「ほっ」と。キャンペーン

『若者のすべて』③~『揺れる大地-海の挿話-』その「ネオ・リアリズモ」としての第二部~

 1940年代当時のイタリア共産党は、イタリア南部の経済的困窮の実態を描くことを目的としたドキュメンタリーの制作を、自らの政治キャンペーンとして、映画監督ルキノ・ヴィスコンティに委嘱しました。彼は第二次世界大戦中のイタリア・レジスタンス運動に参加した経験を持っていたことなどからも、コミュニズム(共産主義)の信奉者であったため、その作品を、『揺れる大地-海の挿話-』として演出することになったのです。

 ルキノ・ヴィスコンティは後年、1940年代後半期の「ネオ・リアリズモ」運動の衰退に対する苛立ちから、この当時の映画情勢の安易な妥協を批判して、この運動の本来の姿を再興させたいという情熱的な取組みを意図していたと述懐しています。

 それに加えて、19世紀後半のイタリアの南部と北部の経済格差の問題、統一イタリアの矛盾を描いていった「ヴェリズモ(真実主義)」という文学運動を師事していたこともあり、イタリア南部の貧困を描くドキュメンタリー作品として委嘱されていたこの題材を、その運動の代表作家であったジョヴァンニ・ヴェルガが著した『マラヴォリア家の人々』をモチーフとして制作し、上映時間160分の大巨編として完成させたのでした。

マラヴォリヤ家の人びと

ジョヴァンニ ヴェルガ / みすず書房


 このように、リアリズム作品『揺れる大地-海の挿話-』の背景には、劇的なドラマトゥルギーの要素を根底に据えた彼の文学的資質の基盤もあったわけなのです。
 1948年制作のこの作品と比較しながら、1960年制作の同系作品の『若者のすべて』を鑑賞してみると、更に劇的なドラマトゥルギーが強調されており、この2作品が制作された12年の間にも彼の「ネオ・リアリズモ」作品の制作手法に大きな変遷があったことがわかります。

 その間に制作された『夏の嵐』(1954年)や『白夜』(1957年)は、そのメロドラマ性から「ネオ・リアリズモ」ではないとの批判にさらされていたわけですが、『若者のすべて』にも主人公の兄弟が一人の女性を巡って三角関係となるというメロドラマ的要素の特徴が顕著に表現されています。

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紀伊國屋書店


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 また、ルキノ・ヴィスコンティは、ここでは「ネオ・リアリズモ」の作家としての立場で、南部移民の居住している低所得者アパートメント、ボクシング・ジムなど環境描写の特徴を、ありのままの現実的な景観で表現していますが、『揺れる大地-海の挿話-』と比較すると、映画の感傷や解釈を観客に委ねてはおらず、リアリティとは無縁な劇的ドラマトゥルギーの要素を意図的に強調したシークエンスが多い作品となっています。

 1960年代初めにおいては、まだ一般的ではなかったレイプ事件や殺人事件などの犯罪行為を扱っていることなども、下層階級の貧困な生活における象徴的プロットであるのか否か、賛否の両論は発生し得るようにも思えます。登場人物たちの生活の困窮が遠因となって、それらが起きたにしろ、当時の犯罪件数のデータからいえば、これほどの極端な暴力行為を強調しなくても、作品の内容が平坦になる恐れはなかったはずです。

 更に、主人公ナディア(アニー・ジラルド)とロッコ(アラン・ドロン)の悲劇的運命を世界最大級のゴシック建築であるミラノの大聖堂を舞台にした高所撮影によって表現したあの有名なシークエンスも、環境描写としては寸分の歪曲もなく表現されていますが、、荘厳悲壮な恋愛劇の展開としてドラマティックに成立させていて、イタリア南部から移住してきた者たちの困窮した生活でのリアリティのみを強調しているわけではないのです。

 また、主人公ロッコ・パロンディのキャラクターがあまりにも朴訥で前近代的であることは、以前に別記事『若者のすべて』②~オリーブの樹が繁る月が明るい虹の故郷(くに)~でアップした内容のとおりですし、『揺れる大地-海の挿話-』と異なり、主人公がプロボクシングという特殊な世界で生きていくというプロットも、労働者階級の生活感覚には欠ける設定であったようにも感じます。

 このように『若者のすべて』は、リアリズム作品でありながら、ドラマトゥルギーとしての劇的要素が、その構成として採り入れられています。つまり、観る側に主体的な選択肢を委ねられておらず、むしろ感情移入が促される結果となってしまうのです。
 もちろん、わたしは、このことに違和感を持つことはありませんし、映画におけるメロドラマ性の否定も全く不要なものだと思っています。

 当然のことながら、イタリア北部の大都会ミラノ市での失業率、悲惨な労働環境の状況などをプロットとし、現代イタリアの典型的な社会矛盾を問題の基本に据えた作品であることも紛れもない事実です。同時に、低所得層の住民が失業者住宅に入居できるという当該市当局の福祉事業が完備されていたことまでもが正確に描写されており、その背景の描き方に限れば、ドキュメンタリーに近い描写とまで言えましょう。

