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『スワンの恋』~マルセル・プルーストの世界~

失われた時を求めて〈2〉第一篇 スワン家の方へ〈2〉
マルセル プルースト Marcel Proust 鈴木 道彦 / 集英社





 マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』は全部で13巻7編から成っている大長編の小説ですが、これはヨーロッパでは、種々の観点での現代的意義をもって、身近な教養となっている文学の典型であるそうです。実存主義哲学者のジャン・ポール・サルトルの恋人であったシモーヌ・ド・ヴォーヴォワールもマルセル・プルーストは座右の銘であったと言います。

 そして、彼の作品は映画的要素を多分に持っていると言われ、多くの映画作家たちの食指を動かしました。しかし、現実に映画化の企画が持ち上がると、その実現は容易なものではなく、困難を極めるものだったようです。
 予算の上でも、プルーストの思想を映像化する困難性においても、映画を完成させるまで至れた作品は、このフォルカー・シュレンドルフ監督の『スワンの恋』まで待たねばなりませんでした。


 ジャン・ピエール・メルヴィル監督、ジャン・コクトー原作の『海の沈黙』や『恐るべき子供たち』に主演し、後に女流映画プロデューサー・映画作家となったニコール・ステファーヌが1962年に映画化権を取得し、多くの巨匠たちに企画を持ちかけたことも有名な逸話です。
恐るべき子供たち
/ ビデオメーカー





 彼女は、まずルネ・クレマン監督にこの企画を依頼しますが、フェデリコ・フェリーニ監督の作品を多く手懸けていたシナリオのエンニオ・フライアーノと意見が合わず、実現できなかったそうです。

 そして、ルキノ・ヴィスコンティ監督にあっては、スーゾ・チェッキ・ダミーコとの第4編「花咲く乙女たちのかげに」フランス語版脚本の完成(363頁、4時間)、出演者の配役の予定、パリとノルマンディでのロケーション地の予定、芸術家協会からの助成金での予算確保等、映画化の条件はほとんど実現可能なところだったにも関わらず、この作品を手懸けずに『ルードウィッヒ』のクランク・インに入ってしまったそうです。
ルードウィヒ 復元完全版 デジタル・ニューマスター
/ 紀伊國屋書店





 この脚本に関しては、日本でも筑摩書房から翻訳本が出版されています。
 なお配役は、マルセルがアラン・ドロン、モレルがヘルムート・ベルガー、オリアーヌがシルバーノ・マンガーノ、シャルリュスがマーロン・ブランドもしくはローレンス・オリヴィエ、アルベルチーヌがシャーロット・ランプリング、ナポリ女王がグレタ・ガルボでオファーする予定であったそうです。
 今となっては夢のまた夢ではありますが、完成していれば映画史上に残る傑作となったことはいうまでもないでしょう。
シナリオ 失われた時を求めて
ルキノ ヴィスコンティ スーゾ・チェッキ ダミーコ Luchino Visconti Suso Cecchi D’Amico 大条 成昭 / 筑摩書房





 ジョセフ・ロージー監督との企画では、演劇界でも有名な作家である『できごと』や『恋』で、彼と組んだハロルド・ピンターが脚本で参加していました。1973年には、5時間に及ぶシナリオを完成させていたそうです。残念ながら予算の都合で実現しませんでした。
できごと
/ ジェネオン エンタテインメント





 その後、彼女はフランソワ・トリュフォー、アラン・レネ、ルイ・マルなど「ヌーヴェル・ヴァーグ」の各巨匠たちにも企画を持ちかけたそうですが、すべて断られたそうです。

 彼女は1981年、いよいよ『三文オペラ』や『雨のしのび逢い』、『カルメン』などで有名なイギリスの映画監督ピーター・ブルックの賛同を得ることができました。彼は、「アヴァンギャルド」作品で名高いフランスのルイス・ブニュエル監督の作品を多く手懸けたジャン・クロード・カリエールと意見を一致させ、第2巻の第1編『スワン家の方へⅡ』及び、第2部『スワンの恋』のシナリオ化に成功します。
 しかし、彼は当時『マハバルタ』という作品の制作を手懸けており、その映画制作のために、3年もの間、拘束されてしまいます。

