『帰らざる夜明け』~ジャン・ギャバンを超えようとしたアラン・ドロン~

 戦後間もなくのフランスでは、ダシール・ハメットやレイモンド・チャンドラー、W.R.バーネットなどのアメリカ製犯罪小説のブームが起こり、1945年に、それはガリマール社から「セリ・ノワール(黒のシリーズ)」叢書として発刊されていきました。フランスのノワール作家として最も有名なのが、ジョルジュ・シムノンと言う作家であることは日本においても一般に広く知られていることですが、なかでも彼の原作のフランス映画への貢献は特筆に値することかもしれません。
 彼の作風における推理的なプロットもさることながら、犯罪者の内面やその背景にある暗部、闇の世界を犯罪の要因とするドラマ性が、多くの映画人たちの食指を動かしたのでしょう。
コンティネンタル・オプ―世界の名探偵コレクション〈10‐5〉
ダシール ハメット Dashiell Hammett 稲葉 明雄 / 集英社





フィリップ・マーロウ―世界の名探偵コレクション10〈10〉
レイモンド チャンドラー Raymond Chandler 稲葉 明雄 / 集英社





メグレ警視―世界の名探偵コレクション〈10‐6〉
ジョルジュ シムノン Georges Simenon 長島 良三 / 集英社






 映画化されたものとしては、
マルセル・カルネ監督、ジャン・ギャバン主演の『港のマリー』(1949年)
港のマリー
/ パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン





アンリ・ヴェルヌイユ監督、フランソワーズ・アルヌール、フェルナンデル主演の『禁断の木の実』(1952年)
クロード・オータン・ララ監督、ジャン・オーランシュとピエール・ボストのシナリオコンビ、ジャン・ギャバン、ブリジット・バルドー、エドウィジュ・フィエール主演の『可愛い悪魔』(1958年)
ジャン・ドラノワ監督、ジャン・ギャバン、ミシュリーヌ・プレール主演の『ギャンブルの王様』(1959年)
ギャンブルの王様
/ アイ・ヴィー・シー





ピエール・グラニエ・ドフェール監督、ジャン・ルイ・トランティニャン、ロミー・シュナイダー主演の『離愁』(1973年)
離愁
/ キングレコード





パトリス・ルコント監督、ミシェル・ブラン、サンドリーヌ・ボネール主演の『仕立て屋の恋』(1989年)(この作品は、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督、ミシェル・シモン主演の『パニック』のリメイクです)。
などがあります。
仕立て屋の恋
/ アミューズソフトエンタテインメント







 そしてジョルジュ・シムノンといえば最も有名なのが、メグレ警視のシリーズです。これらの多くも映像化され映画作品となっています。

はまり役のジャン・ギャバンのメグレ警視シリーズ、ジャン・ドラノワ監督の『殺人鬼に罠をかけろ』(1958年)、『サン・フィアクル殺人事件』(1959年)、ジル・グランジェ監督の『メグレ赤い灯を見る』(1963年)を代表に、
戦前には、
ジュリアン・デュヴィヴィエ監督で『モンパルナスの夜』(1932年)
ジャン・ルノワール監督で『十字路の夜』(1932年)
などが、映画化され有名です。
各国のTVシリーズとして、
フランスでは、
ジャン・リシャール主演の『メグレ警視』(1983年)
ブリューノ・クレメール主演の『新・メグレ警視』シリーズ(1991年~2000年)
メグレ警視 DVD-BOX 1
/ アイ・ヴィー・シー





アメリカでは、
リチャード・ハリス主演の『警視メグレ/上流階級の罠』(1988年)
日本でさえも、
愛川欣也主演での『東京メグレ警視シリーズ』(1978年)
などがありました。

 このように見てくると、ジョルジュ・シムノンの小説の映画化は、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督、マルセル・カルネ監督、アンリ・ヴェルヌイユ監督、ジャン・ドラノワ監督、クロード・オータン・ララ監督、等々。
 まさにフランス映画伝統の「詩(心理)的レアリスム」、そのなかでも特にノワール系の作品として、ジャン・ギャバンを主演にした作品が非常に多いことがわかります。

 ジャン・ギャバンは戦前において、日本で絶大な人気を誇った大スターです。彼は戦前のヒーロー像をシンボライズし、それを体現し続けたスターでした。
 そして、そのヒーローのほとんどは、脱走兵、ギャングのボス、殺人犯など社会のあぶれもの、そして犯罪を犯して追われ、逃げ続ける逃亡者でした。彼らのほとんどは、最後には追いつめられて悲劇的な死を迎えます。
 『地の果てを行く』のピエールは殺人を犯した逃亡者。
 『望郷』のペペ・ル・モコは官憲から逃げ回るギャングのボス。
 『霧の波止場』のジャンや『大いなる幻影』のマレシャル中尉は脱走兵。
 『獣人』のルイゾンは殺人を犯して自殺・・・・。
 『鉄格子の彼方』のピエールも情婦殺しの逃亡者。
獣人
/ ジェネオン エンタテインメント





