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『ブーメランのように』④~過去に演じた主人公たち、そして、限界点を一歩踏み越えてしまった男たち~

 最近は、『ブーメランのように』の魅力に取り憑かれてしまっています。
 この作品には、アラン・ドロンが過去の代表作品で演じた主人公が数多く再登場しているからです。
 『ブーメランのように』の主人公である実業家ジャック・バトキンは、『太陽がいっぱい』のトム・リプリーがフィリップ・グリーンリーフに、『悪魔のようなあなた』のピエール・ラグランジュがジョルジュ・カンポに成りすますことに成功した姿であることは、既に記事にしました。
【参考~『ブーメランのように』①~貧困・犯罪・差別からの逃亡と挫折~及び『ブーメランのように』②~「フレンチ・フィルム・ノワール」作品で描かれる父性~

 また、この『ブーメランのように』が、翌年に撮った『プレステージ』と同様、『太陽はひとりぼっち』(1961年)での現代ビジネスに生きている者の矛盾を強く表出した作品であることにも触れました。
【参考~『ブーメランのように』③~「アラン・ドロン」のトレード・マーク「悲劇のヒロイズム」最後の作品~
 私は、ピエロの矛盾が、ジャック・バトキンの矛盾に行き着いていったようにも思うのです。恋人とのディスコミュニケーションは、思春期の息子とのディスコミュニケーションへと繋がったのだと・・・。愛息が犯罪に手を染めた原因を手繰っていけば、現代ビジネスの矛盾に行き着くのではないかと・・・?

 そして、また、『ブーメランのように』には、他にも彼が過去に演じた主人公たちが数多く再登場しているのです。
 まず、真っ先に私が想い起こされるのは、過去のギャング時代の仲間たちとの関係です。その典型的な作品として『仁義』が挙げられます。アラン・ドロンが演じた主人公のコレイやイブ・モンタンが演じたジャンセン、ジャン・マリア・ヴォロンテ演じたボージェルが、私には浮かんでくるのです。
 彼らは、ブールヴィルが扮したマッテイ警部が事件担当でなければ、強奪した宝石をせしめて、のうのうと日常を過ごしていたかもしれません。そうなれば、ほとぼりの覚めた頃にコレイがジャック・バトキンのような事業家になることも不可能ではなかったように思います。
 そして、息子の脱獄に協力してくれる仲間は、『泥棒を消せ』や『シシリアン』で組んだ強盗団ではなく、『仁義』でのジャンセンやボージェルだと思うのです。

 ジャック・バトキンが、過去に犯罪を犯して投獄されていたとき、狂人のふりをして免責された逸話からは、『暗殺者のメロディ』のフランク・ジャクソン(ラモン・メルカデル)が想い出されます。ロシアの革命家トロツキーを暗殺したときに上げた彼の絶叫は、まさに狂人そのものだったと言っても言い過ぎではないと思います。
 そもそもアラン・ドロンは人格の破綻した人間を演じることが十八番の俳優です。『ブーメランのように』で、ルイ・ジュリアンが演じた投獄中の息子エディの憧れる父親ジャック・バトキンの過去の犯罪者の逸話は、過去のアラン・ドロンの演じたキャラクターのことを話しているとしか思えませんでした。

 ところで、ジャック・バトキンが最も守りたかったものは・・・?
 言うまでもなく、それは自分が最も愛する息子エディでしょう。
 アラン・ドロンは自分の大切にしている者、愛する者を守ろうとするとき、また、それを守りきれなかったとき、そのときには明らかに常軌を逸してしまいますし、それは決して成功することなく絶望的な結果になります。

『ビッグ・ガン』の主人公トニー・アルゼンタは、愛する家族をマフィア組織に殺害され、復讐の鬼になってしまいますが、友人に裏切られて死に至ります。
『暗黒街のふたり』の主人公ジーノ・ストラブリッジは、弱みに付け込んで愛する妻にまで脅迫まがいの行為に至るミッシェル・ブーケ演ずるゴワトロ警部の横暴に激昂し、とうとう殺害事件を起こしてしまいます。
そして、『愛人関係』では、ミレーユ・ダルク演ずる愛人ペギー・リスターの精神疾患に絶望し、山中で心中を図る弁護士マルク・リルソンを演じました。

【(-略)彼は(アランは)はまた極めて頭のいい男で、その点が私とやった二本の映画での役柄にぴったりだった。その二人、トロツキー暗殺者とムッシュー・クラインは、どちらも非常に頭の切れる男で、自分の行動にはしっかりとした自覚を持っている。ところがある限界点を一歩踏み越えてしまうと、もう判断力を失い、放心したようになってしまう。(ジョセフ・ロージー)】
【引用 『追放された魂の物語―映画監督ジョセフ・ロージー』ミシェル シマン著、中田秀夫・志水 賢訳、日本テレビ放送網、1996年】

追放された魂の物語―映画監督ジョセフ・ロージー

ミシェル シマン Michel Ciment 中田 秀夫 志水 賢日本テレビ放送網

 

 ジョセフ・ロージー監督が述懐しているようなアラン・ドロンの「ある限界点」の典型的な状況に、「自分の大切な者を喪失したとき、喪失せざるを得ない状況にあるとき」が、当てはまるのではないでしょうか?その「一歩を踏み越えた」ときのアラン・ドロンは正常な「判断力」を失ってしまうのです。
 この『ブーメランのように』でも、過去のギャング組織に戻り、護送中の息子を脱獄させ国外逃亡を図る父親として考えられないような最悪の判断をしてしまいます。

 同様に、アラン・ドロンが演じた『ビッグ・ガン』の主人公トニー・アルゼンタも、『暗黒街のふたり』の主人公ジーノ・ストラブリッジも、『愛人関係』のマルク・リルソンも、その判断が誤っているがために決して幸福で納得できる結果にならず、むしろ最悪の結果になってしまう絶望的な主人公ばかりなのです。

