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『パリの灯は遠く』④~社会派リアリズム作品でのアレクサンドル・トローネルの映画美術その2~

 ジョセフ・ロージー監督のほとんどの作品で美術を担当してきたのは、リチャード・マクドナルドでした。アラン・ドロンがレオン・トロツキーを暗殺したフランク・ジャクソンを演じた『暗殺者のメロディ』の美術担当も彼です。
 彼が、初めてアレクサンドル・トローネルと組んだのは、この『パリの灯は遠く』からです。それ以降、彼のお気に入りとなったアレクサンドル・トローネルは、『南への道』や『ドン・ジョヴァンニ』、『鱒』などで起用されていきました。
歌劇「ドン・ジョヴァンニ」全2幕
ライモンディ(ルッジェーロ) / / ビデオメーカー





「トローネには一種のプロ意識があってわたしがやりたいことを即座に理解してもらえる。」と監督は述懐しています。
【引用~『追放された魂の物語―映画監督ジョセフ・ロージー』ミシェル シマン著、中田秀夫・志水 賢訳、日本テレビ放送網、1996年(以下、『追放された魂の物語―映画監督ジョセフ・ロージー』)】
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ミシェル シマン Michel Ciment 中田 秀夫 志水 賢 / 日本テレビ放送網






 また、アレクサンドル・トローネルが
 アラン・ドロンの敬愛してきたジャン・ギャバン主演作品の多くを手がけてきた美術監督であったこと、「詩(心理)的レアリスム」の代表的な美術監督であったこと、
 美術担当のほとんどを担当していたカルネ=プレヴェール作品の『悪魔が夜来る』で、アラン・ドロンの代表作のひとつ『太陽はひとりぼっち』のミケランジェロ・アントニオーニ監督が助監督を務めてたことがあること、等々。
 アラン・ドロンが製作者として参加しているこの作品の美術監督に、彼が選定されたことは偶然ではなかったと推察できます。


 この作品での最も有名なユダヤ民族の判定をする当局直轄の診療所のファースト・シークエンス、そこからアラン・ドロン演ずるロベール・クラインのアパルトマンの寝室のショットに移るカットの間に女性の臀部を描いた絵画がインサートされていますが、このヌード絵画は彼の描いた作品だそうです。

 その絵からのティルト・ダウンにより、ランジェリー姿のままぐっすりと寝ているジュリエット・ベルト演ずるジャニーヌの姿に繋いでおり、ここは昨晩のクラインとの性行為を想像させるような猥雑なショットでした。
 人間を人間扱いしていないユダヤ民族判定の検査によって、人間としてのセックスそのものを否定したファシズムを象徴するトップ・シーンから、クライン邸のこのセクシュアルな生活場面への転換に、彼の描いた芸術的な女性のヌード絵画を挿入して、三つ巴の女性のコントラストをモンタージュしているわけです。
 人間としての女性の本性が、それぞれの状況において、これほどまでに変化しうるということが表現されていることにより、種々の社会状況が鮮明になります。実にショッキングな連続ショットです。
 

 ユダヤの壁掛けの絵画「胸を矢に貫かれたまま飛び続けるハゲワシ」のオークション、この絵画そのものにも、ここに集まった人々の時代習俗にも、眼を惹きつけられます。
 そして、パリのカフェ、ユダヤ通信の事務所、警察署内の事務室、教会でのミサ等々、1940年代のナチス占領下の陰鬱なパリの様子は、ジャン・ピエール・メルヴィルの『影の軍隊』でのパリとも重なります。
影の軍隊
/ ビデオメーカー





 ロベール・クラインは、誤って配達されたジャンヌ・モローが演ずるユダヤ人のブルジョア夫人フローランスの手紙をきかっけとした彼女との邂逅から、ユダヤ人クラインの身元に特に関心を示すようになっていくわけですが、彼女の邸宅を訪問するまでのショットなども、ジョセフ・ロージー監督の創作イメージとアレクサンドル・トローネルの美術指導との、最も波長のあったシークエンスであったように思います。

 また、その地を訪れたときの降車後の列車それ自体も、それがフレーム・アウトした後の駅構内の様子も、何台かのマルチ・カメラによるワン・ショットで、迎えに来た執事に声をかけられたときのアラン・ドロンの緊張した様子や、手持ちカメラによるクラインの主観描写によった長回しによる廷宅内の様子などの撮し方など、素晴らしいショットの連続でした。
 これらのショットにはロベール・クラインの最も高まった不安、及び緊張状態の心象が実に巧みに表現されており、監督の演出力、セットや装飾等の美術の素晴らしさはもちろん、撮影監督のピエール・ウィリアム・グレンのカメラも、俳優アラン・ドロンの演技も絶賛すべきものだと思います。

「あそこの廊下の床の上に絵が並べておいてあるのを目にしたとき(ラ・ロシュフコー家が居住していた城であり、アルゼンチンに向けて出発する準備を整えていた)、映画のなかで使った通りの映像が即座に浮かんできた。」
【引用~『追放された魂の物語―映画監督ジョセフ・ロージー』】

 そして、フローランス夫人を演じたジャンヌ・モロー。
「この作品はヒットして20世紀の映画の古典の一つとみなされているものの、彼女は気に入っていない。その理由は複雑すぎて説明できないと彼女はいうが、ナチ占領下のパリで暮らす優雅なユダヤ人女性という役柄は彼女の最高の出来の一つにあげられる。」
【『女優ジャンヌ・モロー型破りの聖像(イコン)』マリアンヌ・グレイ著、小沢瑞穂訳、日之出出版、1999年】
女優ジャンヌ・モロー―型破りの聖像(イコン)
マリアンヌ グレイ / / 日之出出版






>この作品は・・・彼女は気に入っていない。その理由は複雑すぎて説明できない・・・
 何故なのでしょうか?この分析だけでブログ記事が何ページにも及んでしまいそうですので、ここではその分析はしませんが、非常に興味を喚起されるところです。

 そして、クラインが自分の出生のことで、父親を訪れたときの室内のからくり時計、窓から見える教会、クライン家の勲章の額縁への連続ショットなどにも映画のテーマから噴出してくる「美」を感じる取ることができます。
 それらが人間社会の多くの矛盾と虐待のなかから生み出されてきた血の滲んだ美しさであり、社会的弱者からの搾取を維持し続けようとして多くの矛盾に呵まれて、自己を喪失していったロベール・クラインの家系の歴史が象徴されていたように感じます。
 監督の演出力と美術担当監督の指導力で、人間としての「美」の追求の歴史を、美術商クラインに、しかも否定的にシンボライズさせていたモンタージュであったように、わたしには思えたのです。

 ラ・クポル・レストランでのブルジョアジーたちの品の無い食事の様子、彼らの食欲にも飽食の醜悪さを痛感します。
「ラ・クポル・レストランのほうで私がカメラに収めようとしたものは、狂乱のムード、人々の顔に浮かぶ猥雑さだった。」
【引用~『追放された魂の物語―映画監督ジョセフ・ロージー』】


