『フリック・ストーリー』~ “古き良き時代” クラシックとアラン・ドロンの新境地~

 この作品の原作は、戦後の間もなくのフランスで実際にあった犯罪記録をノン・フィクション小説としたものです。その原作者のロジェ・ボルニッシュは、フランス内務省管轄の国家警察司法警察局の所管機関である刑事部に勤務していた実際の刑事でした。
 この機関は、アメリカ合衆国でいえばFBI、日本で言えば警視庁に対しての警察庁に近い部局であり、そういったことから、重大な事件が持ち上がるたびにパリ警視庁と双方で、ライバル意識が強く発生していたそうです。

 主人公ボルニッシュ刑事の直属の上司マルコ・ペラン演ずるビュシェーヌ部長が、ことあるごとに彼の尻を叩くのは、このことを意識してのことであることがわかります。

 1947年から50年までの3年間にかけてのロジェ・ボルニッシュ元刑事のエミール・ビュイッソンの犯罪捜査記録、その原作の映画化権を獲得し、作品をプロデュースしたアラン・ドロンは、主人公のロジェ・ボルニッシュ刑事に非常に共感を覚えていたそうです。彼は、単なるエリート国家公務員ではなく、アラン・ドロンと似て幼少の頃から貧しい家庭で育ち、それでも捻くれずに真面目に刑事という職を勤め上げた人物でした。

 わたしには、アラン・ドロンがこの刑事物語に強く共感し、ロジェ・ボルニッシュを尊敬していた理由が本当によくわかります。

 主演は、ジャン・ピエール・メルヴィル監督の遺作『リスボン特急』以来、2度目の刑事役、ロジェ・ボルニッシュ刑事を演ずるアラン・ドロンと、強盗や凶悪殺人の犯人エミール・ビュイッソンを演ずるジャン・ルイ・トランティニャンです。

 作品の技術的特徴としては、捜査と犯罪のシークエンスが交互に挿入されるクロス・カット構成で創られています。


 ボルニッシュ刑事は、大胆不適に数々の犯行を決行していくビュイッソンに関わる捜査上の失策のため、とうとうビュシェーヌ署長に左遷の配置換えを命ぜられてしまいす。

 犯人のエミール・ビュイッソンは、生涯に36件もの強盗殺人を実際に起こした犯罪者でしたが、作品中の初めに、ボルニッシュ刑事がクローディーヌ・オージェ演ずる婚約者カトリーヌに、彼の印象を語る場面があります。

>親父がアル中で盗みを教えたらしい 子供の時に
>だからまじめな生き方を知らない かわいそうな奴だ

 しかし、このように最初は、犯人の境遇に同情的だった彼も、左遷の配置換えを命ぜられてしまった段階では、優しい婚約者を話し相手にしているプライベートのひとときでさえ、犯人逮捕への闘志をむき出しにするようになっていきます。

>見てろ
と表情を強ばらせ、

>何を?
と優しく尋ねるカトリーヌを無視して

>ビュイッソンの野郎
と吐き捨てるのです。

 ここからは、全力で犯人逮捕に執念を燃やしていくスーパー刑事(デカ)の異名のとおりの本来のボルニッシュ刑事になるのです。

 また、このシークエンスを観るたびに、わたしはいつも
>この作品の原型がジャン・ギャバン主演のジョルジュ・シムノン原作のメグレ警視シリーズだったのではないだろうか?

という想いにとらわれるのです。

 それは、ジャン・ドラノワ監督の『殺人鬼に罠をかけろ』(1957年)で、ジャン・ギャバン演ずるメグレ警視が、自信を失って弱音を吐く場面や、殺人鬼の逮捕に本気で取り組む決意するときなど、ジャンヌ・ボワテル演ずる妻とのやり取りなどが、家庭でのリラックスした生活のなかで描かれていたことを思い出してしまうからなのです。

 この作品中でもボルニッシュ刑事が、婚約者カトリーヌに弱音を吐くシーンや、思わず八つ当たりをしてから謝る場面など、彼の精神環境が、彼女とのやり取りの中において随所に挿入されています。

 更に、『地下室のメロディー』(1963年)の後、引退を表明していたジャン・ギャバンが、ジル・グランジェ監督の『メグレ赤い灯を見る』(1963年)で、再び映画に返り咲いたことも、アラン・ドロンが『アラン・ドロンのゾロ』で引退を表明し、この『フリック・ストーリー』で引退を笑い飛ばし、

>やっぱり、デカでやめるわけにはいかない。
とジョークを交えて答えた、そんな作品の背景まで、ジャン・ギャバンのメグレ警視シリーズからの“流転”を感じてしまうのです。


 そういった勝手な想像を別としても、この作品はジャン・ギャバンが好んで演じた刑事が主役の典型的な「フレンチ・フィルム・ノワール」作品であることは間違いのないことです。


 さて、映画の冒頭ですが、ロジェ・ボルニッシュが出勤する途中、彼の歩く足下をクローズ・アップで映し出し、クロード・ボーランのテーマ曲が流れるファースト・シーンから、ボルニッシュ刑事のヴォイス・オーバーで物語が始まっていきます。
 実にクラシカルな導入で、とても魅力的なファースト・シークエンスです。

 もうひとりの主人公、ジャン・ルイ・トランティニャン演ずる凶悪犯人エミール・ビュイッソン。

 彼の残虐性は尋常ではありません。
 殺人行為の緊迫した表現が最高潮にまで達しているシークエンスは、酒場のアコーディオン奏者ティボンを暗殺するときのカメラ技術でしょう。
 ジャン・ルイ・トランティニャン演ずるビュイッソンのライティングされた眼にクローズ・アップし、彼の無表情が舞台上のティボンの恐怖に引きつった表情とが交互にクロスカッティングされるのです。

