『Notre histoire(真夜中のミラージュ)』②~愛の再生・復活その2 ベルトラン・ブリエ作品評価~

 ベルトラン・ブリエは、「ヌーヴェル・ヴァーグ左岸派」のエコール、新しいドキュメンタリーの方法を生み出した「シネマ・ヴェリテ(映画=真実)」としての代表作『ヒトラーなんか知らないよ』(1963年)を撮った10年後の1973年、多くの男女の奔放な自由で乱れたセックスを描いた『バルスーズ』を完成させます。
バルスーズ
/ レントラックジャパン





 そして、この作品以降の彼の作品のほとんどが、性風俗に関わっての禁忌的な表現やスタイルであるにも関わらず、公式の国際映画祭でのアカデミックな評価、及び映画賞の実績を残しており、その多くの功績には眼を見張ってしまいます。

 妻の不倫に手を貸す夫、その後の妻の恋愛の相手が13歳の少年であり、その子供を妊娠してしまう
『ハンカチのご用意を』(1978年)
1978年第51回アカデミー外国語映画賞。

 リュック・ベッソンが絶賛しているシュール・レアリズムの傑作
『料理はつめたくして』(1979年)
1979年第5回セザール賞脚本賞

 妻に娼婦を連想し、その嫉妬妄想に苦しむ中産階級の男性の無意識を「夢」の表現で描写した
『真夜中のミラージュ』(1984年)
1984年第10回セザール賞脚本賞、及び主演男優賞(アラン・ドロン)

 ホモ・セクシュアルの男性を含む三人の男女の三角関係を描いた
『タキシード』(1986年)
1986年第39回カンヌ国際映画祭主演男優賞(ミシェル・ブラン)
タキシード
/ アミューズ・ビデオ





 美しい妻がいるにも関わらず、他の女性との恋愛に陥ってしまい、最後にはふたりの女性に、相次ぎ去られてしまう男性を描いた
『美しすぎて』(1989年)
1989年第42回カンヌ国際映画祭審査委員賞
1989年第15回セザール賞作品賞、及び監督賞、脚本賞

 娼婦という職業に満足している女性を主人公にした
『私の男』(1996年)
1996年第46回ベルリン国際映画祭主演女優賞(アヌーク・グランベール)。
私の男
/ アップリンク





 愛した娼婦に虚言を信じ込ませて、愛情を得るコメディ作品
『ダニエラという女』(2005年)
2006年第27回セザール賞脚本賞
2006年第28回モスクワ国際映画祭監督賞
ダニエラという女
/ ハピネット・ピクチャーズ





 ベルトラン・ブリエは決して多作ではなく、デビュー作品以降の制作本数を考えると、作品を発表するたびに公式の映画賞を受賞しているといってもいいほどです。

 複数の男女間の奔放なセックス、ホモ・セクシャル、不倫、嫉妬妄想、人妻と少年の恋愛、売春行為の肯定・・・等々。
 それにしても、何故ベルトラン・ブリエは、それらの作品の多くで、このような赤裸々なセックスや決して常識的ではない男女関係、それらの恋愛における葛藤や主人公たちの苦悩などを描き続けるようになっていったのでしょうか?
 しかも、そのような内容であるにも関わらず、彼の作品の多くが権威ある映画祭、映画賞の受賞歴によって、ある種のアカデミズムに導かれているわけですから、たいへん不思議な評価にも思えます。

 1950年代当時、まだ社会主義制度を採っていたソ連邦内で一般化していたソビエト芸術は、「退屈でつまらない」という自国民からの強い批判を受けるようになっていました。
 その批判に対応するように、映画監督のセルゲイ・ゲラーシモフは、1954年12月第2回ソビエト作家大会においての「ソビエト映画のシネマトゥルギー」という報告で、自国の映画芸術の検討課題を問題提起しました。