 マルセル・プルーストの原作の映画化を実現することを最も強く望んでいたジャン・クロード・カリエールは、『ブリキの太鼓』で一緒に仕事をした「ニュー・ジャーマン・シネマ」の旗手フォルカー・シュレンドルフ監督に、この企画を持ちかけて賛同を得ることに成功しました。そして、ピーター・ブルック監督との脚本をそのまま引き継いで、映画化することがようやく可能になったのです。
三文オペラ
/ バンダイビジュアル





雨のしのび逢い
/ ビデオメーカー





ブリキの太鼓
/ ハピネット・ピクチャーズ





 この作品の映画化までに、彼女が関わった映画監督を見てみると、自ら主演した作品の監督であるジャン・ピエール・メルヴィルを含めて、ほとんどがアラン・ドロンを主演にした作品を演出している作家たちばかりです。
 ジャン・ピエール・メルヴィル、ルネ・クレマン、ルキノ・ヴィスコンティ、ジョセフ・ロージー、ルイ・マル・・・・
 
 それはまるで、アラン・ドロン主演作品の監督史といってもいいくらいです。ここに彼が、この作品に出演する理由の最も大きい必然のひとつを、推測することができるのではないでしょうか?そして、フォルカー・シュレンドルフ監督は、ジャン・ピエール・メルヴィル監督の助監督を務めていた演出家でした。


 「失われた時を求めて」は全編にわたり一人称によって語られる小説ですが、この『スワンの恋』だけは三人称で語られ、独立した小説として成立していることは有名です。

 「フォーブル・サン・ジェルマン」は元来、セーヌ川左岸にあるサン・ジェルマン・デュ・プレの教会から西地区、下院のあったブルボン宮からアンヴァリードに至る一帯のことで、やがて、地区名ではなく貴族階級、つまり上流社会そのものを意味する言葉となっていきます。ゲルマント公爵夫妻の館はセーヌ川右岸フォーブル・サン・トノレ辺りのようですが、そういった意味からゲルマント公爵家は「フォーブル・サン・ジェルマン」の最高位の家柄と見なされています。

 主人公のジェレミー・アイアンズ演ずるシャルル・スワンは、アラン・ドロン演ずる友人のシャルリュス男爵とともにに、ジャック・ブーデ演ずるゲルマント公爵の館で催された音楽会を訪れます。
 そこでスワンは、シャルリュス男爵に恋人のオルネラ・ムーティ演ずるオデット・ド・クレイシーの昨夜の様子を聞きます。男色家のシャルリュス男爵となら何の心配もいらないとはいえ、オデットが彼と一緒だった昨日のことが気にかかってしょうがないのです。
 それにしても、男色家であるシャルリュス男爵は、すれ違う男性、すれ違う男性をみんな物色しています。そして、女性に対しては「乙女が頭に果物か。」などと揶揄するのでした。この辺りのアラン・ドロンの存在感は強烈です。

 スワンは、シャルリュス男爵にオデットを紹介されましたが、彼女はスワンの本来の理想の女性からは、ほど遠い女性でした。
「彼女の美しさには惹かれなかった。嫌悪さえ感じた。」
 しかし彼は、馬車の中でオデットが胸につけていたカトレアの花を直すために、彼女の胸に触れた瞬間からこの恋に夢中になってしまったのです。

 スワンは、裕福なユダヤ人株式仲買人の子息で、社交界の花形的存在です。芸術に造詣が深く、映画『真珠の首飾りの少女』(ピーター・ウェーバー監督 スカーレット・ヨハンソン、コリン・ ファース主演)でも有名になったフェルメールの研究家です。そして彼の後の夫人になるオデット・ド・クレイシーは上流階級や政財界の有力者などの上流社交界で仕事をしている高級娼婦(ココット)です。

