ルキノ・ヴィスコンティは後年、1940年代後半期の「ネオ・リアリズモ」運動の衰退に対する苛立ちから、この当時の映画情勢の安易な妥協を批判して、この運動の本来の姿を再興させたいという情熱的な取組みを意図していたと述懐しています。
それに加えて、19世紀後半のイタリアの南部と北部の経済格差の問題、統一イタリアの矛盾を描いていった「ヴェリズモ(真実主義)」という文学運動を師事していたこともあり、イタリア南部の貧困を描くドキュメンタリー作品として委嘱されていたこの題材を、その運動の代表作家であったジョヴァンニ・ヴェルガが著した『マラヴォリア家の人々』をモチーフとして制作し、上映時間160分の大巨編として完成させたのでした。
マラヴォリヤ家の人びと
ジョヴァンニ ヴェルガ / みすず書房
このように、リアリズム作品『揺れる大地-海の挿話-』の背景には、劇的なドラマトゥルギーの要素を根底に据えた彼の文学的資質の基盤もあったわけなのです。
1948年制作のこの作品と比較しながら、1960年制作の同系作品の『若者のすべて』を鑑賞してみると、更に劇的なドラマトゥルギーが強調されており、この2作品が制作された12年の間にも彼の「ネオ・リアリズモ」作品の制作手法に大きな変遷があったことがわかります。
その間に制作された『夏の嵐』(1954年)や『白夜』(1957年)は、そのメロドラマ性から「ネオ・リアリズモ」ではないとの批判にさらされていたわけですが、『若者のすべて』にも主人公の兄弟が一人の女性を巡って三角関係となるというメロドラマ的要素の特徴が顕著に表現されています。
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また、ルキノ・ヴィスコンティは、ここでは「ネオ・リアリズモ」の作家としての立場で、南部移民の居住している低所得者アパートメント、ボクシング・ジムなど環境描写の特徴を、ありのままの現実的な景観で表現していますが、『揺れる大地-海の挿話-』と比較すると、映画の感傷や解釈を観客に委ねてはおらず、リアリティとは無縁な劇的ドラマトゥルギーの要素を意図的に強調したシークエンスが多い作品となっています。
1960年代初めにおいては、まだ一般的ではなかったレイプ事件や殺人事件などの犯罪行為を扱っていることなども、下層階級の貧困な生活における象徴的プロットであるのか否か、賛否の両論は発生し得るようにも思えます。登場人物たちの生活の困窮が遠因となって、それらが起きたにしろ、当時の犯罪件数のデータからいえば、これほどの極端な暴力行為を強調しなくても、作品の内容が平坦になる恐れはなかったはずです。
更に、主人公ナディア(アニー・ジラルド)とロッコ(アラン・ドロン)の悲劇的運命を世界最大級のゴシック建築であるミラノの大聖堂を舞台にした高所撮影によって表現したあの有名なシークエンスも、環境描写としては寸分の歪曲もなく表現されていますが、、荘厳悲壮な恋愛劇の展開としてドラマティックに成立させていて、イタリア南部から移住してきた者たちの困窮した生活でのリアリティのみを強調しているわけではないのです。
また、主人公ロッコ・パロンディのキャラクターがあまりにも朴訥で前近代的であることは、以前に別記事『若者のすべて』②~オリーブの樹が繁る月が明るい虹の故郷(くに)~でアップした内容のとおりですし、『揺れる大地-海の挿話-』と異なり、主人公がプロボクシングという特殊な世界で生きていくというプロットも、労働者階級の生活感覚には欠ける設定であったようにも感じます。
このように『若者のすべて』は、リアリズム作品でありながら、ドラマトゥルギーとしての劇的要素が、その構成として採り入れられています。つまり、観る側に主体的な選択肢を委ねられておらず、むしろ感情移入が促される結果となってしまうのです。
もちろん、わたしは、このことに違和感を持つことはありませんし、映画におけるメロドラマ性の否定も全く不要なものだと思っています。
当然のことながら、イタリア北部の大都会ミラノ市での失業率、悲惨な労働環境の状況などをプロットとし、現代イタリアの典型的な社会矛盾を問題の基本に据えた作品であることも紛れもない事実です。同時に、低所得層の住民が失業者住宅に入居できるという当該市当局の福祉事業が完備されていたことまでもが正確に描写されており、その背景の描き方に限れば、ドキュメンタリーに近い描写とまで言えましょう。
この作品は間違いなく、『揺れる大地-海の挿話-』の系譜に位置する「ネオ・リアリズモ」の傑作大巨編として評価されるべき作品なのです。
