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『エアポート’80』~「グランドホテル方式」、その「モニュメンタリティ」としての映画様式~

 映画の構成が「演劇」的な構成よりも「文学」的な構成により近いものであることは、すでに一般論としての通説になっているかもしれません。
 その時間の移動、及び空間の移動を同時に体感できるスリリングな特徴は、現在、映像文化特有のものとなっているのです。

 1916年、ハリウッドのD・W・グリフィスは、ソヴィエト連邦のエイゼンシュテインやプドフキンのモンタージュ理論の前に、すでに『イントレランス』のクライマックス・シークエンスにおいて、古代西アジアでのバビロンの崩壊、キリストの受難、中世フランスの聖バーソロミューの虐殺、現代のアメリカでの資本家と労働者の対立など、B.C.2000年から現代までの歴史的過程における4つの異なる時代と地域の挿話を同時進行させて表現するモンタージュ手法を採っています。

 ラスト・シークエンスでは、それを数秒の短いショットで繋ぎ合わせる「パラレル・アクション」としてのモンタージュを完成させるまでに至っているのです。
 これらの映像的手法の独自性により、従来の演劇的手法を模倣した「時間の単一」、「場所の単一」、「事件の単一」を原則とした「三一致の法則」、フランスの「フィルム・ダール」社などの、演劇を固定画面でフレーム内に映像化した舞台中継ともいえる映画作品を超越し、映画特有の新しい手法を確立したともいえましょう。

 しかしながら、映画が演劇と全く異なるものなのか否かと問われれば、それはやはり演劇的手法を応用した技巧を用いて制作された素晴らしい傑作郡も多くあるのです。

 その代表的な作品として、1933年のハリウッド作品であるエドマンド・グールディング監督の『グランド・ホテル』が挙げられるでしょう。
 「場所の単一」においては、超高級国際ホテルを舞台に、「時間の単一」においては、そのホテルでの一夜に限って、というように舞台劇としての要素を機軸に展開していくのです。

 しかし着目すべきは、元来は舞台の脚本であるこの作品に対して、それぞれの登場人物の人生模様を同時間的に交差させて描くという実に映画的な手法も加えられていることなのです。

 更には、単独の出演で充分に主役をまっとうできる人気映画スターを複数人出演させるオール・スター・キャスティングという映画的な「スター・システム」の新たなる方法を取り入れて成功させている作品でもあります。
 グレタ・ガルボをはじめ、ジョーン・クロフォード、ウォーレス・ビアリー、ジョン・バリモア、ライオネル・バリモアなど、当時のメトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)社の人気スターを多数出演させているのです。

 1930年代のハリウッド映画の黄金期は、主演俳優の人気を利用して開花していった側面も多くあったわけで、スターの人気に依存して映画を制作していたこの「スター・システム」を、更に飛躍させる結果となったようにも思います。

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 これらのことからも、映画形式の試みは、多くの映画的要素を複合し、総合的な映像探求の模索により、現在にまで至っているわけですが、特に映画のスタイル(様式)においては、ソヴィエト連邦の映画作品において、強く意識されていたそうです。

 当時の国家的イデオロギーや国家体制などから、研究され、理論化されていた映画実践を試みていたソヴィエト連邦の映画は、特にその原則に注視していたのかもしれません。
 映画における典型的なスタイル(様式)の問題も、テーゼとアンチ・テーゼの矛盾のなかで進歩していったともいわれています。

 ハンガリーの映画評論家、ベラ・バラージュの代表著書である『映画の理論』によれば、「社会全体の問題でテーマやメッセージなどを追及した記念碑(モニュメンタル)的性格」である作品と、「個人の生活の事件を扱う室内劇的性格」の作品とが、大きな矛盾した別体系の作品として捉えられていたため、それが当時においては大きなせめぎ合いとなっていたそうなのです。
 ベラ・バラージュは、これらの二つの体系を二者択一する必要はなく、最終的には、人間の個性的な運命を通して明らかになっていく歴史的な展望を持った作品に昇華されていくこと、それが映画様式(スタイル)の総括であるべきであるとしました。

【(略~)或る人は、ソヴェト映画は社会主義の精神にのっとった映画であるべきで、卑近個人生活の事件を扱う、《室内劇的性格》の映画であってはならないと主張した。(略~)
とはいえ、スタイルの問題としてみれば、モニュメンタリティと室内劇とをこのように対立させることはまちがっている。十九世紀初頭まで、このような《あれか》《これか》という排他的な二者択一は存在しなかった。】
【引用~ 『映画の理論 第二十二章 様式(スタイル)の問題』ベラ・バラージュ著、佐々木基一訳、学芸書林、1970年】

