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『フリック・ストーリー』~ “古き良き時代” クラシックとアラン・ドロンの新境地~

 この作品の原作は、戦後の間もなくのフランスで実際にあった犯罪記録をノン・フィクション小説としたものです。その原作者のロジェ・ボルニッシュは、フランス内務省管轄の国家警察司法警察局の所管機関である刑事部に勤務していた実際の刑事でした。
 この機関は、アメリカ合衆国でいえばFBI、日本で言えば警視庁に対しての警察庁に近い部局であり、そういったことから、重大な事件が持ち上がるたびにパリ警視庁と双方で、ライバル意識が強く発生していたそうです。

 主人公ボルニッシュ刑事の直属の上司マルコ・ペラン演ずるビュシェーヌ部長が、ことあるごとに彼の尻を叩くのは、このことを意識してのことであることがわかります。

 1947年から50年までの3年間にかけてのロジェ・ボルニッシュ元刑事のエミール・ビュイッソンの犯罪捜査記録、その原作の映画化権を獲得し、作品をプロデュースしたアラン・ドロンは、主人公のロジェ・ボルニッシュ刑事に非常に共感を覚えていたそうです。彼は、単なるエリート国家公務員ではなく、アラン・ドロンと似て幼少の頃から貧しい家庭で育ち、それでも捻くれずに真面目に刑事という職を勤め上げた人物でした。

 わたしには、アラン・ドロンがこの刑事物語に強く共感し、ロジェ・ボルニッシュを尊敬していた理由が本当によくわかります。

 主演は、ジャン・ピエール・メルヴィル監督の遺作『リスボン特急』以来、2度目の刑事役、ロジェ・ボルニッシュ刑事を演ずるアラン・ドロンと、強盗や凶悪殺人の犯人エミール・ビュイッソンを演ずるジャン・ルイ・トランティニャンです。

 作品の技術的特徴としては、捜査と犯罪のシークエンスが交互に挿入されるクロス・カット構成で創られています。


 ボルニッシュ刑事は、大胆不適に数々の犯行を決行していくビュイッソンに関わる捜査上の失策のため、とうとうビュシェーヌ署長に左遷の配置換えを命ぜられてしまいす。

 犯人のエミール・ビュイッソンは、生涯に36件もの強盗殺人を実際に起こした犯罪者でしたが、作品中の初めに、ボルニッシュ刑事がクローディーヌ・オージェ演ずる婚約者カトリーヌに、彼の印象を語る場面があります。

>親父がアル中で盗みを教えたらしい 子供の時に
>だからまじめな生き方を知らない かわいそうな奴だ

 しかし、このように最初は、犯人の境遇に同情的だった彼も、左遷の配置換えを命ぜられてしまった段階では、優しい婚約者を話し相手にしているプライベートのひとときでさえ、犯人逮捕への闘志をむき出しにするようになっていきます。

>見てろ
と表情を強ばらせ、

>何を?
と優しく尋ねるカトリーヌを無視して

>ビュイッソンの野郎
と吐き捨てるのです。

 ここからは、全力で犯人逮捕に執念を燃やしていくスーパー刑事(デカ)の異名のとおりの本来のボルニッシュ刑事になるのです。

 また、このシークエンスを観るたびに、わたしはいつも
>この作品の原型がジャン・ギャバン主演のジョルジュ・シムノン原作のメグレ警視シリーズだったのではないだろうか?

