『フランス式十戒 第6話 汝、父母をうやまうべし 偽証するなかれ』~フランス映画のアラン・ドロン~

 戦前の日本で、フランス映画が絶大な人気全盛期・黄金期があったことは、映画雑誌「キネマ旬報」の批評家投票で選定された作品の大半がフランス映画であったことや、小津安二郎がルネ・クレールに影響をうけていたこと、山中貞雄がジャック・フェデールの『ミモザ館』から『人情紙風船』(1937年)を制作したことなどからも理解できます。

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 なかでも、アラン・ドロンがデビューして、5年目の11作品目『フランス式十戒』(1962年)を撮ったジュリアン・デュヴィヴィエ監督は、フランス映画の古典「詩(心理)的レアリスム」の巨匠として最も有名な映画監督です。そして、フランス映画が全盛期を迎えていた1930年代の日本では、本国フランス以上に絶大な人気のあった映画監督でもあります。

 今までも、当ブログで何度も記事にしていますが、旧世代「詩(心理)的レアリスム」の巨匠たちは、後にフランソワ・トリュフォー達「ヌーヴェル・ヴァーグ」カイエ派の痛烈な批判に晒されていったわけですが、一般に言われているように、『太陽がいっぱい』(1959年)の脚本でポール・ジェコブ、撮影でアンリ・ドカエ、出演でモーリス・ロネを起用したルネ・クレマンや、『危険な曲り角』(1958年)の音楽でアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズを使用したマルセル・カルネは、彼らと対抗しようとしていたのではなく、共通項を探そうとしていたように、わたしには感じられます。でなければ、敢えて「ヌーヴェル・ヴァーグ」のスタッフを起用したり、シネ・ジャズを採り入れる手法などで作品を制作しないと思うのです。

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 もちろん、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督も、その例に漏れず、『並木道』(1960年)でジャン・ピエール・レオー、『火刑の部屋』(1962年)でジャン・クロード・ブリアリなどの「ヌーヴェル・ヴァーグ」のスター俳優を起用しました。
 しかし、少なくても、この『フランス式十戒』(1962年)では、彼らとの確執を埋めずに徹底的に抗戦しようとしていたように思います。

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 それは、第6話「汝、父母をうやまうべし 汝、偽証するなかれ」から第7話「汝 盗むなかれ」(フランス公開(オリジナル)版では第5話から第6話)にかけてのシニカルなテーマやシナリオからも察することができることです。
 第7話「汝 盗むなかれ」では、「ヌーヴェル・ヴァーグ」の代表的スターであるジャン・クロード・ブリアリ演ずる銀行員ディディエ・マランの社会規範の破綻ぶりをコメディックに創出しています。
 彼は、出勤時の朝寝坊から遅刻してしまうことにも全く無頓着で、銀行強盗に対してさえ職務としての防犯規範の欠片も無く、むしろ強盗された金品を逆に犯人から盗もうと画策するほどの出鱈目な人間です。ラスト・シークエンスでは、この事件と全く無関係なホームレスの男性のトランクと現金の入ったトランクが、誤って入れ替わり、ホームレスの男性が強盗と間違われて警察に連行されるショットで結末を迎えるのですが、この善良な失業者が、わたしには映画制作の場を奪われていく旧世代の「詩(心理)的レアリスム」の映画人たちの象徴として描かれているように見えて仕方がありません。そして、倫理的、道徳的に破綻した価値観しか持っていない現代青年ディディエ・マランが、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督にとっての「ヌーヴェル・ヴァーグ」の作家たちを象徴させたように思えてしまうのです。

 映画における一般的な規範や倫理をすべて破壊してしまう横暴で図々しい無責任な現代青年たち・・・。
「若い世代は将来有望だね ヌーヴェルヴァーグ万歳」

 アンリ・ジャンソンのこのショッキングな台詞を、この第7話「汝 盗むなかれ」の冒頭に悪魔の狂言として挿入しているシニカルな演出に、ジュリアン・デュヴィヴィエの映画作家としての反骨を見て取ってしかるべきだと思うのです。

 アラン・ドロンは、自身にとって大きく関わった各巨匠たち、例えば、ルネ・クレマン、ルキノ・ヴィスコンティ、ミケランジェロ・アントニオーニ、ジャン・ピエール・メルヴィル、ジョセフ・ロージー等々から、自ら受けた影響力についての経験的な発言をしています。
 元来、アラン・ドロン自らが、私的な発言をしている資料自体が日本では多くないこともあり、もしかしたら、そのような埋もれた資料も存在しているのかもしれないのですが、現在のところ、わたしは、クリスチャン・ジャックやジュリアン・デュヴィヴィエなど、旧フランス映画の屋台骨となっていた「詩(心理)的レアリスム」の演出家たちについて触れた彼の言説は眼にしたことがないのです。