 そして、ブルジョア階級の集まる高級レストランでの、金銭、宝石の強奪時の逃走から、追跡してきた警官を射殺するショットや、仲間の裏切りに怒り心頭して虐殺するシーンなど・・・。
 更に、思わず目を覆ってしまうのは、彼が強盗後に何の罪もない被害者を簡単に撃ち殺してしまうシークエンスです。

 アラン・ドロンが過去に演じてきた殺し屋に通じるものも多くありますが、さすがにそこまで強い陰惨を極めてはいなかったように思います。この主人公は、あまりに残虐非道です。


 クロディーヌ・オージェ演ずる婚約者カトリーヌの登場場面には、常にクラシック“古き良き時代”を思い起こさせるシーンでインサートされています。
 エミール・ビュイッソンの犯罪記録を把握するために、過去の事件調書を自宅で読まなければならなくなったボルニッシュに

>「肉体の悪魔」を見に行く約束よ

と、デートがお流れになってしまった不満を漏らします。

 1947年、「詩(心理)的レアリスム」戦後第2世代クロード・オータン・ララ監督、ジェラール・フィリップ、ミシェル・プレール主演『肉体の悪魔』(レイモン・ラディゲ原作、ジャン・オーランシュ&ピエール・ボストのシナリオ)のことでしょう。

肉体の悪魔

ビデオメーカー



 また、ラスト・シークエンスでのカトリーヌの犯人逮捕の際の大活躍は特筆すべきでしょう。

 彼女は、ビュイッソンが潜んでいるラ・メール・ロワ旅館で、旅館を訪れる出張中の病院関係者に変装したボルニッシュ刑事一行に加わり、殺人鬼ビュイッソンが好んでいるエディット・ピアフの『バラ色の人生』をピアノ演奏し、彼を油断させて自分たちが医師一行団であると信用させるのです。

エディット・ピアフ Edith Piaf 愛の讃歌 バラ色の人生 CD

エディット・ピアフ / 株式会社ピジョン



 この婚約者カトリーヌは、その名前からもジャン・ピエール・メルヴィル監督の『リスボン特急』で初めての刑事役に挑んだアラン・ドロンと共演したカトリーヌ・ドヌーブを思い起こさせます。

 『リスボン特急』で、彼女が演ずるカティは夫を裏切り、アラン・ドロン演ずるコールマン警部と逢い引きを重ね、更に、強盗一味のボスである夫の片棒を担いで、平然と殺人を犯す女性でした。夫を射殺した恋人コールマン警部の視線に目を伏せざるを得ない生き方をしていたのです。

 しかし、この作品のカトリーヌは、恐ろしい殺人鬼ビュイッソンの視線にも決して目を伏せず、しっかりと、そして凜とした表情で彼を凝視できる女性です。

 彼女にとっては、ビュイッソンは、最も愛するロジェを苦しめた憎き殺人犯でしかなく、まして折角、楽しみにしていたロジェとのデート、クロード・オータン・ララ監督の『肉体の悪魔』を見逃さざるを得なかった元凶だったわけですから。

 ビュイッソンにとっては、残念ながら最悪のファム・ファタル(悪女)となってしまったようです。

 このように『フリック・ストーリー』では、彼女は、常にボルニッシュ刑事に慎ましやかに寄り添い、彼を精神的に支える役割を担いました。

 カトリーヌを演じたのは、ボンド・ガールとして有名なクローディーヌ・オージェです。
 彼女は1959年のミス・フランスで、このころ彼女はアラン・ドロンが初めて主演し、婚約者ロミー・シュナイダーを得た『恋ひとすじに』を監督したピエール・ガスパール・ユイと結婚していました。
 この『フリック・ストーリー』の制作中には、監督ジャック・ドレーと恋人だったそうです。
 アラン・ドロンとの共演はこの作品のみですが、この共演には何か必然のようなものがあったような気もします。

サンダーボール作戦 [Blu-ray]

20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン



 そして、何と言っても、この作品の最大の話題は、アラン・ドロンとジャン・ルイ・トランティニャンの初共演でしょう。

 ジャン・ルイ・トランティニャンは、当時のジャン・ポール・ベルモンドやアラン・ドロンと同等の人気を誇るスター俳優でした。フランスのファッション雑誌「ヴォーグ」誌の人気投票では彼らを抑えて、1970年代の数年間は1位を譲らなかったそうです。

 彼が、人気スターとしての地位を揺るがぬものにしたのはクロード・ルルーシュ監督の『男と女』(1966年)であることは、今更説明するまでもないことでしょう。

男と女 特別版 [DVD]

ワーナー・ホーム・ビデオ



 また、彼の女性遍歴は着目に値します。
 ロジェ・ヴァディム監督の『素直な悪女』(1956年)で共演したブリジット・バルドーと同棲の経験を持ち、

素直な悪女 HDニューマスター版 [DVD]

エスピーオー



その後「ヌーヴェル・ヴァーグ」カイエ派の巨匠クロード・シャブロル監督の作品には欠かせなかった女優ステファーヌ・オードランと結婚し、

その離婚後、『哀しみの終わるとき』などの映画監督、ナディーヌ・トランティニャンと結婚、

哀しみの終わるとき [VHS]