という想いにとらわれるのです。

 それは、ジャン・ドラノワ監督の『殺人鬼に罠をかけろ』(1957年)で、ジャン・ギャバン演ずるメグレ警視が、自信を失って弱音を吐く場面や、殺人鬼の逮捕に本気で取り組む決意するときなど、ジャンヌ・ボワテル演ずる妻とのやり取りなどが、家庭でのリラックスした生活のなかで描かれていたことを思い出してしまうからなのです。

 この作品中でもボルニッシュ刑事が、婚約者カトリーヌに弱音を吐くシーンや、思わず八つ当たりをしてから謝る場面など、彼の精神環境が、彼女とのやり取りの中において随所に挿入されています。

 更に、『地下室のメロディー』(1963年)の後、引退を表明していたジャン・ギャバンが、ジル・グランジェ監督の『メグレ赤い灯を見る』(1963年)で、再び映画に返り咲いたことも、アラン・ドロンが『アラン・ドロンのゾロ』で引退を表明し、この『フリック・ストーリー』で引退を笑い飛ばし、

>やっぱり、デカでやめるわけにはいかない。
とジョークを交えて答えた、そんな作品の背景まで、ジャン・ギャバンのメグレ警視シリーズからの“流転”を感じてしまうのです。


 そういった勝手な想像を別としても、この作品はジャン・ギャバンが好んで演じた刑事が主役の典型的な「フレンチ・フィルム・ノワール」作品であることは間違いのないことです。


 さて、映画の冒頭ですが、ロジェ・ボルニッシュが出勤する途中、彼の歩く足下をクローズ・アップで映し出し、クロード・ボーランのテーマ曲が流れるファースト・シーンから、ボルニッシュ刑事のヴォイス・オーバーで物語が始まっていきます。
 実にクラシカルな導入で、とても魅力的なファースト・シークエンスです。

 もうひとりの主人公、ジャン・ルイ・トランティニャン演ずる凶悪犯人エミール・ビュイッソン。

 彼の残虐性は尋常ではありません。
 殺人行為の緊迫した表現が最高潮にまで達しているシークエンスは、酒場のアコーディオン奏者ティボンを暗殺するときのカメラ技術でしょう。
 ジャン・ルイ・トランティニャン演ずるビュイッソンのライティングされた眼にクローズ・アップし、彼の無表情が舞台上のティボンの恐怖に引きつった表情とが交互にクロスカッティングされるのです。

 そして、ブルジョア階級の集まる高級レストランでの、金銭、宝石の強奪時の逃走から、追跡してきた警官を射殺するショットや、仲間の裏切りに怒り心頭して虐殺するシーンなど・・・。
 更に、思わず目を覆ってしまうのは、彼が強盗後に何の罪もない被害者を簡単に撃ち殺してしまうシークエンスです。

 アラン・ドロンが過去に演じてきた殺し屋に通じるものも多くありますが、さすがにそこまで強い陰惨を極めてはいなかったように思います。この主人公は、あまりに残虐非道です。


 クロディーヌ・オージェ演ずる婚約者カトリーヌの登場場面には、常にクラシック“古き良き時代”を思い起こさせるシーンでインサートされています。
 エミール・ビュイッソンの犯罪記録を把握するために、過去の事件調書を自宅で読まなければならなくなったボルニッシュに

>「肉体の悪魔」を見に行く約束よ

と、デートがお流れになってしまった不満を漏らします。

 1947年、「詩(心理)的レアリスム」戦後第2世代クロード・オータン・ララ監督、ジェラール・フィリップ、ミシェル・プレール主演『肉体の悪魔』(レイモン・ラディゲ原作、ジャン・オーランシュ&ピエール・ボストのシナリオ)のことでしょう。

肉体の悪魔

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 また、ラスト・シークエンスでのカトリーヌの犯人逮捕の際の大活躍は特筆すべきでしょう。

 彼女は、ビュイッソンが潜んでいるラ・メール・ロワ旅館で、旅館を訪れる出張中の病院関係者に変装したボルニッシュ刑事一行に加わり、殺人鬼ビュイッソンが好んでいるエディット・ピアフの『バラ色の人生』をピアノ演奏し、彼を油断させて自分たちが医師一行団であると信用させるのです。

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 この婚約者カトリーヌは、その名前からもジャン・ピエール・メルヴィル監督の『リスボン特急』で初めての刑事役に挑んだアラン・ドロンと共演したカトリーヌ・ドヌーブを思い起こさせます。