 また、この作品のリアリズムは、ブルジョアジーたちの陰鬱な生活様式のみの表現に留まりません。
 反ユダヤ主義のキャバレーの舞台レビューでの踊り子たちの、舞台裏での姿やメイクアップ、女工労働者たちが共謀してクラインに対峙する兵器工場の階段でのやり取り等々、これらも実に不気味で不安感を煽るものであり、そういう意味で非常にショッキングなものばかりです。
 ジョセフ・ロージー監督が得意として描く下層市民に追いつめられる有産の人々、眼を背けたくなる残忍で加虐的な表現です。
 実際の当時の劇場の舞台裏や兵器工場周辺の様子も如実に再現されているようで、アレクサンドル・トローネルのリアルな装飾デザインの手腕に頼るところが大きかったと思われます。


 そして、最もショッキングなのは、反ユダヤ主義のキャバレーでの舞台ショーです。
 監督は、親友のラ・グランド・ユジェーヌ劇団のフランツ・サリエリに、この舞台ショーの演出内容を相談したそうです。ここはフランコ・ソリナスのシナリオにはなく、彼らのオリジナルであり、監督自身はこの映画で最も良く出来たシークエンスであると自己評価しています。

 また、『追放された魂の物語―映画監督ジョセフ・ロージー』では、歌っている喪に服した夫人は、夫を亡くした女性であるように訳されています。
 しかし、このマーラーの原曲は、5曲の連作歌曲『亡き児をしのぶ歌』の第1曲目「いまはれやか陽がのぼろうとする」です。これは、詩人リュッケルトの同名の詩集をテキストとしてグスタフ・マーラーが完成させ、実は表題のとおりに愛児の死をテーマにしたものです。
 しかも、作曲したグスタフ・マーラー自身もこの作品の完成の後に、生まれたばかりの二人の愛娘を実際に亡くしてしまっていたという、人生における最大の運命的悲劇を逸話に持った歌曲なのです。
マーラー:さすらう若人の歌
フィッシャー=ディースカウ(ディートリッヒ) / / 東芝EMI
トラック2 歌曲集「亡き児をしのぶ歌」




 ですから、亡くしたのはこの夫人の夫ではなく、恐らく愛児だったのではないかと思われるのですが、そうであれば、このシークエンスの意味はより陰惨であり、まともな神経であれば決して正視することが出来ない異常な状況設定であるといえましょう。ジョセフ・ロージー監督のリアリズムを信用するならファシズムの狂気は、このワン・シークエンスのみで充分に理解することが可能であり、わたしは何度再見してもこの場面では吐き気を催してしまうほどです。

 もちろんこのキャバレーの一連の舞台装飾や衣裳に関しては、アレクサンドル・トローネルの指揮下にあったことは間違いなく、それも絶賛に値するものです。


 ロベール・クラインは、ユダヤ人クラインの死の確認によって、パリから国外に逃亡することを決断します。列車内では、『太陽がいっぱい』でのナポリの写真のワン・ショットがインサートされます。
 わたしはこの写真から、それはトム・リプリーに殺害されたはずのフィリップ・グリンリーフが、腐乱した死骸となってもまだ、愛する彼を求め続けていたという映画評論家の淀川長治氏の映画批評を思い出してしまいました。ここは、スター俳優であるアラン・ドロンの奇怪な心象風景を連想させる不思議なショットです。

 クラインは、偶然に乗り合わせたユダヤ人クラインの愛人の一人であるナタリーから、死亡したと思い込んでいた彼がまだ生存していることを知らされ、再び、自分のドッペルゲンガーとも言えるユダヤ人クラインを求め、逃亡をあっさり頓挫させます。パリに戻り、ミシェル・ロンダール演ずる友人の弁護士ピエール宅で、初めて彼と電話で話すことになるのです。
 ここでクラインの後方に見える東洋画も印象深く、わたしは仏教でいうところの縁起説から、ジャン・ピエール・メルヴィル監督の『仁義』の原題『Le Cercle rouge(赤い輪)』を連想してしまいました。

 受話器を置いたときのアラン・ドロンへのライティングは左側の顔だけで残りはシャドウです。アラン・ドロンの表情における演技にも、ライトで反射している彼の美しい眼にも、狂気そのものが強調されていて、わたしは背筋が寒くなりました。
「(-略-)映画のセットはライティングによって初めて生きるもので撮影所のライトが消えたとき、セットは死ぬ。それが映画美術です。」(アレクサンドル・トローネル)
 もはや、アラン・ドロンは映画の美術そのものに匹敵する俳優なのかもしれません。

 電話で話すことができたにも関わらず、ピエールの通報によりユダヤ人クラインは官憲に連行されてしまい、ロベール・クラインは彼との邂逅のチャンスを逃してしまいます。
 
 フランコ・ソリナスのミスだったのか、シナリオにあったロベール・クラインがジャン・ブーイ演ずるユダヤ人から買いたたいたヴァン・オスターダの「ある紳士の肖像」は、実際には架空の絵画であったそうです。
 撮影開始後に、そのことを知ったジョセフ・ロージー監督とアレクサンドル・トローネルは自分たちで、あの絵を制作せざるを得なかったと、後に監督は述懐しています。

 帰宅した深夜にヴァン・オスターダの絵画とした「ある紳士の肖像」を見つめるアラン・ドロンのショットは、監督にとっては非常に重要なシーンであり、ここでの彼の演技を絶賛しています。

「私にとって重要なシーンは、夜中に一人、例の絵と向き合うところ、ヴェル・ディーヴの一斉検挙が始まる直前だが、ここでのアランは実に素晴らしい演技を見せていると思う。キャンバスの中の紳士と同じ強張った姿勢を、アランにとってもらった。アランは絵の人物になりきった。」
【引用~『追放された魂の物語―映画監督ジョセフ・ロージー』】

 自己のアイデンティティを喪失しているロベール・クラインが、自分が誰で、どこから来たのか、を「ある紳士の肖像」から理解しようとしているシーンなのだそうです。これは彼の分身への憧憬そのものの、ユダヤ人クラインへの変身や同化への願望が如実に表現されたシークエンスであり、分裂したアラン・ドロン、すなわち最も彼らしいドッペルゲンガーへの憧憬を表現できた瞬間であったと言えましょう。

 人間は誰もが自らの存在に否定的になることがあり、自分に立ち戻る場所が無ければ、意識のうえでは平然と自己抹殺を敢行してしまうことも珍しいことではないかもしれません。クラインの場合は、自己抹殺の意識を超越するほどの投影をユダヤ人クラインに求めてしまっていたのかもしれませんが・・・。
 いよいよクライマックスに突入していく前の「嵐の前の静けさ」とも言えるシークエンスでした。

 ついにアウシュビッツ収容所へ向かう中継施設での様子では、ドリー撮影による凄まじい迫力が生み出されています。行き交う大型バス、オートバイ、バスの窓に写るナチス当局の黒塗り公用車などから、ここが周囲から完全に包囲、収容されていることがわかります。
 そして、イエロースターを付けたユダヤ人たち、子どもと引き離される母親等々。
 撮影時のエキストラは、ユダヤ人協会の撮影協力の下での数千名のユダヤ人たちだったそうです。しかし、当時のエキストラの中には、まだ戦争実体験者が多く残っていたこと、あまりにリアルな撮影現場であったこと、などからユダヤ人であることを刻印している胸章イエロースターを、3日間の撮影の間に着用することに耐えられない者が多数いたというエピソードも残っているそうです。

