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『あの胸にもういちど』~涙あふれて~

 アラン・ドロンが主演している『冒険者たち』(1967年)のレティシアと、『あの胸にもういちど』(1968年)のレベッカは、作品の雰囲気とともに60年代後半から70年代にかけてのサイケデリック・カルチャーにおける女性像を象徴しているように思います。
 『あの胸にもういちど』の原作『オートバイ』はフランスの現代文学者アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグの著作ですが、ジャック・カーディフ監督もマリアンヌ・フェイスフルもイギリス人で、作品もフランスとの合作とはいえイギリスのミッド・アトランティック・フィルムの作品です。
 また、この作品の製作には、アラン・ドロンを再び英語圏でPRしようとする目的もあったようです。
オートバイ
A.ピエール・ド・マンディアルグ 生田 耕作 / 白水社






 1960年代後半のロックシーンでは、ビートルズが最高傑作といってもいいアルバム『アビイ・ロード』を発表して解散しました。ヤードバーズの音楽活動も終焉し、エリック・クラプトンのいたクリームも劇的な解散を迎え、激動の1960年代のブリティッシュロックの時代は転換期を迎えていくことになります。
アビイ・ロード
ザ・ビートルズ / 東芝EMI





 そして、キング・クリムゾンが発表したアルバム『クリムゾン・キングの宮殿』とヤードバーズのジミー・ペイジを中心に結成したレッド・ツェッペリンの『レッド・ツェッペリンⅡ』は、とうとうアルバム・チャートでビートルズの『アビイ・ロード』を抜くことになります。
クリムゾン・キングの宮殿 (ファイナル・ヴァージョン)
キング・クリムゾン / WHDエンタテインメント





Led Zeppelin II
Led Zeppelin / WEA International





 『ハッシュ』でデビューしたディープ・パープルもハード・ロックの典型ともいえる『ファイアボール』『マシン・ヘッド』などの名盤をリリースして、『天国への階段』『ブラック・ドッグ』『ロックン・ロール』の3枚ものシングルカットを実現させたアルバム『レッド・ツェッペリンIV』のレッド・ツェッペリンとともに伝説的なロック・スターとなっていきます。
ファイアボール
ディープ・パープル / ワーナーミュージック・ジャパン





マシン・ヘッド
ディープ・パープル / ワーナーミュージック・ジャパン





ブラック・ナイト=24カラット
ディープ・パープル / ワーナーミュージック・ジャパン





レッド・ツェッペリンIV
レッド・ツェッペリン / ワーナーミュージック・ジャパン





 新しいブリティッシュロックは、サイケデリックのムーブメントを体験した多くのロック・ミュージシャンによって、クラッシックやジャズ、ブルースの影響を受けながら、ハモンドオルガンやエレキギターのテクニックをとことん突き詰め、プログレッシヴサウンド(プログレ)と呼ばれていきました。
 エマーソン・レイク&パーマーやキング・クリムゾン、ピンク・フロイド、イエスなどの演奏も芸術作品ともいえるハイセンスなもので、彼らによってプログレの全盛期が迎えられることになります。
展覧会の絵
レイク&パーマー エマーソン / ビクターエンタテインメント





狂気(SACD-Hybrid)
ピンク・フロイド / 東芝EMI





危機
イエス / ワーナーミュージック・ジャパン





 そして、デビッド・ボウイのアルバム『ジギー・スターダスト』(シングルカットの『スターマン』にはしびれます)も大ヒットし、アルバム『オペラ座の夜』以降のクイーン時代の到来を待つことになるのです。
ジギー・スターダスト
デヴィッド・ボウイ / 東芝EMI





オペラ座の夜
クイーン / 東芝EMI





 また、映画では、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の『欲望』(1966年)で、かつてエリック・クランプトンがいたこともあるヤードバーズのライブの場面があります。若いジェフ・ベックとジミー・ペイジがツイン・ギターで『トレイン・ケプト・ア・ローリン』を演奏しています。
 ピンク・フロイドがミムジー・ファーマー主演のドラッグとセックスをテーマにしたルクセンブルグ映画『モア』(1969年)を担当して、ストリートレベルの大衆にロジャー・ウォータースを印象づけた最初の作品が創られ、ミケランジェロ・アントニオーニ監督は『砂丘』(1970年)でもピンク・フロイドを音楽の担当にしています。
 ケン・ラッセル監督が演出したザ・フーのロック・オペラ『トミー』(1975年)、デビッド・ボウイが主演した『地球に落ちてきた男』(1976年)も話題となった作品です。
欲望
/ ワーナー・ホーム・ビデオ