ビクターエンタテインメント



そして、彼女の監督作品『恋びと』(1968年)では、ミッシュエル・ピコリと共演しまし、その作品はカンヌ映画祭のパルム・ドール作品賞にノミネートされているのです。

 彼のデビュー当時の出演作品の傾向は
フランソワーズ・サガン原作の『スエーデンの城』(1962年)ロジェ・ヴァディム監督、モニカ・ヴィッティ、ジャン・クロード・ブリアリ、クルト・ユルゲンス共演。

スエーデンの城

ジェネオン エンタテインメント



ジャン・リュック・ゴダール、ロジェ・ヴァディム、クロード・シャブロルらが演出した『新・七つの大罪』(1962年)の第五話、ジャック・ドゥミーの脚本・監督、カメラはアンリ・ドカエ。

新・七つの大罪

キャニオンレコード



『マタ・ハリ』(1965年)は、フランソワ・トリュフォー脚本、ジャンヌ・モロー共演。

『女鹿』(1968年)はクロード・シャブロル監督、脚本はポール・ジェゴフ。

クロード・シャブロル コレクション 女鹿 [DVD]

紀伊國屋書店



エリック・ロメール監督の『モード家の一夜』(1968年)等々

モード家の一夜/パスカルについての対談 (エリック・ロメール・コレクション) [DVD]

紀伊國屋書店



 その多くは「ヌーヴェル・ヴァーグ」作品ですが、ジャン・ポール・ベルモンドと異なり地味で小作品を中心としたものだったようです。

 そして、彼は『フリック・ストーリー』の2年前の1973年、アラン・ドロンやジャン・ポール・ベルモンドとともに出演した『パリは燃えているか』のルネ・クレマン監督の演出で、今度は『狼は天使の匂い』に主演しています。

狼は天使の匂い [DVD]

紀伊國屋書店 (IMAGICA TV)



 代表作の『男と女』の監督、クロード・ルルーシュ監督の『流れ者』(1970年)は、珍しく「フレンチ・フィルム・ノワール」作品で、その後ハリウッドのMSM作品エド・マクベイン原作の『刑事キャレラ10+1の追撃』(1971年)に出演します。

【魅惑の女優シリーズ】 刑事キャレラ/10+1の追撃 SANS MOBILE APPARENT [DVD]

ポニーキャニオン



 これらの経験から、ルネ・クレマン監督としては珍しいハリウッド20世紀フォックス社での『狼は天使の匂い』に抜擢されたのではないかと思われます。

 ベルナルド・ベルトリッチ監督の『暗殺の森』(1971年)などは、「フィルム・ノワール」作品としても優れていますが、「社会派」の作品として評価されるべき作品です。

暗殺の森 Blu-ray

紀伊國屋書店



 同様に『危険がいっぱい』でルネ・クレマン監督の助監督を務めていたコスタ・ガブラス監督、イヴ・モンタン共演の『Z』(1969年)も「社会派」の作品としての代表作といえるでしょう。しかもカメラは、ゴダール組のラウール・クタールであり、ドロン組のレナート・サルヴァトーリも出演しているという豪華なメンバーです。

Z

ビデオメーカー



 「社会派」の「フィルム・ノワール」作品群、ルネ・クレマン監督、コスタ・ガブラス監督らの作品、これらの傾向は、アラン・ドロンの製作・出演していった作品から考えても、彼の嗜好に合致しそうなものばかりであるような気がします。

 しかも1973年のピエール・グラニエ・ドフェール監督、ジョルジュ・シムノン原作、パスカル・ジャルダン脚本、ロミー・シュナイダー共演『離愁』などは、スタッフ・キャストだけを見れば、まるでアラン・ドロンのアデル・プロダクションの作品のようです。

離愁

キングレコード



 デビュー当時は、「ヌーヴェル・ヴァーグ」の小作品で活躍し、後に「社会派」「フィルム・ノワール」と地道に俳優としての力を付け、派手な作品で主役ばかりのアラン・ドロンやジャン・ポール・ベルモンドとは異なり、地味な秀作への出演や、助演に徹することも厭わない名優、その硬質なイメージとは裏腹に『男と女』や『離愁』などの恋愛ラブロマンスでも素晴らしい演技を見せていて、国際的にも人気スターとしての地位を確立していたジャン・ルイ・トランティニャン。

 彼は、中産階級の出身で法律学校を出ているインテリで、舞台で学んだ後に映画俳優になったそうです。演技を基礎から学んで身につけたインテリ俳優なのです。

 アラン・ドロンとしては、『ボルサリーノ』でのライバルであったジャン・ポール・ベルモンドをアデル・プロ作品に迎え入れたときとは異なり、嫉妬や羨望など全く起こりえないほどの尊敬と謙譲をもっての共演者の選定とオファーだったのではないでしょうか?