 『リスボン特急』で、彼女が演ずるカティは夫を裏切り、アラン・ドロン演ずるコールマン警部と逢い引きを重ね、更に、強盗一味のボスである夫の片棒を担いで、平然と殺人を犯す女性でした。夫を射殺した恋人コールマン警部の視線に目を伏せざるを得ない生き方をしていたのです。

 しかし、この作品のカトリーヌは、恐ろしい殺人鬼ビュイッソンの視線にも決して目を伏せず、しっかりと、そして凜とした表情で彼を凝視できる女性です。

 彼女にとっては、ビュイッソンは、最も愛するロジェを苦しめた憎き殺人犯でしかなく、まして折角、楽しみにしていたロジェとのデート、クロード・オータン・ララ監督の『肉体の悪魔』を見逃さざるを得なかった元凶だったわけですから。

 ビュイッソンにとっては、残念ながら最悪のファム・ファタル(悪女)となってしまったようです。

 このように『フリック・ストーリー』では、彼女は、常にボルニッシュ刑事に慎ましやかに寄り添い、彼を精神的に支える役割を担いました。

 カトリーヌを演じたのは、ボンド・ガールとして有名なクローディーヌ・オージェです。
 彼女は1959年のミス・フランスで、このころ彼女はアラン・ドロンが初めて主演し、婚約者ロミー・シュナイダーを得た『恋ひとすじに』を監督したピエール・ガスパール・ユイと結婚していました。
 この『フリック・ストーリー』の制作中には、監督ジャック・ドレーと恋人だったそうです。
 アラン・ドロンとの共演はこの作品のみですが、この共演には何か必然のようなものがあったような気もします。

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 そして、何と言っても、この作品の最大の話題は、アラン・ドロンとジャン・ルイ・トランティニャンの初共演でしょう。

 ジャン・ルイ・トランティニャンは、当時のジャン・ポール・ベルモンドやアラン・ドロンと同等の人気を誇るスター俳優でした。フランスのファッション雑誌「ヴォーグ」誌の人気投票では彼らを抑えて、1970年代の数年間は1位を譲らなかったそうです。

 彼が、人気スターとしての地位を揺るがぬものにしたのはクロード・ルルーシュ監督の『男と女』(1966年)であることは、今更説明するまでもないことでしょう。

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 また、彼の女性遍歴は着目に値します。
 ロジェ・ヴァディム監督の『素直な悪女』(1956年)で共演したブリジット・バルドーと同棲の経験を持ち、

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その後「ヌーヴェル・ヴァーグ」カイエ派の巨匠クロード・シャブロル監督の作品には欠かせなかった女優ステファーヌ・オードランと結婚し、

その離婚後、『哀しみの終わるとき』などの映画監督、ナディーヌ・トランティニャンと結婚、

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そして、彼女の監督作品『恋びと』(1968年)では、ミッシュエル・ピコリと共演しまし、その作品はカンヌ映画祭のパルム・ドール作品賞にノミネートされているのです。

 彼のデビュー当時の出演作品の傾向は
フランソワーズ・サガン原作の『スエーデンの城』(1962年)ロジェ・ヴァディム監督、モニカ・ヴィッティ、ジャン・クロード・ブリアリ、クルト・ユルゲンス共演。

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ジャン・リュック・ゴダール、ロジェ・ヴァディム、クロード・シャブロルらが演出した『新・七つの大罪』(1962年)の第五話、ジャック・ドゥミーの脚本・監督、カメラはアンリ・ドカエ。

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『マタ・ハリ』(1965年)は、フランソワ・トリュフォー脚本、ジャンヌ・モロー共演。

『女鹿』(1968年)はクロード・シャブロル監督、脚本はポール・ジェゴフ。

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エリック・ロメール監督の『モード家の一夜』(1968年)等々

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 その多くは「ヌーヴェル・ヴァーグ」作品ですが、ジャン・ポール・ベルモンドと異なり地味で小作品を中心としたものだったようです。