 そして、私は、この『ブーメランのように』の原点のひとつに、デビュー間もない頃、ルキノ・ヴィスコンティ監督の代表作品『若者のすべて』で演じた主人公ロッコ・パロンディの存在が頭から離れなくなってしまいました。そこでアラン・ドロンが扮したロッコ・パロンディは、愛する兄シモーネのために、彼にレイプされてしまった自分の恋人を譲り、遊行による彼の借金までも肩代わりし、とうとう殺害事件まで起こしてしまった彼を最後までかばおうとするのです。
 このことから、ロッコ・パロンディが、『ブーメランのように』で、ドラッグ・パーティの現場で誤って警察官を射殺してしまった息子エディを救おうとするジャック・バトキンの原点だと考えるようになりました。

 社会で許されることのない生き方をしてしまったシモーネとエディ、犯罪を犯してしまった若者の更生が不可能だとは思いませんが、アラン・ドロンが演じたロッコ・パロンディやジャック・バトキンの行為が、本当の意味で彼らを救うことはないでしょう。それどころか、彼が施した行為によって、シモーネやエディは、益々、自分の罪を自覚することが不可能になってしまうように思います。
 そう考えると、いくら絶望的な状況に置かれてしまった肉親であっても、兄シモーネに対するロッコ、息子エディに対するジャックの行為には哀しい悲劇しか準備されることはなかったのです。

【>宮崎総子
『太陽がいっぱい』も本当にきれいだったと思うんです。それから『若者のすべて』もすごく良かったと思うんです。そのたびにね。アラン・ドロンさんというのは、ああいう人だと思っちゃうんですね。
>アラン・ドロン
役には必ず自分自身が投射されるものです。どんな役でも演じる俳優の個性がはっきり出てきますよ。
(-中略-)
>宮崎総子
今までいろんな監督と出会っていると思いますけどね。ヴィスコンティさんとか。本当に世界で一流の。どなたからたくさん影響を受けていらっしゃいますか。
>アラン・ドロン
私の人生では5人の大切な大監督が挙げられます。最も影響を与えてくれた人々はビスコンティ、ルネクレマン、アントニーオーニー、ローゼ、メルヴィル。私の人生のいろいろな時期にこうした人たちから影響を受けました。】
【「モーニングジャンボ奥さま8時半です』「総子がせまる!いい男コーナー たまらなく男ざかり!アラン・ドロン」インタビュー:宮崎総子、1983年11月8日:毎日放送】

 ルネ・クレマン監督のトム・リプリー、ルキノ・ヴィスコンティ監督のロッコ・パロンディ、ミケランジェロ・アントニオーニ監督のピエロ、ジャン・ピエール・メルヴィル監督のコレイ、ジョセフ・ロージー監督のフランク・ジャクソン・・・。
 私は、『ブーメランのように』で彼が演じたジャック・バトキンが、当時のアラン・ドロンの自己矛盾を最も端的に表現した主人公であると同時に、過去に演じたキャラクター、それも「アラン・ドロン」の原型となる人物を演じた作品での主人公の集大成であるとまで考えてしまうのです。

 残念ながら、『ブーメランのように』は、盟友ジョゼ・ジョヴァンニ監督と組んで制作した最後の作品になってしまいましたが、彼が出演してきた映画の沿革の中でも、取り分け重要な位置に存在する作品のひとつであると確信するに至っているのです。

【この映画もまた、他の二作と同様、アランが存在しなければ生まれなかった映画だということを先ず言っておかなければならない。もちろん、このシナリオは私の実体験に基づいて書いたものだが、アランにとっても切り離せないほどその生き方に深く関わっている物語だ。(-中略-)
 アランはまた、この映画には様々なアイデアを持っていて、初めて脚本・脚色という形でも参加した。そのため、私のシナリオはアランによって書き変えられたが、それはむしろ当然なのである。】
【キネマ旬報1976年12月下旬号No.697(「我が友アラン・ドロンと映画「ブーメランのように」を語る」ジョゼ。ジョヴァンニ<訳・構成>細川直子】
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by Tom5k | 2015-03-22 02:23 | ブーメランのように(4) | Comments(0)

『ブーメランのように』③~ジョルジュ・ドルリューの音楽による「悲劇のヒロイズム」最後の作品

 『プレステージ』(1977年)を観た後、急に頭をよぎって、どうしても頭から離れなくなってしまった作品がありました。『ブーメランのように』(1976年)です。
 『プレステージ』が製作された前年に、実業家・ビジネスマンである主人公を演じたアラン・ドロンという共通項から、当時の彼をもう少し深く理解したくなったのです。どちらの作品もその結末は悲惨なのですが、彼が従来から得意としていた悲劇的なヒロイズムが貫徹しているのは、『ブーメランのように』でしょう。

【>あなたが演じる役にはしばしば鬱的なメランコリーな何かがありますね。
>アラン・ドロン
傷はなかなか癒えないんだね。笑わそうとしてみたり無駄なこともした、それがトレードマークになってるな。】
【引用(参考) takagiさんのブログ「Virginie Ledoyen et le cinema francais」の記事 2007/6/18 「回想するアラン・ドロン:その6(インタヴュー和訳)」

 ロミー・シュナイダーと出会ったデビュー間もない頃の『恋ひとすじに』(1958年)やルキノ・ヴィスコンティと巡りあった『若者のすべて』(1960年)で、彼が表現した「悲劇のヒロイズム」は、『さすらいの狼』(1964年)や渡米して撮った『泥棒を消せ』(1964年)により、ノワールを基調としたものとして模索されていったように思います。
 その後のアラン・ドロンは、フランス映画界においても重要な代表的作品を撮っていったジャン・ピエール・メルヴィル監督の演出により、「フレンチ・フィルム・ノワール」作品での中心的な存在に到達し、ノワールを基調とした悲劇性のイメージを完成させていくことになります。

 しかし彼は、70年代後半から、特に『ブーメランのように』の翌年に撮った『プレステージ』以降、そこからの脱出を企てたように私には見えるのです。『プレステージ』の主人公からは、悲劇的なヒロイズムは読み取れませんし、少なくても、この作品は、「フレンチ・フィルム・ノワール」の体系には該当しないでしょう。