 さて、その二人の共演が実現した『フリック・ストーリー』は、クラシック・ムード満載で、クロード・ボーランの音楽やテオ・ムーリッスの美術、ジャン・ジャック・タルベスのカメラが素晴らしく、パリの裏町、そこに貼られているポスター、レストランやバー、地下鉄、売春宿、電車から見える雪景色、強盗に入った郵便局、事件現場の墓地、手動のガソリン・スタンド・・・等々。

 特に警察建物内の様子では、各室をつなぐ廊下、鑑識室の屋根のトップ・ライト、取調室、署長室、電話傍受室など、古い役所庁舎の雰囲気が良く出されていたセッティングでした。

 そして、ラスト・シーンの緊迫感みなぎる医師団一行の食事のとき、フランスでは最も権威のある文学賞であるゴングール賞、その候補作品「エバングル伍長」の話題の挿入なども時代を感じさせる要素でした。

 この作品の全編には、このように、美しい郷愁を誘う“古き良き時代”が常に反映されています。
 そして、『ボルサリーノ』シリーズの傾向と同様に、「ヌーヴェル・ヴァーグ」傾向の要素を欠片ほども持たせておらず、「詩(心理)的レアリスム」に「犯罪記録のリアリズム」の要素を持たせた新しい「フレンチ・フィルム・ノワール」としての野心作であったように、わたしには思えたのでした。


 『フリック・ストーリー』は、わたしが小学生のときに父親と一緒に、初めて映画館で観たアラン・ドロン主演の映画です。父はアラン・ドロンなどは好きでも嫌いでもなく、単にわたしに付き合ってくれただけでしたが、何故、彼がいつものように犯罪者を演じず、刑事役であったのかが、不思議でしようがないようでした。
「いつもは、あの犯人がアラン・ドロンだろう?何で刑事なんだ?」

 アラン・ドロンは、この前作『アラン・ドロンのゾロ』を、最愛の長男アンソニーにせがまれて製作しています。そこには、彼が自分の映画人生を総括したようなシーンが挿入されています。
 登場人物の少年チコが
「人間は弱いか、悪いかで解放される価値がないんだ。」
と嘆く場面で、主人公ドン・ディエゴが、強くて正しいゾロになること決意する場面です。

 少年チコの言葉は、アラン・ドロン自身の想いだったのだと思います。
 出世作のルキノ・ヴィスコンティ監督の『若者のすべて』では、純真無垢ではあっても社会生活では無能に近く、気持ちの弱いロッコ・パロンディを演じました。
 ルネ・クレマン監督の『太陽がいっぱい』では、極貧からはい上がろうとして悪い犯罪ばかりを犯してしまうトム・リプリーがはまり役でした。

 しかし、ゾロを演じる決心をした彼はこう思ったのではないでしょうか?

 “ロッコでもトムでもだめなんだ。息子アンソニーのために、強くて正しいゾロにならなくては・・・。”

 このときに、強くて正しいアラン・ドロンは生まれたような気がするのです。

 しかし、『アラン・ドロンのゾロ』では、まだ、今までのように人格を分裂させなければなりませんでした。“ゾロ”という、もう一人の影の自分を創らなければならなかったのです。

 マルコヴィッチ事件のときの『太陽が知っている』、「ヌーヴェル・ヴァーグ」作品を意識して製作した『ボルサリーノ』、元妻ナタリーを引っ張り出したコメディ『もういちど愛して』等々。アラン・ドロンの新境地の開拓や転機には、必ずジャック・ドレー監督は一役買っていたように、わたしの目には映ります。

 この『フリック・ストーリー』でも、とうとう昔の弱い自分を捨てきり、新たな親友とも言える元刑事ロジェ・ボルニッシュ、犯罪者を追う強くて正しいその姿に自分を投影することが出来たこと、また、デビュー以来、数々の作品で分裂せざるを得なかった人格をようやくこの作品で統一することに成功できたこと・・・。
 ジャック・ドレー監督の演出はアラン・ドロンの新境地に一役買っていたような気がします。

 もうひとりの自分、実は弱くて、悪い、今まで自分が演じてきたような犯罪者エミール・ビュイッソンは、敬愛すべき同世代の素晴らしい名優ジャン・ルイ・トランティニャンが演じてくれました。

 わたしは、この『フリック・ストーリー』での尊敬できる人物ばかりの素晴らしいスタッフとキャストによって、新しいキャラクターを切り開くことに成功したアラン・ドロンに対して、惜しみない拍手を心から贈りたいと思ってしまうのです。

e0059691_14254876.jpg

オリジナル・サウンドトラック盤(東宝東和提供「フリック・ストーリー」よりフリック・ストーリーのテーマ、パリの裏町)音楽:クロード・ボラン
[PR]

by Tom5k | 2006-09-10 02:19 | フリック・ストーリー | Trackback(8) | Comments(21)