 そのような意味において、『グランド・ホテル』は、戦前のドイツの首都ベルリンにあった超高級国際ホテルが、その役割を果たしていると考えられます。
 わたしは、ここで社会的なテーマによるメッセージとしての記念碑的なもの、例えばそれは社会秩序や制度・法令・民族的習慣、思想・信条であったり、歴史的建造物や遺跡であったり、近代技術を駆使した社会資本であったり、公的プロジェクトでの不朽の業績や金字塔であったり、合法・非合法の社会組織であったり、場合によっては、自然現象や大自然にそれらを投影して比喩したものであったりするわけですが、これらをテーマとすること、すなわち「モニュメンタリティ」としての映画の生成を、この『グランド・ホテル』に見て取ることが可能であるように思うのです。

 超高級国際ホテル「グランド・ホテル」を取り巻いて、映画としてのドラマトゥルギーを人間群像劇とした着想は、「モニュメンタリティ」と「室内劇」を融合させたベラ・バラージュの総括した映像理論を応用したものであったように思うわけなのです。


 『グランド・ホテル』から、30~40年後の1970年代には、このような「グランドホテル方式」を準用した作品、すなわち複数の主役級の人気スターを登場させながら、地震などの自然災害、または航空機の事故、火災、船舶事故などの人為的な災害のなかで、人間群像を描いた作品が多く製作されました。

 ハリウッド黄金期1930年代には、すでに、サン・フランシスコ大地震を描いた『桑港(サン・フランシスコ)』、ニューヨーク市での大災害を描いた『世界大洪水』、当時としては最高の製作費をかけ、1871年に実際に起こったシカゴの大火災を描いた『シカゴ』などがあります。

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 1970年代の「パニック映画」の作品群の特徴には、これら「ディザスター(災害)映画」の作品に、その起源を見ることができます。

 また、ベラ・バラージュの総括した映像理論から考えても、1970年代の「パニック映画」は、豪華客船(『ポセイドン・アドベンチャー』)、超高層ビルディング(『タワーリング・インフェルノ』)、国際空港(『大空港』)及び最新のジェット旅客機(『エアポート’75、’77、’80)、大都会ロサンゼルス(『大地震』)を、その「モニュメント」として描いているといえるでしょう。

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 どの作品も、最先端の近代技術を駆使した記念碑的シンボルの崩壊を描いたものとして捉えることが可能であり、それによって、「人間の個人的な運命を通して明らかになる歴史的展望」を描いた作品であると、ベラ・バラージュの言説のとおりの解釈をすることも可能であるような気がするのです。

 「グランドホテル方式」は、人間社会そのものを象徴させる特徴があることはいうまでもありませんが、1970年代のこれらの「パニック映画」郡には、更に、人類が英知を結集して作り上げたインフラストラクチャーが、人災や自然災害によって瞬時に崩壊して大惨事と化す様相、それが一瞬にして瓦礫し、尊い人命を奪ってしまうような近代技術の崩壊、すなわち現代文明への批判までをも包含しているような気がするのです。

 オール・スター・キャスティングによる「アンサンブル・プレイ(群像劇)」としての人間社会の悲喜劇などを描くとともに、「現代の社会基盤=モニュメント」の崩壊を、安易な高度成長へのずさんな危機対応への警告として描き出していったともいえましょう。


 なかでも1979年に制作されたこの『エアポート’80』は、イギリスとフランスが現代の航空技術を結集して共同開発した超音速旅客機コンコルド(SST:supersonic transport)をそれにシンボライズさせた作品です。
 この航空機の外観の美しさ、特に離着陸時も含めたその飛翔のシークエンスにおけるスピード感溢れる勇姿の美しさは、このエアポート・シリーズ前3作品のボーイング機での航行シークエンスを群を抜いて凌駕しています。

 もちろん、キャスティングにおいても、原則通りにオール・スターを遜色なく配役させており、しかも、そのスケールは国際規模で、シリーズ随一の華やかさです。

 まず、驚くのは、フランスの超人気スターであったアラン・ドロンをコンコルドの機長、『エマニエル夫人』に主演し、ソフト・ポルノ作品の市民権を浸透させたシルヴィア・クリステルをスチュワーデスとしていることです。

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 この二人の美しい俳優としてのイメージが、コンコルド機の近代的で、ヨーロッパ的な美しさの外観と、実に良くマッチングしているように、わたしには感じられました。

 ジョ-ジ・ケネディは、このユニバーサル映画「大空港」シリーズの常連、パトローニ役として、

 そして、日本でも馴染み深いロバート・ワーグナー(『コルティッツ大脱走』、『スパイのライセンス』)とエディ・アルバート(『ローマの休日』)、『華麗な探偵ピート&マック』以来、久しぶりの共演となっています。

 また、更に驚くことに、イングマル・ベルイマン監督の作品に多数出演したスウェーデンの名女優ビビ・アンデルソンの出演に加え、

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 往年のジャズ・シンガーが二人、ブロードウェイの舞台やラジオの音楽ショーで親しまれていたマーサ・レイ(『チャップリンの殺人狂時代』)とモニカ・ルイスとのクラシック・エンターテイナー同士の共演までが実現していることなのです。