 ゲルマント公爵邸での音楽会のシーンで、ファニー・アルダン演ずるゲルマント公爵夫人であるオリアーヌが、リストのピアノ演奏に陶酔し、身体をリズムにあわせて聞いているカンブルメール公爵夫人の様子を見て嘲笑する場面があります。
 そして、カンプルメール夫人もユダヤ人スワン、その恋人の娼婦オデットを軽蔑しています。
「教養ある男があんな女と・・・。」
「枢機卿まで出した名家にユダヤ人を招くとは。丸め込まれたのよ。きっと今に後悔するわ。」
 上流階級の人間関係がいかに、すさんだものであることが描かれています。

 演奏が終わりに近づいた時、帰宅しようとしたスワンはヴァントゥイユの音楽を耳にしたとたんに、そのヴァイオリンの音色に幻惑を憶えます。そこから、彼はオデットとの恋の想い出に浸っていきます。
 プルーストの小説で特徴的なのは、人間の「無意識的記憶」という現象を描いていることです。このシークエンスは、原作の「失われた時を求めて」での有名な一節、マドレーヌというお菓子を紅茶に浸して食べたときに、その味覚が少年時代の思い出を蘇らせる場面と同様に「無意識的記憶」を表現したシーンです。
 プルーストの小説が映画的であると言われている所以の象徴的な場面ですが、映画での古典技法フラッシュ・バックは、現在では特に珍しいものではないかもしれません。
 この作品のスワンのオデットとの恋の回想は、このようなフラッシュ・バックを中心として構成され表現されています。

 スワンが、ジャッキー・クラブのあるバガテルにオデットを迎えに行くと、彼女はジュフロワ・トリー演ずるフォルシュヴィル子爵とともに現われます。
 このときはフォルシュヴィル子爵が中座し、スワンはオデットを連れて、聖ルイの創設したブラン・マント街に住んでいるユダヤ青年と一緒にいたシャルリュス男爵と、お茶を飲み談笑します。
 シャルリュス男爵は、スワンとオデットがヴェルデュラン家に出入りしている話を聞き、ヴェルデュラン家に対する露骨な嫌悪を表します。

「あんなゴミ溜めに行くな。彼らにとって芸術は豚に真珠だ。金持ちだがバカさ加減はがまんならん。」

スワンはオデットの手前
「彼らはヴァントゥユやエルスチールを見出した。」
と言って彼女をかばいます。

 マルセル・プルーストの「失われた時を求めて」では、スノッブの生態が最も多く描かれています。それに対してのシャルリュス男爵のキャラクターはダンディズムを象徴させており、ここは非常に理解しやすいシークエンスでした。この辺りは、助演であるアラン・ドロンの独壇場です。
 
 ジャン・ルイ・リシャールとマリー・クリスチーヌ・バローの演ずるヴェルデュラン夫妻とともにオペラ座に出かけたオデットはフォルシュヴィル子爵とともに夫妻の主催した夜会に出席しています。
 サロンを主催する夫妻は、典型的な成り金ブルジョアジーで、わたしは、『山猫』のドン・カルジェロを思い起こします。彼女は貴族には相手にされないので、貴族達のことを「やりきれない連中」と呼んで軽蔑したふりをしていまいました。それは、まるで貴族に対するコンプレックスの裏返しの態度のように感じました。
 そして、彼女のサロンのメンバーは、確かにシャルリュス男爵が言っていたように品位のかけらもありません。わたしは彼らの品の無い会話の嗜好から、『太陽がいっぱい』のフレディを想起してしまいました。

 この映画では、丁寧に描かれているとまではいえませんが、スノッブというもののわかりやすい例を上げれば、まずカンブルメール公爵夫人が、その典型だと思われます。彼女はゲルマント大公夫人の邸に招かれるまでに15年の年月程度であれば、そのくらいの期間を費やしても惜しくはないと思っている暇人のスノッブであり、更には芸術に対しても同様にスノッブです。
 ショパンが古く、賞賛すべきはワーグナーとドビュッシーだと思っています。芸術においてのスノッブは常に新しい時代の流行に迎合します。
 また、一般的に貴族の称号のないブルジョアジーが上級貴族の仲間に加われずに閉め出されていることに関わって、羨望や嫉妬、虚栄をもっての俗物的なひけらかし、知ったかぶり、見栄を張ることなどの態度・言動などはスノッブの典型でしょう。