 この作品は間違いなく、『揺れる大地-海の挿話-』の系譜に位置する「ネオ・リアリズモ」の傑作大巨編として評価されるべき作品なのです。

 登場人物の設定においても、パロンディ家の母親ロザリア(カティナ・パクシノウ)、長男ヴィンチェンツォ(スピロス・フォーカス)、四男チーロ(マックス・カルティエール)、五男ルーカ(ロッコ・ヴィドラッツ)が、典型的で平均的な南部からの移住者として描かれていることからも観る側の現実感が喚起されますし、次男のシモーネ(レナート・サルヴァトーリ)にしても、孤立して自閉的になり、転落した人生を生きる人物として、この現代社会には必ず発生してしまう存在です。
 シモーネの起こした痴情のもつれによるレイプ行為や殺害事件なども、現在の日本では日常の新聞紙面上では珍しいことではなくなっており、ルキノ・ヴィスコンティの先見性には、確かに感じ入ってしまうところです。

 何より、土地という生産手段を奪われた農業従事者が、大都市において未熟練労働者にならざるを得ない様子が描かれています。その主題の表現に着眼すれば、『揺れる大地-海の挿話-』よりも更に時代の進行を汲み取っている先鋭的な作品であるとまで評価できるかもしれません。

 更に、わたしは、大聖堂ドオゥーモでのロッコとナディア(アニー・ジラルド)の悲劇的シークエンスでも、そこでの多くの観光客を偽らずに描写しており、ルキノ・ヴィスコンティのリアリズム作家としてのこだわりも強く感じました。

 これらのような意味から考えれば、実在したプロボクサーをモデルにして主人公ロッコ・パロンディを描けば、更にこの作品のリアリティが増幅し、より説得力のある作品になったようにも思います。

 ところで、映画における俳優の在り方において、1920年代の旧ソ連時代における「社会主義リアリズム」の映画作家たちは、登場人物の細かい性格描写を省き、素人のみのモンタージュだけで、それを模索していったのですが、例えば、セルゲイ・エイゼンシュテインの『戦艦ポチョムキン』は、当時採用された配役登用の理論として、「スター・システム」や「俳優の演技」を重視せず、映画の題材に最もふさわしいキャラクターを、その「タイプ・型」で配置する手法として確立させた作品でした。
戦艦ポチョムキン
/ アイ・ヴィー・シー





【ヴィスコンティはシチリア東海岸の小さな港で六ヶ月間仕事をした。彼はその地で大役も端役も、あらゆる俳優を募集した。彼らは本ものの労働者たちである。彼らが実生活におけるように、緩慢に、重々しく演ずるのを見て、人は彼らが彼ら自身の運命を演じていることを知るのだ。そしてまた彼らはヴィスコンティが貧しい人間たちの言葉だと言ったシチリアの方言のままで話すのである。】
【引用 「海外の映画作家たち 創作の秘密」田山力哉著】
海外の映画作家たち・創作の秘密 (1971年)
田山 力哉 / / ダヴィッド社





 『揺れる大地-海の挿話-』は、モンタージュ等の編集における技術のみの作品とは言えず、地元漁師を起用したとはいえ、彼らを演技者として大きく重視したものでしたが、素人俳優の起用などの点はエイゼンシュテインの手法に酷似しています。

 ルキノ・ヴィスコンティは、登場人物たちに、ロケ先のシチリア島アーチ・トレッツァの地元民である漁師や近郊の女たちや煉瓦職人や卸し商人を使い、
【どんないい役者を使っても、シチリア漁民のもつ真実味(リアリティ)や素朴さを表現することは出来なかったろう】
と『揺れる大地-海の挿話-』のリアリズムの成功を確信していますが、同時に
【けれどもこれは一般論であって、すぐに例外が脳裏に浮かんでくる。たとえばアンナ・マニャーニが演じている<無防備都市>のような・・・・・だからこうときめつけるのは大へん危険だということは承知しているが・・・・・】
とも述懐しています。
【引用 「ルキノ・ヴィスコンティ ある貴族の生涯」モニカ・スターリング著、上村達夫訳】
ルキーノ・ヴィスコンティ―ある貴族の生涯 (1982年)
/ 平凡社





 これらの言葉から思い浮かんでしまうのは、モスクワ芸術座の舞台監督および俳優でもあったコンスタンチン・スタニスラフスキーが発案した俳優養成の体系「スタニスラフスキー・システム」です。これは配役に俳優の内面を同一化させて、紋切り型の大げさな演技からの脱皮を図り、舞台作品におけるリアリティ表現を目指した演技の訓練体系をシステム化させたものです。
 これは、元来、舞台俳優の養成を目的にして開発された技術ですが、後年、アメリカの映画俳優の養成メソッドの研修機関として設置された「ニューヨーク・アクターズ・スタジオ」の芸術監督、運営責任者であったリー・ストラスバーグによって、多くのハリウッド・スターに適用されました。
 そこからは、マーロン・ブランド、ジェームス・ディーン、ジェーン・フォンダ、マリリン・モンロー、アル・パチーノ、ポール・ニューマン、ロバート・デ・ニーロ、ジャック・ニコルソン、スティーブ・マックイーンなど、個性的な演技を身に着けた多くのスターが輩出されています。

