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『悪魔のようなあなた』~ジャン・リュック・ゴダールからジュリアン・デュヴィヴィエへの賛美~

 『悪魔のようなあなた』は、高速スピードで疾走している自動車内のドライバーの視点から、道路と風景を捉えていく緊張感の高いタイトル・バックから始っていきます。
 このファースト・シークエンスでは、自動車の疾走と病院内の様子を交互にクロス・カッティングさせていることで、ドライバーがすでに事故に遭遇していることを理解させます。それらはフラッシュ・バックによって、疾走する自動車と、医師、看護婦、医療器具や病院内の風景などとを、フレームセンター、および左右両端からのワイプやオーバーラップでつなぎ、特に自動車が衝突して転倒する瞬間は手術室内の照明器具からのオーバーラップによりディゾルヴします。
 しかも、すべて主人公当人の一人称の主観描写ですので、観る側は何も説明がなされていないにも関わらず、ドライバーの暴走運転に遭遇する感覚を体感することになるのです。
 実際の事故場面を撮影していなくても、冒頭から、これだけの緊張感、臨場感を演出しているジュリアン・デュヴィヴィエ監督のモンタージュ技術には脱帽してしまいます。

 更にアラン・ドロン演ずるピエール・ラグランジュが意識を回復するシーンでは、顔面を包帯でぐるぐる巻きにされたシーンから、彼の目のエクストリームのクローズアップを挿入した後、病室内の窓から見える風景、TV、病室内の壁面、看護士のクローズ・アップへと、やはり彼の主観描写でパンニングし、本人のクローズ・アップに戻します。
 見る側は、たったの数十秒の各ショットおよびカットによって、何が起こったのか、すべての状況が理解できるわけです。

 ジャン・リュック・ゴダール監督は23年後の1990年、同じくアラン・ドロンを主演にした『ヌーヴェルヴァーグ』の冒頭で、やはり主人公が自動車事故により、負傷して記憶喪失になったシークエンスを再現しています。具体的な場面をほとんど描かずに音響とモンタージュのカットの効果によって、観る側自らに事故の発生のイメージを喚起させているゴダール監督の演出にも感嘆せざるをえません。
 新旧フランス映画界の両巨匠の編集は、方法論の違いがあるとはいえ、映画を見る側への演出家としてのアプローチとして完璧な成功を達成していると言えましょう。両作品の同じようなシークエンスで主人公を演じることのできたアラン・ドロンは、実に幸せな俳優であったと思います。

 次に、妻は無事であったと担当医から聞いた後、ベッドで上半身を起こしているピエールの横顔を撮り、奥の花瓶の花をパンフォーカスによってピントを合わせ、彼の手の指輪と時計をクローズ・アップで写します。観る側が記憶喪失のピエールとともに“一体どんな女性が妻なのか?”と期待と不安を想起させる構成です。
 間を置かずしてセンタ・バーガー演ずるクリスティーヌが病室に現れます。自分の妻だというクリスティーヌは彼に軽いキスをし、やはり花瓶の花も同じアングルからパンフォーカスされています。その後、医師と話す彼女の身体の線から美しい脚にかけてをピエールの主観描写によりサーチ・アップでティルトさせ、にやけた表情の彼のクローズ・アップにカッティングするのです。妻と名乗るクリスティーヌに瞬時に魅了されてしまったピエールの表情へとカットさせた後、彼女の登場場面の魅惑的なクローズアップや、センタ・バーガーの女優としてのオーラも加わり、観る側のピエールへの感情移入の効果を更に高めます。

 今度はいよいよ舞台となる豪邸に移るのですが、やはり自動車で入ってくるピエールからの主観描写であり、屋敷を観る主観描写としてドリーにより森林に囲まれている屋敷の全景のロングショットに切り返しています。その邸宅が湖沼に映し出されている様子を撮り、まるでそれが幻であるかのような印象を抱かせます。
 邸内は独特の東洋風のインテリアの装飾が施されています。事故で記憶喪失となった主人公ピエール・ラグランジュは、ジョルジュ・カンポという香港に建設会社を持つ大富豪であるとの説明を受け、ブルジョアには全く不似合いな彼が、その生活習慣を持って物語を展開することになっていきます。