 この作品に描かれているパリは、
「詩(心理)的レアリスム」の美しい芸術的なパリでも、
「ヌーヴェル・ヴァーグ」のロケーションで写し撮られた現実のみずみずしいパリでもありません。

 実際のナチ占領下の最も陰鬱なパリなのです。


 美術担当のアレクサンドル・トローネルも、亡命ユダヤ人であったがために、カルネ=プレヴェール作品の頂点に位置する『天井桟敷の人々』の制作当時にあっては、身元を偽らざるを得ず、この作品の美術指導はレオン・バルサックとの共同作業に終始せざるを得なかったと言います。
 隠れていたニース近郊の山中からバルサックにデッサンを渡したり、セット建設の指示を出す生活であったそうです。
 しかも周囲にはナチスのスパイが常駐しており、命がけの美術指導で、そのデザイン・建設に各々3ヶ月、計6ヶ月もの月日を要してしまったとのことです。

 このように、命までをも賭けた仕事をこなしてきた彼の映画美術には、人間の内奥に潜む醜さや美しさが創り出してきた社会の本質的な美のリアリズムが感じ取られるとともに、若い頃にカルネ一家の中でナチスと闘った本物のレジスタンスのエネルギーがほとばしっているように、わたしには感じられるのです。
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by Tom5k | 2007-05-14 00:01 | パリの灯は遠く(4) | Comments(13)

『パリの灯は遠く』③~カルネ・プレヴェール作品でのアレクサンドル・トローネルの映画美術その1~

 『パリの灯は遠く』でセザール賞を受賞した美術監督のアレクサンドル・トローネルは、ハンガリーの首都ブダペストからの亡命ユダヤ人でした。ナチス・ドイツ占領下のパリで、友人の代役で引き受けた映画の美術助手が映画界入りのきっかけだったそうです。

 その後、彼はルネ・クレール監督の『巴里の屋根の下』、『ル・ミリオン』、『自由を我等に』、『巴里祭』や、ジャック・フェデール監督の『外人部隊』、『ミモザ館』、『女だけの都』などで美術監督を担当していたフランス映画美術の創始者とも言われているラザール・メールソンの助手となります。
ルネ・クレール DVD-BOX
ルネ・クレール / / 紀伊國屋書店





外人部隊
/ アイ・ヴィー・シー





ミモザ館
/ ビクターエンタテインメント





女だけの都
フランソワーズ・ロゼー / / アイ・ヴィー・シー





 アレクサンドル・トローネル自身が直接に映画美術を担当したものとしての代表作は、ジャン・グレミヨン監督の『曳船』、『高原の情熱』や、マルセル・カルネ監督&ジャック・プレヴェール脚本の名コンビで制作されていった『おかしなドラマ』、『霧の波止場』、『北ホテル』、『日は昇る』、『悪魔が夜来る』、『港のマリー』などが挙げられます。
曳き船【字幕版】





霧の波止場
/ ファーストトレーディング





北ホテル
/ アイ・ヴィー・シー





悪魔が夜来る
/ ビクターエンタテインメント





港のマリー
/ パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン





 最も傑出した代表作は言うまでもなく、フランス映画史上の最高傑作、19世紀パリの「犯罪大通り」を舞台にした『天井桟敷の人々』です。
 フュナンビュル座のパントマイム・スターであったバチストを演じたジャン・ルイ・バロー、犯罪詩人ピエール・フランソワ・ラスネールを演じたマルセル・エラン、ロマン派演劇の俳優フレデリック・ルメートルを演じたピエール・ブラッスール、そして、ミューズ、ギャランスを演じたアルレッティ!
 カメラのロジェ・ユベール、マルク・フォサール、音楽のジョセフ・コスマ、モーリス・ティリエ、ジュルジュ・ムーク、そしてトローネルとともに美術を担当したレオン・バルザック、アントワーヌ・マイヨ等々、いわゆる「カルネ・プレヴェール作品」の常連キャストやスタッフとともに、20世紀映画の頂点に立つ名作映画の美術を担当したのです。
天井桟敷の人々
/ ジェネオン エンタテインメント





「キャメラのオイゲン・シュフタン、音楽のモーリス・ジョベールあるいはジョセフ・コスマ・・・わたしたちはみな友情で結ばれた仲間でした。(-中略-)ジャック・プレヴェールはすばらしい書き手でした。彼のシナリオはまさに詩でした。そのストーリー展開、劇的構成、クライマックス、どんでん返し。そうしたポエチックな言葉にふさわしいイメージを生みだそうとするのが現場の技術スタッフのつとめになるわけです。美術もそうです。ストーリー、ポエジー、イマジネーションの世界を具体的に表現すること。そしてそのことによって映画に色調や香りを与えること。映画を編み出すために必要な何本もの糸をつむぐ仕事が、わたしたちの仕事なのです。」
【引用 『わがフランス映画誌』 山田宏一著、平凡社、1990年 以下、『わがフランス映画誌』】
わがフランス映画誌
山田 宏一 / 平凡社






 「詩(心理)的レアリスム」の絶頂期は、このカルネ一家が築いたと言っても大袈裟ではないかもしれません。そして、アレクサンドル・トローネルは「詩(心理)的レアリスム」の代表的な美術監督であり、20世紀映画最大の映画美術家なのです。
「映画でいちばん重要なものは、その土台になるストーリーです。シナリオです。しかしシナリオは詩のようなものです。それを映像化する、具体的に表現するというのが、現場の技術スタッフの仕事なのです。」
【引用 『わがフランス映画誌』】

 『天井桟敷の人々』の撮影は、ナチス・ドイツの非占領地区であったプロヴァンス地方で行われました。この地方は紫外線の感光作用が強く、南フランス特有の気候は映画の舞台であるパリとは異なり、湿度の高い霧靄でくすんだ映像を工夫することに最も苦慮したそうです。
 例えば、オープンセットの建物の一色塗りを避けて、そこに線影をほどこすことなど、プロヴァンス地方の強い太陽光のコントラストを和らげたそうです。
 この有名な「犯罪大通り」のセットは全長400メートル、芝居小屋や見せ物小屋、酒場などの店舗50軒、エキストラ1500名の壮大なセットを創設し、前景の建物を15メートルとし、後方に行くにつれ小さくしていき、最後方にはミニュチュアを使用し、エキストラには子どもを起用する手法を用いたとのことです。この技術は、トローネルの師であったラザール・メールソンの『巴里の屋根の下』や『女だけの都』での助手時代の経験などから、彼がセオリーとしていったものだったそうです。
【参考及び引用 『フランス映画史の誘惑』 中条省平著、集英社(集英社新書)、2003年 以下、『フランス映画史の誘惑』】
フランス映画史の誘惑
中条 省平 / 集英社






 トローネルは、ラザール・メールソンから学んだことを、次のように述懐しています。
「実物大のセットをつくって現実をそのまま再現することが映画美術なのではなく、現実の印象を創造することがセット・デザインなのであり、美術が映画のなかに埋没し、消滅することによってこそ創造たりうることを教えてくれたのも彼だし、彼が今日に至る映画美術のすべてを確立したと言っていいと思います。」
【引用 『わがフランス映画誌』】