 ルキノ・ヴィスコンティが、『若者のすべて』をアラン・ドロン、レナート・サルヴァトーリ、アニー・ジラルド、クラウディア・カルディナーレ等の出演、すなわち「スター・システム」に則って制作したのは、直近前二作品『夏の嵐』や『白夜』が、「ネオ・リアリズモ」からは逸脱した作品であったにしろ、既にアリダ・バッリやマリア・シェル、マルチェロ・マストロヤンニなどのスター俳優を起用した経験があったからでしょう。
 特に、アラン・ドロンの起用においては、彼独特の個性を強く反映させたために、この系統の作品としては希有な特徴を持つことになったように思います。

 更に、ルキノ・ヴィスコンティは、自らの興味を惹く映画作品、自分の映画について、「シネマ・アンスロポモーフィック(擬人映画)」と言い表しており、次のように語っています。
【(-略)監督としての私の課題のうちでもっとも情熱を抱いているのは、俳優相手の仕事だ。新しい現実と芸術の現実を生み出す人間像は、俳優という生身の素材を使ってつくり出される。私は俳優の素質を、映画の構成のなかにふりわけていき、俳優としての人間と登場人物としての人間が、ある瞬間、ひとりの人物に溶け合うようなところまでもっていく。ほんとうに問題になるのは、俳優たちが、具体的に根源的にその本質にたくわえているものを利用することなのだ。最終的に俳優たちに自分の本音の言葉をしゃべらせるようやってみることだ。(-中略-)むき出しの背景の前におかれた俳優たちの真の人間性のデータを発見できれば、壁の前でさえ映画をつくることができよう(「チネマ」43年9月25日、10月25日号)】
【引用 「ヴィスコンティ集成」フィルム・アート社編】
ヴィスコンティ集成―退廃の美しさに彩られた孤独の肖像
/ フィルムアート社





 この俳優理論は、「スタニスラフスキー・システム」と同様に出演者に演技をさせるために実に有効で、かつ柔軟な考え方であると思います。何故なら、それはメロドラマであってもリアリズム作品であっても、出演者が、素人、演劇出身の俳優、スター俳優・・・であっても、同様の効果を生み出すものであるように思うからです。

 これらのことを踏まえると、既に『太陽がいっぱい』で、当時のフランス映画界のリアリズム演出の第一人者であったルネ・クレマンに、厳しい演技指導を受けていたスター俳優アラン・ドロンの『若者のすべて』での主役としての起用は、「ネオ・リアリズモ」作品の体系に反するものではなく、むしろその表現に有効であり、更にそれ以外の多くの付加価値を生み出す効果も絶大であったようにまで思うわけです。


 『揺れる大地』の「-海の挿話-」というサブタイトルは、その後に2作品「農夫編」と「炭坑夫編」を連作として加える予定だったために、その「漁夫編」であることを表しているそうです。

 この作品におけるルキノ・ヴィスコンティの情熱的な取組みも、イタリア共産党の資金援助額があまりに僅かだったことと、グァリーニ・イタリア・フィルム社からの契約破棄など・・・それは、ようやく完成させた一作目で頓挫するより外になかった製作環境にあったわけですが、「農夫編」「炭坑夫編」を何とか完成させたうえで『若者のすべて』の制作に着手してほしかったことも、わたしの正直な感想のひとつです。
 恐らく、イタリア南部の経済的困窮のドキュメンタリー・シリーズから、「ヴェリズモ(真実主義)」の文学運動を発展させた「ネオ・リアリズモ」シリーズへと、ルキノ・ヴィスコンティ自身の内部で改変していったのでしょうが、現実のイタリア社会の矛盾を三側面から描写し切ったうえで、その第二部『若者のすべて』に橋渡しをすれば、より完成度が高いライフワークになったような気がするのです。

 更に、この次の第三部目の作品を完成することも、ルキノ・ヴィスコンティの強い想いのひとつであったようですが、これには、極めて困難な道程が多かったのでしょう。映画史に残る多くの傑作を輩出しながらもその完結作品は彼の生涯において、結局は生み出すことは出来ませんでした。

 このように、ルキノ・ヴィスコンティのコミュニズム(共産主義)の最終的な指標は、結果的には果たされはしませんでしたが、わたしは、『山猫』以降においての自ら出身の貴族階級を舞台にしたヒューマニスト(人道主義者)としての自己改変も一人の映画作家の重要で価値ある映画史実として位置付けられるべきものだと強く確信しています。