 何故なのでしょうか?
 いや、何故なのかということは問題ではなく、アラン・ドロンがジュリアン・デュヴィヴィエ監督から、俳優、スターとして、どのような影響を受け、どのような想いを持っていったのか?ということに好奇心が喚起されるのです。

 アラン・ドロンは、デビュー当時から、純粋なフランス本国を舞台にしたフランス資本の作品、『お嬢さん、お手やわらかに!』(1958年)、『学生たちの道』(1959年)、『素晴らしき恋人たち「第4話 アニュス」』(1961年)などよりも、各種映画祭で高い評価を受け、観客動員数も多く、他国にも高価格で輸出できた作品が、他国と資本提携した合作品『恋ひとすじに』(1959年)、イタリア資本の作品『若者のすべて』(1960年)、『太陽はひとりぼっち』(1961年)、フランス資本の作品であっても本国フランスが舞台設定になっていない『太陽がいっぱい』(1959年)や『生きる歓び』(1961年)でした。

【彼が国際的だということは、ギャバンほどに底があってのことではない。一言でいえば彼には、国境を容易にのりこえられる、若さと美しさがあったからだ。(-中略-)ことにアラン・ドロンの場合、彼がどうしてもフランスの俳優でなくちゃならないものをもっているわけではない。むしろ世界一般の現代青年たるべき条件をもっているから、成功したともいえる。(-中略-)彼はいきなり、国際スターにはなったが、フランスのスターとしては、弱体であったわけだ。】
【引用 「男優界の2大対決 ギャバン対ドロン】秦早穂子(月刊スクリーン 1963年 11月号より)】

【>アラン・ドロン
(-中略)イライラしたジャーナリストがこんな事を言ったこともある:「フランス映画界にドロンは存在しない」私はフランス映画界に自分の居場所があると思っていたのにね。】
【引用(参考) takagiさんのブログ「Virginie Ledoyen et le cinema francais」の記事 2007/6/1 「回想するアラン・ドロン:その1(インタヴュー和訳)」

 そういう意味でも、彼はデビューして、すぐに国際スターとなっていたのですが、逆に考えれば、「ヌーヴェル・ヴァーグ」作品が席捲していた当時のフランス本国での映画作品の制作では完全に出遅れた俳優となっていたのです。

【フランスでは、映画とは違った理由で、あなたの粗野な性格のためによく攻撃され、理解されないことがありますね。たぶん、シネマテークの今回の回顧上映はあなたのキャリア、作品にメッセージを送ることになるではないですか?
>アラン・ドロン
それは分るし、受け入れるが完全には同意できないね。去年、コニャクの映画祭で記者会見した時、150人のジャーナリストたちに言ってやったよ:私を産んだのは君たちだ。でも私は君たちが作った私のイメージとは違うとね。役者を始めた頃は、私は「ハンサムな間抜け」だった。その後は何かを見出さなくてはならなかったんだ・・・私はヌーベルバーグの監督たちとは撮らなかった唯一の役者だよ、私は所謂「パパの映画 cinéma de papa」の役者だからね。ヴィスコンティとクレマンなら断れないからねえ!ゴダールと撮るのには1990年まで待たなくてはならなかったんだ。自分からは近づいて行けない、私はマージナルな人間だったからね。私には誤解が付き纏い、驚かされるんだ。】
※「パパの映画 cinéma de papa」とは、「ヌーヴェル・ヴァーグ」カイエ派のフランソワ・トリュフォーが付けた古いフランス映画への侮蔑的な呼称のこと。
【引用(参考) takagiさんのブログ「Virginie Ledoyen et le cinema francais」の記事 2007/6/21 「回想するアラン・ドロン:その7(インタヴュー和訳)」

 また、フランス映画の評論家でもあった秦早穂子氏は、アラン・ドロンがフランス俳優として開花できたのは、ジャン・ギャバンとの共演の影響が大きかったと分析しています。

【すこし誇張していえば、「地下室のメロディー」で、彼はフランスの男にしてもらったといった方がいいかもしれない。今でこそいえるが、日本であれだけ当った「太陽がいっぱい」だって、フランスじゃさんざんだった。(-中略-)名実ともに彼の映画があたりをとったのは「地下室のメロディー」である。(-中略-)彼にとってジャン・ギャバン競演ということは、願ったり、かなったりの、跳躍台だったのである。ギャバンは、虫のいどころもよくて、このコンビ、受けて立った。商業ベースからみれば、当たるからこのコンビが出来上がったのだという解釈に終わってしまいそうだが、(略-)】
【引用 「男優界の2大対決 ギャバン対ドロン】秦早穂子(月刊スクリーン 1963年 11月号より)】

 彼女の分析は、アラン・ドロンのファンとしては不本意な部分もありますが、なるほど確かに客観的かつ的を得ています。
 ただ、わたしがここで思い浮かんでしまうのが、この『フランス式十戒「第6話 汝、父母をうやまうべし 汝、偽証するなかれ」』なのです。

 秦早穂子氏は、ジャン・ギャバンと共演した13作品目『地下室のメロディー』(1962年)を、アラン・ドロンのフランス映画界でのスター俳優としての定着を定義とする前に、この旧世代の巨匠ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の「オムニバス」形式に挿入されていた短編作品にアラン・ドロンが主演していたことを忘れてはいなかったでしょうか?

