『パリは燃えているか』②~ルネ・クレマンの再評価を望む~

 何故なのでしょうか?ルネ・クレマンは、正確に評価されていません。

 特に「ヌーヴェル・ヴァーグ」のカイエ派のルネ・クレマンのこきおろしには、憤りさえ感じます。一般的にいわれている大きな原因のひとつを挙げれば、彼がピエール・ボストとジャン・オーランシュを自作の脚本に多く使っていたことがあるでしょう。
 「ヌーヴェル・ヴァーグ」カイエ派の評論家、後の映画監督であるフランソワ・トリュフォーは、1930年代に完成した「詩(心理)的レアリスム」という体系がフランス映画の「良質の伝統」であると皮肉り、当時、その代表的な脚本家であったボストとオーランシュ、および彼らと組んだ映画監督たちを徹底的に批判していきました。
 要するに、彼らの文芸的作風のシナリオ主義が似非の芸術性であるとし、そこから脱却するには、新たな視点での映画制作が必要であることを訴えていったわけなのです。そして、ルネ・クレマンもその批判の対象から漏れる演出家ではありませんでした。

 フランソワ・トリュフォーは実に理知的、そして論理的にルネ・クレマンを批判しています。しかも、プラスの評価まで正確にしている(本質的に正確か否かは今後の映画史論をまだ待たなければならないと、わたしは思っていますが・・・。)こともあり、その批判の内容にはたいへん説得力があり、映画史を変えるほどの映画批評の力量で旧フランス映画の伝統を否定していったのです。

「『居酒屋』(一九五六)はルネ・クレマンのもっとも油の乗った時代の作品で、ゾラの原作に忠実なそのレアリスムは、まさにゾラ流の自然主義を映画に移植したものといってもよかった。(-中略-)
この文芸映画にかぎり、脚色者オーランシュ=ボストに対して、トリュフォーは文句をつけなかった。「正直で利口で」ゾラを台無しにもしなかったといい、クレマンに対しても、「感動的なエネルギー」で仕事をしたといったが、そこに「努力」が見えるという指摘はわすれなかった。つまりヒッチコックのような「すべてが可能である名人芸」ではないという意味であった。
 「クレマンとは何者か?『居酒屋』はクレマンの他の映画との関係においてなにを意味するのか?映画の人物について、ゾラについて、生活について、アルコール中毒について、また子供たちについて、クレマンはなにを考えるのか?私たちはなにも知ることはないだろう。というのはクレマンは映画の〈作家〉ではなくて、用語のハリウッド的意味での〈監督者〉であり、自分に申込まれた物語をうまく利用するヴェテラン技術者だからである。」
 ぼくはトリュフォーのことばはいささか酷だとおもうし、『居酒屋』はむしろクレマンの本質的な作品の一つだとさえみるのだが、トリュフォーの〈監督者〉説にも一理はあると考える。クレマンはただ仕事だとわりきって、彼らしくもない映画を達者につくる傾向が多分にあって、ミイラとりがミイラになった観がないではないからだ。その結果、現在、戦争直後にぼくたちが考えたクレマンらしい作品をつくる機会がたとえあっても、彼が以前のような独自性をもつことができなくなったとすれば、トリュフォーに「作家」としてみとめたくないといわれても、抗弁はできないのである。」
【キネマ旬報 1976年4月下旬号(「ヌーヴェル・ヴァーグの映画体系 フランソア・トリュフォーの映画論20」飯島 正)】
禁じられた遊び/居酒屋
/ アイ・ヴィー・シー





居酒屋 (新潮文庫 (ソ-1-3))
古賀 照一 / / 新潮社






 また、カイエ派の批判に加えて左岸派に至っては、ルネ・クレマンを相手にもせず、完全に黙殺してしまっているようにまで、わたしの眼には映ります。
 『二十四時間の情事』のシナリオを書いていた左岸派の前衛作家(ヌーヴォー・ロマン)であるマルグリット・デュラスが、自らの脚本で制作されたルネ・クレマンの『海の壁』に、失望したことなども原因のひとつに挙げられるかもしれません。
二十四時間の情事
/ アイ・ヴィー・シー