 これらの状況もジャン・リュック・ゴダール監督の『ヌーヴェルヴァーグ』で再現されており、主人公ロジェ・レノックスの慣れないブルジョア世界での生活と同設定です。
 激しい動的なリズムと静的な主人公への感情移入を観る側に与える両作品のこれらの導入部分は、映画ファンにとっては必見だといえましょう。

 異化効果とは、ドイツの劇作家、詩人、演出家であるベルトルト・ブレヒトの演劇論による理論ですが、無意識化における思いこみを、言葉や形態によって異質なものとすることで強いショックを与え、俳優の演じる役柄や物語の内容に対する鑑賞者の作品への同化をわざと妨げる演劇手法です。

 ジャン・リュック・ゴダール監督が、『勝手にしやがれ』(1959年)の中でジャン・ポール・ベルモントの演じた主人公ミシェルが会話をしているときに立っている位置が突然変わったり、突然、あるカットが他のカットに予告なしにジャンプしたりする方法で映画における異化効果を確立しました。この技術によってミッシェルの不可解で、行き当たりばったりの刹那的な生き方を表現したのです。【参考~『ヌーベルバーグ以後 自由をめざす映画』佐藤忠男著、中央公論社(中公新書)、1971年】

 ピエールは何度も妻クリスティーヌに迫りますが、彼女は寝台をともにすることを拒みます。それでも、彼女に
「健忘症でエッチで皮肉屋になったのね。愛しているからいいけど。」
と言われ、満足そうな笑みを浮かべるピエール。
 ピエールが物陰に隠れて聞き耳を立てていることを知りながら、フレディとクリスティーヌは芝居をします。以前のような乱暴で横暴な夫には戻って欲しくはないが、早く記憶を取り戻して、病気が回復してほしい妻の気持ちを悪人たちが、ピエールを騙すためにシナリオにしたのです。
「でも、近頃 私 彼が・・・。」とクリスティーヌ
「好きになりかけた?」とフレディ。
「ええ、そうらしいわ。」
 それを聞いたピエールは小躍りして歓び、部屋に戻ります。わたしはアラン・ドロンのファンとして、彼のこのうれしそうな表情を映し出したシーンに目を覆ってしまいました。こんなにカッコ悪くて情けない、しかも無邪気な彼をこれ以前の作品でも以後の作品でも見たことがありません。
 このように作品の前半では、記憶喪失の若者ピエール・ラグランジュを陥れようとすために、妻クリスティーヌ、中国人の下僕キエムや医師の友人フィリップが常にわざとらしい芝居を演じている様子を描写していきます。

 そしてピエールの過去の夢や、断片的な記憶の回復のショットを映画の基本ともいえるカット・バックによって描写し、主人公の不安定で動揺している心理を、画面フレーム内のアンバランスなアングルでの古典技法で表現しました。
 この映像技術は過去のジュリアン・デュヴィヴィエ監督の代表作『舞踏会の手帖』(1937年)で、主人公の社交界でのダンスパートナーの一人であったノイローゼ医師との邂逅場面で使用したショットと同様です。画面の水平線を傾け、画面を斜めにおいた対角線の構図で撮しており、カール・ドライヤー監督の『裁かるるジャンヌ』(1927年)やエイゼンシュタイン監督の『十月』(1928年)などの古典で、映画史上の大胆な実験としての技法を確立していった傾斜ホライゾンと言われるアングル・ショットの方法です。
舞踏会の手帖
/ アイ・ヴィー・シー





裁かるゝジャンヌ クリティカル・エディション
/ 紀伊國屋書店





十月
/ アイ・ヴィー・シー





 取り巻きの登場人物達の様子とは逆に、主人公ピエール本人の苦悶においては、冒頭での種々のカメラ技術、記憶回復や夢のシーンでの一人称の主観描写、フランソワ・ド・ルーペの謎めいた美しい音楽による心理描写のシーンなどによって、常に感情移入させられる演出が工夫されています。
 ピエールに対する周囲の殺意と、彼への感情移入の両面を同時に経験させてしまうジュリアン・デュヴィヴィエ監督の演出技巧は熟練であり、心理劇としては極めて優れたサスペンスを構成しているといえましょう。