 『ブーメランのように』は、そのどちらも要素としているのですが、『プレステージ』と同様に、『太陽はひとりぼっち』(1961年)以来の現代ビジネスに生きている者の矛盾も強く表出した作品にもなっており、最愛の息子との愛情面での在り方に焦点が絞られ、実業家・ビジネスマンとしてのハレーションが、父親としての苦悩に結びつくテーマとなっています。
 また、この作品は、『冒険者たち』(1966年)のシナリオで出会って以降、ジョゼ・ジョヴァンニと一緒に仕事をした最後の作品でもあり、それまでのアラン・ドロンの出演作品から新境地を拓いた作品ではなく、『ビック・ガン』(1973年)や『ル・ジタン』(1974年)と同様に父性愛のテーマを徹底したものであったし、過去の犯罪歴から現在の更生に失敗して悲劇的結末を迎える主人公の設定も、アメリカ映画『泥棒を消せ』、イタリアで撮った『ビック・ガン』(1973年)、ジョゼ・ジョヴァンニ監督との『暗黒街のふたり』(1973年)など、それまでのフィルム・ノワール体系の作品でのキャラクターと類似したものになっています。

 このように考えると、『ブーメランのように』までのアラン・ドロンの作品は、本人が後述しているように、
>トレードマークである「鬱的なメランコリーな何か」(これを、いわゆる「悲劇のヒロイズム」のトレードマークと定義しても誤りではないでしょう。)を表現した作品が非常に多かったわけです。

 しかし、アラン・ドロンのスターとしてのトレード・マークは、『ブーメランのように』を最後に、とうとう影を潜めてしまいました。

 世紀の大傑作『パリの灯は遠く』(1977年)は、戦時中の美術商としての役柄でしたが、「鬱的なメランコリーな何か=悲劇のヒロイズム」などというものを超え、主人公の「異常性」を一世一代の演技で表現した超越的で特異なキャラクターでした。

 そして、『友よ静かに死ね』(1977年)は、作品そのものは哀愁を帯びた旧時代的な悲劇であり、ここではまだ、「鬱的なメランコリーな何か=悲劇のヒロイズム」の要素は残ってはいたかもしれませんが、彼が演じた主人公のキャラクターは陽気なギャング集団のボスでしたし、外見も髪の毛をカールしたスタイルに変貌していました。

 なお、アラン・ジェシュア監督の『Armageddon』(1977年)は、未見なのですが、各種の映画雑誌や現在ではネット上の情報などから「鬱的なメランコリーな何か=悲劇のヒロイズム」の主人公とは、縁遠い作品となっているようです。

 その後、彼の作品は、『プレステージ』へと続くのですが、実業家・ビジネスマンを主人公にした作品に限ったとき、最もアラン・ドロンらしい役柄は、『太陽はひとりぼっち』(1961年)から出発し、後年、『Notre histoire(真夜中のミラージュ)』(1984年)、『ヌーヴェルヴァーグ』(1990年)と人気全盛期を終えた後に演じていくことになります。
 しかし、男女の愛をテーマにしたこれらの作品は、トレード・マークであった「鬱的なメランコリーな何か=悲劇のヒロイズム」を主題・テーマにしていた『ブーメランのように』とは異なる体系の作品だと考えられましょう。

 『プレステージ』の翌年に製作された『チェイサー』(1978年)は、作品としては、アラン・ドロンの得意とする「フレンチ・フィルム・ノワール」の体系に在る作品と云っていいでしょう。
 また、ここで彼の演じた主人公も『ブーメランのように』や『プレステージ』と同様に、実業家・ビジネスマンでした。
 しかし、もうアラン・ドロンは、既に悲劇的なアンチ・ヒーロー的なヒーローではなく、友情に厚い硬質な正義のヒーローに脱皮しており、「鬱的なメランコリーな何か=悲劇のヒロイズム」からの脱出は完全に成功した作品となっています。

 これらのことから、盟友ジョゼ・ジョヴァンニ監督との三作品目『ブーメランのように』は、1960年代後半からのアラン・ドロン全盛期における「鬱的なメランコリーな何か=悲劇のヒロイズム」が最後に総決算された作品なのではないかとも思いますし、『プレステージ』や『パリの灯は遠く』なども併せて考えると、この頃のアラン・ドロンは映画俳優以外のビジネスの仕事で自分自身の生き方に矛盾を感じていたのではないか?とすら感じます。

 ところで、『恋ひとすじ』や『若者のすべて』で出発した「鬱的なメランコリーな何か=悲劇のヒロイズム」が、はっきりとノワール的基調において、主人公に表れていた作品は『さすらいの狼』でしたが、何とっ!ここで音楽を担当したのは、アラン・レネやフランソワ・トリュフォー、ジャン・リュック・ゴダール、ルイ・マルの作品で音楽を担当し「ヌーヴェル・ヴァーグ」の音楽家と言われていたジュルジュ・ドルリューでした。各書籍ではジャン・プロドロミデスが音楽を担当していたと記載されていることも多いのですが、実は、彼が音楽を担当していたのです。
【>ドロンの作品で、他にドゥルリューさんがなされたものはありますか?
>ドゥルリュー
「さすらいの狼」がありますね。アラン・カヴァリエの。これはこれで、いい作品だったんですが、アルジェリア戦争をあつかって検閲にあい、それだけに評価されなかった作品でしたね。(略-)」】
【キネマ旬報1976年12月下旬号No.697(「「ジョルジュ・ドゥルリュー「ブーメランのように」と映画の秘密を語る」<インタビュアー>ユミ・ゴヴァース、西村雄一郎】

Alain Resnais Portrait Musical

Emarcy Import


Le Cinema de Francois Truffaut, musique de Georges Delerue

Emarcy


Jean Luc Godard Histoire(s) de Musique

Martial Solal / Emarcy Import



 そして、彼を13年ぶりに、アラン・ドロンの「フレンチ・フィルム・ノワール」有終の美を飾る『ブーメランのように』で、再び起用したのですから驚きます。
 私としては、アラン・ドロンの「フレンチ・フィルム・ノワール」における悲劇的ヒーロー像の音楽的照応は、ジュルジュ・ドルリューで始まり、その総括的な『ブーメランのように』で締め括ったと解釈せざるを得ないのです。