登場人物の設定においても、パロンディ家の母親ロザリア(カティナ・パクシノウ)、長男ヴィンチェンツォ(スピロス・フォーカス)、四男チーロ(マックス・カルティエール)、五男ルーカ(ロッコ・ヴィドラッツ)が、典型的で平均的な南部からの移住者として描かれていることからも観る側の現実感が喚起されますし、次男のシモーネ(レナート・サルヴァトーリ)にしても、孤立して自閉的になり、転落した人生を生きる人物として、この現代社会には必ず発生してしまう存在です。
シモーネの起こした痴情のもつれによるレイプ行為や殺害事件なども、現在の日本では日常の新聞紙面上では珍しいことではなくなっており、ルキノ・ヴィスコンティの先見性には、確かに感じ入ってしまうところです。
何より、土地という生産手段を奪われた農業従事者が、大都市において未熟練労働者にならざるを得ない様子が描かれています。その主題の表現に着眼すれば、『揺れる大地-海の挿話-』よりも更に時代の進行を汲み取っている先鋭的な作品であるとまで評価できるかもしれません。
更に、わたしは、大聖堂ドオゥーモでのロッコとナディア(アニー・ジラルド)の悲劇的シークエンスでも、そこでの多くの観光客を偽らずに描写しており、ルキノ・ヴィスコンティのリアリズム作家としてのこだわりも強く感じました。
これらのような意味から考えれば、実在したプロボクサーをモデルにして主人公ロッコ・パロンディを描けば、更にこの作品のリアリティが増幅し、より説得力のある作品になったようにも思います。
ところで、映画における俳優の在り方において、1920年代の旧ソ連時代における「社会主義リアリズム」の映画作家たちは、登場人物の細かい性格描写を省き、素人のみのモンタージュだけで、それを模索していったのですが、例えば、セルゲイ・エイゼンシュテインの『戦艦ポチョムキン』は、当時採用された配役登用の理論として、「スター・システム」や「俳優の演技」を重視せず、映画の題材に最もふさわしいキャラクターを、その「タイプ・型」で配置する手法として確立させた作品でした。
戦艦ポチョムキン/ アイ・ヴィー・シー
【ヴィスコンティはシチリア東海岸の小さな港で六ヶ月間仕事をした。彼はその地で大役も端役も、あらゆる俳優を募集した。彼らは本ものの労働者たちである。彼らが実生活におけるように、緩慢に、重々しく演ずるのを見て、人は彼らが彼ら自身の運命を演じていることを知るのだ。そしてまた彼らはヴィスコンティが貧しい人間たちの言葉だと言ったシチリアの方言のままで話すのである。】
【引用 「海外の映画作家たち 創作の秘密」田山力哉著】
田山 力哉 / / ダヴィッド社
『揺れる大地-海の挿話-』は、モンタージュ等の編集における技術のみの作品とは言えず、地元漁師を起用したとはいえ、彼らを演技者として大きく重視したものでしたが、素人俳優の起用などの点はエイゼンシュテインの手法に酷似しています。
ルキノ・ヴィスコンティは、登場人物たちに、ロケ先のシチリア島アーチ・トレッツァの地元民である漁師や近郊の女たちや煉瓦職人や卸し商人を使い、
【どんないい役者を使っても、シチリア漁民のもつ真実味(リアリティ)や素朴さを表現することは出来なかったろう】
と『揺れる大地-海の挿話-』のリアリズムの成功を確信していますが、同時に
【けれどもこれは一般論であって、すぐに例外が脳裏に浮かんでくる。たとえばアンナ・マニャーニが演じている<無防備都市>のような・・・・・だからこうときめつけるのは大へん危険だということは承知しているが・・・・・】
とも述懐しています。
【引用 「ルキノ・ヴィスコンティ ある貴族の生涯」モニカ・スターリング著、上村達夫訳】
/ 平凡社
これらの言葉から思い浮かんでしまうのは、モスクワ芸術座の舞台監督および俳優でもあったコンスタンチン・スタニスラフスキーが発案した俳優養成の体系「スタニスラフスキー・システム」です。これは配役に俳優の内面を同一化させて、紋切り型の大げさな演技からの脱皮を図り、舞台作品におけるリアリティ表現を目指した演技の訓練体系をシステム化させたものです。
これは、元来、舞台俳優の養成を目的にして開発された技術ですが、後年、アメリカの映画俳優の養成メソッドの研修機関として設置された「ニューヨーク・アクターズ・スタジオ」の芸術監督、運営責任者であったリー・ストラスバーグによって、多くのハリウッド・スターに適用されました。
そこからは、マーロン・ブランド、ジェームス・ディーン、ジェーン・フォンダ、マリリン・モンロー、アル・パチーノ、ポール・ニューマン、ロバート・デ・ニーロ、ジャック・ニコルソン、スティーブ・マックイーンなど、個性的な演技を身に着けた多くのスターが輩出されています。