マルグリット・デュラス
/ 国文社






「電子頭脳の巧妙な計算に支配された形式上の完璧さのために、クレマンは、ある種アカデミズムへ導かれる危険性があった。この完璧さが、合作映画『海の壁』を失敗させたのである。」
【世界映画史 ジョルジュ・サドゥール著 丸尾定訳】
世界映画全史
ジョルジュ・サドゥール / / 国書刊行会





 また、同じ左岸派の映画作家であるアニエス・ヴァルダ監督のフランス映画生誕100周年の記念映画である『百一夜』では、その作品のどのショットにも・・・しかも、それはアラン・ドロン登場のシークエンスにおいてすら、ルネ・クレマンは見当たらないのです。
 ドキュメンタリスト及びリアリズム作品の作家ルネ・クレマン、という観点での左岸派の評価などは、決して眼にすることはないといっていいでしょう。



 しかしながら、一方では、ルネ・クレマンの演出が「ネオ・リアリズモ」の創始者の一人であるロベルト・ロッセリーニに匹敵するものである、とまでの高い評価もあることはあるのです。

「『鉄路の闘い』は、ナチ占領下におけるフランス鉄道員たちのレジスタンスを描いたセミ・ドキュメンタリーで、フランス映画総同盟と、フランス国鉄抵抗委員会の企画、製作による作品であった。いわば、鉄道労働者たちが金を出し合い、製作費を作り、それで出来上がった作品だった。
「パリ占領の間、ドイツ兵たちは実に下劣だった。このことは歴史の一コマであり、私は真実を曲げることは絶対にしない。たとえば私がドイツの捕虜収容所の映画を撮るとしても、どうして現在の仏独接近なんか考慮してなんか作れよう!」
 クレマンは、こうした創作のビジョンをはっきりうち出した。そして、技術的には、彼のドキュメンタリー作家としての前歴を生かして、セミ・ドキュメンタリー・タッチで『鉄路の闘い』を仕上げたのであった。
 “Frennch Cinema since 1946”の著者ロイ・アームズは、この作品をロッセリーニの『戦火のかなた』(46)と同項においている。その後フランス鉄道労働者のレジスタンスを描いたものに、フランケンハイマーの『大列車作戦』(64)などという秀作がある。しかし、イタリアでロッセリーニ、デ・シーカが輩出し、セミ・ドキュメンタリー・タッチのレジスタンス映画が続出した40年代においてすら、クレマンの『鉄路の闘い』をしのぐ作品は出なかったと言っていい。それほど、クレマンのドキュメンタリズムが徹底していたということなのだ。」
【映画評論 1974年3月号(「ルネ・クレマン研究 クレマンの作品系譜をたどる」高沢瑛一)】
鉄路の闘い
/ ビデオメーカー





海の牙

マルセル・ダリオ / アイ・ヴィー・シー



大列車作戦 [スタジオ・クラシック・シリーズ]
バート・ランカスター / / 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン





 ところで、旧ソ連時代に、エイゼンシュテインがモンタージュ理論を実践した文化史的名作『戦艦ポチョムキン』には、観る側に対しての非常に多くの楽天的な印象が与えられてしまう側面があるように感じています。
 当時のソ連において、既に多くの社会矛盾が解消され、過去の矛盾を一掃して革命が成し遂げられたという人民の歓喜の表現が大きく強調された作品になっている側面もあると感じるわけなのです(ロシア革命の正誤については、あえて言及しませんが・・・)。
 これは恐らく、我々の生活している現在において、まだ多くの社会矛盾が解消されておらず、映画を受益する観客として、描かれるべきテーマに深刻な要素を無意識に求めてしまっているためなのかもしれません。

 いずれにしても、1925年にモスクワのボリショイ劇場で実施された「1905年革命20周年記念式典」の最初のプログラムとして、『戦艦ポチョムキン』の試写が上映され、ボリショイ劇場管弦楽団の伴奏がヴェートーヴェン作曲『交響曲第9番 歓喜の歌』であったことも、そういった要素からすれば当然のことであるように思います。
戦艦ポチョムキン
/ アイ・ヴィー・シー