【「揺れる大地」と「若者のすべて」に続いて第三部をなす「人民のたたかい」を描いた映画を作りたい。しかも、最初の作品が敗北の物語であり、二番目が半ば敗北の物語であったのに反し、こんどは人民の力を確認させるような、勝利の物語を描きたい。
(ルキノ・ヴィスコンティ)】
【引用 「世界の映画作家4 フェデリコ・フェリーニ ルキノ・ヴィスコンティ編」キネマ旬報社】
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by Tom5k | 2009-12-13 18:44 | 若者のすべて(3) | Comments(11)

『若者のすべて』②~オリーブの樹が繁る月が明るい虹の故郷(くに)~

 映画評論家のベラ・バラージュによれば、「対象が観者と無関係に、それ自身にもっている客観的な観相である。(-中略-)その輪郭が観者の視覚によって、つまり画面の遠近法によって規程される観相である。両者はまったくひとつに統一されて画面にあらわれるので、よく訓練された目だけが、これらの構成要素を識別できる。」
として、観る側の作品主人公への精神的同一化が起こるとしています。
【引用~ 『映画の理論』ベラ・バラージュ著、佐々木基一訳、学芸書林、1970年】
映画の理論
ベラ バラージュ Bela Balazs 佐々木 基一 / 學藝書林






 つまり、ある対象の本来備わっている姿と、映像技術などによっての表現力とが、観客を映画そのもに同化させるわけなのです。

 ルキノ・ヴィスコンティ監督がアラン・ドロンを初めて観たときに、当時の彼が原案を練っていた『若者のすべて』の主人公ロッコに会えたと驚愕したそうです。それほどまでに、アラン・ドロンとロッコ・パロンディには共通のキャラクターが存在していたということなのでしょう。

 しかし、アラン・ドロンが、『若者のすべて』のロッコ・パロンディのようなイノセントなキャラクターを演じたことは数少なく、彼の後年のファンにおいては、この作品で演じたロッコ・パロンディに違和感を憶えるという意見も少なくありません。

 更に興味深いのは、イタリアのトリノの労働組合でテキストとして使用されたこの作品に対する最も多かった感想が、主人公ロッコ・パロンディに対する批判の集中であったことです。
「トリノでは『若者のすべて』をテキストに、労働者たちの討論会が行われた。そこで一様にロッコへの非難が集中したという。ロッコはシモーネに暴力をふるわれっぱなしで我慢がならない、あるいは、ナディアに対してロッコは曖昧なことを言い、ごまかしている・・・」
【引用~『退廃の美しさに彩られた孤独の肖像 ヴィスコンティ集成』フィルム・アート社、1981年】

「この映画以後ドロンは一躍、国際的なスターとなって、劇場側が歓迎するぺてん師やギャング役を演じる映画に次々と出演した。したがってロッコを演ずる彼を見ていない人には、ヴィスコンティの厳しい指導に耐えて彼がこの役で演じ切った、ほとんど輝くばかりの愚直さと、悲哀と、しんの強さを想像するのはむずかしいかもしれない。」
【引用~『ルキーノ・ヴィスコンティある貴族の生涯』モニカ・スターリング著、上村達雄訳、平凡社、1982年】

ルキーノ・ヴィスコンティ―ある貴族の生涯 (1982年)

平凡社



 これらのことから、アラン・ドロンが演じたロッコ・パロンディのキャラクターには、「主人公への精神的同一化」が起こりえない一側面があることは、否定しきれないように思います。

 何故なのでしょうか?

 マックス・カルティエール演ずる四男のチーロが、ラスト・シークエンスで言っています。
「ロッコは聖者だ。でもわれわれの住んでいる世界には、ロッコのような聖者のいる場所はないんだ。」

 ルキノ・ヴィスコンティ監督はトリノの労働者たちのロッコへの批判に対して、
「ロッコは兄シモーネに対して罪悪感を持っている。このことは忘れたくない。彼は自分が悪いことをしていると確信しているのだ。」
と答えたそうです。
【引用~『退廃の美しさに彩られた孤独の肖像 ヴィスコンティ集成』フィルム・アート社、1981年】
ヴィスコンティ集成―退廃の美しさに彩られた孤独の肖像
/ フィルムアート社




 ロッコは、宗教(イタリアの場合はカトリック)からも解放されていません。レナート・サルヴァトーリが演じている兄シモーネに対する彼の罪悪感は、そんなところからも生まれているのではないでしょうか?