 そして、彼は『フリック・ストーリー』の2年前の1973年、アラン・ドロンやジャン・ポール・ベルモンドとともに出演した『パリは燃えているか』のルネ・クレマン監督の演出で、今度は『狼は天使の匂い』に主演しています。

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 代表作の『男と女』の監督、クロード・ルルーシュ監督の『流れ者』(1970年)は、珍しく「フレンチ・フィルム・ノワール」作品で、その後ハリウッドのMSM作品エド・マクベイン原作の『刑事キャレラ10+1の追撃』(1971年)に出演します。

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 これらの経験から、ルネ・クレマン監督としては珍しいハリウッド20世紀フォックス社での『狼は天使の匂い』に抜擢されたのではないかと思われます。

 ベルナルド・ベルトリッチ監督の『暗殺の森』(1971年)などは、「フィルム・ノワール」作品としても優れていますが、「社会派」の作品として評価されるべき作品です。

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 同様に『危険がいっぱい』でルネ・クレマン監督の助監督を務めていたコスタ・ガブラス監督、イヴ・モンタン共演の『Z』(1969年)も「社会派」の作品としての代表作といえるでしょう。しかもカメラは、ゴダール組のラウール・クタールであり、ドロン組のレナート・サルヴァトーリも出演しているという豪華なメンバーです。

Z

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 「社会派」の「フィルム・ノワール」作品群、ルネ・クレマン監督、コスタ・ガブラス監督らの作品、これらの傾向は、アラン・ドロンの製作・出演していった作品から考えても、彼の嗜好に合致しそうなものばかりであるような気がします。

 しかも1973年のピエール・グラニエ・ドフェール監督、ジョルジュ・シムノン原作、パスカル・ジャルダン脚本、ロミー・シュナイダー共演『離愁』などは、スタッフ・キャストだけを見れば、まるでアラン・ドロンのアデル・プロダクションの作品のようです。

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 デビュー当時は、「ヌーヴェル・ヴァーグ」の小作品で活躍し、後に「社会派」「フィルム・ノワール」と地道に俳優としての力を付け、派手な作品で主役ばかりのアラン・ドロンやジャン・ポール・ベルモンドとは異なり、地味な秀作への出演や、助演に徹することも厭わない名優、その硬質なイメージとは裏腹に『男と女』や『離愁』などの恋愛ラブロマンスでも素晴らしい演技を見せていて、国際的にも人気スターとしての地位を確立していたジャン・ルイ・トランティニャン。

 彼は、中産階級の出身で法律学校を出ているインテリで、舞台で学んだ後に映画俳優になったそうです。演技を基礎から学んで身につけたインテリ俳優なのです。

 アラン・ドロンとしては、『ボルサリーノ』でのライバルであったジャン・ポール・ベルモンドをアデル・プロ作品に迎え入れたときとは異なり、嫉妬や羨望など全く起こりえないほどの尊敬と謙譲をもっての共演者の選定とオファーだったのではないでしょうか?


 さて、その二人の共演が実現した『フリック・ストーリー』は、クラシック・ムード満載で、クロード・ボーランの音楽やテオ・ムーリッスの美術、ジャン・ジャック・タルベスのカメラが素晴らしく、パリの裏町、そこに貼られているポスター、レストランやバー、地下鉄、売春宿、電車から見える雪景色、強盗に入った郵便局、事件現場の墓地、手動のガソリン・スタンド・・・等々。

 特に警察建物内の様子では、各室をつなぐ廊下、鑑識室の屋根のトップ・ライト、取調室、署長室、電話傍受室など、古い役所庁舎の雰囲気が良く出されていたセッティングでした。

 そして、ラスト・シーンの緊迫感みなぎる医師団一行の食事のとき、フランスでは最も権威のある文学賞であるゴングール賞、その候補作品「エバングル伍長」の話題の挿入なども時代を感じさせる要素でした。