ジェフ・ベック・ベスト・イヤーズ
ヤードバーズ / テイチクエンタテインメント





モア
/ ハピネット・ピクチャーズ





モア
ピンク・フロイド / 東芝EMI





砂丘
/ ビクターエンタテインメント





砂丘
サントラ ピンク・フロイド カレイドスコープ グレイトフル・デッド パティ・ペイジ ヤング・ブラッズ / 東芝EMI





トミー
/ キングレコード





地球に落ちてきた男(完全版)
/ バップ





 そういった激動のブリティッシュロックの時代に、ローリング・ストーンズはブライアン・ジョーンズが率いた60年代からミック・テイラーが在籍する70年代前半を経て、このブリティッシュロックシーンの転換期にも平然と第一線で活動したのです。
アウト・オブ・アワー・ヘッズ
ザ・ローリング・ストーンズ / ユニバーサルインターナショナル





 ローリング・ストーンズのメンバーの一人であったブライアン・ジョーンズが自宅のプールで溺死体として発見され、ジミ・ヘンドリックスが薬物中毒で死亡し、女性ロックシンガーの女神ジャニス・ジョップリンが心臓麻痺で急死します。これらすべてはドラッグが引き金となった死亡事故で、この時代からロック・スターとドラッグは必然の結びつきを持つものとなっていきました。
 マリアンヌ・フェイスフルも当時はローリング・ストーンズのヴォーカリストのミック・ジャガーの恋人であり、ストーンズのメンバーとともにドラッグ漬けの例に漏れてはいませんでした。ミックと別れた後、アルコールとドラッグへの依存はさらに加速して廃人同様にまでなってしまいます。
ベガーズ・バンケット
ザ・ローリング・ストーンズ / ユニバーサルインターナショナル





パール
ジャニス・ジョプリン / Sony Music Direct





ファースト・レイズ・オブ・ザ・ニュー・ライジング・サン
ジミ・ヘンドリックス / ユニバーサルインターナショナル





 『あの胸にもういちど』は、このようなブリティッシュロックの転換期の時代に公開され、この時代が生みだした、まさに「時代の申し子」としての作品ですが、いつの時代の若い人たちの間でも必ず受け入れられ、未来に語り継がれていく作品であるように思います。

 主演しているマリアンヌ・フェイスフルも、彼女が演じたレベッカとともに実に個性的で魅力的です。この作品での彼女は、少女が大人になる難しさや反抗を主人公の破滅という結末を比喩として、その悲しみととも演じています。そして、映画を観た者は大人になるということ自体が意味のあることなのだろうかと疑問を感じてしまうのです。しかも「少女」が大人になることは、「少年」が大人になることと比べて、ずっと大変なことだということがわかるのです。

 彼女は自分の住んでいる町の墓地、兵営、練兵場から戦争や死者を連想し、若者の無抵抗や無気力に不満を漏らし呟きます。
「反抗だけが生命を与えてくれるのに」

 レベッカは大人から見ると、そのセクシーさが大きな魅力だと感じます。
 彼女が身につけているの革のレザースーツやアラン・ドロン演ずるダニエルのサディズムの魅力に取り憑かれていること、夢の中でフランスと西ドイツの国境関門の好色そうな吏員を嫌悪しながらも魅力を感じてまっていることなど、性の問題は若い人たちへの社会的抑圧の問題と同一なのかもしれません。

 彼女は、ヴィクトリア朝時代のイギリス詩人アルフレッド・テニソンの自由恋愛の論文を教材とした恋人ダニエルのゼミの講義の様子を思い浮かべながら、街で見かけた子ども連れの主婦を見て
「5匹目を生もうとしている牝犬そっくりだわ、あの疲れた様子!」
と侮蔑します。