「神様を悪く言うのは、おやめよ。」
 カティナ・パクシノウ演ずる母親ロザリアに対してのロッコの絶叫です。

 逆に、人間というのは罪悪感にさいなまれると、多かれ少なかれロッコのように聖人化することもあるのかもしれません・・・。

「(-略-)ジョヴァンニ・テストーリの『ギルファ橋』の三つの短編から材料を採り入れることにした。(-中略-)当時は新人作家で-恩寵と個人の救済の問題にとり憑かれたカソリック教徒として、その強固な宗教的分別を社会的問題に当てはめて文章を書いていた。」
【引用~『ルキーノ・ヴィスコンティある貴族の生涯』モニカ・スターリング著、上村達雄訳、平凡社、1982年】


 また、この作品はドストエフスキーの「白痴」をモチーフにした作品であることから、その主人公ムイシュキン公爵がモデルのひとつであったとも言われています。
白痴 (上・下巻)
ドストエフスキー 木村 浩 / 新潮社





「(-略-)ドストエフスキーの『白痴』のなかで「白痴的」なムイシュキン公爵の性格のりりしさに関する部分や、ムイシュキン、ロゴージン、ナスターシャの入り組んだ人間関係、ロゴージンのナスターシャ殺害に至る経緯などの部分にも影響を受けた。」
【引用~『ルキーノ・ヴィスコンティある貴族の生涯』モニカ・スターリング著、上村達雄訳、平凡社、1982年】

 労働者たちの批判、現代の標準的な映画ファンの印象、チーロのセリフ、キャラクターのモデルなどからも理解できるように、ロッコのキャラクターは、資本主義的生産様式を採っている現代の社会には、存在し得ないものだと言えましょう。恐らくそれは、現代では生きながらえることの出来なかった過去の封建社会にのみ存在したものなのかもしれません。
 わたしは20世紀初頭の実存主義哲学者ニーチェの、あの有名な「神は死んだ」という言葉を思い出してしまいました。
ツァラトゥストラはこう言った 上・下 岩波文庫 青 639
ニーチェ / / 岩波書店





 もっと突き詰めれば、アラン・ドロンが18、19世紀に存在していたと仮定するならば、彼はロッコ・パロンディと同一の個性であったような気もするのです。
 いずれにしても、この現代社会に生きる我々が、『若者のすべて』を何度観ても、映画スターであるアラン・ドロンに感情移入することは可能であっても、主人公ロッコ・パロンディに対してのそれは不可能なことなのかもしれません。


 ただ唯一、彼に感情移入できるシークエンスが、ボクシングの祝勝会での展開においてのみ、表現されていたようには思います。恐らく、ロッコが現代の矛盾を背負うことにようやく慣れてきたことからなのだろうと思いました。同時に、この段階での聖人ロッコの精神環境は、既にボロ雑巾のようにズタズタに引き裂かれていたはずです(このシークエンスの後には更なる悲劇が待ちかまえているわけですが・・・)。
 だからこそ、我々現代人がようやく理解できるキャラクターへと変貌しつつあるようにも感じるわけです。

 故郷への想いがロッコの口から出ます。
「いつかは、今すぐにでないにしても、俺は故郷(くに)へ帰りたいんだ・・・でも帰れるかどうかはわからないが・・・。とても無理だろう。俺には・・・でも俺たちのうちのひとりは、故郷(くに)へ帰らなくちゃいけない・・・ルーカ、おまえかもしれない。
忘れるなよルーカ、あれが俺たちの故郷(くに)だ・・・オリーブの樹が繁り、月が明るすぎて気が変になるくらいの土地だ・・・虹の故郷(くに)だ。」
 ロッコは、ロッコ・ヴィドラッツ演ずる末っ子のルーカに故郷への想いを託しているのです。
【引用~『ルキーノ・ヴィスコンティある貴族の生涯』モニカ・スターリング著、上村達雄訳、平凡社、1982年】

《オリーブの樹が繁る月が明るい虹の故郷(くに)》
 なんてノスタルジーを想い起こさせるセリフなのでしょう。

 故郷に心を残して、いつかは帰れることを一番望んでいるロッコ。わたしはとても心が痛いのです。彼の願いは、現代の多くの人々の共感を得ることのできる言葉ではないでしょうか?誰もが、ロッコの故郷に帰りたい気持ちを良く理解できるように思います。生産手段を持たない者たちはどんな形態であれ、故郷を奪われていきます。
 そして、その故郷と言われる場所にずっと居住していた者ですら、時代というものに故郷が奪われていかざるを得ないように思うのです。
 現代社会においては、故郷など思い出のなかにしか残らないものなのかもしれません。そして、ロッコの想いも虚構でしかないのです。


 それにしても、貴族出身であるにも関わらず、ルキノ・ヴィスコンティ監督は、どうして無産階級の様子をこんなに上手に演出することが出来るのでしょうか?

