(1945年)などで主演を務めています。
 そしてイギリスで撮った『アメリカン・ゲリラ・イン・フィリピン』(1950年)は、『怪傑ゾロ』でディエゴ=ゾロで主演したタイロン・パワーとともに、何とフリッツ・ラングの演出も受けているのです。まさに彼女は大女優です。
肉体の悪魔
/ ビデオメーカー





 この作品が製作された当時のフランス映画界には、まだ、「ヌーヴェル・ヴァーグ」が出現していませんでした。しかし、ジェラール・フィリップを失い、ジャン・マレエも全盛期を過ぎ、ジャン・ギャバンただ一人がスターとして頑張っていた世代交代期だったことから、映画界は新たなスターを求めていた時代だったといえましょう。 
 そこに、この『恋ひとすじに』のような古典手法の名人たちに囲まれて、期待の大型新人アラン・ドロンは、古き良き時代の古都ウィーンを舞台にした作品で登場したのです。彼はフランス映画のクラシックをそのまま受け継ぎ、ウィーン情緒あふれる舞台設定で主演2作目を飾り、自らの俳優人生の方向付けも固めることができたのだと思われます。しかも、共演した元恋人ロミー・シュナイダーもドイツ宮廷の舞台俳優の祖父母の血縁を受け継いだ女優でした。

 時代物のコスチューム・プレイを主とした作風のクラシカルは、アラン・ドロン作品の原点のひとつだと思われます。『素晴らしき恋人たち』、『山猫』、『黒いチューリップ』、『世にも怪奇な物語』、『アラン・ドロンのゾロ』、『スワンの恋』、『カサノヴァ最後の恋』等々、時代物ではありませんが、『フランス式十戒』、『帰らざる夜明け』、『燃えつきた納屋』なども古典手法の作品です。

 彼は「フレンチ・フィルム・ノワール」作品のジャン・ギャバンの後継者であることはもちろん、同時にジェラール・フィリップやジャン・マレエらの後継者としての役割も立派に果たし続けていったのだとわたしには見えてしまうのです。
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by Tom5k | 2006-04-11 00:18 | 恋ひとすじに(3) | Trackback | Comments(0)