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マーサ・レイをモデルにしたと言われている作品


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バット・ビューティフル

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 超豪華キャストとは、このことです。

 しかし、残念なことに、これだけの豪華なキャスティングを組みながら、作品のドラマトゥルギーにおいて、「グランドホテル方式」としての「アンサンブル・プレイ」、すなわち「場所と時間、事件を単一とした複数人の群像劇」とする内容においては、あまりにも類型的で硬直した描写に留まってしまっています。

 過去においての「室内劇的性格」の作品として、
「パニック映画」である『ポセイドン・アドベンチャー』では、転覆した豪華客船内に限定した舞台設定で、登場人物各々の人生を交錯させた見事なストーリー・プロット、
シドニー・ルメット監督の『十二人の怒れる男』でも、密閉された陪審員室内で行われる被疑者の裁決へのデモクラティックなディスカッション、
などに、その秀でた応用を見ることができるわけですが、それらの作品と比較しても、プロットの構成が非常に不足あることは否めませんでした。

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 また、せっかく若い黒人サックス奏者(ジミー・ウォーカー)の伴奏で、モニカ・ルイスが歌を口ずさむワン・ショットを撮っているのですから、彼女とマーサ・レイとがデュエットするなどの工夫をすれば、エンターテインメント的な要素も加わって、素敵なワン・シークエンスとなったと思ってしまいます。


 しかしながら、敢えてこの作品の特筆すべき映画的な価値を挙げてみるならば、やはり、この作品が制作された1979年当時の最先端旅客機であるコンコルド機を、その時代的「モニュメンタリティ」として扱った着想なのです。

【もしかしたら、これは歴史に残る作品になるかもしれない。「エアポート’80」を見て、そう思った。(~中略~)
 「エアポート」シリーズがいつまで続くかは知らないが、第二世代の“コンコルド”が世界中をブンブンとびまわるようになれば、当然、だれかがSST物をつくるだろう。HSTも画面に登場させるだろう。
 その時、あらためてクローズ・アップされるのが、「エアポート’80」だ。】
【引用~キネマ旬報1979年12月上旬号No.775「エアポート’80」特集「1 歴史に残るSSTもの」斉藤忠直】


 当時、この旅客機コンコルドは、通常のエアバスの航行航路よりも高い高度を超音速マッハの単位で飛行し、国際規模の定期運航路線をもつ段階まで進んでおり、次世代型の旅客機として最も注目を浴びていた航空機だったのです。

 高価格であったとはいえ、250機まで製造が延びれば採算ラインに上げられるマーケッティングもあったそうですが、日本においての日本航空による購入計画では、コストが高すぎるとの理由から発注を取りやめた経緯もあったと聞きます。

 そして、この映画が製作されてから20年後の2000年7月25日、エールフランス機の実際のコンコルド機(同機は、この作品でのレンタル使用したものだったそうです)が、パリのシャルル・ド・ゴール空港を離陸した時に炎上・墜落する事故を起こしてしまいます。この事故は、死傷者が100名を超えた航空機事故としては未曾有の大惨事となりました。
 これを重く受け止めたフランスのエールフランス航空、イギリスのブリティッシュ・エアウェイズ航空の各社はともに、民間旅客機コンコルド機の定期運航の停止を決定することに、止む無く至ってしまったのです。
 残念というべきなのでしょうか、現在においてまで、定期航空路線での超音速旅客機での旅行は不可能なことになってしまいました。


 この作品が、商業映画としての出来、不出来を別として、
 現代における「モニュメンタリティ」ともいえる最先端の近代技術を誇る社会資本の不確実性が、このような大惨事にまで繋がっていく先見性を予見する意味において、

 更には、民間産業をも巻き込んだ国家的プロジェクトへの危機対応の警告を発していたことなどを考えあわせれば、

 わたしには、「グランドホテル方式」の「パニック映画」、特にこのユニバーサル映画社の『エアポート’80』は、映画としての役割を担った大きな価値を付加されていた作品であるようにまで思ってしまうわけなのです。


 アラン・ドロンのファンとしては、『スコルピオ』以来の13年ぶりにハリウッドに招かれて撮った作品であることや、「ヌーヴェル・ヴァーグ」左岸派の旗手アニエス・ヴァルダ監督が、映画生誕百年の記念映画『百一夜』で、このコンコルド機のワン・ショットをインサートしていたことなども、併せて想起してしまいます。


 そのような意味からも、わたしにとっての『エアポート’80』は、鑑賞するたびに、アラン・ドロン・ファンとしての誇りが湧き上ってしまう作品のひとつとなっているところなのです。
 あくまで、映画作品としての出来、不出来は別として・・・。
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by Tom5k | 2009-01-12 22:25 | エアポート’80 | Comments(23)