「どうしてプルーストは、このようにいじましく、けちくさく、見栄っ張りで、滑稽なスノブたちの生態を、これほど熱心に描いたのか。(~中略~)
 おそらくプルーストは、スノブの示す馬鹿げた浅ましい態度のなかにも、人間の普遍的な姿を見ていたのであろう。」【引用~『プルーストを読むー『失われた時を求めて』の世界』鈴木道彦著、集英社(集英社新書)、2002年】
プルーストを読む―『失われた時を求めて』の世界
鈴木 道彦 / 集英社






 これらスノッビズムに対照的なのが、前述した孤高の倒錯者と言われているシャルリュス男爵のダンディズムです。彼は第4編の「ソドムとゴモラ」で中心的な人物となりますが、この第1編『スワン家の方へⅡ』第2部『スワンの恋』でも重要な位置を占めています。

 イギリス国王ジョージ四世の皇太子時代に、ジョージ四世と親しかったジョージ・ブランメル(1778年~1840年)の傲岸さに用いられた「ダンディズム」という用語については、「悪の華」の詩集で有名なフランスの詩人シャルル・ボードレールが定義づけています。「精神主義やストイシズムと境界線上にある自己の崇拝する方法で独創性を追求する態度であり、革命期終了のすぐ後のまだ反封建的な風習の残っているの時代に現れる退廃期の英雄主義である。」

 誤った窮屈な社会を堂々と否定し、自己のアイデンティティを守るヒロイズムとも言えそうです。
悪の華
ボードレール 堀口 大学 / 新潮社





 プルーストの活躍していた時代は第三共和政の時期で、ダンディズムの時代はもう終わり、まさにスノッビズムの時代となっていました。プルーストが、その時代に敢えて登場させたのがシャルリュス男爵のキャラクターなのです。
 そういった意味では、「ヌーヴェルヴァーグ」の新時代に、すでに古典主義であった「詩(心理)的レアリスム」や「ネオ・リアリズモ」、「フレンチ・フィルム・ノワール」の映画体系で作品を製作、主演し続けたアラン・ドロンと、孤高のダンディズムの主人公シャルリュス男爵は、その生き方に多くの共通点が散見されます。
 この配役は、アラン・ドロンにとって、意外なはまり役だったといえましょう。

 スワンはオデットに彼女が女性と関係したことがあるのかと追求します。
「二度、三度、ずっと昔に・・・」と仕方なしに答える彼女。
 スワンはブドゥルー6番街に住むクロエという娼館を訪ねなさいという匿名の手紙を受けとり、はっきりオデットかどうかの確証はないまでも、上流階級の二人のレスビアンがそこを訪れたことを聞き出します。

 そして、再び、彼は初めてオデットが自宅にやって来た日のことを回想します。
 ここでも、またフラッシュ・バックの回想シークエンスです。
「彼女の美しさには惹かれなかった。嫌悪さえ感じた。」
と言っていたスワンは、オデットがボッティチェリの版画システィナ礼拝堂の壁画「エテロの娘チッポラ(ゼフォラ)」に似ていることに気づき、チッポラ(ゼフォラ)のイメージをオデットに重ね合わせます。馬車の上でのカトレアの花を直したときの狂おしい恋の始まりの理由がここにあるのです。

 ヴェルデュラン夫妻とともにオペラ座に出かけたオデットを追うスワン。オペラが終了した頃すでに彼女の姿はなく、彼は彼女の居そうな場所をしらみつぶしに探しまわるのでした。やっと探しあてた彼女は、フォルシュヴィル子爵とともにヴェルデュラン夫妻の主催した夜会に出席しています。
 自分を探してくれたスワンに対しては、さすがにうれしそうなオデットです。ふたりはヴァントゥイユのソナタを聴きながら恋の陶酔に酔います。