 またこれらのことは、映画理論家のベラ・バラージュの著作『映画の理論』第九章「変化する視点-危険な美、対象としての芸術作品」での次のような論述にも整合しています。

「あまりに整頓されすぎた構成、自己充足的な調和は、それらのショットに静止した絵画のような印象を与え、映画のダイナミックな流れからはみ出させてしまう。ショットの飛び切り美しい美は、画面を限定し、それをいわば枠の中に閉じこめる。そのようなショットは自らの枠を超えて前後のショットにつながらない。(-中略-)カメラは、芸術作品の既存の表現の上に、さらにもうひとつの表現を付け加えるという困難な課題を解決しなければならない。」
【引用 『映画の理論』 ベラ・バラージュ著、佐々木基一訳、学芸書林、1970年】
映画の理論
ベラ バラージュ Bela Balazs 佐々木 基一 / 學藝書林






 彼の優れた功績は、映画理論上の基本技術を全うしていたことによって、生み出されていることを再確認できるわけです。


 戦時下での『天井桟敷の人々』の撮影は困難を極め、1943年8月のクランク・インから1年6ヶ月もの月日を要しました。連合軍のフランス上陸にあたっては制作中断も余儀のないところまで追い込まれたこともあったそうです。
 しかし最終的にはスタッフの命がけの努力によって完成し、1945年3月9日付けで、ナチス・ドイツのファシズム占領下から開放されたパリのシャイヨー宮殿でプレミア上映されました。レジスタンス運動の勝利を象徴した作品であったことについても、映画史上の栄光に特筆されていくべきことでしょう。

 なお、1979年にフランスの映画芸術アカデミーのトーキー以後のフランス映画ベスト・テンでのアンケート調査では、「ヌーヴェル・ヴァーグ」の諸作品を駆逐し、堂々のベスト・ワンを勝ち取ったそうです。
【参考及び引用 『フランス映画史の誘惑』、及び『わがフランス映画誌』】

 映画革命「ヌーヴェル・ヴァーグ」においてさえも、この鋼鉄の詩人たちが生み出した「詩(心理)的レアリスム」を革新するまでには至らなかったのです。

 トローネルは戦後、パリを離れハリウッドに渡り、オーソン・ウェルズ監督、ハワード・ホークス監督、ビリー・ワイルダー監督、ジュン・ヒューストン監督などの「ヌーヴェル・ヴァーグ」の作家たちも絶賛していた作家たちと仕事をしていきました。
 特にビリー・ワイルダー監督とは、20年以上に渉ってコンビを組んでいきました。
オセロ
/ ビデオメーカー





ピラミッド
ジャック・ホーキンズ / / ワーナー・ホーム・ビデオ





昼下りの情事 (ニューマスター仕様)
オードリー・ヘプバーン / / ジェネオン エンタテインメント





サンセット大通り スペシャル・コレクターズ・エディション
ウィリアム・ホールデン / / パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン





情婦 [スタジオ・クラシック・シリーズ]
タイロン・パワー / / 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン





王になろうとした男
ショーン・コネリー / / ソニー・ピクチャーズエンタテインメント





 そして彼は、映画のセットについて、次のようにも語っています。
「(-略-)映画のセットはライティングによって初めて生きるもので撮影所のライトが消えたとき、セットは死ぬ。それが映画美術です。」

 「ヌーヴェル・ヴァーグ」の技術革新については、
「映画というのはつねに技術に結びついているいるからです。当時、好感度フィルムや明るいレンズの発明によって、ヌーヴェル・ヴァーグは、ほとんどライティングを必要としない撮影テクニックを発見したのです。(-中略-)ヌーヴェル・ヴァーグがはじまったころ、いつでもどこでも撮影ができました。撮影所を使わないほうが安上がりだった。あるがままの現実にキャメラを据えて回す。映画の主題もジャンルもそうしたリアリズムにふさわしいものでした。(-中略-)リュミエールが映画を発明したときから、外で撮ることはちっともふしぎではなかったのだし、ロケーションこそ撮影の基本だったのです。(-中略-)しかし同時にジョルジュ・メリエスがいた。彼はセットでしかとれない映画を撮っていた。ロケーションのほうがいい映画とセット撮影のほうがいい映画とがあるということです。」
【引用 『わがフランス映画誌』】

 この柔軟な思考こそ、「ヌーヴェル・ヴァーグ」出現後も、彼が活躍の場を失わなかったことの大きな要素のひとつであったと言えるのではないでしょうか?
 もっとも活躍の場は、パリからハリウッドに遷らざるえなかったことは、後のアラン・ドロンなどとも同様であったかもしれませんが・・・。

「 - トローネルさんは1975年にまたフランスへ帰られたわけですが、その理由は何だったのでしょうか。

トローネル  またフランスで親しい友人たちといっしょに仕事をしたくなったからです。・・・」

 彼は、ここでもハリウッドから帰仏したアラン・ドロンと同様に、フランス映画界に復帰していく決断をしていったわけです。

 アラン・ドロンにとっては、
 敬愛するジャン・ギャバンは、カルネ・プレヴェール作品の常連俳優であったこと。
 自分の未来を予見された代表作『太陽はひとりぼっち』の監督であるミケランジェロ・アントニオーニは、マルセル・カルネの助監督だったこと。
 「ヌーヴェル・ヴァーグ」時代を避けるようにハリウッドに渉り、フランス映画を愛するがために帰仏して、再度フランス映画に貢献したこと、等々。

 偶然とはいえ、こういったアラン・ドロンとアレクサンドル・トローネルとの共通点は、思いのほか多いとは言えないでしょうか?

 そして、
>親しい友人たちといっしょに・・・

 わたしは、この友人の一人に、アラン・ドロンを連想してしまったのです。
 アラン・ドロンが製作者として参加しているこの『パリの灯は遠く』の美術監督に選定された理由のひとつとしても、これらのこととは決して無縁ではないと推察してしまうわけなのです。


 彼は1993年に没するまで、フランス映画界の新世代の作家たちの作品、リュック・ベッソン監督の『サブウェイ』、クロード・ベリ監督の『チャオ・パンタン』、ベルトラン・タヴェルニエ監督の『ラウンド・ミッドナイト』などの美術監督として、精力旺盛に第一線で活躍し続けていったのです。
サブウェイ【字幕ワイド版】
イザベル・アジャーニ / / パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン






チャオ・パンタン
/ 紀伊國屋書店





ラウンド・ミッドナイト
デクスター・ゴードン / / ワーナー・ホーム・ビデオ
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by Tom5k | 2007-05-13 23:57 | パリの灯は遠く(4) | Comments(5)

『パリの灯は遠く』②~カフカから喚起されたウェルズとロージー~

 わたしの最も敬愛する作家、大江健三郎氏の若き頃の評論集『厳粛なる綱渡り』に、1963年のオーソン・ウェルズが監督・脚本・助演し、アンソニー・パーキンスがヨーゼフ・Kを演じた『審判』(フランツ・カフカ原作)に関わる映画コラムが載せられています。そこではフランツ・カフカの文章について、次のような特徴があることが挙げられています。
審判
/ アイ・ヴィー・シー





