カテゴリ:イギリス映画( 1 )

『ライアンの娘』

 何故、何の不自由もない人妻が恋をしてしまうのでしょうか?
 人間の情熱は許されなければ、許されない状況にあるほど、燃え上がらずにはいられないものなのかもしれません。
 何故でしょうか?ラストシーンのトレバー・ハワード演じるコリンズ神父の言葉「わからない。なにもわからない。」は、作品を観みる者にそう問いかけているような気がします。人はそれがタブーであればあるほど、罪であることを知っているほど、悦びと悦楽に酔ってしまうことができるのです。絶望と陶酔は常に隣り合わせなのかもしれません。

 映画の舞台はアイルランドの小さな港町です。ロバート・ミッチャッム演じるチャールズが、亡くなった先妻のお墓に行く場面にケルト民族の十字架がたくさん映し出されていました。

図説 ケルト文化誌
バリー カンリフ Barry Cunliffe 蔵持 不三也 / 原書房





 思いだしたのは、歌劇『トリスタンとイゾルテ』の物語もケルト民族の物語だということでした(リヒャルト・ワーグナーの楽曲『トリスタンとイゾルテ』はヴィスコンティの『ルートヴィヒ 神々の黄昏』でも使用されています。この曲にはカール・ベームやカルロス・クライバーの素晴らしい名盤があります。)。物語は第1幕から第3幕までですが、王妃の甥トリスタンと王妃イゾルテはうっかり、禁断の媚薬を飲んでしまいます。そして、二人は禁断の恋に激しく突き進んでしまうのですが、やがて、秘密であった逢いびきが発覚してしまい、とうとう二人は死に至ってしまいます。死を隣り合わせにしても、燃え上がった恋は止められないのです。
ルードヴィヒ ― 神々の黄昏 完全復元版
/ 東芝EMI





ワーグナー : 楽劇<トリスタンとイゾルデ> (全曲)
ニルソン(ビルギット) バイロイト祝祭合唱団 タルベラ(マルッティ) ビントガッセン(ボルフガング) バイロイト祝祭劇場管弦楽団 ワーグナー ベーム(カール) ビッツ(ビルヘルム) / ユニバーサルクラシック





ワーグナー : 楽劇「トリスタンとイゾルデ」全曲
コロ(ルネ) ライプツィヒ放送合唱団 プライス(マーガレット) ファスベンダー(ブリギッテ) モル(クルト) フィッシャー=ディースカウ(デートリッヒ) ゲッソ(ベルナー) ドレスデン国立管弦楽団 ワ / ユニバーサルクラシック





 この『ライアンの娘』でも、恋の情熱の結末は、絶望的でした。サラ・マイルズが演じる人妻ロージーも、民衆の無知ゆえ髪をずたずたに切られ、衣服をはぎ取られる暴挙に曝されます。そして、戦争のトラウマを背負ったクリストファー・ジョーンズ演じるイギリス人将校ランドルフは絶望の故、自ら命を絶ちます。

 それにしても、このような民衆の残虐はどこからくるのでしょうか?この作品を観て、日本のみならず、諸外国でも同じなのだとあらためて認識しました。
 思い出すのは、ピエール・グラニエ・ドフェール監督、アラン・ドロン、シモーヌ・シニョレ主演の『帰らざる夜明け』。シモーヌ・シニョレが演じたクーデルク未亡人が街へ出かける時のバス亭や村の洗濯場で村人からの冷たい視線を受ける場面。

 わたしの大好きなロバート・キャパの写真集での、髪をそり上げられ嘲笑・罵声をあびせられながら歩かされているレジスタンスを裏切ったナチス協力者の女性の写真。

フォトグラフス―ロバート・キャパ写真集
ロバート キャパ 沢木 耕太郎 / 文芸春秋
髪をそり上げられ嘲笑・罵声をあびせられながら歩かされているレジスタンスを裏切ったナチス協力者の女性の写真は、P178・P179