 彼女の素晴らしさと魅力、そして彼女の幸福は、積極的に男性を愛し自ら男性を求めていくことができる女性としてのものです。しかし彼女は、自分が本当の意味での愛を得ていないことも知っているのです。
「本当の私は気狂いじみた牝山羊よ」
「あなたは冷たくてサディストなんだわ。ダニエルあなたはブタよ!ブタよ!ほんとにブタだわ!」
 このときのレベッカの笑顔は、マリアンヌが実際にそうであったようにドラッグでラリった状態に近いようで、完全にいかれてしまっています。

 これらの彼女の自虐的で攻撃的な感性は、現代以降の若者の共感と結びつくもののような気がします。それは、若い人たちにとって、現代特有の何かが不足している疎外状況に敏感に反応したものなのかもしれません。

 考えてみれば(考えなくても)いま自分がやっていること、しようとしていることは決して許されることではありません。不倫するために結婚し、優しい夫を嫌い、娘想いの父を落胆させ、まともに愛してもくれない恋人を自分から求めているのですから。
 でも、彼女は恋人ダニエルを求めずにいられないのです。ダニエルのもとハイデルベルクへ向かう途中、バーでブランデー「桜桃酒(キルシュ)」を頼み、ふたりの恋の想い出を甦らせます。それは自分の心細さや敗北の予感を打ち消してくれる官能の恋、女性の闘いの恋、男の夢に憧れる恋、自分の勝利の夢を叶えさせてくれる恋の想い出なのです。
 彼女は再びオートバイに乗ることでダニエルを求める強さを取り戻し、歓喜の妄想に浸ります。もうすぐダニエルのもとにたどり着けるのです。1200CCのハーレーダビットソンは、強い異性を求める女性の象徴、それによって強くなろうとする女性のせつない闘い、そして破滅の象徴だったのだと思います。
 女性は愛されることで生命を維持しており、男性に愛されないと死んでしまいます。「愛されない=死」がこの作品のテーマなのです。周囲の男性はもっと、しっかりとレベッカを愛すべきではないでしょうか?悲しいテーマに割り切れないものが残ります。女性が愛されることなしに自ら愛を求めようとすることは、死を決した命がけのことだと知るべきなのです。

 この作品が創られる1年前の1967年、マリアンヌ・フェイスフルはジャン・リュック・ゴダール監督の『メイド・イン・USA』に出演し、ローリング・ストーンズから贈られた『アズ・ティアーズ・ゴー・バイ』をこれ以上ないほどの悲しい表情、淋しい歌声で歌いました。
メイド・イン・USA / ビクターエンタテインメント







As Tears Go By (Jagger/Richards)
涙あふれて(ミック・ジャガー、キース・リチャーズ)

It is the evening of the day
その日の夕暮れ
I sit and watch the children play
子供たちが遊ぶのをすわって見ていたの
Smiling faces I can see, but not for me
笑顔を見ることができるけど、それはわたしのための笑顔ってわけじゃない
I sit and watch as tears go by
涙が過ぎゆくのを子供たちを見ながら待っているわ

My riches can't buy everything
いくらたくさんのお金でも本当に大切なものを買うことはできないわ
I want to hear the children sing
子供たちの歌を聴きたいの
All I ever hear is the sound of rain falling on the ground
わたしがいつも聞くのは地面に降りつける雨の音だけだから
I sit and watch as tears go by
涙が過ぎゆくのを子供たちを見ながら待っているわ

It is the evening of the day
その日の夕暮れ
I sit and watch the children play
子供たちが遊ぶのをすわって見ていたの
Doing things I used to do, they think are new
わたしがとっくに慣れてしまっていることも、彼らには初めてのことなんだわ
I sit and watch as tears go by
涙が過ぎゆくのを子供たちを見ながら待っているわ
Mm mm mm...


 わたしは、この歌を歌うマリアンヌを観ていると胸が締めつけられ、心が破れてしまいます。

A Stranger on Earth: An Introduction to Marianne Faithfull
Marianne Faithfull / Island
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by Tom5k | 2006-04-29 18:53 | あの胸にもういちど | Trackback(7) | Comments(20)