トラックバックURL : http://zidai.exblog.jp/tb/4128170
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Tracked from Astay☆Astay☆.. at 2006-09-10 19:35
タイトル : 『フリック・ストーリー』(1975・仏/伊)
     [[attached(1)]] === フリック・ストーリー FLIC STORY/COP STORY === 【出演】Alain Delon,Jean-Louis Trintignant,Claudine Auger 【監督】Jacques Deray 【役名】Roger Borniche フランス国家警察の敏腕刑事ボルニッシュ(A・ドロン) 彼は脱獄した凶悪犯エミール・ビソン(J・L・トランティニャン)の捜査の担当となる ビソンは生まれついての犯罪者、その残忍さ、...... more
Tracked from 寄り道カフェ at 2008-07-03 11:40
タイトル : 「離愁」
LE TRAIN THE TRAIN THE LAST TRAIN[米] 1973年/フランス・イタリア/103分  <物語の結末に触れています> 第二次大戦下の物語「離愁」 原題は「LE TRAIN」「ル・トラン」、英国タイトルは「THE TRAIN」。米国では「THE LAST TRAIN」となっている。 第二次大戦中のドイツ占領下フランス。ドイツ軍の侵攻を逃れて、フランスの田舎へ向かう疎開列車が舞台。 この映画、戦争の悲劇を描いた作品でもあるけれど、やはり最後のこのシ...... more
Tracked from 寄り道カフェ at 2008-07-03 11:41
タイトル : 「愛する者よ、列車に乗れ」
CEUX QUI M'AIMENT PRENDRONT LE TRAIN 1998年/フランス/120分 パトリス・シェロー(1944年~ )。 フランス演劇界における演出家と知られ、俳優養成学校を創設し多くの俳優を養成し、彼らはパトリス・シェロー門下生と呼ばれ、また映画監督としてもカンヌ映画祭審査委員長を務めるなどの活躍をしている。シャーロット・ランプリングを主役にファム・ファタールをテーマにした「蘭の肉体」(1974)、ジャン・ユーグ・アルグラードの映画デビューでもある「傷ついた男」(...... more
Tracked from プロフェッサー・オカピー.. at 2008-09-14 01:26
タイトル : 映画評「ボルサリーノ2」
☆☆☆(6点/10点満点中) 1974年フランス=イタリア=西ドイツ映画 監督ジャック・ドレー ネタバレあり... more
Tracked from プロフェッサー・オカピー.. at 2009-04-13 02:07
タイトル : 映画評「肉体の悪魔」
☆☆☆☆★(9点/10点満点中) 1947年フランス映画 監督クロード・オータン=ララ ネタバレあり... more
Tracked from 寄り道カフェ at 2009-10-29 08:56
タイトル : 「フリック・ストーリー」
話が横道から入ります。 ケーブル放送で6回シリーズの2時間ドラマで放映されている「アラン・ドロンの刑事フランク・リーヴァ」。2003年から2004年にかけて製作されたフランス・ドイツ合作のTVドラマ。 暗黒街を牛耳っていたロジャ・ファミリーのドンが逮捕され組織が崩壊して25年。組織崩壊は組織に潜入していた捜査官の働きによるものだった。しかし組織から命を狙われフランク・リーヴァと名前を変え国外へ亡命した男は、25年後、当時の同僚で警視庁長官になっているグザビエからの電話で再びパリに戻ってきた。麻薬犯...... more
Tracked from 忘却エンドロール at 2011-08-16 09:19
タイトル : 映画「フリックストーリー」観た
ʡܺ٤ˤ եꥢǣ ꡧFLIC STORY ġåɥ졼 ?ܥ˥å 롧ڥޤʤǯӷܥ˥åΤȤˡӥ奤åæ郎žࡣ̩ԤؤѤޤޤǵӥ奤åܥ˥åϾ饢Ȥξͤߤ뤬ĤǤⱫθߤʳˡƤ⥤Ƥʤɥ̤ȺԤɤäáäˤƤ餷Ǥ Ȥꤢä̤ӷ餸ɥ˰´ФޤǤǤ⡢ȿͤɤäƲꡢʤĤäѤʤäꡢͤˤƤꡢʥɥ⤷ʤܺƤ⡢ôˤʤä郎ӥ奤åˤĤʤСʤˤޤɤϤȤ?ȤƤƳʹ褫äǤ ޤ...... more
Tracked from プロフェッサー・オカピー.. at 2011-08-16 14:23
タイトル : 映画評「フリック・ストーリー」
☆☆☆★(7点/10点満点中) 1975年フランス映画 監督ジャック・ドレー ネタバレあり... more
Commented by Astay at 2006-09-10 19:54 x
トムさん、『フリック・ストーリー』良かったですよね~
クロード・ボランのあのオープニングの独特のメロディ頭から離れません!
ドロン氏の刑事役も『リスボン特急』とはまた違って親しみがある刑事さんで好感が持てましたし
トランティニャンもはまり役でしたね
記事もじっくりまたまた読ませていただきました
ギャバン氏の『殺人鬼に罠をかけろ』ですか、面白そうですね
あ、今以前ご紹介いただきました本『ジャン・ギャバンと呼ばれた男』
遅ればせながら私も読んでおります・・・・

記事中に『Z』も取り上げてらっしゃいますが
制作がジャック・ペランで彼も新聞記者の役で出演してますよ
前にジャック・ペランを観たことがないと仰ってましたが・・・勘違いですね