ベートーヴェン:交響曲第9番
フルトヴェングラー(ウィルヘルム) / / EMIミュージック・ジャパン





 そして、ルネ・クレマンがファシズムからのパリ解放を描いた『鉄路の闘い』や『パリは燃えているか』で扱っているフランスのレジスタンス運動への賛美に関わっても、フランス国民にとっては「歓喜」以外の何ものでもないと、わたしには感じられます。
 これらのことを踏まえれば、ルネ・クレマンの描いたレジスタンス作品は、ロベルト・ロッセリーニの『無防備都市』、『戦火のかなた』、『ドイツ零年』や、同じフランス・レジスタンスを描いたジャン・ピエール・メルヴィルの『影の軍隊』などとは異なり、エイゼンシュテインの『戦艦ポチョムキン』と似たメッセージやテーマで帰結しているように思えるわけです。
無防備都市
アルド・ファブリーツィ / / アイ・ヴィ・シー





戦火のかなた
カルメラ・サツィオ / / アイ・ヴィ・シー





ドイツ零年
/ アイ・ヴィー・シー





影の軍隊
/ ビデオメーカー





 そこで、わたしが特筆したいことは、ルネ・クレマンのその才能が、そのキャスティングにおいて天才的であるということです(『太陽がいっぱい』で、当初トム・リプリーを演じる予定であったモーリス・ロネから、急遽アラン・ドロンにキャスティングを変更したことなども、その現れの一例であるかもしれません)。

 ジャン・ピエール・メルヴィルが「スター」好きであることは有名ですが、わたしはルネ・クレマンも同様に、かなりの面で「スター」好きであるような印象を持っており、このオールスター・キャストの『パリは燃えているか』を引き受けたことからも、それを感じとることができます。
 しかし、他の演出家と異なり、それは非常に独特な特徴を持っているように見受けられるのです。わたしは、彼の作品に出演している「スター」が、「スター」のまま配役にリアルな形態で活かされていることに着目しました。
 逆に、「スター」の「スターの在りよう」を剥ぎ取って、彼らの従来と異なる個性の素晴らしさを撮ることが上手な名監督は多く存在しますが、「スター」が「スター」のままで、しかも、その作品が「リアリズム」を透徹していることは通常ありえません。
 ここに、この『パリは燃えているか』の際立った特徴が存在しているとはいえないでしょうか?

 一般的に映画が、豊かに完成された楽しい娯楽であることに限定した場合、観る側へのドリーミングの提供が欠かせない要件となることが必須なわけですから、そこには「スター」の存在が欠かせなくなります。逆に、社会の諸矛盾を追及するための「リアリズム」を強調したり、徹底していく作品においては、観客に夢を提供するための「スター・システム」の存在は、むしろその虚構性を高めてしまう危険を伴うような気がします。
 このように、映画における「スター・システム」と「リアリズム」とは、一般的には相容れないものであることは否定できない現実でしょう。

 ルネ・クレマンの若い頃のリアリズム作品は、職業俳優などを使わず、一般の素人が、そのモデル・型として出演しています。これはエイゼンシュテインの作品以降、多くの映画作家がその影響を受けて数多くの傑作を生み出してきた俳優論の実践の応用のひとつだったと察せられます。

 しかしながら、ルネ・クレマンの作品に限っては、そのエキストラのような普通の素人の出演者が「スター」と同等の存在になっているように、わたしには見えるのです。
 「ヌーヴェル・ヴァーグ」や「ネオ・リアリズモ」の作家たちもそうですが、彼らは「リアリズム」を追求するために無名の素人たちを、あくまでリアルな生活者としてドキュメンタルな表現や作風を取り入れるために使っていました。
 しかしわたしには、ルネ・クレマンの演出では、それがリアリズム作品でありながら、彼ら素人をあえて「スター」という位置づけから撮っているように感じてしまうのです。
 ルネ・クレマンに使われた彼らは、ロベルト・ロッセリーニやルイジ・ザンパ、ヴィットリオ・デ・シーカ、ルキノ・ヴィスコンティが、初期の「ネオ・リアリズム」作品で貧困と社会矛盾に苦しむ民衆を描くために使った素人の俳優たちとは明らかに異なっています。

 何故なのでしょうか?その原因は?