鉄格子の彼方
/ 東映





 逃亡の過程でこれらのヒーローは、行きずりの恋をし、男同士の不思議な友情を育み、自分の自由を守ろうとします。決して自分を見失わない、恋愛にも友情にも一本気で男気のあるロマンティックなヒーローなのです。
 もしかしたら、だからこそ死を迎えることになってしまうのかもしれません。
【参考~「ジャン・ギャバンと呼ばれた男』(鈴木明著、小学館、1991年)、「ユリイカ 詩と批評1976年6月号~特集映画ヒーローの条件」(映画におけるヒーローと俳優 主としてフランス映画の場合 飯島正)】
ジャン・ギャバンと呼ばれた男
鈴木 明 / 小学館






 戦後にも、やはりフランスでヒーローが誕生します。そうアラン・ドロンです。彼はジャン・ギャバンとは異なる新しいヒーロー像を確立します。
 アラン・ドロンの演じたヒーロー像は、ジャン・ポール・ベルモンドとは異なり、時代をシンボライズした存在でした。
「ドロンはギャバンとはちがいさまざまな異質なヒーローを演じながら、ドロン=ヒーローとして一貫性をもっている。彼は舞台経験がほとんどないだけに、かえってそういう芸当もできるのである。またそういう自信には一時代まえのギャバンの自信とはちがった近代性がある。TVコマーシャルにでても一向平気なのもそのためだ。1968年に彼は、自分のガードマンだったマルコヴィッチが殺害された事件で、殺人の嫌疑さえかけられ、一時は俳優としての生命をうしないそうになったこともあったが、立派に彼はそれを生き延びた。ヒーロー=ドロンは無傷だった。当時彼はすでに常人ではなくヒーローそのものになっていたのである。」
【引用~「ユリイカ詩と批評1976年6月号~特集映画ヒーローの条件」(映画におけるヒーローと俳優 主としてフランス映画の場合 飯島正)】

 その外、飯島正氏は、当時のフランス映画の神話的ヒーロー(ヒロイン)として、ブリジット・バルドーを上げ、その特徴として彼等の私生活がそのヒーロー像と一体化している点をあげています。恋愛、スキャンダル、映画も含めた事業家としての生き方・・・マス=コミュニケーションの発達により、戦前のジャン・ギャバンの演じたヒーロー像とは異ならざるをえません。
 新型ヒーローは現代特有のものであり、彼等にはもう私生活と映画スターとしての境界線など無くなっています。そして非常にワイルドな個性により、あくまで反体制的であり、スキャンダラスな側面を持つ、大衆の興味や好奇心を一手に引き受けたヒーロー像であったわけです。
 アラン・ドロンのヒーローとしての存在は、戦前のジャン・ギャバンの演じた旧型ヒーロー像とこのような違いがあるのです。

 しかし不思議なことに、この『帰らざる夜明け』でアラン・ドロンが演じたのは、戦前の旧型ヒーロー像、すなわちジャン・ギャバンの演じた『望郷』のペペ・ル・モコや『霧の波止場』のジャンのように過去に犯罪を犯した逃亡者に非常に似通っているのです。
 アラン・ドロンの演じた主人公のジャンは、殺人を犯した逃亡者であり、逃亡中につかの間の恋愛や自由を見出していきますが、結局は抗いがたい悲運によって、追いつめられて最後に死を迎えることになるのです。
 更に 『帰らざる夜明け』は、ジャン・ギャバン主演作品の多くの原作となっているジョルジュ・シムノンの「クーデルク未亡人」を原作としたものです。

 そしてこの作品は、ジャン・ギャバンの多くの主演作品を手がけたマルセル・カルネの助監督を経て育成されたピエール・グラニエ・ドフェール監督の演出で制作されているのです。しかも当時の彼は、ジョルジュ・シムノン原作の多くを演出し、ジャン・ギャバン主演の『馬』(1970年)、彼とシモーヌ・シニョレが共演した『猫』(1971年)などを手がけていました。

 アラン・ドロンは、戦前の旧型ヒーローを現在に復古させるための、最適な題材と演出家に巡り会ったというわけです。

 しかも、この作品でアラン・ドロンの演じた主人公の名前は“ジャン”と言います。

※【後年、アラン・ドロンとは本作の外に、『個人生活』(1974年)や『Le Toubib』(1980年)の2本があります。1995年から2000年までの間には、メグレ警視のTV映画シリーズの演出や脚本を手がけていきます。】