 しかし、ゲルマント家に出入りしているスワンに対する嫉妬も手伝っているのでしょうか。ヴェルデュラン夫妻たちはスワンを除け者にしてオデットだけを旅行に誘います。そして、オデットでさえも、嫉妬深く高圧的なスワンを鬱陶しく思い、とうとう夜会の帰り際には、彼女は彼と帰らずヴェルデュラン夫人に誘われるまま、フォルシュヴィルの乗った馬車に乗り込んでしまいます。

 その後、ストーカーのようにオデットの家を夜中に訪問したスワンでしたが、切ないスワンの気持ちが、やはりうれしかったのかオデットは優しく彼を迎えいれます。しかし、疑心暗鬼にとらわれているスワンは、オデットの家に誰かが潜んでいるのではないかと家中を捜し回り、またも彼女の怒りを買います。
 男女の関係は不思議なものです。こんな状況のなかでも激しい二人の情熱により、その夜ついにスワンとオデットは結ばれたのでした。

 翌朝、スワンは、彼を訪れたシャルリュス男爵に、もう心がオデットから離れてしまい、なんの感情もわいてこないと告げます。そして、オデットは無神経にもそんなスワンをパリに残し、彼の出した旅費でヴェルデュラン夫妻達とともにヨットの旅に出てしまっています。
「今朝、目覚めたらオデットへの恋がさめた。今は面影さえ遠い。青白い顔、とがった頬骨。」
「ぼくの生涯の何年かをむだにしてしまったなんて、死にたいとおもったなんて、一番大きな恋をしてしまったなんて、ぼくをたのしませもしなければ、ぼくの趣味にもあわなかった女のために。最大の愛情を好みでない女に注いだんだ。」

 スワンの恋はオデットと結ばれると同時に終わってしまったのです。

 それから、十数年後、シャルリュスと共にベンチにすわるスワンに向かって、堂々とした貫禄のある誇らしげな中年の女性が歩いていました。
 スワン夫人となったオデットです。カルーセル凱旋門に向かって歩く彼女を映し出してのストップ・ショットのラスト・ショットは非常に美しい場面でした。

 ジェレミー・アイアンズは、恋人オデットに対するスワンの疑心暗鬼を非常にうまく演じていました。オルネラ・ムーティも高級娼婦(ココット)オデットの役を見事に演じており、大女優ファニー・アルダンのゲルマント侯爵夫人のオリアーヌも素晴らしい助演でした。そして、マルセル・プルーストの活躍していた時代には、シャルリュス男爵のようなホモ・セクシュアルの貴族を、このような形で描くことには、たいへんな労力が必要だったはずです。
 そして、シャルリュス男爵を演じたアラン・ドロンの好演!

 この作品で描かれたユダヤ人青年、高級娼婦、男色家の男爵は、その立場だけでは社会的弱者になってしまう被差別者の主人公たちです(妻のオデットと娘のジルベルトは最後までゲルマント家の出入りを拒まれ続けます)。しかし、これら主人公たちが生活している舞台は、特権階級の集まりであるフランス社交界なのです。
 マルセル・プルーストの小説は、貧困層には縁のなかった自由恋愛を被差別者の側から、しかも上流階級を舞台に描いた作品であるわけなのです。
 彼は19世紀後半に、すでに現代の物質的に豊かな時代の到来を予見していたように思います。虐げられ、差別を受ける立場でありながら物質的に豊かで何不自由のない社会。
 現代では多くの豊かさを多くの人々に還元できるようになりました。しかし、精神の貧困だけは、未だ解決されているとはいえません。各世代の巨匠が実現しえなかったこの作品の映画化に挑戦した「ニュー・ジャーマン・シネマ」の貢献者フォルカー・シュレンドルフ監督。

 この作品には、現代社会特有の複雑で種々の課題が描かれており、その原因が何なのかという問いかけを観る側に投げかけているような気がしてならないのです。

【参考】
『プルーストを読むー『失われた時を求めて』の世界』鈴木道彦著、集英社(集英社新書)、2002年
『Cinema square MagazineNo.27「スワンの恋」南俊子編集、シネマスクエアとうきゅう、1984年
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by Tom5k | 2006-06-26 23:31 | スワンの恋 | Comments(6)