 妻クリスティーヌに命を狙われ徐々に追いつめられていくピエールの様子は、犯罪の動機は別として、やはり『ヌーヴェルヴァーグ』での、妻エレナに殺害されたロジェ・レノックスと似通っています。サスペンスフルな構成を目的としていなかったとは思うのですが、エレナの殺意には強い緊張感を伴う強烈な印象を残しました。


 「ネオ・リアリズモ」の巨匠ルキノ・ヴィスコンティは、他の同系列の監督たちの例に漏れず、初期の『揺れる大地(海の挿話)』(1948年)で地元の漁師たちを俳優として使いリアルな映像作家として、そこに位置しました。
揺れる大地 海の挿話
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 ルネ・クレマン監督もフランス国有鉄道の労働組合のレジスタンス運動を描いた『鉄路の闘い』(1945年)で独自のリアリズムを描き出し、実際の俳優を使わず、つい数年前まで本当にレジスタンス運動をしていた鉄道労働者を俳優として使いました。
鉄路の闘い
/ ビデオメーカー





 俳優は演技者ではなくタイプ(「ティパージュ」の語源)という存在として必要であるという実践が、『戦艦ポチョムキン』(1925年)等、旧ソ連の大監督エイゼンシュタインは職業俳優を2・3人しか使わず、重要な配役にはカメラの前に立った経験のない素人ばかりを使いフィルムのモンタージュによって映画のリアリティを追求したのです。これらの傾向は、俳優を「ティパージュ(型、典型)」として位置付けた理論でした。
 ここから発展してきた「擬人映画(シネマ・アンスロポモーフィック)」は、素人も含めた出演者(俳優)に登場人物と同一化するような演技指導を施し配置するものとして、「ネオ・リアリズモ」の巨匠ルキノ・ヴィスコンティ監督に定義付けられました。

 アラン・ドロンが、ルキノ・ヴィスコンティ監督やルネ・クレマン監督のようなリアリズムの巨匠たちに気に入られた理由が、ここにあると思われます。彼はまさに『太陽がいっぱい』(1959年)での貧困の中で育った殺人犯トム・リプリーであり、『若者のすべて』(1960年)でのイタリアの南部出身の貧しい労働者ロッコ・パロンディであったわけです。つまり、職業俳優ではない実際の生活者を俳優として使っていた両巨匠のリアリズム作品に彼は最も適していた存在であったというわけです。
 両巨匠の描いたとおりに、映画デビュー前のアラン・ドロンの実生活は、貧しくすさんだものだったようです。幼少期から貧困な家庭で育ち、外人部隊でインドシナ戦線に従軍し、帰仏後は反社会的な若者となってしまっていたことなどが周知の事実となっています。
 巨匠たちにとってのアラン・ドロンは、美しい容姿と発散するスターとしてのオーラと、リアリズム作品に不可欠な素人に近い存在であったことを併せ持った不思議で興味深い俳優であったのではないでしょうか?

 ジュリアン・デュヴィヴィエ監督という巨匠の目から見ても、アラン・ドロンは可愛く無邪気で、血気さかんな青年でしかなかったのでしょう。ピエール・ラグランジュは、アルジェリア戦線に外人部隊として従軍し、帰仏した後は酒と女とバクチにしか興味のない素性のしれないチンピラでしかありません。そして映画デビュー前の彼も、この主人公と似たり寄ったりの生活をしていた若者でした。

 ピエールは自分が富豪ジョルジュ・カンポであるのか否かに悩み続けます。貧困の生活からドル箱俳優となったアラン・ドロンにとって、ピエール・ラグランジェの役柄は、演技を意識する必要が無いほどリアルな感覚で演じることが可能であったと思います。彼の不安と焦燥は、現実の俳優生活そのものの実体験であったはずなのです。