 また、更に興味深いことは、アラン・ドロンは後年、「フレンチ・フィルム・ノワール」作品において、ジャン・ギャバンの後継者とまで言われていたわけですが、彼と若い頃からの名コンビを組んできたのがジュリアン・デュヴィヴィエ監督だったことなのです。

 ジュリアン・デュヴィヴィエとジャン・ギャバンの映画生涯においては、『白き処女地』(1934年)、『ゴルゴタの丘』(1935年)、『地の果てを行く』(1935年)、『我等の仲間』(1936年)、『望郷』(1936年)、『逃亡者』(1943年)、『殺意の瞬間』(1955年)の計7本もの代表的名作品が存在しています。
 ジャン・ギャバンを超一流の大スターに育てたのは、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督とまで言って良いかもしれません。

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 アラン・ドロンが、秦早穂子氏の言っていたとおり、フランス映画界での着実な定着を望んで、『地下室のメロディー』でジャン・ギャバンと共演した前段の作品に、このジュリアン・デュヴィヴィエ監督の『フランス式十戒 第6話 汝、父母をうやまうべし 汝、偽証するなかれ』があるのです。
 また、共演者も、活躍していた時代から当然ではあるものの、ジェラール・フィリップやジャン・ギャバンとの共演、クロード・オータン・ララ監督やジュリアン・デュヴィヴィエ監督の作品に出演し続けていたダニエル・ダリュー、そして、ルイ・ジューヴェに師事し、フェルナンデルやジュラール・フィリップと共演していたマドレーヌ・ロバンソン(1994年のアラン・ドロンとの共演作品『テディベアL'Ours en peluche』が引退作品)という完璧な旧世代の女優たちなのです。
 また、脚本に携わっていたのはアンリ・ジャンソンです。彼は長年にわたってジュリアン・デュヴィヴィエの作品に起用されてきた脚本家でした。映画作家として彼は、逆にフランソワ・トリュフォーを生涯にわたって批判し続けた旧世代の映画人でした。

 要するに、この作品は「ヌーヴェル・ヴァーグ」とは全く無縁の作品でありながら、アラン・ドロンが生粋のフランス俳優であり、スターであることを見せしめることが出来た最初の作品なのです。

 現代青年の典型でもあったアラン・ドロンは、この巨匠や共演者たちやスタッフから何を学んだのでしょう?

 ジュリアン・デュヴィヴィエは、有名な作品はトーキー時代以降のものですが、サイレント時代から活躍していた演出家です。映画における音に対しては、トーキー時代以後の映画作家とは異なる感覚を持っていたと思います。
 アラン・ドロンにとっては、後年、特にジャン・ピエール・メルヴィルが監督した作品でも、それを生かすことができたのではないでしょうか?暗黒街での殺し屋やギャング、刑事を演じたときに、台詞に頼らず映像で語りかける術は、サイレント時代を経験している映画作家と若い頃に巡り会ったことの影響力が大きかったからこそ成功した作品だったようにも思います。

 また、ジュリアン・デュヴィヴィエは、道徳観、倫理観においても戦前から戦中を生き抜いた古い世代の人間であり、宗教家(カトリック教徒)でもありました。正しいものと誤ったものをはっきりと区別する良識的で善良な人間であったことは、彼の作品を鑑賞すれば、そのメッセージから理解できます。
 『ゾロ』や『フリック・ストーリー』など、アラン・ドロンがアンチ・ヒーロー的ヒーローから脱皮した作品などは、ジュリアン・デュヴィヴィエからのフランス映画の伝統的な倫理・道徳観の影響があったようにも思います。