 特筆しておきたいことは、「フレンチ・フィルム・ノワール」作品の『ジェフ』(1968年)で、当初予定されていた彼の起用が、作品のテーマ・主題の考え方の相違によって、残念なことに実現せず、フランソワ・ド・ルーペの起用に変更されてしまったことです。
【(-略)「ジェフ」(69 ジャン・エルマン監督)もやりことになっていたんですが、作品を見て、どうしても好きになれなかったので、おりました。一度、ひきうけたものをおりるのは、悪いと思ったんですが、時にはこうした毅然とした態度をとることも、必要だと思ったのです。あれはギャングというものを、悲劇的にあつかっていなかったのが、気にいらなかったのですよ。】
【キネマ旬報1976年12月下旬号No.697(「「ジョルジュ・ドゥルリュー「ブーメランのように」と映画の秘密を語る」<インタビュアー>ユミ・ゴヴァース、西村雄一郎】
 アラン・ドロンとしては、ジャック・パールとともに初めて自らプロデュースに携わった『さすらいの狼』で、彼の協力が得られたときと同様に、初めて単独でプロデュースした『ジェフ』でも彼の音楽を使用したかったのでしょう。
 これらのことは、アラン・ドロンのプロデュース作品史における象徴的な事件とも云えることなのではないでしょうか。

 そして、プロデューサーとしてのアラン・ドロンは、『ブーメランのように』に限っては、今まで組んできたクロード・ボラン、フランソワ・ド・ルーペ、フィリップ・サルドではなく、よほどジョルジュ・ドルリューが必要だと考えたのでしょう。

【>ドゥルリュー
(-略)今回の仕事は、むしろアラン・ドロンが直接私の方に電話してきて、ひきうけたようなわけで、それも非常にていねいな電話でした。それで出来上がった作品を見て、どういう風にいれようかと、ドロンに尋ねたら、「この作品の、ヴァイオレンスな部分と、やさしい愛情に満ちた部分を強調してくれ」と言われて、作曲したわけです。まあ、この映画の後、非常にまれなことなんですが、ドロンからの自筆の礼状がきましてね、嬉しかったですよ。
>ジョヴァンニとは音楽のうち合わせはなさらなかったのですか?
>ドゥルリュー
最初、ジョヴァンニは、音楽に関してそれほど、はっきりした考えはもっていなかったと思います。(略-)
>ドゥルリュー
(-略)撮影が終わって、ドロン自身が、積極的に考えを述べて、その考えが大きく反映したということはありますがね。そういう意味では、創作の所まで、深くドロンが入り込んできた、初めての作品であるといえます。】
【キネマ旬報1976年12月下旬号No.697(「「ジョルジュ・ドゥルリュー「ブーメランのように」と映画の秘密を語る」<インタビュアー>ユミ・ゴヴァース、西村雄一郎】

 このインタビューでジョルジュ・ドルリューは、アラン・ドロンが父と子の絶望的な愛情への描写に執着していたことやヴィスコンティ時代における俳優としての才能を理解していたこと、そして、人気全盛期よりもこの作品のアラン・ドロンの方が際立っていると言及し、監督のジョゼ・ジョヴァンニより、彼とディスカッションすることが多かったことなど、当時の逸話も伝えています。
 彼は、この『ブーメランのように』のプロデューサーであり、出演者でもあるアラン・ドロンを最も良く理解したうえでスタッフとして協力したのです。

 『ブーメランのように』でのアラン・ドロンが演じた主人公ジャック・バトキンは、過去の『太陽がいっぱい』(1959年)の主人公トム・リプリー、『悪魔のようなあなた』(1967年)の主人公ジュルジュ・カンポなどが犯した犯罪や偽証を成功させた人物設定でありながら、その貧困・犯罪・差別からの呪縛から逃れることができず、その過去と必死に闘っているように感じていたことは、既に記事にしました。
【参考~『ブーメランのように』①~貧困・犯罪・差別からの逃亡と挫折~

 今回の鑑賞では、加えて、盟友ジョゼ・ジョヴァンニ監督のもとで、「ヌーヴェル・ヴァーグ」の音楽家、ジョルジュ・ドルリューの協力を得て、過去からの「鬱的なメランコリーな何か=悲劇のヒロイズム」、特に過去のフィルム・ノワール作品におけるそれを総決算した作品、そして、女性との恋愛では、愛を再生・復活させていく主人公や、友情に厚い正義のヒーローとして腐敗した政財界に挑んでいく主人公などの新しい境地に向かっていくために必要な作品だったと考えるようになったのです。

【>ドロン親子は死んだのでしょうか?
>ドゥルリュー
それは永遠にわからぬクエスティョン・マークですね。
それは観客の判断にゆだねているのです。しかし、ドロンは、父も子も死ぬことにしたかったのだと思いますよ。なにしろ、ドロンは、多くの作品のラスト・シーンで、死ぬことになっていますから。(笑)】
【キネマ旬報1976年12月下旬号No.697(「「ジョルジュ・ドゥルリュー「ブーメランのように」と映画の秘密を語る」<インタビュアー>ユミ・コヴァース、西村雄一郎】

 やはり、ジュルジュ・ドルリューは、十分にアラン・ドロンのこれまでの作品を熟知したうえで、『ブーメランのように』で自分の音楽での役割りを果たしていたのです。

 私は、『ブーメランのように』が、ジュルジュ・ドルリューの音楽も含めて、ジョゼ・ジョヴァンニ監督との三作品の中でも、アラン・ドロンの「フレンチ・フィルム・ノワール」作品としても、彼の未来の作品への真の熟成に向けて、傑出して重要な位置を占める貴重な作品だと思うようになってしまったのです。

