『恋ひとすじに』①~「アラン・ドロン」の原型 古き良き時代の古都ウィーンを舞台にして~

 この作品の原作者のアルトゥール・シュニッツラーは、オーストリアの首都ウィーン出身の文学者であり、彼の作品は時代や国境を越えて、多くの魅力を放っているようです。

 ハリウッドのスタンリー・キューブリック監督の遺作で、トム・クルーズとニコール・キッドマンが主演した『アイズ・ワイド・シャット』(1999年)は、舞台をニューヨークに移して創られた彼の作品です(『夢奇譚』池田香代子訳、文藝春秋(文春文庫)、1999年)(『夢がたり シュニッツラー作品集』尾崎宏次訳、早川書房(ハヤカワ文庫)1999年)(『夢小説』池内紀訳、岩波書店(岩波文庫)、1990年)。
アイズ・ワイド・シャット 特別版
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夢奇譚
アルトゥル・シュニッツラー 池田 香代子 / 文芸春秋






夢がたり―シュニッツラー作品集
アルトゥール シュニッツラー Arthur Schnitzler 尾崎 宏次 / 早川書房





夢小説・闇への逃走 他一篇
シュニッツラー 池内 紀 武村 知子 / 岩波書店





 そして、映画化される度にオールスターキャストになるオムニバス映画『輪舞』も、たいへん有名な作品です(『輪舞』中村政雄訳、岩波書店(岩波文庫)1998年)(『輪舞』岩淵達治訳、現代思潮新社、1997年)。
 1度目は、1950年にマックス・オフェルス監督により、ダニエラ・ジェラン、シモーヌ・シニョレ、ダニエル・ダリュー、ジャン・ルイ・バロー、イザ・ミランダ、ジェラール・フィリップらが出演しています。そして撮影は、この『恋ひとすじに』のクリスチャン・マトラによるものでした。彼は『恋ひとすじに』よりも前に、すでに古都ウィーンの景観の素晴らしさをカメラに収めていたのです。
 なお、この旧作は「ヌーヴェル・ヴァーグ」のカイエ派も絶賛している作品です。
輪舞
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 2度目はパリを舞台として、1964年、ロジェ・ヴァディム監督で、マリー・デュボワ、ジェーン・フォンダ、ジャン・クロード・ブリアリ、アンナ・カリーナ、モーリス・ロネ、カトリーヌ・スパークらが出演し、撮影はアンリ・ドカエが担当しています。
輪舞(ロンド)
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輪舞
シュニッツラー 中村 政雄 / 岩波書店





輪舞
シュニツラー 岩淵 達治 / 現代思潮社





 オーストリアの芸術・文化は、バロック時代からの影響を引き継いでいます。ウィーンの宮廷舞台は、ヨーロツパ演劇が中心であったことから、オペラやバレエを主にした華やかな芸術の都のイメージでも文化史上に位置づけられていましたが、19世紀後半からは、ウィーンにも新しい革新芸術が勃興してきました。
 フーゴー・フォン・ホフマンスタールやヘルマン・バール、アルトゥール・シュニッツラーらは世紀末のペシミスティックな世界を、当時のウィーンの姿に投影させ独特の作風を作り出し「若きウィーン派」と呼ばれました。彼ら「若きウィーン派」の作家群は印象主義者ともいわれ、カフェ・グリーンシュタイドルに集い、社会の不安感、ペシミスティックな情動とロマンティズムなどを、フロイト的な意味での「死への無意識」として表現していったのです。

 アルトゥール・シュニッツラーを初めて日本に紹介したのは、明治時代に『雁』『ヰタ・セクスアリス』『青年』『阿部一族』など、反自然主義の高踏派で浪漫主義の先駆者であった森鴎外です。しかも、この『恋ひとすじに』の原作である戯曲『恋愛三昧』を翻訳し、日本に紹介したのが彼なのです(『恋愛三昧』森鴎外訳、岩波書店(岩波文庫))。
 彼はウィーン大学で医学に志し、同時代のジクムント・フロイトの精神分析学に傾倒し、生きていた時代を敏感に己の作風を当時、主流であった自然主義文学に反映させました。このような作風が浪漫主義の先駆者であったの森鴎外の関心を惹いたのかもしれません。
 これらの事は、特筆すべきであり、現在、再版未定であるこの書籍と日本で未だ販売されていない『恋ひとすじに』のDVDは、早急にセットで商品化すべきであるとまで、わたしは思ってしまいます。
昭和初期世界名作翻訳全集 (9)
シュニッツラー 森 鴎外 / ゆまに書房