 彼は戦時中には、ファシスト政権の監視下におかれながらも、「反ファシスト被害者救済委員会」というレジスタンス運動に身を投じていた闘士であったそうです。1944年にはファシスト警察に逮捕されます。しかし彼は拷問と獄中の酷い生活で飢餓状態におかれていたにも関わらず、仲間を売るようなことはせず、むしろ非常に傲岸な貴族の威厳をちらつかせて、警官たちを見下した態度を取っていたそうです。
 それが原因となってファシストたちの怒りを買い、銃殺刑を宣告されてしまいます。連合軍によるローマ解放の前日に脱出に成功しなければ、ヴィスコンティは銃殺され、その後の功績は生まれなかったことになります。
【参考~『海外の映画作家たち 創作の秘密』田山力哉著、ダヴィッド社、1971年】

 戦後、イタリアの映画人によって、戦争の悲惨を徹底的に暴き出していった「ネオ・リアリズモ」の映画潮流は、ルキノ・ヴィスコンティだけではなく、ロベルト・ロッセリーニ、ヴィットリオ・デ・シーカ、ピトロ・ジェルミ、ルイジ・ザンパ、ジュゼッペ・デ・サンティス、アルベルト・ラットゥアーダ等々、多くの映画人も一般民衆とともにファシズムと闘った体験を持ったことで、形づくられていった体系であったのでしょう。

 これらの経験が彼の才能の一部になっているとはいうものの、映画を観る側の生活実感までを掘り起こせる演出力は、確たる思想・信条の裏付けを土台として、映画制作への想像力と情熱に全力を傾けていたからこそ実現できたのだと思います。このことは、敢えて言うまでもないことなのかもしれませんが、凄いことだと思います。

 彼の「ネオ・リアリズモ」の特徴が最も典型的で、卓越した集大成として描かれているのが、『揺れる大地-海の挿話-』と、この『若者のすべて』であることは一般的な見解です。
 現在でも根本的に解決されていないイタリアの南北問題に、いち早くメスを入れていた19世紀後半のヴェリズモ(真実主義)という文学運動の代表的作家ジョヴァンニ・ヴェルガは、イタリア南部における慣習や生活、人々の感性までをもルポルタージュしていきました。
 この『若者のすべて』や『揺れる大地』も、彼がジョヴァンニ・ヴェルガの『マラヴォーリア家の人びと』から着想を得たものだそうです。
マラヴォリヤ家の人びと
ジョヴァンニ ヴェルガ / / みすず書房




 そして、彼は『揺れる大地-海の挿話-』の制作に関わって、
「私のテーマは『シチリアのプロレタリアよ、団結せよ』ということにあった」
と語っており、
揺れる大地 海の挿話
/ 紀伊國屋書店





 『若者のすべて』が公序良俗に反する部分があるとして、イタリア検察当局が裁判に訴えたときにも、彼は法廷において、自身の思想がイタリア共産党の創始者であるグラムシの思想と一致すると明言したそうです。
【参考~(『海外の映画作家たち 創作の秘密』田山力哉著、ダヴィッド社、1971年)(『ルキーノ・ヴィスコンティある貴族の生涯』モニカ・スターリング著、上村達雄訳、平凡社、1982年)】
海外の映画作家たち・創作の秘密 (1971年)
田山 力哉 / / ダヴィッド社




ルキーノ・ヴィスコンティ―ある貴族の生涯 (1982年)
/ 平凡社





 ルキノ・ヴィスコンティは、「赤い公爵」と呼ばれていたように、貴族階級であったにも関わらず、自身が共産主義者であることを明言していたのでした。

 思えば自分の祖先である貴族を滅びさせた者たちは、新興のブルジョアジーでした。
 新興のブルジョアジーに対する憎しみは、彼の潜在意識にすり込まれたものであったのかもしれません。
 彼らへの侮蔑と復讐願望は、『山猫』でのドン・カルジェロや『地獄に堕ちた勇者ども』への新興ブルジョアジーの没落・崩壊などの描き方によく表されています。
地獄に堕ちた勇者ども
ダーク・ボガード / / ワーナー・ホーム・ビデオ





 そういう意味では、ルキノ・ヴィスコンティにとっての敵(ブルジョアジー)の敵(ブルジョアジーを敵としている無産階級、すなわち未熟練労働者)は味方であったのかもしれません。未熟練労働者に対する親近感や愛情、限りない優しい感情が発生していった理由は、そこにあったのではないでしょうか?
 そして、そのように考えていくと、まさにそういった無産階級をシンボライズしているようなキャラクターであるアラン・ドロンという俳優を寵愛した彼の感情を、非常によく理解することができるような気がするのです。



 ロッコは、スピロス・フォーカス演ずる兄ヴィンチェンツォに語りかけます。
「憶えているかい、ヴィンチェ兄さん・・・憶えているかい、棟梁が家を建て始める時のことを・・・いちばんはじめに来かかった通行人の影に向かって石を投げたっけね」

 ルーカが不思議そうに聞き返します。
「どうして?」

 母親のロザリアは涙を流しています。

「家をがっちりと建てるためには、犠牲がなければならないからさ」
とロッコ。

 悲しい比喩です。
 チーロのクローズアップの視線を追うカメラで、シモーネのボクサー時代の写真にパンするショットに、彼が現代社会の「犠牲」のシンボルであることが表現されています。

 わたしの世代は、親の世代が日本の高度成長を担った世代です。身近な親戚や親の知り合いを探せば、シモーネほどではないにしても、ばくちが好きだったり、女性にはまったりして、家庭がうまくいかなくなったり、身を持ち崩したりした者が必ず存在するはずです。
 そういう意味では、わたくしはシモーネに対して同情的にならざるを得ません。現代では多かれ少なかれ、シモーネのような人間が創り出されてしまうものであるような気もするからです。