審判
カフカ / / 岩波書店





「カフカのイメージの特徴は、なによりもまず、喚起的であるということだろうと思う。喚起的というのも、ごく具体的に、他の人間の心にはたらきかけて、新しい芸術作品あるいは単なる夢想を呼び起こす、ということで喚起的なのだ。」
【引用~『厳粛な綱渡り 第六部 クラナッハ論と芸術およびジャーナリズムにかかわる48篇のコラム 演劇と映画をめぐるコラム 審判』大江 健三郎著、文藝春秋、1965年(以下『厳粛な綱渡り)』】
厳粛な綱渡り―全エッセイ集 (1965年)
大江 健三郎 / / 文芸春秋新社






 大江氏は、恐らくオーソン・ウェルズ監督も同様の喚起から映画を演出したであろうとし、その実際の作品化についての困難を察しながらも、自分の嗜好を優先して映画を鑑賞したそうです。

「カフカのように内的で、他人の眼の光に毒されない場所で自分のイメージを完成するタイプの作家の小説を、他人の眼そのもののレンズでうつしだすことは、カフカの同時代の途方にくれた挿し絵画家の試み同様、成功の疑わしい困難な作業にちがいない。しかし、ともかくそこにオーソン・ウェルズの映画があるのだから、それを見ればよいわけだ。ぼくは見て充分楽しんだ。」
【引用~『厳粛な綱渡り』】

 恐らく同様に、『パリの灯は遠く』でのジョセフ・ロージー監督の演出にも、カフカからの喚起された動機が作用していたのではないでしょうか?

「(-略-)突然ユダヤ人にされてしまって抗弁も聞き入れてもらえず、虫けらのように抹殺されていく不条理の主人公を演じた。オリジナル・シナリオはカフカの「審判」と「出口なし」にヒントをえたという。」
【「パリの灯は遠く」(東北新社)DVDライナーノーツの解説(日野康一)より】
(注 「出口なし」はカフカの書籍にはなく、恐らくフランスの実存主義哲学者のジャン・ポール・サルトルの戯曲のそれだと思われます。)
サルトル全集〈第8巻〉恭々しき娼婦 (1952年)
/ 人文書院
「出口なし」伊吹武彦訳  P87~ 



 カフカの『審判』に登場するヨーゼフ・Kと『パリの灯は遠く』の主人公ロベール・クラインには異なる個性が多く、人物のキャラクターやアクトにおいての比較は不可能であろうと思いますが、ストーリーの展開や設定されているシチュエーションの多くに類似性があり、それは決して偶然とは思えません。
 しかも『パリの灯は遠く』のキャスティングにもそれは反映されており、『審判』に出演していたジャンヌ・モロー、シュザンヌ・フロン、ミシェル・ロンダールまでが出演しています。しかもロミー・シュナイダーの当時の恋人アラン・ドロンが主演なのです。

 また、ジョセフ・ロージーにおいては、カフカから喚起されるべくハリウッド・テンの事件での被差別の経験などから、それはもはや条件反射的な制作動機を持つものだったのだろうとまで確信できるように思います。
 同様に、製作・主演のアラン・ドロンに関してもマルコヴィッチ殺害容疑に関わって、事件の重要参考人とされた経験から、このユダヤ人と間違えられたロベール・クラインに自己を同化させることが可能だったのでしょう。

「 -その尋ね人の写真を娘の一人が引き裂いたところでは、カフカを連想しました。この作品はカフカの世界に通じる雰囲気が色濃くあります。
JL-カフカは読んでいる。枕元に置いて愛読するようなことはしなかった。・・・長文の手紙で、自己顕示に終始していて、父親の非をあげつらっているが、互いの理解や心の触れ合いなどは一切存在しなかった、と書いてある。私もカフカとの類似があることは充分気がついていた。・・・」
【引用~『追放された魂の物語―映画監督ジョセフ・ロージー』ミシェル シマン著、中田秀夫・志水 賢訳、日本テレビ放送網、1996年(以下、『追放された魂の物語―映画監督ジョセフ・ロージー』)】
追放された魂の物語―映画監督ジョセフ・ロージー
ミシェル シマン Michel Ciment 中田 秀夫 志水 賢 / 日本テレビ放送網






 では、オーソン・ウェルズやジョセフ・ロージーの演出には、どのようなカフカ的喚起が成されているのでしょうか?

「(-略-)たとえば、人間は人間を裁くことができるか?しかし、この寓意はもう誰も本気で問題にしはしない。人間だけが人間ほかあらゆるものを裁くのであって、神々も獣たちも裁かないということは誰もがすでに納得していることである。」
【引用~『厳粛な綱渡り』】

 大江氏はこのように、まず一般論として、強者と弱者の関係を、真実に基づくものではない人間社会特有の詭弁による「裁くという行為」に象徴させていることを挙げています。
 そして、オーソン・ウェルズが弁護士を演じた動機の推察や感想、そしてアンソニー・パーキンスが演じたKのマゾヒスティックな特徴や、自分の法廷での経験から、『審判』での不明瞭で無節操な行動をとっている奇怪な傍聴人たちの様子にこだわり、「裁く行為」、「裁かれる行為」、そしてそれらを取り巻く「奇怪な環境」の異常性などを指摘しています。

「弁護士はKの運命も疑っているようでもあり、確信しているようでもある。Kは弁護士に対して、もっと苦しまねばならない。いったい弁護士とは敵なのか、味方なのか? もし弁護士がKの味方なら、弁護士もKの処刑にあたって、共に、犬のように殺されるべきではないのか? これは一般的な話しだが、世の数々の死刑囚たちは、なぜ、かれら弁護人たちが、かれらとともにくびられることを要求しないのだろう? 人間が人間を弁護するとはそのようなことではないか? オーソン・ウェルズはこの明快な映画の全体のなかでわずかに唯ひとつ暗くあいまいな弁護士の役割をひきうけ映画の最後に、ひとりだけ救助された難破船の水夫のように満足げに配役の明細をアナウンスしている。
(-中略-)かれらのための証人としてぼくは法廷にでたのだったが、被告たちはまじめでなかった。すなわち、有罪判決を恐れていなかった。いったい被告たちが有罪判決をうけることを恐れていない裁判ほど不まじめなものが他にあるだろうか?
(-中略-)まじめな裁判にまぎれこんでいる、なんだか無関係な傍聴者。考えてみれば、今日の裁判で奇怪なのは、弁護士だけではなく、おそらくもっと奇怪なのが傍聴人たちではあるまいか?
 オーソン・ウェルズの『審判』の傍聴人たちも奇怪な連中だった。かれらはKのひとりよがりな演説に夢中で拍手するかと思えば、法廷の片隅で接吻する情人たちに大騒ぎするしまつ。それにいったいかれらはどこから集まってきたのか?」
【引用~『厳粛な綱渡り』】

 さすがに大江氏は、文学者特有の感性において、現代社会の特徴をこの裁判の逸話に比喩させており、更にカフカの先見性とオーソン・ウェルズの鋭敏な知性と感性に昂奮したのだと思います。

 『パリの灯は遠く』に登場するミシェル・ロンダール演ずるピエールという弁護士も、オーソン・ウェルズが演じた弁護士ほど露骨で象徴的な存在感はありませんが、常にいかがわしい雰囲気を携えて登場してきます。