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オリジナル・サウンドトラック盤(東映提供フランス映画「ブーメランのように」よりブーメランのように、愛のバラード)
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by Tom5k | 2015-03-08 01:44 | ブーメランのように(4) | Comments(4)

『ブーメランのように』②~「フレンチ・フィルム・ノワール」作品で描かれる父性~

 『ブーメランのように』のもう一つのテーマは「父性」を描いていることでしょう。
 「フィルム・ノワール」作品としては、これは「典型的」なテーマであり、その悲哀を描いた多くの傑作が生み出されているように思います。

 思い出されるのは、ビリー・ワイルダーが監督し、彼とレイモンド・チャンドラーが脚色した『深夜の告白』(1944年)です。
深夜の告白【字幕版】
/ パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン




「この映画の構図を決めている象徴領域と想像領域の間の亀裂は、キイズという人物において体現され、したがって、キイズは権威的な父親と、寛容な理想化された父親との、両方の役割を演じなければならない。映画の物語を解決と終結へと導いていくのは、キイズのような人間なのだ。権威的な父親として、キイズは法を代表しなければならず、ネフを警察に引き渡さねばならない。だが、理想化された父親としては、ナルシステイックにネフと互いに同化するという、抑圧されたホモセクシャリティの側面も残される。」
【引用~『フィルム・ノワールの女たち~性的支配をめぐる争闘』E・アン・カプラン著、水田宗子訳、田畑書店】

フィルム・ノワールの女たち―性的支配をめぐる争闘

田畑書店



 男は愛する女性と巡り会った結果、結ばれた愛の結晶としての子供が生まれ幸福な家庭が営まれていくように思います。家族の一員としての父親となって、それが男として生きる一般的な「幸福」と呼ばれるもののひとつなのかもしれません。
 しかし、その自然な営みがどうしてもうまくいかなくなったとき、その男の人生は多かれ少なかれ「フィルム・ノワール」になってしまうのではないでしょうか?

 アラン・ドロンの出演した「フレンチ・フィルム・ノワール」作品では、彼の敬愛する大スター、ジャン・ギャバンとバート・ランカスターが、彼に対しての父性を演じました。
 『地下室のメロディー』では頼りになる銀行強盗の親分、『暗黒街のふたり』では不遇の自分を最後まで勇気づけ、暖かく見守る犯罪更正の保護士をジャン・ギャバンが演じ、『スコルピオ』では、自分の信念を曲げることの出来なかった東側のスパイをバート・ランカスターが演じました。

 アラン・ドロン自らの父性を描いた「フィルム・ノワール」作品としては、『泥棒を消せ』での可愛い娘を愛する若い父親、『ビッグ・ガン』では愛する妻と息子を殺害された悲劇的な殺し屋、『ル・ジタン』では社会差別から社会に反逆し続けるロマ族の犯罪者、彼の最も愛していたのは幼い息子でした。
 明るいホームドラマとは相反するノワール系の作品によって、父親としての悲哀を描いた作品が多かったように思います。

 ジョゼ・ジョヴァンニ監督の作品で、彼の遺作となってしまった『父よ』については、素敵なブログ記事があります。
 オカピーさんのブログ『プロフェッサー・オカピーの部屋[別館]』の記事 映画評「父よ」 です。

父よ
ブリュノ・クレメール / / ジーダス





 この『ブーメランのように』でも、ジョゼ・ジョヴァンニ監督の演出により、アラン・ドロンは演技者とは思えないリアリティの強い存在となっています。愛する息子の父親としての憤り、本質的な苛立ちや絶望を体現しているのです。
 犯罪者である過去を隠して、血の滲むような苦しみを経て、現在の地位を築いたアラン・ドロン演ずるジャック・バドキン。それもこれもすべて愛する息子のためであったのに、ルイ・ジュリアン演ずる息子エディは犯罪者であった過去のジャック・バドキンに、父親という存在への憧憬を抱いてしまうのです。父親として最も還りたくないところであったにも関わらず・・・。

 アラン・ドロンが演じた父親像は、とうとう息子への愛情に対しての「絶望」を描くところまで行き着いたと言えるのではないでしょうか?

 それが最もよく表現された印象深いシークエンスがあります。

>バトキン
親父が自慢か?

>エディ
うん とても

 バドキンの溺愛する息子エディは、典型的な「バカ息子」といえましょう。
 そして、まさにそのとき、「カミナリオヤジ」としての彼の怒りが一気に爆発することになるのです。

>バトキン
エディ・・・
私は20年かかって今の生活を築いてきた
最初の10年は暗い過去を負っていたからひどい苦労をした
憶い出すよ
20歳前にポーランドから移住して炭坑で働いたんだ
お前にはそんな思いをさせたくなかった
せめて人並みの明るいところで暮らせる人間にと
自分が昔そうじゃなかったからな・・・
私は懲りたんだ
ボスなんて呼ばれるより
本当の権力が欲しかった 何故か分かるか?
お前のためだ
バトキンの名を誇りにしてほしかったからだ
留置場の中や前科者たちの間でじゃない
間違えるな
私はお前のために働いてきた
お前を楽させるためにがんばってきたんだ
その結果がこれか?
息子がヤクをやって警官を殺し
親父の過去を讃美する
お前にだけはきれいなからだでいてほしかったんだ・・・私のかわりに
今となってはもう遅いが
忘れるんじゃないぞ
いいな


 わたしには、アラン・ドロン=ジャック・バドキンの絶望の深さを推して図ることができるような気がします。

 アラン・ドロンは俳優・スター、そして映画のプロデューサーを始め、実業家として成功したブルジョアジーです。しかし彼の元来の生育歴は貧しく、学歴もない下層の市民でした。実際の彼も自身の演じた『太陽がいっぱい』のトム・リプリーや、『悪魔のようなあなた』のピエール・ラグランジュであったのです。
 そして、今では「映画産業」始め多くの事業の成功者となり、実生活ではフィリップ・グリンリーフやジョルジュ・カンポに成り切ることができ、立派な生き方で生活できるようになりましたが、消せない過去の亡霊に、いつまでも取り憑かれてもいたのかもしれません。
 その象徴的とも言えるキャラクターが、このジャック・バドキンだったのではないでしょうか?