 ジュリアン・デュヴィヴィエ監督と同世代の巨匠ジャン・ルノワール監督の『ゲームの規則』(1939年)や『大いなる幻影』(1937年)、「ヌーヴェル・ヴァーグ」のカイエ派の一人であるエリック・ロメール監督の『獅子座』(1959年)などは、極端から極端に移動してしまった人間をその過程でドラマティックに描きだしました。
ゲームの規則
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大いなる幻影
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エリック・ロメール Collection DVD-BOX 1 (獅子座 / 六つの教訓物語)
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 アラン・ドロンという俳優も、映画でも実生活でも極端から極端へと常に移動し続けた俳優です。素人俳優として求められるリアルな演技者でありながら大スターであること、貧困の生活経験と映画スターとしての高額所得の獲得等々。
 『太陽がいっぱい』でのトム・リプリーとフィリップ・グリーンリーフ、『生きる歓び』(1961年)でのユリスとテロリスト、『黒いチューリップ』(1963年)でのジュリアンとギヨーム、『世にも怪奇な物語~影を殺した男~』(1967年)ウィリアム・ウィルソンとドッペルゲンガー、この作品でのピエール・ラグランジェとジョルジュ・カンポ・・・・。
 ルネ・クレマン監督、クリスチャン・ジャック監督、ルイ・マル監督、そして、このジュリアン・デュヴィヴィエ監督、後のジャン・リュック・ゴダール監督、フランス国内の偉大なる巨匠たちは、このアラン・ドロンの二面性、すなわち自らの分身を追い求めた極端から極端への移動を作品のテーマに持ってきていました。


 ジャン・リュック・ゴダール監督は、アルジェリア問題に関わっての社会派の作品『小さな兵隊』を1960年に完成させています。この『悪魔のようなあなた』の制作された1968年の前年、1967年には『ベトナムから遠く離れて』を撮り、いよいよカルチエ・ラタンの学生たちのデモンストレーションとともに政治的成熟を見せていくこととなりなす。その1968年5月には、パリ大学ナンテール校から発信した学生闘争がパリ市内にバリケードを築くほどの暴動となってフランス全土に拡がり「五月危機」に発展していきました。ジャン・リュック・ゴダール監督はすでに、この事件を予告するほど敏感にマオイズム(毛沢東理論)に傾倒した政治ディスカッションの作品、パリ大学ナンテール校を舞台とした『中国女』を1967年に創り出していたのです。
小さな兵隊 デジタル・リマスター版
/ ハピネット・ピクチャーズ





ベトナムから遠く離れて
/ コロムビアミュージックエンタテインメント




中国女
/ コロムビアミュージックエンタテインメント





 ジュリアン・デュヴィヴィエ監督は、この10年間、ゴダール監督ら「ヌーヴェル・ヴァーグ」のカイエ派からの批判を受けてきた戦前から戦後にかけてのフランス映画の良質の伝統「詩(心理)的レアリスム」の代表的な演出家です。しかし1962年に、彼はフランス映画オールスター・キャスティングの『フランス式十戒』(第6話アラン・ドロン主演)(1962年)によって、世評はどうあれ「ヌーヴェル・ヴァーグ」を子供扱いしました。

 中国人の下僕キエムの愛読書は「毛沢東語録」で、ピエールがふざけて付けた彼へのニック・ネームは「毛沢東」です。彼は、この『悪魔のようなあなた』でも、本当の意味での無産階級というものを知ろうとするならば、“アラン・ドロンを見よ”とゴダール監督のマオイズムに疑問を投げかけているようにわたしには見えてしまいました。“果たして「ヌーヴェル・ヴァーグ」諸君達の思想は、本当に本物なのか?マオイズム(毛沢東理論)などとは言っても、所詮は机上の空論としての理解しかできていないのでは?君たちの思想が本物ならば、このアラン・ドロンという俳優を見たときに、その本質は瞬時に理解できるはずだろう”と・・・。
 ジュリアン・デュヴィヴィエ監督は『フランス式十戒』と同様に、アルジェリア問題も社会的弱者である無産階級の擁護も、このアラン・ドロンという、映画における「ティパージュ」、彼が演じている「擬人映画(シネマ・アンスロポモーフィック)」を見ずして、所詮は中産階級のお坊ちゃんの似非の思想でしかないと、再び「ヌーヴェル・ヴァーグ」を嘲笑したのではないでしょうか?