 彼は、現在の映画のテーマでも中枢をしめている「男女の恋愛」に関わって、当時のソ連邦内での映画表現の欠陥について、強い批判を列挙したのです。
 そして、矛盾も対立もない無葛藤な生活からの人間の性格描写では、新しい芸術が成り立たないとしたうえで、次のような指摘を行いました。

『ゲラーシモフはその次に恋愛描写の貧しさを指摘する。
「スクリーンの上に若い二人があらわれれば、観客は当然恋愛を期待する。事実、映画に恋愛は出てくるが、すべてが何と寒々と千篇一律に解決されていることか。恋愛は、もしそれがほんとうに高いまじめなものであれば、恋人同士に、たがいに心や思想を信じさせ、胸の奥のもっと大切なことを語りあわさせる。恋人たちはたえまなくけんかをし、仲直りする。こうして彼らの性格はたがいに適合しあっていくのである。これらすべてのことは数百万人の愛し愛される人たちの間で行われているのに、いままでスクリーンに生き生きと描かれたことがない。」
もちろん、恋愛描写の技巧が問題なのではない。恋愛をさえ正しく描けないことが、そのまま若い人たちの生活と願望を映画が反映していないことをあらわしているのである。』
【『映画の理論』岩崎 昶著、岩波書店(岩波新書)、1956年】

 そして、これらの指摘事項の内容は、非常に注目に値するものに思えます。
 1980年代、ゴルバチョフ時代のペレストロイカ政策によって、ソ連邦内では「表現の自由」に関わる規制が緩和されて、従来からの公式芸術の体系であった「社会主義リアリズム」への批判も活発となっていきました。
 その後の1991年のソビエト連邦の崩壊から現在まで、東ヨーロッパでもロシアでも、それぞれ独自の芸術活動が模索され活性化していくことになります。

 しかしながら、国際映画製作者連盟が公認している長編映画の祭典であるモスクワ国際映画祭の第1回開催年は1959年で、旧ソ連邦時代から現在まで存続している映画祭です。
 これは、前述した映画監督のセルゲイ・ゲラーシモフが問題提起した第2回ソビエト作家大会が開催された1954年の5年後であり、13年後の第5回モスクワ国際映画祭では、ゲラシーモフ本人の作品『Zhurnalist(ジャーナリスト)』がグランプリを獲得しているのです。

 ペレストロイカ政策以降、ロシアでの社会制度も替わり、芸術運動の方針に関わる制約も無くなったとはいえ、文化史的な蓄積のうえに成り立ち、かつ現在まで存続しているこのモスクワ国際映画祭の権威までもが失墜したと結論してしまうことは、わたしは早尚であると考えます。
 まして、ゲラシーモフの問題提起は社会主義制度の矛盾を突いた指摘内容であったとも考えられ、その理念がソビエト連邦崩壊後の2006年の第28回モスクワ国際映画祭の開催段階に引き継がれていない、とはいえないように思います。

 わたしがこのような意味から関連づけようとすることは、『バルスーズ』以降、恋愛のイデオロギー的な側面、もしくはセックスと社会との同一的課題を豊かに生き生きとした描写で表現し続けたベルトラン・ブリエの映画貢献が、1954年の第2回ソビエト作家大会でのセルゲイ・ゲラーシモフの映画芸術についての検討課題を、結果的に十分に反映したものだったのではないか、ということです。
 彼が『ダニエラという女』での第28回モスクワ国際映画祭の監督賞を受賞できたことも、その遠因のひとつであったとまで考えてしまいました。


 そして彼は、1984年にアラン・ドロンを主演にした『真夜中のミラージュ』を発表しますが、これも最も身近なテーマとしての男女関係の葛藤を強く意識し、恋愛における現代的課題を解決するための一貫した原則を模索した内容の作品なわけです。