 シモーネが、チーロに罵倒されるシークエンスでは、彼が末っ子のルーカを、思わず抱きしめてしまうシーンがあります。そのときのシモーネの悲しそうな表情を、わたしは忘れてはならないと思うのです。
 彼のキャラクターは、本人の責任と社会の責任の両面から考えていくと、実に微妙な人間であるような気がしてしまうのでした。


 また日本の映画作家においても、明治期の日本の女工哀史、山本薩夫監督の『あゝ野麦峠』、山田洋二監督の『息子』『学校』、今村昌平監督の『にっぽん昆虫記』、浦山桐郎監督の『キューポラのある街』なども、わたくしの好きな作品ですが、これらはまるで『若者のすべて』と共通のモチーフによって制作されているようにも思います。
息子
三國連太郎 / / 松竹





学校
西田敏行 / / 松竹





にっぽん昆虫記
左幸子 / / ジェネオン エンタテインメント





キューポラのある街
吉永小百合 / / 日活





 そして、今井正、黒澤明、大島渚、熊井啓、新藤兼人・・・・らの作品群。
 エイゼンシュタインが「現代の芸術である映画芸術においては、必ず資本主義を描いていなければならない」と主張していたことを思い出します。

 『若者のすべて』は誰もが、あらゆる多くの映画作品のうちでも極めて優れたドラマ性を見出すことが容易な作品です。ベラ・バラージュが論述しているように、「ドラマトゥルギーとしての古典、すなわち人間観が劇的な境遇のなかで変化し没落破滅していく過程を描きながらも、実はそれらが成長し、高揚していく様子に転換されていく要素」が表現されているからなのかもしれません。

 わたしたちが今、自国に《美しい国》を望むことと同様に、いつの日にかパロンディ一家が《オリーブの樹が繁る月が明るい虹の故郷(くに)》を、取り戻せることを願わずにはいられないのです。
美しい国へ
安倍 晋三 / / 文藝春秋






美しい日本の私―その序説
川端 康成 / / 講談社






【映画においては、すべての人間の言いぶんが正しい。 (ジャン・ルノワール)】
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by Tom5k | 2007-03-13 01:13 | 若者のすべて(3) | Comments(21)

『若者のすべて』①~赤い公爵 ヴィスコンティ~

 資本主義的生産様式は、最終的に労働力を商品とする社会です。そして、プロレタリアートが労働力の売り手を見つけることを可能とするこの生産様式の歴史的段階では、強力な「貨幣と商品の循環」の状態が制度化されていなければなりません。
 貨幣が生まれるためには、それほどの多くの「貨幣と商品の循環」は必要ではありません。しかし、資本が生まれるためには、この「貨幣と商品の循環」がすでに整備されていなければならず、そこでは、労働力を売り買いするための市場が強く必要とされます。
 資本を集め、積み重ねていく商品経済の支配者であるブルジョアジーは商品を生産するために、必要な全ての生産手段を所有しています。工場、機械、土地、原材料等、そして、労働力を有するプロレタリアート。

 そして、プロレタリアートも元来は農民、農業生産者でした。土地や家畜を持っていました。肥料や道具を持っていました。しかし、土地は収奪され、生産者としての生産手段を奪われます。多くの農民は、この『若者のすべて』という作品で描かれているように、戦後のイタリアの南北経済格差の問題の渦中においてのパロンディ一家のように、農民という直接生産者から、労働力を売って賃金を得なければならないプロレタリアートにならざるをえませんでした。
 こうなれば、ブルジョアジーはより有利にプロレタリアートを雇用することができます。無数の人々が、パロンディ一家のように生産手段から力づくで引き離され、労働力の売り手として労働市場に放り出されます。その収奪はもう取り返しが不可能なほど徹底せざるをえません。

「いつかは、今すぐにでないにしても、俺は故郷(くに)へ帰りたいんだ・・・でも帰れるかどうかはわからないが・・・。とても無理だろう。俺には・・・でも俺たちのうちのひとりは、故郷(くに)へ帰らなくちゃいけない・・・ルーカ、おまえかもしれない。
忘れるなよルーカ、あれが俺たちの故郷(くに)だ・・・オリーブの樹が繁り、月が明るすぎて気が変になるくらいの土地だ・・・虹の故郷(くに)だ。」

 このように、アラン・ドロン演ずるロッコがいくら故郷を懐かしみ、いつか兄弟の誰かが帰らなければならないと願っても、生産手段を奪われた農民にはもう故郷など無いのです。
資本論 1 (1)
マルクス エンゲルス 向坂 逸郎 / 岩波書店