 物語の舞台は、1906年オーストリアのウィーンです。冒頭からウィーンの美しい街並みが映し出され、その美しさは、まるで絵画のようですが、ここからアラン・ドロン演ずる少尉フランツ・ロープハイマーとロミー・シュナイダー演ずるクリスティーヌの悲恋の物語がはじまるのです。
 クリスティーヌの部屋のバルコニーには花がたくさん飾り付けられ、ウィーン市民の日常が多くの花に囲まれた素敵な生活であったことが印象に残ります。
 美しい古城を背にしたフリッツとクリスティーヌ、友人テオとミッツィのカップルとのピクニックの場面も素晴らしいシークエンスです。
 更に、初めてのデートのシーンで、ふたりは牧歌的な田園の風景を馬車に乗って走ります。広大な田園のなかで、恋人たちの声がこだまし、美しく素敵なラブシーンとして表現されているのです。


 古き良き時代のウィーンを舞台とした古典戯曲の典型的な作品は、あまりにも美しくて悲しい物語ですが、この作品の美術を造り上げた担当者は、ジャン・ドーボンヌでした。彼は『詩人の血』(1930年)や『オルフェ』(1950年)でジャン・コクトー監督の作品で美術を担当し、ジャック・ベッケルの『肉体の冠』(1951年)『現金に手を出すな』(1954年)『モンパルナスの灯』(1958年)、クリスチャン・ジャックの『パルムの僧院』(1947年)やマックス・オフェルスの『輪舞』(1950年)などを手がけたフランス映画のトップクラスの名コーディネーターです。
詩人の血【字幕版】
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肉体の冠
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モンパルナスの灯
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パルムの僧院〈完全版〉
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 撮影はクリスチャン・マトラ。ドーボンヌのセットや美術を背景としたウィーンの景観や登場人物の素晴らしさや美しさは、彼のカメラによるところが大きいと思います。
 『大いなる幻影』(1937年)『旅路の果て』(1939年)『賭はなされた』(1947年)『双頭の鷲』(1947年)『花咲ける騎士道』(1952年)『女優ナナ』(1955年)『モンパルナスの灯』(1958年)『輪舞』(1950年)『歴史は女で作られる』(1956年)などの代表作で、ジャン・ルノワール、ジュリアン・デュヴィヴィエ、ジャン・コクトー、ジャック・ベッケル、アンリ・ジョルジュ・クルーゾー、クリスチャン・ジャック、ミッシェル・ボワロン、アンドレ・カイヤット、マルク・アレグレ、アンリ・ヴェルヌイユ、ジャン・ドラノワ、ルイス・ブニュエルなどフランスの戦前・戦後の主なほとんどすべての監督と組み、ジェラール・フィリップやジャン・マレー、ジャン・ギャバン、ルイ・ジューヴェ、ダニエル・ダリュー、ミッシェル・モルガン、ミシュリーヌ・プレール、エドウィジュ・フィエール、マルティーヌ・キャロルなど戦前・戦中からのスター俳優、ミレーヌ・ドモンジョ、アヌーク・エーメ、フランソワーズ・アルヌール、クラウディア・カルディナーレ、ジーナ・ロロブリジナ、アンナ・カリーナ、アラン・ドロン、ジャン・ポール・ベルモンドなど戦後のスター俳優まで、各世代の美男・美女を撮り続けました。
 旧作『恋愛三昧』のマックス・オフェルス監督や、この新作のピエール・ガスパール・ユイとも何本かコンビでの作品を撮りました。