「(-略-)あの50年代のハリウッドの赤狩りの投影を見たのだろう。またブニュエルと同じように、「召使」「できごと」「恋」などの作品をつうじてブルジョワジーの偽善性を攻撃している彼は、弁護士(これを演じているミシェル・ロンダールという俳優はたしかブニュエルの映画にも出ていた記憶がある)とその妻に象徴されているように、普段は親友顔しながら、賤民の境遇に落ち込んでいく者に対してはひややかに背を向けるブルジョワたちの態度に、かつてハリウッド人種の姿をだぶらせたのだろう。」
【引用~『映画芸術No.319~ロージーのユダヤ人への心中立て~矢島 翠』映画芸術新社、1977年】

 ジョセフ・ロージー監督のアラン・ドロンへの演技指導では、弁護士ピエールに対する複雑な感情のイメージを次のように指導したそうです。

「(-略-)弁護士には交錯した感情を抱いているから、憎しみは大きいんだ。君は彼の妻を寝取ったという罪悪感もある。彼が裏切り者であることを知り、君と妻の情事を大目に見たことへの軽蔑心もある。君が陰のクラインに会おうとするのを妨害される憎しみもある。」
【引用~『追放された魂の物語―映画監督ジョセフ・ロージー』】

 アラン・ドロン演ずるロベール・クラインは、理由はどうあれヨーゼフ・Kと同様に、有罪判決「裁かれる行為」を全く恐れていません。
 彼は自分は何者なのかという倒錯した矛盾を抱えながら、アウシュビッツ行きを回避できたはずの幾度かのチャンスをわざわざ棒に振り、危険を顧みずにユダヤ人クラインを追い続けてしまう破滅型のマゾヒスト、異常者なのです。
 そして、ユダヤ人のクラインに憧憬の感情までを持ち、彼を求めてパリの街を彷徨うのです。ユダヤ人を求めてしまった人間に、「裁く行為」を実施する側である反ユダヤ主義の審判の効力は無いに等しく、それどころか、大江氏が言説しているとおり、このようにユダヤ人でない者がユダヤ人になろうとしてしまったときにこそ、反ユダヤ主義が最も不まじめなイデオロギーとして定義づけられてしまうことになるように思うのです。

「(-中略-)かれらのための証人としてぼくは法廷にでたのだったが、被告たちはまじめでなかった。すなわち、有罪判決を恐れていなかった。いったい被告たちが有罪判決をうけることを恐れていない裁判ほど不まじめなものが他にあるだろうか?」
【引用~『厳粛な綱渡り』再掲】


 この作品で、最も不気味なシークエンスだと思うのは、ジョセフ・ロージー監督が最も良くできたと自賛しているバーでのユダヤ人排斥主義の舞台ステージです(このシークエンスでのアラン・ドロンとジュリエット・ベルトですが、ジョセフ・ロージー監督は、舞台でのこの出し物を本番で初めて見せたそうで、ふたりのリアクションは演技ではなかったそうです)。
 ユダヤ人を嘲弄する暴力的で醜悪な舞台演出の内容や、司会者の醜態、マーラーの歌曲を歌う男性が演じるユダヤ人の未亡人の異様さ、その舞台を観る観客のけたたましくヒステリックな傍観者としての嘲笑、観客たちの侮蔑に富んだにやけた表情のクローズ・アップなど、ユダヤ人差別が露骨に、そして醜悪に表現されており、大江氏の指摘している法廷における「奇怪な傍聴者」に極めて類似する群衆のように思いました。

「(-中略-)まじめな裁判にまぎれこんでいる、なんだか無関係な傍聴者。考えてみれば、今日の裁判で奇怪なのは、弁護士だけではなく、おそらくもっと奇怪なのが傍聴人たちではあるまいか?
 オーソン・ウェルズの『審判』の傍聴人たちも奇怪な連中だった。かれらはKのひとりよがりな演説に夢中で拍手するかと思えば、法廷の片隅で接吻する情人たちに大騒ぎするしまつ。それにいったいかれらはどこから集まってきたのか?」
【引用~『厳粛な綱渡り』再掲】


「 -この作品の中では人はみな自分だけの生活のうちに孤立しています。どの二人をとっても真に心を結び合った関係にはありません。」
【引用~『追放された魂の物語―映画監督ジョセフ・ロージー』】

 大江氏のコラムのとおり、不まじめで奇怪な人間社会の構図を、オーソン・ウェルズ監督がカフカから喚起された想像力よりも鮮明、かつ直接的に具象化して現代的テーマに置き換えたこの作品は「20世紀映画の古典」とまで言われています。

 その所以は、これらの異常性が行き着かざるを得なかった歴史的な意味においての最悪の結果の、その原因を暴き出しているからに外ならないからなのでしょう。

 『パリの灯は遠く』の反ユダヤ主義の時代設定などは、今更説明するまでもないことかもしれませんが、反ユダヤ主義の裁き裁かれることの恐怖や狂気が、ユダヤ人にとってだけのものではないことをここまで鮮明にした作品は、今までに無かったような気がします。
 演出したジョセフ・ロージー、そして製作者のひとりであり主役を演じたアラン・ドロンの功績は絶賛すべきものでしょう。


「出来上がった作品は1942年のパリの、つかみどころのない複雑さを描いた傑作だ。だれも口にしないが無関心と援助がはびこった時期でもあった。フランス人は彼らの戦時の戸棚にひそむ骸骨に驚くほど敏感で、占領下の反ユダヤ運動と真っ向から取り組んだこの作品は、あまりに直接的すぎると感じる人もいた。」
【『女優ジャンヌ・モロー型破りの聖像(イコン)』マリアンヌ・グレイ著、小沢瑞穂訳、日之出出版、1999年】
女優ジャンヌ・モロー―型破りの聖像(イコン)
マリアンヌ グレイ / / 日之出出版






「『審判』の最後にKが犬のように殺されてしまったあと、ぼくは試写室の居心地の悪い椅子のなかで身うごきしながら、自分自身をまた、この『審判』の、わけのわからない、無関係な、傍聴人のひとりのように感じていたのだった。」
【引用~『厳粛な綱渡り』】

 『演劇と映画をめぐるコラム 審判』での最後に、大江氏は自己批判ともとれる自らの『審判』への鑑賞姿勢に言及し、文学者特有の社会的モラルを投影して自らを客観視しているのです。
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by Tom5k | 2007-04-21 06:10 | パリの灯は遠く(4) | Comments(15)

『パリの灯は遠く』①~カフカ的世界のリアリティ~

 映画『パリの灯は遠く』を監督したジョセフ・ロージーは、コミュニストであったがために、1950年代の「ハリウッド赤狩り」によって、アメリカ国外に追放されてしまったハリウッド映画関係者のひとりでした。本人自らもアメリカ人としてのナショナリストではなく、ヨーロッパでの非ハリウッド的作品を創作する演出家の道を模索していくことになります。
 これは、非常に困難を伴う選択肢だったようです。国外への追放の履歴を隠すために、やむを得ず四つもの氏名を使用しなければならなかった経緯は、『リング』で有名な中田秀夫が製作・監督したドキュメンタリー『ジョセフ・ロージー 四つの名を持つ男』に克明に描かれています。
追放された魂の物語―映画監督ジョセフ・ロージー
ミシェル シマン Michel Ciment 中田 秀夫 志水 賢 / 日本テレビ放送網