 この作品の全編には、このように、美しい郷愁を誘う“古き良き時代”が常に反映されています。
 そして、『ボルサリーノ』シリーズの傾向と同様に、「ヌーヴェル・ヴァーグ」傾向の要素を欠片ほども持たせておらず、「詩(心理)的レアリスム」に「犯罪記録のリアリズム」の要素を持たせた新しい「フレンチ・フィルム・ノワール」としての野心作であったように、わたしには思えたのでした。


 『フリック・ストーリー』は、わたしが小学生のときに父親と一緒に、初めて映画館で観たアラン・ドロン主演の映画です。父はアラン・ドロンなどは好きでも嫌いでもなく、単にわたしに付き合ってくれただけでしたが、何故、彼がいつものように犯罪者を演じず、刑事役であったのかが、不思議でしようがないようでした。
「いつもは、あの犯人がアラン・ドロンだろう?何で刑事なんだ?」

 アラン・ドロンは、この前作『アラン・ドロンのゾロ』を、最愛の長男アンソニーにせがまれて製作しています。そこには、彼が自分の映画人生を総括したようなシーンが挿入されています。
 登場人物の少年チコが
「人間は弱いか、悪いかで解放される価値がないんだ。」
と嘆く場面で、主人公ドン・ディエゴが、強くて正しいゾロになること決意する場面です。

 少年チコの言葉は、アラン・ドロン自身の想いだったのだと思います。
 出世作のルキノ・ヴィスコンティ監督の『若者のすべて』では、純真無垢ではあっても社会生活では無能に近く、気持ちの弱いロッコ・パロンディを演じました。
 ルネ・クレマン監督の『太陽がいっぱい』では、極貧からはい上がろうとして悪い犯罪ばかりを犯してしまうトム・リプリーがはまり役でした。

 しかし、ゾロを演じる決心をした彼はこう思ったのではないでしょうか?

 “ロッコでもトムでもだめなんだ。息子アンソニーのために、強くて正しいゾロにならなくては・・・。”

 このときに、強くて正しいアラン・ドロンは生まれたような気がするのです。

 しかし、『アラン・ドロンのゾロ』では、まだ、今までのように人格を分裂させなければなりませんでした。“ゾロ”という、もう一人の影の自分を創らなければならなかったのです。

 マルコヴィッチ事件のときの『太陽が知っている』、「ヌーヴェル・ヴァーグ」作品を意識して製作した『ボルサリーノ』、元妻ナタリーを引っ張り出したコメディ『もういちど愛して』等々。アラン・ドロンの新境地の開拓や転機には、必ずジャック・ドレー監督は一役買っていたように、わたしの目には映ります。

 この『フリック・ストーリー』でも、とうとう昔の弱い自分を捨てきり、新たな親友とも言える元刑事ロジェ・ボルニッシュ、犯罪者を追う強くて正しいその姿に自分を投影することが出来たこと、また、デビュー以来、数々の作品で分裂せざるを得なかった人格をようやくこの作品で統一することに成功できたこと・・・。
 ジャック・ドレー監督の演出はアラン・ドロンの新境地に一役買っていたような気がします。

 もうひとりの自分、実は弱くて、悪い、今まで自分が演じてきたような犯罪者エミール・ビュイッソンは、敬愛すべき同世代の素晴らしい名優ジャン・ルイ・トランティニャンが演じてくれました。

 わたしは、この『フリック・ストーリー』での尊敬できる人物ばかりの素晴らしいスタッフとキャストによって、新しいキャラクターを切り開くことに成功したアラン・ドロンに対して、惜しみない拍手を心から贈りたいと思ってしまうのです。

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オリジナル・サウンドトラック盤(東宝東和提供「フリック・ストーリー」よりフリック・ストーリーのテーマ、パリの裏町)音楽:クロード・ボラン
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by Tom5k | 2006-09-10 02:19 | フリック・ストーリー | Comments(21)