私も以前『フリック・ストーリー』書いておりますのでTBさせていただきます

Commented by Tom5k at 2006-09-10 20:45
>Astayさん
早速の書き込み・TBありがとう。わたしがファンになったばかりの頃の作品です。残念ながら日本での人気は少しづつ落ちていった時期の作品なんですよ。
『ジャン・ギャバンと呼ばれた男』面白いでしょう。ギャバンの時代のヒーロー像とドロンの時代のヒーロー像の違いも興味深いです。二人とも日本での人気が絶大でしたから。
『殺人鬼に罠をかけろ』も『サン・フィアクル殺人事件』も『メグレ赤い灯を見る』も面白かったです。機会があれば御覧ください。
『Z』再見しようと思い今日借りてきました。ペラン研究したいと思います。
では、また。
Commented by koukinobaaba at 2006-09-13 18:49
Tom5kさん、人のことはいえない私ですがものすごい量のDVDリンクですね。せいぜい長生きしないとね。
ところでやっと「時代の情景」にエキサイトリンクがつけられました。探していたのですがリンク用のアイコンが老眼のせいか見えなかったのです。これでやっとラクチンにTom5kさんのブログにこれます。以前の私はGoogleで「zidai アラン・ドロン」で検索していたバカです。注!私のエキサイトのブログは情報専門で映画はアニメなのでリンクしないで下さい。ドロンさまが泣くワ
Commented by Tom5k at 2006-09-14 22:07
>koukinobaabaさん、こんばんは。エキサイトリンクありがとうございます。
DVDリンク等はエキサイトブログのライフログで検索して貼っています。自分で捜してタグなど使うのめんどくさいから・・・怠けています。
ブログの開始は、koukinobaabaさんのブログがカッコよかったので、少しでも真似ようと思って始めました。
では、また。
Commented by Astay at 2006-09-22 01:47 x
トムさん『ジャン・ギャバンと呼ばれた男』読み終わりました
女性遍歴とか結構リアルでしたね
でも、期待していたD・ダリューさんのお名前はでて来なかったような
有名どころではM・モルガンさんとM・ディートリヒさんのお名前がありましたね
私、本当に申し訳ないのですがギャバン作品で観ているのが
ドロン氏との共演3作と『現金に手を出すな』『フレンチ・カンカン』くらいで
若い頃の作品は知りません・・・
貫禄のある姿しか印象に残ってませんので
文中に何回も若い頃は美男だったと書かれててもピンときません(笑)
『大いなる幻影』も勿論観ていないのですが
エリック・フォン・シュトロハイム演じるプロイセン将校の扮装をどうしても観たくなりました
作品自体も名作とのことですのでこれは近い内に絶対観たいと思います
Commented by Tom5k at 2006-09-22 23:39
>Astayさん、コメント遅れてすみません。
ジャン・ギャバンの若い頃は、素敵ですよ。Astayさんなら、きっと惚れますよ。
『大いなる幻影』も素晴らしいけれど、『望郷』や『霧の波止場』がお勧めです。『我等の仲間』には、とっても美しいヴィヴィアンヌ・ロマンス(『地下室のメロディー』の奥さん役)が悪女役で出ています。

それから、D・ダリューのこと、期待させちゃってごめんなさい。彼女のことは、池波正太郎氏の『フランス映画旅行』に記されています。

『大いなる幻影』は、素敵なブログ記事があります。
                   ↓
http://blog.goo.ne.jp/haruki_yoiyami/e/4575c38d525201471accf3d8b033e69a

『望郷』は、オカピーさんの記事が素敵です。
                 ↓
http://okapi.at.webry.info/200606/article_26.html
Commented by 武田 at 2007-04-14 21:01 x
トムさま、こんばんは。
さきほど、やっとやっと「ザ・キャット」が届きました。もう、首が伸びすぎて・・。早く聴きたいです。
昨日の夜は、本当に久しぶりに『フリック・ストーリー』を再見したのですけど、
>この作品の原型がジャン・ギャバン主演のジョルジュ・シムノン原作のメグレ警視シリーズだったのではないだろうか?”
というトムさまの一文にまたまた(なるほど!!)と目からウロコでした。
CDを聴いたら、またお邪魔させてくださいね♪
Commented by Tom5k at 2007-04-15 18:48
>武田さん、こんにちは。
わあ、ようやく届いたんですね。聴かれましたら是非ブログ記事で取り上げてくださいよ。

『メグレ・シリーズ』とダブったのは、一作目の『殺人鬼に罠をかけろ』と構成が、とても似ているように思ったからです。勝手な想像ですけどね。
記事にも書いてますけど、小学校の6年生のときに父親につき合わせて、初めてアラン・ドロンの作品を映画館に観に行ったのが『フリック・ストーリー』でした。
面白かったなあ。
父親の感想は、もう一本の併映作品『マイウェイ』のほうが気に入っていたようでしたが・・・。
ロジェ・ボルニッシュの原作も持っていたんですけど、残念なことに、家族の誰かに古本屋さんに出されちゃったんですよね。いつか、再度手に入れたいと思っています。
映画を観終わった後、パンフレットを購入し、帰りにレコード屋さんに寄って、サントラ盤を購入しました(上記記事の写真~ドロンの鼻のところが破けていますが・・・)。
わたしにとっては、記念すべき映画です。
では、また。
Commented by mchouette at 2008-07-03 11:39
こんにちは。小学校6年生でみた「フリック・ストーリー」
トムさんのドロン・ファンの長さを物語る。
私はこれはCS放映で観ました。お目当てはトラティニャンの方でしたが。読んでいて、まったくもってトムさんのドロンへの傾倒ぶりが楽しくって(失礼!)。
トラティニャン関連で「離愁」と、こちらは好き嫌いが分かれる作品ですが私は好きな、パトリス・シェローの「愛するものよ、列車に乗れ」TBしますね。
Commented by Tom5k at 2008-07-04 00:14
>シュエットさん、意外なところにTBありがとう。少し驚きでしたが、何だかうれしいです。
>・・・ドロン・ファンの長さ・・・トムさんのドロンへの傾倒ぶりが・・・
でも、残念ながらこの作品から、人気の方が無くなっていったんですよね。わたしはドロン全盛期の最後の世代でしょうか?
>お目当てはトランティニャン
この『フリック・スートリー』は、ドロンのプロダクションで創ってますので、恐らくトランティニャンは来賓の扱いだったんじゃないかなあ?と思ってます。
>「愛するものよ、列車に乗れ」
こちらのほうは、未見ですので「離愁」の方にお邪魔したいと思います。
「離愁」は、ロミー(ドロンの元カノ)、ピエール・グラニエ=ドフェール(旧時代マルセル・カルネのところの生徒さん)、 ジョルジュ・シムノン(ギャバン親分のお得意様)なんて、ドロンゆかりのスタッフで制作された作品なんで、愛着があります。
では、お邪魔しに行っちゃいます。
Commented by オカピー at 2008-09-17 00:31 x
TB貼りっぱなしですみません。