 ルネ・クレマンの作品では、フランス国民が、自由と平和への希求において、誇り高い愛国の精神から夜空に燦然と輝く星として、すなわち「スター」のように「リアリズム」の表現に活かされているからに外ならないからだと思うのです。
 無名のひとびとに光をあてることのできる映画作家ルネ・クレマン、一般の民衆が「スター」に、「スター」が「リアリズム」に・・・。

 わたしには、そんな俳優の使い方ができる監督は、ルネ・クレマンの存在くらいしか思い浮かびません。

 そのような登場人物における成功の確たる証拠が・・・『鉄路の闘い』でのフランス国有鉄道の労働者たちであり、『太陽がいっぱい』以降のアラン・ドロンの個性であり、『パリは燃えているか』のオールスター・キャスティングであったのではないでしょうか?

 逆に、その失敗例がロベルト・ロッセリーニの『ストロンボリ』以降のイングリッド・バーグマンであるとも考えられるような気もします。
【参考】
【盟友 オカピーさん、用心棒さんの意見 『良い映画を褒める会。』「『ドイツ零年』(1948) 悲しすぎる少年の運命とネオレアリズモの代表作 ネタバレあり」でのコメント】
【オカピーさんの意見 『プロフェッサー・オカピーの部屋[別館]』映画評「萌の朱雀」】
【豆酢さん、用心棒さんの意見 『豆酢観』「ドイツ零年」でのコメント】

ストロンボリ (トールケース)
イングリッド・バーグマン / / アイ・ヴィー・シー





 パリ解放のために装甲車で入国した連合軍、凱旋したド・ゴール将軍を迎え、歓喜して「ラ・マルセエーズ」を大合唱するパリ市民が映し出されるパリ解放のラスト・シークエンスには、当時の実写フィルムが次から次とモンタージュされているために、ドキュメンタリーなのか、映画のドラマトゥルギーとしてのパリ解放なのか、全く区別がつかないほどであり、出演俳優とフランス国民との間の壁が全く無くなっていることも特筆すべきことであるように思います。

 リアリズム作品の究極の成果は、観る側の生活体験と映画作品との一体化を可能にしたことなのかもしれません。彼はその成果を更にもう一歩進めたような気がします。

 すなわち、彼がリアリズム作品における「スター」の起用に成功した功績として、映画を受益する一般の観客と、映画「スター」とが一体となれる可能性までをも模索し、最大限にその可能性を開花させたということなのです。

 ルネ・クレマンにとっては
☆ レジスタンスとしてナチスと勇敢に闘った一般民衆こそが「スター」であり、
☆ 「スター・システム」は、レジスタンスを共に闘える一般民衆としての同志だったのでしょう。

 わたしは、そういう意味で、彼がエイゼンシュテイン以降のリアリズム作品において、特に出演させた俳優に向き合う姿勢に、エイゼンシュテインをも超えうる資質を持った映画作家であったと、誰もが指摘していない貴重な映画作家としての再評価を声高に訴えたくなってしまうのです。


「起てや祖国の 健児らよ、 栄えある日こそ 来たるなれ、 われに刃向かう 暴虐の、 血染めの旗ぞ ひるがえる、 君よ聞かずや 野に山に、 敵兵どもの 吠えるのを、 わが同胞を 殺さんと、 奴らはわれに 迫り来る、 いざ武器をとれ 市民たち! 隊伍を組めや いざ行かん! 敵の汚れし 血潮もて、 わが田の畝を 潤さん。」
(フランス共和国国歌「ラ・マルセエーズ」より)