 更に、この『ブーメランのように』がリアリスティックの極みであると思うのは、後年、ドロンの愛息アントニーが、この作品のエディと同様に刑事訴訟の対象者となってしまったからなのです(殺人を犯して死刑囚となったわけではありませんが)。
 また、アラン・ファビアン・ドロンも2011年に、スイスの自宅で、親不在の際に開催したパーティで少女に重傷を負わせる発砲事件を起こしてしまいました。
 これは、リアリズム作品というよりアラン・ドロンのドキュメントであるかのような作品であり、しかも、それは未来までをもノン・フィクションで描いているかのようです。

 彼の父性は、過去と現在、未来までをも、「引き裂かれた自身の人生」に投影されたものであったのでしょう。

 もしかしたら、それが「父親」というものの標準的で典型的な在り方なのかもしれません。

 想えば、「ヌーヴェル・ヴァーグ」の左岸派に属するアニエス・ヴァルダ監督は、映画100年の記念映画である『百一夜』で、ルキノ・ヴィスコンティ監督やミケランジェロ・アントニオーニ監督の「ネオ・リアリズモ」作品から離れてしまったアラン・ドロンをシビアに批判したシークエンスを映画史の一部としてシンボリックに描いていたように思えます。

 しかし、この『ブーメランのように』では経営する運送会社の現場、工場の現業職の労働者たちと経営者バドキンとのシチュエーションが非常に印象深いものなのです。

>現業職の労働者
工場は噂を信じませんよ

>バドキン
噂ではない 本当のことなんだ

>現業職の労働者
関係ありませんよ

>バトキン
コーヒーをありがとう 君のことばもうれしかった・・・

【引用~セリフは「キネマ旬報1976年12月下旬号、『分析採録 ブーメランのように』(分析採録 大久保賢一)より】

 わたしは、アニエス・ヴァルダ監督に、このシーンを再度、観てもらい、『百一夜』の編集を更正して欲しいとまで思ってしまいます。美しい人間同士の信頼関係が、このような下層の工場労働者たちとしか創り出すことができないことを、成功者アラン・ドロンはちゃんと知っているのです。

 おのれの美しい生き様は、このシークエンスに集約されていたはずなのに、愛息にその真実を伝えきれなかった父親・・・としての自分・・・。
 残念でなりません。


 そして、親子の逃亡が残酷にも不成功となるラスト・シーンのフリーズ・ショットに想い被さってしまうクラシック作品の数々・・・。
 アラン・ドロンが最も敬愛した父性、ジャン・ギャバン。わたしには、この作品が彼の主演した「詩(心理)的レアリズム」の代表作品群へのオマージュとも感じられ、特に映画史的傑作であるジャン・ルノワール監督の『大いなる幻影』のラスト・シーンを、悲劇のペシミズムとして描いたようにも思えるのです。
大いなる幻影
/ ジェネオン エンタテインメント






 そして、リアリズム作品の名女優シュザンヌ・フロンに拒絶され、「詩(心理)的レアリスム」の名助演俳優シャルル・バネルが、彼に対しての父性を演じたことも・・・。
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by Tom5k | 2007-02-18 22:32 | ブーメランのように(4) | Comments(8)

『ブーメランのように』①~貧困・犯罪・差別からの逃亡と挫折~

 『ブーメランのように』は、アラン・ドロン主演の作品としても、ジョゼ・ジョヴァンニ監督の作品としても地味で話題の少なかった作品であるかもしれません。
 しかしこの作品は、数え切れないほど過去の多くの映画で描かれてきた「貧困、もしくは犯罪や差別(特に犯罪の前科)からの逃亡、差別に追われる恐怖」などの「典型的」なテーマがに如実に象徴されている作品であるようにも思えます。
 それは、人間の生活や生きる意味を考えさせられることから、ソビエト映画芸術のリアリズムが目指していた「典型的な環境における典型的な人間を描け」というエンゲルスの芸術論を思い出させます。

 ジョゼ・ジョヴァンニ監督の生々しいリアリズムと、アラン・ドロンのスター性、そして社会矛盾に対する告発を稀代のスター・システムから描き出していった作品であることも、やはり「典型的」であることの特徴と言えますし、彼らの『暗黒街のふたり』や『ル・ジタン』と較べても、それが最も顕著に表現されている作品であるような気がします。

 アラン・ドロンの代表作品の多くにいつも現れてくるのは、異なる自分を追い求める分裂した人格、そして引き裂かれた人格です。
 彼はデビュー当時、フランスの暴力団の代表ともいえるメメ・ゲリーニと懇意であったと言われていました。1968年には、自分のボディガードのステファン・マルコビッチ殺害容疑の重要参考人とされ、警察に召還されたことなどの経験も持っています。

 この作品のアラン・ドロンが演ずる主人公ジャック・バトキンも、明らかに自らの生き方を引き裂いて、現在の地位と名声、所得を築き上げた人物です。彼は過去に犯罪を犯した人物であり、現在の実業家としての立場とは全く異なる、社会への反逆者だった過去を持っているのです。

 多くのアラン・ドロン主演の作品が、この主人公ジャック・バトキンの過去とオーバー・ラップしてしまうことに驚いてしまいます。いつものことながら、ジャック・バトキンがアラン・ドロンなのか、アラン・ドロンがジャック・バトキンなのか、ドロンの演じているのは彼自身であるかのように、映画の主人公と完全に同一化しています。

 わたしは、ルネ・クレマン監督の『太陽がいっぱい』(1960年)が、この作品の原型のひとつとして挙げられるのではないかとも思っています?
 もし、原作どおりにトム・リプリーがフィリップになりすました完全犯罪を成功させたなら、将来このジャック・バトキンになっていたのかもしれません。

 ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の『悪魔のようなあなた』(1967年)も同様です。
 アルジェリア戦線に従軍し、帰仏した後は酒と女とバクチにしか興味のない素性のしれないチンピラである主人公ピエール・ラグランジュは過去の記憶を失っており、犯罪者に仕立てられようと仕組まれる被害者でした。しかし、自分がピエール・ラグランジュである記憶を取り戻し、ジョルジュ・カンポが殺害されていたことを知ったとき、彼は金と女に眼がくらみ、大富豪ジョルジュ・カンポになりすまそうとしました。
「わたしがジョルジュ・カンポです」
 警察に対して公然と偽証した途端でした。証拠物件が発見されて、全てが明るみに出てしまいます。
 両作品とも貧困な無産階級からの脱出劇が、あっという間に失敗してしまった作品でしたが、もし成功していれば、どちらの主人公も、この『ブーメランのように』のジャック・バトキンになっていたのではないでしょうか?