 製作および主演のアラン・ドロンにおいては、多くの傑作において、一人の人間から分裂した人格や、二人の人物を一人で演じることなどを最も得意としてきました。この特徴は彼の俳優としての生命線ともいえる個性と才能であると言ってもいいと思います。

『太陽がいっぱい』での貧困な青年トムのブルジョアの友人フィリップへの自己投影、
『生きる歓び』は、育児施設出身の青年ユリスが、アナーキストの英雄カンポサントになりすましてのドタバタコメディ、
『山猫』では、理想に燃える若き共和派から、打算的な王党派政治家への転向を演じ、
『黒いチューリップ』は、個性の異なる兄弟が、各々義賊「黒いチューリップ」に扮する一人二役です。
『ウィリアム・ウィルソン』では、ドッペルゲンガーそのものまで演じ、
『悪魔のようなあなた』は、外人部隊から帰還した記憶喪失者ピエール・ラグランジュが自分が大富豪ジョルジュ・カンポか否かで苦悩するサスペンス、
娯楽大作『アラン・ドロンのゾロ』は、主人公ドンディエゴが旧友との信頼関係から、己れを隠した無能な総督と、正義の義賊「ゾロ」の二役という古典の映画化でした。
得意の「フレンチ・フィルム・ノワール」の『ル・ジタン』でさえ、仲間や子ども達への優しさ、敵対するギャング達への残虐な復讐と、両極端な個性の演技を発揮していました。

 そして、この『パリの灯は遠く』の主人公のロベール・クライン役でも、ドッペルゲンガーともいえる同姓同名のユダヤ人への執着を一世一代の名演技で表現しました。

 彼がマルコヴィッチ事件での重要参考人として、官憲の猜疑と横暴を体験したことも俳優としての資質を拡げる経験になっていたのではないでしょうか。そもことは『パリの灯は遠く』の結実に役立つ大きな要素だったと思います。

 自分がユダヤ人に間違えられているという焦燥と不安、時間を追うにつれ、それは逆にユダヤ人クラインを追い求めていく異常とも思える執着に代わっていきます。アラン・ドロンが演ずるロベール・クラインがユダヤ人クラインの魅力に取り憑かれていく過程は異常です。特に、映画の後半でようやくユダヤ人クライン本人と電話で会話できたときの表情が、わたしには狂った人間の表情にしか見えませんでした。
 このショットでのアラン・ドロンの演技は、巨匠ジョセフ・ロージーの演出からすら、逸脱してしまっていたように感じてしまいます。

 アラン・ドロンは、デビュー間もない頃から、ルネ・クレマン、ルキノ・ヴィスコンティ、ミケランジェロ・アントニオーニ等のフランス、イタリア両国の巨匠たちからの徹底的な指導によって、「ヌーヴェル・ヴァーグ」よりも以前の映画潮流であった「リアリズム」映画の伝統を受け継いできた俳優です。
 巨匠たちは人間の生活者としての苦悩や喜び、挫折や絶望、悲哀、情熱、そして狂気などを意識的に表現して、観る側の共感を勝ち得ていきました。アラン・ドロンは、そういった観点での写実を表現することのできる才能と個性、実力を培った伝統的な古典映画の俳優といえるかもしれません。

 ジョセフ・ロージー監督とアラン・ドロンの二人は過去すでに、『暗殺者のメロディ』でユダヤ系の革命家レオン・トロツキーを描いた前衛映画の秀作を創作しています。
 映画においての素晴らしい才能や個性を持ち合わせている演出家と俳優兼プロデューサーが優れたテーマで、かつ再コンビで取り組んだ結果が歴史的な名作であることは、必然とまで言えるように思います。

 また、脇を固める助演俳優たちも素晴らしく、ルキノ・ヴィスコンティ監督の初期の作品『郵便配達は二度ベルを鳴らす』や『夏の嵐』に出演していたマッシモ・ジロッティの出演にも着目しています。彼は「ネオ・リアリズモ」の創始者とも言えるロベルト・ロッセリーニ監督や、ミケランジェロ・アントニオーニ監督、ピエトロ・ジェルミ監督などの巨匠達の作品に出演し、ベルナルド・ベルトルッチ監督の『ラスト・タンゴ・イン・パリ』ではマーロン・ブランドとも共演しています。彼は、「リアリズム」作品に出演し続けた俳優でした。

 そして、ジュリエット・ベルト。彼女はジャン・リュック・ゴダール監督の『中国女』、『ウィークエンド』(ミレーユ・ダルク主演)、『彼女について私が知っている二、三の事柄』に出演しており、「ヌーヴェル・ヴァーグ」作品に出演し続けた女優です。
郵便配達は二度ベルを鳴らす
/ アイ・ヴィー・シー





彼女について私が知っている二、三の事柄
/ ハピネット・ピクチャーズ





 『パリの灯は遠く』のDVD(東北新社)ライナーノーツによれば、この作品のオリジナル・シナリオはフランツ・カフカ『審判』と『出口なし』にヒントを得たと解説されています。『出口なし』はカフカではなく、恐らく実存主義哲学者のジャン・ポール・サルトルの戯曲のそれであろうと思われます。

審判

カフカ / 岩波書店



サルトル全集〈第8巻〉恭々しき娼婦 (1952年)

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 前述した出演者の外にも、1963年のオーソン・ウェルズ監督・脚本・助演、アンソニー・パーキンス主演の『審判』(フランツ・カフカ原作)に出演していたジャンヌ・モロー、シュザンヌ・フロン、ミシェル・ロンダールが非常に重要な役柄で出演しています。
 このキャスティングは偶然とは思えません。しかも、当時のアラン・ドロンの恋人ロミー・シュナイダーまでが出演しているのです。彼女はジョセフ・ロージー監督の『暗殺者のメロディ』でもアラン・ドロンと共演しています。
 『パリの灯は遠く』の題材のモティ-フが『審判』であることは、このようなキャスティングへの反映によっても推察することができます。
 また、わたしなどは、『審判』にロミー・シュナイダーが出演していたことが、アラン・ドロンの作品創作への意欲に少なからず影響を与えていたのではないかと、勝手な想像までしてしまいます。

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 ジャンヌ・モロー、シュザンヌ・フロン、マッシモ・ジロッティ、ジュリエット・ベルト、ミシェル・ロンダールという素晴らしいキャスティングに加え、シナリオにおいても、ジッロ・ポンテコルヴォ監督の『アルジェの戦い』、『ケマダの戦い』や、コスタ・ガブラス監督の『戒厳令』等の社会派の先鋭的な作品に携わってきたフランコ・ソリナスを起用しています。すでに彼は『ゼロ地帯』でナチス・ドイツの非道をシナリオにしている経験を持ってました。

 セザール賞では、作品賞、監督賞とともに、美術賞を受賞した作品ですが、何と驚くべき事にマルセル・カルネ監督の歴史的傑作『天井桟敷の人々』や、同監督の『愛人ジュリエット』の美術を担当したアレクサンドル・トローネルが選定されています。彼は、オーソン・ウェルズ監督の『オセロー』やビリー・ワイルダー監督の『情婦』、マルク・アレグレ監督の『はだかの王様』や『チャタレー夫人の恋人』などの素晴らしい歴史的実績を持った映画美術家なのです。