 しかるに、プロレタリアートは自由です。農民と異なって、自分の労働力を売ることも自由であり、生産手段である土地、自らが縛り付けられていた土地からも自由です。

 カティナ・パクシノウが演じたパロンディ家の母ロザーリアは、南部での農業をやめて、ミラノに来て「マダム」と言われることが、とてもうれしかったと語っています。
「街の人がわたしのことを“奥さん”て呼んでくれた“奥さん”てね こんな大きな街でだよ 息子たちが立派だから・・・」

 プロレタリアートの自由は、この二つの自由です。

 ですが、すべての生産物はそれを直接に生産したプロレタリアートのものではなく、すべての生産手段を所有しているブルジョアジーのものです。
 ドイツの経済学者カール・マルクスは、大著『資本論』のなかで、「資本の本源的蓄積」について、労働力を譲り渡して生活しなければならないプロレタリアートが、常に搾取されていくシステムを、理論として証明しました。ブルジョアジーは「G-V-G′」つまり、「貨幣-商品-より多くの貨幣」の循環から利潤、すなわち「剰余価値」を生み出します。そのため、この拡大する貨幣をストックし、資本へと蓄積していくために、ブルジョアジーはプロレタリアートを搾取し続けていかなければなりません。

 そして、プロレタリアートは、人間としての自由をわずかに持ってはいますが、己の生活を完全には保障されてはいません。いつなんどき、路頭に迷い、人間的な尊厳まで、捨てて生きていかなければならなくなってもおかしくないのです。

 特に、カール・マルクスは、『資本論』第7篇「資本の蓄積過程」第23章「資本主義的蓄積の一般的法則」で、「相対的過剰人口の最下層の沈滓(おり)」について、論述しています。
 その第3節では、生産力の発達が消費財の生産を増加させ、それが労働力の人口を増大を招くとしました。機械の改良による労働の単純化が成人プロレタリアートの失業と女子・児童労働の雇用増大となって現われ、人口が増加傾向となり「相対的過剰人口」、すなわち「産業予備軍」が形成されると分析しました。パロンディ家も、5人の息子を持つ大家族です。

 そして、第4節で「相対的過剰人口」のさまざまな実存形態を分析し、「受救貧民」の言葉で零落者やルンペン、労働無能力者のことを指摘しました。分業による転業の能力がないために没落したり、プロレタリアートの標準年齢を超えている人々が発生し、資本の蓄積による貧困の蓄積を条件づける結果となることやブルジョアジーによる富の蓄積についての対極において、プロレタリア階級には「貧困、労働苦、奴隷状態、無知、野蛮化、および道徳的堕落の蓄積」が発生してしまうことを指摘しました。

 この作品では、これにレナート・サルヴァトーリが演じた二男のシモーネが該当します。シモーネは単なる弱い駄目な悪い人間ではなく、資本主義的生産様式によって必ず生み出される「産業予備軍」、そして、そこから創出されざるをえない「相対的過剰人口の最下層の沈滓(おり)」だといえます。シモーネという人物の発生は資本主義的生産様式による必然なのでしょう。

 そして、ルキノ・ヴィスコンティ監督の描いたロッコ・パロンディの罪悪感は、カール・マルクスの名著『ドイツ・イデオロギー』で論述されている「フォイエルバッハに関するテーゼ」によって方向付けられた「史的唯物史観」によるものなのでしょうか?

 人間の罪悪感が生み出す人間の聖人化は、悲劇しか生み出しません。すなわち、ヴィスコンティの意図的な演出のなかでのロッコの生き方は、コミュニズムにおける宗教批判にも繋がっていると思われるのです。ロッコの生き方そのものが聖人化しており、それは全ての悲劇を招き入れました。それが何に起因するのかはラストシーンのクライマックス、シモーネが殺人を犯して帰ってきたとき、母ロザーリアが絶望して神を否定するシーンに表現されれいます。ロッコが、そのとき母に言い放った言葉は

「神様を悪く言うのはおやめよ!」

でした。
 プロレタリアートの拠り所は宗教にさえもないのです。いいえ、むしろ、それは「宗教からの解放」の必要性さえ訴えかけているようです。

ドイツ・イデオロギー 新編輯版 岩波文庫
廣松 渉 マルクス エンゲルス / 岩波書店





 かつての支配階級の「貴族」の末裔である【赤い公爵「ヴィスコンティ」】が、先鋭的なコミュニストとして、映画芸術において、社会改革者の先兵たることを選択していた決意は誰もが読み取ることだと思います。
 しかしながら、資本主義的生産様式によるシステムの次に来たるべき経済システムが、カール・マルクスが唱え、多くのコミュニストたちが唱えていたように「計画経済」なる生産様式だったのでしょうか!?

 残念というべきなのでしょうか?多くの悲惨を抱えたプロレタリアートを救済するはずだったコミュニズムは、あまりにも多くの失敗を、歴史において露呈してしまったといわざるをえません。


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若者のすべて オリジナル・サウンドトラック盤、音楽・指揮:ニーノ・ロータ、歌:エリオ・マウロ
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by Tom5k | 2005-08-20 17:22 | 若者のすべて(3) | Comments(13)