この記事に出てくる作品は殆どリアルタイム若しくはそれに近い時期に観ている作品ばかりで懐かしいですね。
多少不出来でも、昨今の映画を新規に観るより、もう一度観たい気さえしてきます。この気持ちが強まらないことを祈るばかりです(ああ、また悲観的になってきた)。

さて、ジャック・ドレーの作品はドロンを使った以外に殆ど見ていない気がしてちょっとフィルモグラフィーを調べたら、F・サガン原作の「水の中の小さな太陽」なんて作っていました。
わが地方にJ・C・ブリアリが監督した「小さな約束」と一緒に来た時姉の誘いを断って見なかった思い出がありますが、どちらもTVに登場した記憶がなく、結局未だに観ていません。失敗したなあ。

「『黄金に賭ける男』は観ているな」などと一人ごちていると、ベルモンド氏の「パリ警視J」も撮っている。この映画の製作者が冗談みたいな名前のアラン・ベルモンドという人で、ドロンの「ショック療法」も作っていました。
ベルモンドと血縁関係か何かあるのでしょうか?
トムさん、ご存知ですか?
Commented by Tom5k at 2008-09-17 21:30
>オカピーさん、こんばんは。
>昨今の映画を新規に観るより・・
以前、姐さんが観たい映画に行くのではなく、映画館に映画を観に行きたくなったから行く、ということをおっしゃっていましたが、そういう方も増えてるんでは?

>ジャック・ドレー
むかしは、ドロン作品としては、スケールが小さく、アンリ・ヴェルヌイユなんかのほうが関心があったんですが、彼の魅力もなかなかものだと思うようになりましたよ。
>「水の中の小さな太陽」
ドレーの当時の恋人のクローディーヌ・オージェですね。「小さな約束」は存じておりませんでしたが、ブリアリ氏の演出とは興味深いですね。
おおっ!アラン・ベルモンド!凄い名前です。わたしも詳細は存じておりませんが、そうそう『ショック療法』のプロデューサーでした。

最近、図書館で『カルチエ・ラタンの夢 フランス映画七十年代』(中川洋吉 ワイズ出版)という本を借りました。実に興味深い内容で新しい発見の連続です。ヌーヴェル・ヴァーグ以後の時代、おざなりになっていた脚本の重要性がコスタ・ガブラス作品でまた注視、『バルスーズ』や『エマニエル』でのポルノ市民権など、面白いですよ。
では、また。
Commented by オカピー at 2009-04-13 02:44 x
「肉体の悪魔」へのTB及びコメント有難うございました。
お返しに参上致しました。

この記事の前のコメントも僕だったんですね。^^

本作でも名前が出てくるという「肉体の悪魔」ですが、素晴らしい作品でしてね、馥郁たる香りのする作品とはこういうのを言うのでしょう。
高校時代も暖炉の火の扱いには感心しまして、それだけは非常に強く印象に残っていました。
オータン=ララの詩情の出し方や情感の表わし方など、大いに評価されるべきですね。心理の動きもかなり緻密に表現されていますが、なかなか掴めない方が多いようです。
Commented by Tom5k at 2009-04-13 23:25
>オカピーさん、どうも。
世の中、不景気、確かに忙しいことはよいことですね。でも、しばらくは、まだ、記事更新まで至れないかもしれません。
>この記事の前のコメントも僕・・・
ドロン&ドレーもしくはドフェールの作品は、旧来のフランス映画と同じですから、わたしはついオカピーさんに接近させたくなるんですよ(笑)。
>オータン・ララ
詩情とか情感とかを何故カイエ派は嫌ったのでしょうか?ここのところは、かの淀川先生も同様のご批判だったようです。
>ある映画ブログで、カイエ・・の映画評の一部が引用・・・観念論の羅列・・・
ふ~む、確かに彼らの功績は映画史的に特筆すべきでしょうし、その抽象論が良い結果も多くもたらしたのでしょうがねえ・・・。
>映画はトリュフォーらが考えていたほど単純でない・・・
おおっ!オカピーさんから、これほどシビアなご意見が出るとは・・・。しかし、おっしゃるとおりであることは、トリュフォーの後期作品を観れば歴然!確かに!
Commented by Tom5k at 2009-04-13 23:26
>続き
>「肉体の悪魔」
DVD鑑賞ですが、わたしも素晴らしいと思いました。ご指摘の
>暖炉の火の扱い・・・オータン=ララの詩情の出し方や情感の表わし方など、大いに評価されるべき・・・
このような詩的な情感が、カルネやデュヴィヴィエ、フェデールなどの単なる後継者であるのみならず、アヴァンギャルドに属していた彼の経歴からの発現の特徴があるのか否か?実に興味深いところです。
カイエ派が、クレマン、ドラノワ、クリスチャン・ジャック等々を十派一絡げに批判していったことが不思議でなりません。批判するにしてもそれぞれの演出の特徴を、詳細に、そして緻密に分析する必要があったのだと思っていますよ。
では、また。
Commented by シュエット at 2009-10-29 09:30 x
お訪ねするのはずいぶんとお久しぶりだわ。
こんなミーハー記事なんぞでごめんなさいね。
こっからなんですかね、暗黒街からお天道様のある道を歩き出したのは(笑) そして65歳でもまだデカをやっている。
ホテルで陽気に振舞うドロンたち一行を眺めるトラティニャン演じるエミールの眼差しは、彼らを警戒するというよりも、むしろどこか憧れに似たものを感じたわ。
ピアフをレコード盤が擦り切れるまでに聞いているエミール。
乙女としてはやっぱりエミール演じるトラティニャンにグぐっとくるわ(笑)
しかし、さすがドロン・ファン。
それぞれのシーンにおける彼の言動からロジェを、ロジェを通してドロンをよく見つめてられる。
私は今回は、パリの街角、パリ郊外の景色、それからなんともクラシカルなヨーロピアンスタイルたっぷりの彼らのコート姿に見惚れてました。
これって、何度か見直していると、味のある作品ですねぇ。