 この顔ぶれはフランス映画史そのものといえるそうそうたる顔ぶれです。50年代後半から活躍していくアンリ・ドカエやラウール・クタールが出現するまで、フランスの映画界を背負って立っていた名カメラマンだったといえましょう。
大いなる幻影
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旅路の果て
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双頭の鷲
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 音楽は、ジョルジュ・オーリックです。彼はパブロ・ピカソやエリック・サティらの芸術家とも親交が厚く、映画音楽への関心はジャン・コクトーの影響によるものだったそうです。クリスチャン・マトラとのコンビも数多くあり、息のあったコンビネーションによった作品となっており、マトラの素晴らしい映像に加えた彼の音楽の素晴らしさが良くマッチングしています。
 シネ・ジャズの時代が到来するまで、クラシック音楽が映画音楽の主流であった時代にオペラや交響曲を大衆に分かり易く、映画を通じて提供してくれていたメディア文化最先端の音楽家です。この作品でもヴェートーヴェンの『シンフォニー第5番「運命」』やシューベルトの『アヴェ・マリア』の使い方、歌劇場の様子やクリスティーヌの父親が音楽家である設定、ロミーの歌う場面(多分、吹き替えだと思いますが)などオーリックの力量が十分発揮された作品といえましょう。

 監督を務めたのは、制作した本数は少ないながらも1963年度カンヌ映画祭で『シエラザード』により、フランス映画高等技術委員会大賞を受賞しているピエール・ガスパール・ユイです。ドイツ映画界の不信で母国での作品製作が振るわなかった時代的な不運がなければ、もっと多くの名作品を輩出できた演出家であったと思います。

 また、特筆すべきはフランツの愛人役で大女優ミシュリーヌ・プレールが出演していることです。
 クロード・オータン・ララ監督、ボストとオーランシュの脚本コンビによるレイモン・ラディゲ原作の『肉体の悪魔』(1947年)では、ジェラール・フィリップの恋の相手として年上の人妻役を演じました。まさにフランスの古き良き時代の「詩(心理)的レアリスム」の典型的な作品が代表作です。また、実存主義哲学者のジャン・ポール・サルトルがシナリオを担当し、撮影と音楽をマトラとオーリックのコンビとしたジャン・ドラノワ 監督の『賭はなされた』(1947年)、ジャック・ベッケル監督の『偽れる装い』(1945年)などで主演を務めています。
 そしてイギリスで撮った『アメリカン・ゲリラ・イン・フィリピン』(1950年)は、『怪傑ゾロ』でディエゴ=ゾロで主演したタイロン・パワーとともに、何とフリッツ・ラングの演出も受けているのです。まさに彼女は大女優です。
肉体の悪魔
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 この作品が製作された当時のフランス映画界には、まだ、「ヌーヴェル・ヴァーグ」が出現していませんでした。しかし、ジェラール・フィリップを失い、ジャン・マレエも全盛期を過ぎ、ジャン・ギャバンただ一人がスターとして頑張っていた世代交代期だったことから、映画界は新たなスターを求めていた時代だったといえましょう。 
 そこに、この『恋ひとすじに』のような古典手法の名人たちに囲まれて、期待の大型新人アラン・ドロンは、古き良き時代の古都ウィーンを舞台にした作品で登場したのです。彼はフランス映画のクラシックをそのまま受け継ぎ、ウィーン情緒あふれる舞台設定で主演2作目を飾り、自らの俳優人生の方向付けも固めることができたのだと思われます。しかも、共演した元恋人ロミー・シュナイダーもドイツ宮廷の舞台俳優の祖父母の血縁を受け継いだ女優でした。

 時代物のコスチューム・プレイを主とした作風のクラシカルは、アラン・ドロン作品の原点のひとつだと思われます。『素晴らしき恋人たち』、『山猫』、『黒いチューリップ』、『世にも怪奇な物語』、『アラン・ドロンのゾロ』、『スワンの恋』、『カサノヴァ最後の恋』等々、時代物ではありませんが、『フランス式十戒』、『帰らざる夜明け』、『燃えつきた納屋』なども古典手法の作品です。

 彼は「フレンチ・フィルム・ノワール」作品のジャン・ギャバンの後継者であることはもちろん、同時にジェラール・フィリップやジャン・マレエらの後継者としての役割も立派に果たし続けていったのだとわたしには見えてしまうのです。
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by Tom5k | 2006-04-11 00:18 | 恋ひとすじに(3) | Trackback | Comments(0)

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