 逆にその成功例として、ジャック・ドレー監督の『太陽が知っている』(1968年)が挙げられます。
 主人公ジャン・ポールは恋人のマリアンヌの元愛人ハリーを殺害し、警察に対して平然と居直って完全犯罪を遂成し遂げます。
 これもジャック・バトキンの過去とダブりますが、ただ、わたしとしては、あのヒステリックな前妻のジャネットの過去をロミー・シュナイダー演じたマリアンヌに結びつけることは避けたい気持ちです。


 主人公ジャック・バドキンは、ルイ・ジュリアン演ずる溺愛する息子エディの罪を軽く出来ないことの大きな要因が、自分の過去の犯罪歴にあるにも関わらず、彼を救うために現在の成功した実業家としての地位を棄て、表題「ブーメランのように」のとおり、再び犯罪者に回帰してしまいます。
 アラン・ドロンは、このような過去の犯罪を充分に反省して、更正している人間に対する差別的な待遇を批判的なテーマにしている作品を既に撮っていました。それらは過去からの呪縛から逃れきれない悲劇的なテーマを描いたものでした。

 初めてのハリウッドでの「フィルム・ノワール」作品であるジャック・バール製作、ラルフ・ネルソン監督の『泥棒を消せ』(1964年)では、殺人事件の犯人の一人として、ヴァン・ヘフリン演ずるヴィドー刑事に執拗に付け廻されるヤクザ・ファミリーの一員を演じています。実際には無実であるにも関わらず、前科があるために犯罪者であると決めつけられ職を追われてしまいます。
 この作品は『暗黒街のふたり』や、この『ブーメランのように』の原点ともいえるハリウッド作品でした。しかもアラン・ドロンが演ずる主人公の名前はエディであり、『ブーメランのように』で犯罪を犯してしまった溺愛の息子の名前と同じなのです。

 ジョゼ・ジョヴァンニ監督の『暗黒街のふたり』(1973年)も、犯罪者としての前科から、それへの差別によって悲劇を迎える結末でした。『泥棒を消せ』では、最後にヴィドー刑事からの誤解は解けますが、この作品のミッシェル・ブーケ演ずるゴワトロ警部は最後まで執拗にアラン・ドロンが演ずるジーノへの疑いを解くことはありませんでした。
 一度、前科を持ってしまうと、それを充分に反省したとしても、周囲の差別感情から社会が逆に犯罪者の更正を阻んでしまうということを告発した作品です。過去の犯罪者としての烙印、そして実際に犯罪者であった事実から逃れることは極めて困難なことなのだと思います。

 
 過去の犯罪の前科からではありませんが、社会差別が原因の悲劇的テーマを描いた作品として、この『ブーメランのように』制作直後に、アラン・ドロンは代表作となったジョセフ・ロージー監督の『パリの灯は遠く』(1977年)を撮ります。
 主人公ロベール・クラインは、ナチスのユダヤ人への差別施策を利用してユダヤ人から美術品を安く買いあさる悪徳の美術商でした。誤ってユダヤ人と間違えられた彼は、その同姓同名のユダヤ人クラインに不思議な魅力を感じてしまい、自ら望んで彼を追い求めてしまうのです。その結果、彼はアウシュビッツのユダヤ人強制収容所に送られてしまうという結末でした。
 これは差別に向き合うことで、差別されている側に接近していく異常な状況を描いた作品でしたが、アラン・ドロンの分裂した二面性のキャラクターを全面に開花させての代表的な一大傑作となりました。

 これらの作品群から感じられるアラン・ドロンの変身願望の居直りには、意識的なものか否かは別として、若い頃に多くの影響を受けたルキノ・ヴィスコンティ監督からの教示があったように思います。ヴィスコンティ監督もまた貴族、ブルジョアジーでありながらも、無産階級の立場に立ったコミュニストで、引き裂かれ分裂した人格の所有者であったからです。

 社会の差別意識に追い廻されたり、犯罪や貧困の過去から逃亡しようとするテーマは、アラン・ドロンの作品ばかりではありません。
 ハリウッド作品でも、フリッツ・ラング監督でヘンリー・フォンダが主演した初期「フィルム・ノワール」作品である『暗黒街の弾痕』(1937年)が同様のテーマでした。主人公は、前科者であるが故に職を得られず、無実であるにも関わらず、銀行強盗殺人の嫌疑をかけられ脱走犯となって悲劇的な結末を迎えてしまいます。
 またしても、この主人公の名前もエディと言います。ここまで来ると、わたしには偶然とは思えず、こういう犯罪者の名前には「エディ」を使用することになっているのではないか?とまで考えてしまいます。
暗黒街の弾痕(トールケース仕様)
/ アイ・ヴィー・シー





 実存主義文学者フランツ・カフカの原作で、オーソン・ウェルズが監督・脚本・助演した『審判』(1963年)でも、アンソニー・パーキンス演ずる主人公ヨーゼフ・Kが、実にまわりくどい苦悩と不安に挽きづり回されて、常に不条理な罰則を受け続け、とうとう最後には処刑されてしまうという不条理の世界を描いています。
 Kは、その罪を自覚できずに、いや罪など元々無く、その審判の理由も知らされることがありません。そして、彼がその苦悩と不安から逃げれば逃げるほど、そのこと自体が罰則となってしまうわけです。
 最後に彼は死刑執行人の手によって処刑されてしまいます。初めから死が明白であり、単にそれが引き伸ばされていたに過ぎなかったという人の人生のメタファーが、他の何かの存在によっての死の執行であるとの解釈が、カフカ的テーマの理解として妥当なのかもしれません。
審判
/ アイ・ヴィー・シー