「コミュニストだろうと、ド・ゴール派だろうと。私にはすべてレジスタンスの同志であった。私の会ったこの時代の責任者の人たちはすべて、彼ら同士お互いによく理解しあっていた。どちらが主導権を握るかで若干のアツレキがあったにせよ・・・・」
(ルネ・クレマン 談)
【引用 『海外の映画作家たち 創作の秘密(フランス編 ルネ・クレマン)』田山力哉著、ダヴィッド社、1971年】
海外の映画作家たち・創作の秘密 (1971年)
田山 力哉 / / ダヴィッド社
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by Tom5k | 2008-06-09 02:22 | パリは燃えているか(2) | Trackback(19) | Comments(42)

『パリは燃えているか』①~侵されない理由~

 再版未定となっていた『パリは燃えているか?上・下』(ドミニク・ラピエール 、ラリー・コリンズ著、早川書店刊行)が3月に単行本で復刊されました。

パリは燃えているか?(上)
ラリー・コリンズ&ドミニク・ラピエール著 志摩隆 / 早川書房





パリは燃えているか?(下)
ラリー・コリンズ&ドミニク・ラピエール著 志摩隆 / 早川書房





 戦後60年後の現在のパリは毅然と誇らしげに町並みを現存しています。
 ルーブル美術館はじめ、各大規模美術館の数々、点在するローマ時代の遺跡群、カルチエ・ラタン、サン・ジェルマン・デ・プレなどの文教地域、パリ万国博覧会の開催時のモニュメントとして建造されたエッフェル塔、フランス革命時にマリーアントワネット、ルイ16世から始まり、ダントンやロベスピエールなどの革命家でさえもギロチンの露と消えてしまったコンコルド広場、ジャンヌ・ダルクの名誉回復審判やヴィクトル・ユーゴーの小説の舞台となったノートルダム寺院、ナポレオンのアウステルリッツの戦勝記念として発案された凱旋門、そして、革命市民の名が今でも刻まれているバスチーユ広場.....等々。

 戦時下においてさえ、破壊されなかったこれらのパリ文化遺産の数々。

 映画『パリは燃えているか』は歴史を再現したノンフィクションです。「Dデー」、連合軍のノルマンディー上陸作戦の決行、そして上陸成功。あせるヒトラーはパリ占拠の責任者にコルティッツ長官を任命してパリ焦土作戦を命じました。
 一方、抵抗組織レジスタンス内部では、共和主義者のドゴール派の幕僚アラン・ドロン演じるデルマスと自由フランス軍の共産主義組織のロル大佐との対立に代表される矛盾を抱えていました。しかし、議決の結果では、敵はただひとつナチスドイツであるとの結論を生み出し、ついに統一人民戦線レジスタンスの武装蜂起が決定されたのです。ドイツ軍のパリ鎮圧目的の攻撃とパリ市民の解放への闘いが始まり、おのおのパリ市民は武器を手に立ち上がり市の要所を奪還していきました。

 パリ占領軍の長官コルティッツのジレンマは作品でもよく描かれており、勝利を確信し、決してナチスに屈服しないレジスタンスの誇りや自信との対比もリアルに表現されています。絶対であるヒトラー総統の命令であるパリ壊滅を戸惑うコルティッツ。

 それにしても、当時、戦況が不利になってきていたナチスドイツとはいえ、まだ相当の軍勢を維持しており、最も有能で優れた軍人であるコルティッツが任務していたパリにおいて、破壊を免れて解放されていったパリの様子は、単に歴史上の事実のみならず人類史の遺産として認知されるべきことであるとわたしは思うのです。

 戦後60年経った今、ひとつだけはっきりといえることは、パリ市民のレジスタンス運動が本物であり、パリの各文化遺産が本物であったこと、ナチスドイツ、およびヒトラーは偽物であったということです。偽物が本物に勝利することなど決して不可能なことなのです。
 本物の市民運動や文化遺産が、いかなる力によっても破壊することが出来ないということが証明された最も典型的なケースとして、このパリ解放の物語の真実があるのは、人類史の誇りとして銘記すべき出来事なのだとわたしには思われるのです。
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by Tom5k | 2005-04-07 20:39 | パリは燃えているか(2) | Trackback(3) | Comments(6)