 そして、『望郷』でのジャン・ギャバンにもそれは表されていますが、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督は男優の美的表情をカメラに撮ることも非常に上手だったと思います。
 私見ではありますが、アラン・ドロンには元来備わっている美しさがあるのはもちろんなのですが、ミッシェル・ボワロンやルネ・クレマン、ミケランジェロ・アントニオーニなどによる作品よりも更に彼の美しさを引き出すことに成功したのはルキノ・ヴィスコンティ監督だったと思っています。そして、彼と同等にアラン・ドロンを美しく撮ったのがジュリアン・デュヴィヴィエだったような気がするのです。
 アラン・ドロンの内面の本質的な美しさを引き出すことに成功しているからなのでしょうか?音声の無い映像表現しかなかったサイレント時代の高度なメイク・アップ技術によるものなのでしょうか?戦時下での予算もない時代に工夫してきた経験によるモノクローム時代の照明によるライティング効果のためなのでしょうか?・・・・
 超一流の巨匠たる所以は、ここでも見て取れるように思えるのです。


 いずれにしても、アラン・ドロンが『地下室のメロディー』でジャン・ギャバンと共演してからは、単に新旧フランス二大スターとしての関係ばかりに注目が集まっていたようですが、その前段には、ジャン・ギャバンの師ともいえるジュリアン・デュヴィヴィエ監督の作品に出演できた実績があったからこそ、彼らの師弟関係もより良く構築され、共演作品でも成功を収めることができたとも言えましょう。

 ここまで考えてみると、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の遺作となったアラン・ドロン25作品目『悪魔のようなあなた』(1967年)の出演後の30作品目『シシリアン』(1969年)でのジャン・ギャバンとの共演も偶然ではないような気がしてきます。
 アラン・ドロンは、ジャン・ギャバンと共演したくなると、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の作品に出演していたとまで邪推してしまうほどです。

【彼は父なるものを探し求めているのだが、同時にまた自分が強くなって他者を支配したい欲求もある。(ジョセフ・ロージー)】
【引用 『追放された魂の物語―映画監督ジョセフ・ロージー』ミシェル シマン著、中田秀夫・志水 賢訳、日本テレビ放送網、1996年】

追放された魂の物語―映画監督ジョセフ・ロージー

ミシェル シマン Michel Ciment 中田 秀夫 志水 賢日本テレビ放送網



【ヤツをぶち殺す役ならドロンと共演してもいい(『シシリアン』でアラン・ドロンと共演の話が出たときのジャン・ギャバン)】
【引用 『ジャン・ギャバンと呼ばれた男』鈴木 明著、小学館ライブラリー、1991年】

ジャン・ギャバンと呼ばれた男

鈴木 明小学館



【(-中略-)というのも今では私は、アラン・ドロンのことをジャン・ギャバンにとってかわることのできるもっとも優れた、もっとも美しいフランス男優の一人だと思っているからである。(ブリジット・バルドー)】
【引用 『ブリジット・バルドー自伝 イニシャルはBB』ブリジット・バルドー著、渡辺隆司訳、早川書房、1997年】

ブリジット・バルドー自伝 イニシャルはBB

ブリジット バルドー / 早川書房



 話のわかる頑固親父、子分のために人肌脱げる大親分ジャン・ギャバン、そして、愛すべきどら息子アラン・ドロンとの微笑ましい師弟関係のみならず、本国フランスにおける彼らの映画史的な結びつきまでもが浮かび上がってくるのです。

【当時の作品を何本か再見したんですね、そこで『地下室のメロディー』の話をしたいのですが、ギャバンと共演しています。彼はあなたの共演者であり、同時に師匠でもあった:役者と演じる人物の間である種伝わるものを感じます。
>アラン・ドロン
『地下室のメロディー』の頃は、ギャバンは元気一杯だったよ。彼は常にボスで素晴らしい役者だった。彼とは共通点があった。彼同様、私も昔軍人で、船員だったんだ。私同様、ギャバンは最初は役者じゃなかった。ミュージック・ホールやカフェ・コンセール以外は、同じ道を歩んで来てた。ギャバンはフォリー・ベルジェールの階段を(キャバレー)でミスタンゲットの後ろで降りていた、するとある日役者をやってみないかと勧められた。ちょっと修理工をしてたアラン・ラッドやサーカス出身のランカスターみたいなものだね。これが正に役者ってものだ。】
【引用(参考) takagiさんのブログ「Virginie Ledoyen et le cinema francais」の記事 2007/6/4 「回想するアラン・ドロン:その2(インタヴュー和訳)」


P.S.
 こちらは、わたしのお気に入りブログ【koukinobaabaさんが運営する『Audio-Visual Trivia for Movie & Music』での『フランス式十戒』関連記事】です。
 日本公開版のみに挿入されているダニー・サヴァル主演の第2話「汝 姦淫するなかれ 汝 結婚のほか肉の行ないを求めるなかれ」(フランソワーズ・アルヌール、ミシュリーヌ・プレール、メル・ファーラー主演の第2話は、第4話「汝 人の持物を欲するなかれ」として公開されました。)の記事もあります。
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by Tom5k | 2009-12-23 18:29 | フランス式十戒 | Trackback(6) | Comments(16)