 わたしは、このキャストやスタッフの編制の特徴は、カフカ的抽象テーマを、現実に起りうる「リアリズム」として映像作品に反映させるためだったようにも思っています。

アルジェの戦い
/ アイ・ヴィー・シー





ケマダの戦い
/ エスピーオー





戒厳令
/ ビデオメーカー





天井桟敷の人々
/ ジェネオン エンタテインメント





愛人ジュリエット
/ ビデオメーカー





オセロ
/ ビデオメーカー





情婦
/ 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン





チャタレイ夫人の恋人【字幕版】
/ アイ・ヴィー・シー





 このようなテーマをモティーフにした映画史的傑作『パリの灯は遠く』の観る側への問いかけは重たく暗鬱なものです。
 作品の背後にある理想を目指して苦悩してきた良識的なインテリジェンス、そして長年に渉って一貫性を貫いてきたことによる自尊心を持つ素晴らしいスタッフとキャストの生き方が安穏と生活している観客を問いただしているような気もするのです。

 映画および小説の『審判』では、カフカの他の作品と同様に、主人公ヨーゼフ・Kが、実にまわりくどい苦悩と不安に挽きづり回されて、とうとう最後には処刑されてしまうという悲惨を描いています。しかも、その最期まで、Kは罰則(ここでいう審判)を受けていることすら気づかず、その罪も自覚できずにいたのです。いや、知らされなかったという言い方のほうが的を得ているかもしれません。
 そして、彼がその苦悩と不安から逃げれば逃げるほど、今度は罰則自体の内実が鮮明となっていく構成です。つまり処罰を回避するつもりであるのに、逃げること自体が罰を受け続けていくことになってしまうわけです。
 最後にはとうとう、死刑執行人の手によって処刑されてしまいますが、それは初めから明白であり、単にそれが引き伸ばされていたに過ぎなかったわけです。人の人生というものを隠喩して、他の何かの存在によって自らの死が執行され続けられているとの解釈がカフカ的なテーマの解釈として妥当なのかもしれません。
 実に実存主義的で哲学的なテーマのようですが、ここで最も重要とすべきはカフカ自身がユダヤ人であったことです。


【じゃ、これが地獄なのか。こうだとは思わなかった・・・・二人ともおぼえているだろう。硫黄の匂い、火あぶり台、焼き網・・・・とんだお笑い草だ。焼き網なんか要るものか。地獄とは他人のことだ。】
『出口なし』ジャン・ポール・サルトル 著、 伊吹 武彦 訳(昭和27年人文書院刊)より

 戯曲『出口なし』の初演は1944年5月パリのヴュー・コロンビエ座にて、パリ解放四か月前のまだナチスドイツの検閲を受けての上演であったそうです。占領下のパリはまさに出口なしの状態が長く続き、窒息寸前の状況にあったと思われます。
 テーマにおいても、時代的背景においてもジョセフ・ロージーとアラン・ドロンがここから何を汲み取ったかは想像に難くありません。
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 思えば、サルトルは、1947年に『ユダヤ人問題についての考察(Refelexions sur la question juive)』においてフランス人におけるユダヤ人観を発表しています。
 彼は、ユダヤ人の性格がユダヤ人問題を惹き起こしているのではなく、反対に反ユダヤ主義者が、ユダヤ人を作り上げたのだといっています。
 時代において、彼は自らが社会の改革者としてのアンガジュマン=社会的・政治的立場を鮮明にして、それを貫いた思想家です。そして、この考察においても最後に次のように締めくくっています。
【フランスにおいて、更には、世界全体において、ユダヤ人がひとりでも自分の生命の危険を感じるようなことがある限り、フランス人も、ひとりとして安全ではないのである。】
『ユダヤ人』(J.P.サルトル 著、安堂 信也 訳(1956年 岩波新書刊)) 

 『パリの灯は遠く』の結末では、列車に乗り込んだクラインの呆然自失の様子と、その後ろに彼に絵画を値切られて買い付けられたユダヤ人が映し出され、作品冒頭の彼らのやりとりのセリフの回想がヴォイス・オーヴァーとして挿入されるラストシークエンスでフェード・アウトとなります。
 主人公のアラン・ドロン演ずるロベール・クラインは、ユダヤ人の足下を見て商売する悪徳の美術商であったことにより、無意識の罪悪感(=超自我)をユダヤ人クラインへの執着に変質させたのかもしれません。彼はその結果、二重身(=ドッペルゲンガー)を追い求めざるを得なかったのだと、作品を観る側は理解できます。
 わたしも、このユダヤ人クラインに対するセクシュアルともいえる執着が、ロベール・クラインのユダヤ人に対する無意識の罪悪感から始まったのだとは思っています。

 しかしわたしは、実は彼自身が現在の自分の生き方にすでに納得できなくなってしまっていたのではないのだろうか?と考えました。何度も出てくる鏡に映し出される自分の姿。本来の自分、本質的な意味での自分自身とは何者なのか?今の自分は本当の自分ではない、本当の自分はユダヤ人クラインなのかもしれない、自分の分身(本当の自分)に巡り会いたいという大きな願望が、彼を異常で執拗な追跡者に変質させてしまったように見えたのです。
 俗物である自己自身に気づき、自身の欠落部分を自覚してしまった人間は、無意識に別の自分を追い求めてしまうのではないでしょうか?

 ユダヤ人クラインに対して、死を厭わずに彼を追い、収容所行きの列車へ乗り込んでしまった彼の選択は、不安や恐怖から追われ続けるカフカ的人間の苦悩と似て非なのです。
 己の欲する本当の自分、すなわちユダヤ人クラインに対する憧憬が生み出してしまったものは、人間の狂気によるエクスタシーへの希求であったのでしょう。
 そして、わたしは、彼のように本来の自己を確立しようとすることが、不安や恐怖という生きるための防衛規制を破壊することと同義であり、そのような人間が社会で生きることは不可能に近いことであることを、この作品から理解することができました。

 更に、ジョセフ・ロージー監督とアラン・ドロンは、ヨーロッパ人への警告とも受け取れるこの作品の創作を通して、何か新しい突破口を模索しようとしていたのだとも思います。セクシャリティや狂気という屈折した手段ではあっても、イスラエルでいわれているユダヤ人の厳しい定義に少しでも歩み寄ろうとしたのではないでしょうか?
 イスラエル人は「ユダヤ人」の定義を「自分をユダヤ人と思い、他人からユダヤ人として扱われている者」としているそうです。ここでは、ユダヤ人を理解するにはユダヤ人になるしかないという実にシビアな厳しさを感じ取ることが出来ます。

 ジョセフ・ロージー監督とアラン・ドロン
 彼らの人生においては、社会の多くの不条理との闘いの経験を経て、その含蓄からの想像力により、ユダヤ人の問題が切実なヨーロッパ人の問題だと考えることに至った「血の滲むようなヒューマニズム」が、しかし静かに貫徹しているのではないでしょうか。

 だからこそ、この作品は絶賛に値すると思うのです。
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by Tom5k | 2005-08-13 21:29 | パリの灯は遠く(4) | Comments(8)