 そして、イタリアのネオリアリズモの大監督ロベルト・ロッセリーニとのスキャンダルでハリウッドを追い出された大女優イングリット・バーグマン。
ロッセリーニ コレクションDVD-BOX
/ アイ・ヴィー・シー





 これらの民衆の残酷な被害者達の背景には「民衆が抑圧されている社会の暗部」があり、それが原因であることは間違いないことだと思います。
 この『ライアンの娘』でも、アイルランド独立運動での1916年のイースター蜂起の失敗の後日譚が物語の背景となっています。
IRA(アイルランド共和国軍)―アイルランドのナショナリズム
鈴木 良平 / 彩流社





 アイルランド解放を目的としたIRAのテロリズムとイギリス当局との確執が民衆の抑圧を生みだしてしまい、ロージーとランドルフの悲劇を必要以上に大きくしてしまった要因となっているといえるのではないでしょうか?
 このような有名な逸話は数え上げればきりがないほどです。解放されていない民衆の怒りは何かをきっかけとして、暴力的に集中せざるをえないことが多くあるのでしょう。

 ロージーの夫チャールズの妻ロージーへの寛容さは、とても、不思議でした。どんな気持ちの整理をすれば、あれほど寛容でいられるのでしょうか?
 恐らく、それは、妻への愛情の前に、チャールズの生き方にあるとわたしは考えました。彼は、いつもベートーベンを聴いています。第5番『運命』などは聞くだけで疲れる音楽です。それを冒頭での彼の日常生活の中でBGMにして描写しているのです。そして、全編に流れるこのシンフォニーは恐らく、この作品の音楽を担当したモーリス・ジャールがアレンジしたものなのでしょう。夫チャールズの個性に象徴的に使用されています。

 彼にとっての『運命』や『英雄』とは?
 彼にとって、他の村人たちと同様に、IRAは英雄なのでしょうか?いいえ、わたしは戦争や争いが何の『英雄』も生み出さないことを、彼は知っていたのだと思います。自らが愛する妻にとっていった忍耐と愛情、そして、いたわり、ラストシーンで罵声を浴びせる村人達の前で、ロージーに対して、堂々と自分に腕を組むように言いのけるたくましさ。人間の尊厳とはこれほどまでに崇高なものであるのだと、わたしはこのチャールズの美しくて、たくましい心に感動してしまうのです。最後に村を出るときの堂々たる態度、これこそが彼の『英雄』的な行為なのではないでしょうか?どんな『運命』にも『英雄』でいられること。これが彼の生き方であったのだと、わたしは考えました(わたしのお気に入りの演奏は、「第5番 運命」NBC交響楽団、トスカニーニ指揮、「第3番 英雄」大阪フィルハーモニー交響楽団 朝比奈 隆指揮です)。
ベートーヴェン : 交響曲第5番 「運命」・第6番 「田園」・第7番・第8番
NBC交響楽団 ベートーヴェン トスカニーニ(アルトゥーロ) / BMGファンハウス





ベートーヴェン:交響曲第3番
大阪フィルハーモニー交響楽団 ベートーヴェン 朝比奈隆 / ポニーキャニオン





 今年の4月、この作品で知的障害者のマイケルを演じ、1970年アカデミー助演男優賞を受賞したジョン・ミルズが97歳で他界されたそうです。
 この作品でのマイケルは、観客への作品案内役として、不倫の陶酔、民衆の無知と残虐、戦争被害の悲惨、大自然の中での人間の無力感、文化や芸術によって培われる寛容な人間性、人間として、生活者として、不遇のなかでも決して揺るがない崇高な愛情、などを観客に分かり易く説明しているような気がします。
 もしかしたら、デヴィッド・リーン監督は、このマイケルに自己自身を投影していたのかもしれません。
[PR]

by Tom5k | 2005-09-23 20:30 | イギリス映画 | Trackback | Comments(0)