ルキノ・ヴィスコンティが、『若者のすべて』をアラン・ドロン、レナート・サルヴァトーリ、アニー・ジラルド、クラウディア・カルディナーレ等の出演、すなわち「スター・システム」に則って制作したのは、直近前二作品『夏の嵐』や『白夜』が、「ネオ・リアリズモ」からは逸脱した作品であったにしろ、既にアリダ・バッリやマリア・シェル、マルチェロ・マストロヤンニなどのスター俳優を起用した経験があったからでしょう。
特に、アラン・ドロンの起用においては、彼独特の個性を強く反映させたために、この系統の作品としては希有な特徴を持つことになったように思います。
更に、ルキノ・ヴィスコンティは、自らの興味を惹く映画作品、自分の映画について、「シネマ・アンスロポモーフィック(擬人映画)」と言い表しており、次のように語っています。
【(-略)監督としての私の課題のうちでもっとも情熱を抱いているのは、俳優相手の仕事だ。新しい現実と芸術の現実を生み出す人間像は、俳優という生身の素材を使ってつくり出される。私は俳優の素質を、映画の構成のなかにふりわけていき、俳優としての人間と登場人物としての人間が、ある瞬間、ひとりの人物に溶け合うようなところまでもっていく。ほんとうに問題になるのは、俳優たちが、具体的に根源的にその本質にたくわえているものを利用することなのだ。最終的に俳優たちに自分の本音の言葉をしゃべらせるようやってみることだ。(-中略-)むき出しの背景の前におかれた俳優たちの真の人間性のデータを発見できれば、壁の前でさえ映画をつくることができよう(「チネマ」43年9月25日、10月25日号)】
【引用 「ヴィスコンティ集成」フィルム・アート社編】
/ フィルムアート社
この俳優理論は、「スタニスラフスキー・システム」と同様に出演者に演技をさせるために実に有効で、かつ柔軟な考え方であると思います。何故なら、それはメロドラマであってもリアリズム作品であっても、出演者が、素人、演劇出身の俳優、スター俳優・・・であっても、同様の効果を生み出すものであるように思うからです。
これらのことを踏まえると、既に『太陽がいっぱい』で、当時のフランス映画界のリアリズム演出の第一人者であったルネ・クレマンに、厳しい演技指導を受けていたスター俳優アラン・ドロンの『若者のすべて』での主役としての起用は、「ネオ・リアリズモ」作品の体系に反するものではなく、むしろその表現に有効であり、更にそれ以外の多くの付加価値を生み出す効果も絶大であったようにまで思うわけです。
『揺れる大地』の「-海の挿話-」というサブタイトルは、その後に2作品「農夫編」と「炭坑夫編」を連作として加える予定だったために、その「漁夫編」であることを表しているそうです。
この作品におけるルキノ・ヴィスコンティの情熱的な取組みも、イタリア共産党の資金援助額があまりに僅かだったことと、グァリーニ・イタリア・フィルム社からの契約破棄など・・・それは、ようやく完成させた一作目で頓挫するより外になかった製作環境にあったわけですが、「農夫編」「炭坑夫編」を何とか完成させたうえで『若者のすべて』の制作に着手してほしかったことも、わたしの正直な感想のひとつです。
恐らく、イタリア南部の経済的困窮のドキュメンタリー・シリーズから、「ヴェリズモ(真実主義)」の文学運動を発展させた「ネオ・リアリズモ」シリーズへと、ルキノ・ヴィスコンティ自身の内部で改変していったのでしょうが、現実のイタリア社会の矛盾を三側面から描写し切ったうえで、その第二部『若者のすべて』に橋渡しをすれば、より完成度が高いライフワークになったような気がするのです。
更に、この次の第三部目の作品を完成することも、ルキノ・ヴィスコンティの強い想いのひとつであったようですが、これには、極めて困難な道程が多かったのでしょう。映画史に残る多くの傑作を輩出しながらもその完結作品は彼の生涯において、結局は生み出すことは出来ませんでした。
このように、ルキノ・ヴィスコンティのコミュニズム(共産主義)の最終的な指標は、結果的には果たされはしませんでしたが、わたしは、『山猫』以降においての自ら出身の貴族階級を舞台にしたヒューマニスト(人道主義者)としての自己改変も一人の映画作家の重要で価値ある映画史実として位置付けられるべきものだと強く確信しています。
【「揺れる大地」と「若者のすべて」に続いて第三部をなす「人民のたたかい」を描いた映画を作りたい。しかも、最初の作品が敗北の物語であり、二番目が半ば敗北の物語であったのに反し、こんどは人民の力を確認させるような、勝利の物語を描きたい。
(ルキノ・ヴィスコンティ)】
【引用 「世界の映画作家4 フェデリコ・フェリーニ ルキノ・ヴィスコンティ編」キネマ旬報社】
Tags:#ルキノ・ヴィスコンティ&アラン・ドロン