 アラン・ドロンのデビュー当時からの「詩(心理)的レアリスム」作品への出演の系譜は、渡米前はもちろん、ハリウッドからの帰仏後にも、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の『悪魔のようなあなた』への出演の影響から『ジェフ』や『さらば友よ』が生まれ、更に『シシリアン』でのジャン・ギャバンとの再共演が『ボルサリーノ』や、この『帰らざる夜明け』へと繋がっていったのではないかと、わたしは考えています。
 更にそれは、ジョルジュ・ロートネル監督とミレーユ・ダルクとのコンビでの『愛人関係』で"彼女(ミレーユ・ダルク)の恋人"としての出演を果たしたこと、『個人生活』でのジャンヌ・モロー、『フリック・ストーリー』でのジャン・ルイ・トランティニャンとの共演にまで、直接的な影響を与え続けていったものであるような気がするのです。 
 ここにあげた作品の作風が戦前のフランス映画の傾向と実に良く似ていると、感じるのはわたしだけでしょうか?


 また、『帰らざる夜明け』には一般的な意味で、たいへん大きな話題性がありました。人気スターのアラン・ドロンと、大女優であるシモーヌ・シニョレとの初共演です。

 シモーヌ・シニョレは、アラン・ドロンのデビュー作品『QUAND LA FEMME S'EN MELE』(1957年)の監督であるイヴ・アレグレ監督と結婚しますが、1949年に離婚し、1952年にイヴ・モンタンと再婚します。私的生活においても、彼女の女優としての才能が常に開花するべく環境であったとはいえないでしょうか?大女優には、なるべくして成り得た人でしょう。

 彼女の代表作品の監督を列記してみると

 マックス・オフュルス監督(『輪舞』(1950年))
 ジャック・ベッケル監督(『肉体の冠』(1951年))
 アンリ・ジョルジュ・クルーゾー監督(『悪魔のような女』(1955年))
 ジャック・クレイトン監督(『年上の女』(1958年)カンヌ国際映画祭とアカデミー賞で主演女優賞受賞)
 コンスタンタン・コスタ・ガヴラス監督(『告白』(1969年)『七人目に賭ける男』(1965年))
 ジャン・ピエール・メルヴィル監督(『影の軍隊』(1969年))

等々です。

輪舞(ロンド)
/ ビデオメーカー





肉体の冠
/ ジェネオン エンタテインメント





悪魔のような女
/ ビデオメーカー





告白
/ ビデオメーカー





影の軍隊
/ ビデオメーカー





 大女優の大女優たる所以は、彼女がリアリズム作品にぴたりとマッチした市井の女優でもあったからかもしれません。

 また、彼女はデビュー当時、主演ではありませんが、『天井桟敷の人々』(1945年)と『悪魔が夜来る』(1942年)でマルセル・カルネ監督に使われています。そして、代表作の一本であるエミール・ゾラ原作「テレーズ・ラカン」の映画化作品である『嘆きのテレーズ』(1952年)で主役を務めた経験があります。フランス映画良質の伝統「詩(心理)的レアリスム」の典型的な監督、マルセル・カルネ作品への出演経験も持っているのです。
悪魔が夜来る
/ ビクターエンタテインメント





テレーズ・ラカン
エミール ゾラ Emile Zola 小林 正 / 岩波書店





嘆きのテレーズ
/ ジェネオン エンタテインメント





 アラン・ドロンがジャン・ギャバンの後を追うとき、ミレーユ・バランやミッシェル・モルガン、ダニエル・ダリューのようなタイプの女優と共演することが常道でしょう。わたしと、わたしのブログ交流の仲間であるプロフェッサー・オカピー氏などは、ミシェリーヌ・プレールが、最適だったのではないかとの意見を持っています。(ブログ「プロフェッサー・オカピーの部屋[別館]・映画評「帰らざる夜明け」コメント参照)
 しかし、彼女たちとはキャラクターの異なる新世代の「ヌーヴェル・ヴァーグ」の作家までもが認めていた演出家たちの下で演技を鍛え抜かれていたシモーヌ・シニョレを、彼は敢えて共演者としたのです。

 単にジャン・ギャバンの得意としていた作風をリメイキングするのみではなく、その要素から現在、何を加えるべき要素なのかを模索した結論が、シモーヌ・シニョレとの共演だったのではないでしょうか?このことこそ、『帰らざる夜明け』という作品の個性を、観る側に強烈に印象づける理由だったわけです。
 アラン・ドロンの大ファンであり、ブログAstay☆Astay☆Astayを運営されているAstayさんは、女性の立場から、シモーヌ・シニョレが演じたクーデルク未亡人の気持ちが手に取るようにわかるとの感想を持たれています。
【下記コメント(Commented by Astay at 2006-09-29 22:06) 参照】

 またもや、クラシックを新しい形で現代に甦らせたアラン・ドロン。戦後のヒーローであった彼が、ジャン・ギャバンその人までをも、超えようと欲し始めたように見えてしまうのは、わたしだけなのでしょうか?
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by Tom5k | 2006-09-25 01:46 | 帰らざる夜明け | Trackback(1) | Comments(13)