 アルフレッド・ヒッチコック監督の『間違えられた男』(1956年)も、抽象的な題材である『審判』のテーマを現実的なストーリーにしたような恐ろしい作品でした。
 ヘンリー・フォンダ演ずる主人公マニイ・バレストレロが、妻の歯の治療費を借用しようとして訪れた保険会社で、以前そこに押し入った強盗犯人と間違えられてしまい、警察に嫌疑を懸けられ連行されてしまう冤罪事件をテーマにしたものです。
 更に恐ろしいことに、これはノン・フィクションであるのです。
間違えられた男 特別版
/ ワーナー・ホーム・ビデオ





 内田吐夢監督の『飢餓海峡』(1964年)も過去の貧困、そして犯罪からの逃亡が最後には挫折してしまうリアリズムの大傑作です。これに関わっては素晴らしいブログ記事がいくつもありますのでご紹介いたします。

 ジューベさんのブログ『キネマじゅんぽお』の記事
  「『飢餓海峡』 ~狭間にできてしまった奇跡~」
  「それぞれの『飢餓海峡』 ~水上勉と内田吐夢~」  

 viva jijiさんのブログ『映画と暮らす、日々に暮らす。』の記事
  「飢餓海峡」

 用心棒さんのブログ『良い映画を褒める会』の記事
  「『飢餓海峡』(1965)内田吐夢監督の最高傑作であり、全邦画中でもベスト3に入る作品。」

 にじばぶさんのブログ『にじばぶ日記』の記事
  「飢餓海峡」

 HOGHUGさんのブログ『HOGHUGの日記』の記事
  『飢餓海峡』 1965年 日本」


飢餓海峡
三國連太郎 / / 東映






 実話を元にした冤罪事件を扱った今井正監督の『真昼の暗黒』(1956年)、松本清張の原作で野村芳太郎が監督した『砂の器』(1974年)、アーサー・ペン監督でマーロン・ブランド、ジェーン・フォンダ、ロバート・レッドフォードが共演した『逃亡地帯』(1966年)、スタンダールの原作をクロード・オータン・ララが監督し、ジェラール・フィリップがジュリアン・ソレルを演じ、ダニエル・ダリューがレナール夫人を演じた『赤と黒』(1954年)、モンゴメリー・クリフト、エリザベス・テーラー、シェリー・ウィンタースが共演した『陽のあたる場所』(1951年)なども不条理で安易な差別意識の告発、犯罪・貧困からの逃亡の挫折を描いた作品でしょう。
真昼の暗黒
/ ビデオメーカー




砂の器 デジタルリマスター版
松本清張 / / 松竹





逃亡地帯【字幕版】
マーロン・ブランド / / ソニー・ピクチャーズエンタテインメント




赤と黒
ジェラール・フィリップ / / アイ・ヴィー・シー





陽のあたる場所 スペシャル・コレクターズ・エディション
モンゴメリー・クリフト / / パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン





 一貫して同様のテーマを描き続けている作家としては、ハリウッドのスティーブン・スピルバーグ監督が挙げられます。彼も常に不条理な理由によって、何かに追われる恐怖を描き続けてきた作家といえましょう。
 『激突』(1972年)、『ジョーズ』(1975年)、『E/T』(1982年)、『ジュラシック・パーク』(1993年)、『シンドラーのリスト』(1993年)、『宇宙戦争』(2005年)などは、エンターテインメントの典型であっても、そのテーマの背後にあるものは被差別者に襲いかかる恐怖と闘い続けなければならないスピルバーグ監督の不条理観そのものなのではないでしょうか?
激突! スペシャル・エディション
デニス・ウィーバー / / ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン





ジョーズ
ロイ・シャイダー / / ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン





E.T. (1982年版)
ヘンリー・トーマス / / ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン





シンドラーのリスト スペシャルエディション
リーアム・ニーソン / / ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン





ロスト・ワールド / ジュラシック・パーク [SUPERBIT(TM)]
スティーブン・スピルバーグ / / ソニー・ピクチャーズエンタテインメント






宇宙戦争
トム・クルーズ / / パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン





 前述した以外にも、まだまだ多くの同テーマの作品があるように思います。このように人間社会における「不条理」というテーマが製作国や時代、作風を超えて作られ続けている事実から確認できることは、映画史上のひとつの典型的なセオリーとなっているように思うわけです。

 また、アラン・ドロンの敬愛するジャン・ギャバン主演の作品や、戦前のフランス映画「詩(心理)的レアリスム」の代表作群も追われる者の悲劇を描き出した作品が実に多く、ジョゼ・ジョヴァンニ監督とアラン・ドロン製作・主演の作品はフランス映画の伝統を受け継ぐ系譜を持った作風であったと言えましょう。


 アラン・ドロンは映画俳優・映画スターから逃亡し、『ハーフ・ア・チャンス』での引退という形をとったわけですが、今、再び“ブーメランのように”香港ノワールの巨匠ジョニー・トー監督で「フィルム・ノワール」作品に回帰しようとしています!
 やはり世界中の映画ファンは、彼の「フィルム・ノワール」の俳優・スターという前科?以外の生き方を許してはいないと言えるのかもしれません。

micchiiさんのブログ『愛すべき映画たち』
「アラン・ドロンVSラム・シュー、世紀の対決実現か!?」
takagiさんのブログ『Virginie Ledoyen et le cinema francais』
「ドロンの香港映画!」
ミユミユさんのサイト「French Mania フランス映画通信」フランス映画最新情報
アラン・ドロンがジョニー・トー監督の作品に出演
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by Tom5k | 2007-01-28 22:28 | ブーメランのように(4) | Comments(21)