 また、アラン・ドロンの運営するアデル・プロダクションで製作された作品であることから考えれば、主演がアラン・ドロンであることは、あまりに当然ではあるのですが、
ベルトラン・ブリエとアラン・ドロンの邂逅に関わっては、その外にも納得できる多くの理由があるようにも思うのです。

 現在ではフランスの大スターであるジェラール・ドパルデューの出世作品となった『バルスーズ』以降、ベルトラン・ブリエは、ほとんどの作品(『ハンカチのご用意を』、『料理は冷たくして』、『タキシード』、『美しすぎて』、『メルシー・ラ・ヴィ』(1991年)、『ダニエラという女』)で彼を起用しており、そのことは国際的な大スターを育てた実績となっていること。
メルシー・ラ・ヴィ
/ ポニーキャニオン





 アラン・ドロンとミレーユ・ダルクが共演した『愛人関係』(1973年)、『チェイサー』(1978年)で監督を務めたミレーユ・ダルクの元の恋人であったフレンチ・アクションやサスペンス、フィルム・ノワール作品の大家ジョルジュ・ロートネル監督の『狼どもの報酬』(1973年)で、シナリオを担当した経験があったこと。
狼どもの報酬
/ 大映





 アラン・ドロンのデビュー作品である『Quand la femme s'en mêle』には、父親ベルナール・ブリエが出演しており、彼と共演していること。

などのことから、アラン・ドロンというスター俳優をこの作品で起用したことは、彼の映画歴から考えても決して不自然なことではなく、むしろ必然的な要因も多くあったような気がするのです。


 更に、アラン・ドロン及び彼の作品においてですが、

 彼のデビューから現在までの多くの作品は、どのような映画体系であっても男女の恋愛を描いたものは少なくはありませんが、残念なことに女性に対してのデリカシーを表現することが決してうまい俳優とはいえず、彼の過去の作品で、『真夜中のミラージュ』のようなデリケートな恋愛を描いた作品は、なかなか思い当たらないのが正直なところです。

 ただ、私見であることを前提にすれば、やはり自らのアデル・プロダクションで製作したジャック・ドレー監督の『もういちど愛して』(1970年)が、唯一この作品と類似したテーマで描かれているように考えられるように思います。

 自分にとってのかけがえのない女性が、自分の手の届かないところに存在せざるを得ない状況設定から、

他の男性との不倫や女性特有の挑発などの相手の女性の過ちに対して、極端な潔癖求めてしまい嫉妬妄想に苦悩しながらも、

その原因が実は自らにあることを理解し、

やがてキャパシティを拡げて恋愛を成就させていく様子

などが描かれている点など、『もういちど愛して』のテーマと根幹のところでは共通であるような気がするのです。

 そういった意味では、両作品とも、現代における男女関係やその環境の典型を比喩的に、しかし誤りなく設定し、かつ定型的で固定されたものではなく、現実を前向きにとらえて、現代に生きる男女を生き生きと描いている素晴らしい傑作だと評価できるのではないでしょうか。


「スクリーンの上に若い二人があらわれれば、観客は当然恋愛を期待する。(~中略~)恋愛は、もしそれがほんとうに高いまじめなものであれば、恋人同士に、たがいに心や思想を信じさせ、胸の奥のもっと大切なことを語りあわさせる。恋人たちはたえまなくけんかをし、仲直りする。こうして彼らの性格はたがいに適合しあっていくのである。」
【セルゲイ・ゲラーシモフ】
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by Tom5k | 2008-08-27 03:04 | Notre histoire(3) | Trackback(3) | Comments(2)

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Commented by mchouette at 2008-09-01 16:26
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@会社なので、取り急ぎTBだけ。
観終わった後、また最初から、観てしまいました。
あらためてお邪魔しますね。
Commented by Tom5k at 2008-09-02 22:07
>シュエットさん、TBありがとうございます。素晴らしい作品でしたね。
わたしは、まずオカピーさんのところに行ってきます。
後でお邪魔しますね。
では。