Commented by Tom5k at 2009-10-31 11:15
>シュエットさん、こんにちは。
>こっからなんですかね、暗黒街からお天道様のある道を歩き出したのは・・・
ははは、そうかもしれませんね。作品で確立したのは、「ゾロ」からかな?
ドロンがアンチ・ヒーロー的なヒーローをやめていった理由は、ヴィスコンティ、メルヴィル、ギャバンらの死が大きな原因じゃないかなと思っています。
彼らはドロンにとっての父性でしたから、彼らを失って、甘えることが出来なくなり、息子アンソニーが思春期に達してくる環境は、彼自身に父性を自覚させたように思います。
彼ら父親たちの喪失からのエネルギーが爆発したのが、残っている父性ジョセフ・ロージーの「パリの灯は遠く」だったんじゃあないかな?
>何度か見直していると、味のある作品
そういっていただけると、とってもうれしい。
ジャック・ドレーの作品は、ドロンの会社の作品が多いですけれど、完全に旧フランス映画ですから・・・。わたしに付き合わせてしまっているオカピーさんとのドロン談義は、いつもそこでお話させていただいています。「ボルサリーノ」や「友よ静かに死ね」なんか、その典型です。
では、また。
Commented by 宵乃 at 2011-08-16 11:15 x
こんにちは、わたしのブログへのコメント&TBありがとうございました。こちらからのTBは文字化けしてしまいましたね・・・お手数かけて申し訳ありませんが削除してもらえますか?
文字化け対策をしてからもう一度送らせて頂きたいのですが、自分に出来るかどうか自信がないので、期待せずにお待ち下さい(笑)

「メグレ警視シリーズ」は知らないですし、この作品もストーリーについていけたとは言いがたいものの、古きよき時代の刑事モノの雰囲気は堪能できました。いつもならついていけないと興味が失せてしまうのに、これは最後までふたりの対決から目が離せませんでしたね。
トムさんの詳しいレビューのおかげで、その魅力の秘密が少しだけ分かった気がします。
またいつか再見してみたくなってきました!
Commented by Tom5k at 2011-08-16 21:47
>宵乃さん、いらっしゃいませ。
>正直、これまで彼を”二枚目俳優”としか・・・
アラン・ドロン本人も、自分の顔が映画俳優としては、もてあます顔であることを悩んでいたそうです。だから、役作りには、とても苦労していたそうですよ。そういう意味でドロン自身が最高の出来映えとしている作品が「パリの灯は遠く」だそうです。
「フリック・ストーリー」では、犯人役のトランティニャンが、素晴らしかったですよね。よくあんな残忍な役柄をこなせたもんだ。素晴らしい役者だと思います。

>これ以降の作品
このころから、全盛期を下っていくんですが、面白い作品は、たくさんありますよ。
同じ捜査ものとして、「チェイサー」「危険なささやき」「私刑警察」など、ドロンのキャラクターは、それぞれ異なりますが、どれも素敵な作品です。
また、寄ってくださいね。
では。
Commented by オカピー at 2011-08-17 22:09 x
見直(再鑑賞)して見直しましたよ(笑)
映画文法とか映像言語とかを碌に考えずに短いカットを適当に切り張りしている映画ばかり観ているせいか、しっかり作っている感じがしますねえ。
ドレーなかなかやりますな(笑)

終盤の捕り物は実にクラシックで、戦前のアメリカ映画にもフランス映画にもありそう。具体的に名前が出て来ないのが癪だけど。

>トランティニャン
珍しい悪役、それも冷酷無比で初めて見た時大いに驚いたような記憶がありますが、大した役者だなあ。
「スエーデンの城」「女鹿」は観ましたが、「マタ・ハリ」は観ていないと思います。出来不出来を問わず1970年代以前の作品は観たい欲望にかられます。

>これ以降の作品
何だか僕に気を遣って戴いたコメントのように感じられ、甚だ恐縮しております。<(_ _)>
Commented by Tom5k at 2011-08-18 20:48
>オカピーさん、いらっしゃい。
>映画文法とか・・・
最近、「ハリーポッター」を2Dで観てしまいましたよ(笑)。
ドレーやドフェールなんかは、本当に職人芸ですよね。助監督時代を経て、かつ「ヌーヴェル・ヴァーグ」以後の演出家ですから、スタジオ撮影ばかりではない。
安心して観ていられますよね。
また、この作品は、ボギー&バコールやジェームズ・キャグニーなんかでキャスティングしても、全く違和感がないような気がします。

>トランティニャン
役者としての鍛えられ方が違います。こんな俳優は、これからも出てこないだろうな?
わたしは映画俳優としては、ドロンやベルモンドより優れた人だと思っているくらいです。

ドロンの作品は、大まかに体系づければ、
悪の悲劇のヒーロー → 巨悪に立ち向かっていく悲劇のヒーロー → 巨悪に立ち向かっていく正義のヒーロー → 正義のヒーロー追跡者

の変遷をたどっていったように思います。
確かにだんだん、つまんなくなっていくキャラクター変遷ではありましたが、作品自体は面白いんですよね(笑)。
では。