 ジャン・リュック・ゴダール監督は五月危機の後、「ジガ・ヴェトルフ集団」を結成し、急進的な左翼映画の製作を目指して先鋭化していったものの、案の定1980年の『勝手に逃げろ/人生』で劇映画に復帰してしまいます。
勝手に逃げろ/人生
/ ハピネット・ピクチャーズ





 『悪魔のようなあなた』の結末では、富豪の妻クリスティーヌが愛人の医師フレディと共謀して夫ジョルジュ・カンポを殺害し、酒場で拾ったアルジェリア帰りの軍人の男ピエールを夫に仕立て、自動車事故に見せかけて殺害しようとする遺産相続をめぐる争いだったことが明かされます。
 自分がピエール・ラグランジュである記憶を取り戻し、ジョルジュ・カンポが殺害されていたことを知った彼は、クリスティーヌを罵倒し男女としての関係を強引に結びます。開き直ったピエールに魅せられたのか、一緒の生活のなかで彼に惹かれていったのか、クリスティーヌはピエールを拒みません。
 ピエールは、更にフィリップとキエムを殺害してしまったクリスティーヌと手を組み、彼女の犯した殺害の偽装に協力し、警察の目を欺こうとします。

 最後にピエール・ラグランジュが開き直っていく様子やクリスティーヌとの恋愛関係の変遷などは、『ヌーヴェルヴァーグ』でのリシャール・レノックスがエレナを殺害しようとした後に、彼女に救いの手を差し出し、愛を再生させた題材のヒントになっていたのではないでしょうか?

 ジャン・リュック・ゴダール監督の『ヌーヴェルヴァーグ』は、この『悪魔のようなあなた』のストーリーを基軸にして展開されており、極端にいえばリメイクであると言ってもいいのではないかとまで思えます。
 「ヌーヴェル・ヴァーグ」のカイエ派が徹底的に批判していった「詩(心理)的レアリスム」の巨匠ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の遺作であるこの作品を引用し、クリスチャン・ジャック監督、ルネ・クレマン監督、そしてこのジュリアン・デュヴィヴィエ監督の作品に出演していたアラン・ドロンを使って<『ヌーヴェルヴァーグ』>と名付けたジャン・リュック・ゴダール監督の真意はどこにあるのでしょうか?

 もしかしたら『ヌーヴェルヴァーグ』は、「詩(心理)的レアリスム」へのオマージュとしての意味を持った作品なのかもしれません。
 しかし、もしそうだとしても、それは一体何故なのでしょうか?

 ジュリアン・デュヴィヴィエ監督はこの作品で、前述したように無産階級の典型であるようなアラン・ドロンをファクターとして、ブルジョア社会への軽蔑と憎悪を露呈させたような気がするのです。
 このストーリーでのアラン・ドロン演ずるピエール・ラグランジュは、実は何も犯罪らしい犯罪を犯してはおらず、ブルジョアジーの間での醜い所有欲の犠牲になっているだけなのです。品性が低くて育ちも悪く、誇れるものは何も無く、世間の裏舞台を何も知らされていないある意味でイノセントなピエール・ラグランジュを描いたことで、無産階級は全く罪を犯してはいないことを比喩したという解釈も成り立つのかもしれません。ジャン・リュック・ゴダール監督がデュヴィヴィエ&ドロンを再評価し、自身を省みた理由のひとつが、ここにもあるような気がするのです。

 映画のラスト・シークエンスでは、金と女に目がくらんだピエールが
「わたしがジョルジュ・カンポです。」
と警察に対して公然と偽証します。その途端でした。自分を自殺に追い込もうとしていたテープ・レコーダーが発見され、全てが明るみに出てしまったのは・・・。
 無垢な労働者ロッコ・パロンディが、犯罪者トム・リプリーになった瞬間のことでした。

 23年後のジャン・リュック・ゴダール監督の自分への再評価や、未来の彼の成熟や自己批判など、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督は、この段階でとっくに見通していたのではないかとまで思えてきます。
 「ヌーヴェルヴァーグ」の若き改革者たちが絶賛していたもう一人の巨匠ジャン・ルノワール監督は「映画においては、すべての人間の言いぶんが正しい。」と主張しました。しかし、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督は正しいものと正しくないものを判別しています。それほど彼の映画には、何か確信のようなものを随所に感じることが出来るのです。

 残念ながら本作品の完成直後に、彼は自動車事故により他界してしまいました。映画が映画としての役割を果たしていた世代の偉大なる演出家ジュリアン・デュヴィヴィエ監督。再評価をもっと活発にしていくべきだと感じているのはわたしだけではないはずです。
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by Tom5k | 2006-07-31 11:35 | 悪魔のようなあなた | Comments(20)