『高校教師』①~アラン・ドロン本人が選んだベスト5作品の一本①~

 小学生の頃にアラン・ドロンのファンとなった私には、この作品をどう理解すればいいのかわかりませんでした。
 想えば、未成年のラブロマンスや性の問題を伴う恋愛を描いた作品は、ヨーロッパには特に多かったように思います。
 映画史的な意味での名作品群においては、戦地から帰還したPTSD を抱えた中年男性と美しい少女との純愛を描いた『シベールの日曜日』(1962年)、思春期の少年・少女を描いた『トリュフォーの思春期』(1976年)、そして、青春映画の体系に位置する作品群においても、高校生が年上の女性に恋の手ほどきを受ける『個人教授』(1968年)や『青い体験』(1973年)などが印象的でした。

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 西欧のハイティーンは、日本人が理解できないような早熟な感性を持つ、いわゆる「大人」だったのでしょうか?
 私は、そうとも言えないと思っています。例えば、日本のテレビ・ドラマでさえ、岡崎友紀、石立鉄男主演の『おくさまは18才』(1970~1971年)、映画では、関根恵子主演の『おさな妻』(1970年)や藤田敏八監督、秋吉久美子主演の『バージンブルース』(1974年)などで直接的・間接的に、それは描かれていましたから、大人か否かは国柄の問題ではなく、個々人の問題だと私は考えます。

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 いずれにしても、これらの作品の本質的な意味での理解は、小学生の私には無理でした。それでも、高学年にもなれば、そういった好奇心は人並みには持つようになっていました。
 中・高校生になったときには、中学生の妊娠・出産をテーマにした『3年B 組金八先生』第1シリーズ(1979~1980年)、私は既に社会人になっていましたが、教師と生徒の恋愛、同性愛、強姦、近親相姦、自殺などを実に暗鬱な表現で扱っていた『高校教師』(1993年)などが、若い人たちの間では高視聴率のテレビドラマでした。

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 そして、中学生の時代になっても、周囲に早熟なクラスメートに囲まれながら、テレビ放映で観たアラン・ドロンの出演していた『栗色のマッドレー』(1970年)や『個人生活』(1974年)、この『高校教師』(1972年)のような恋愛そのものをテーマにしたいわゆる「メロドラマ」を、私は本質的には理解できてはいなかったと思います。それを理解できるようになるのは高校生、大学生になってからだったでしょうか?

 このような私にとってセンセーションな体験であったのは、18才のときに読んだ森鴎外の『ヰタ・セクスアリス』でした。恋愛をテーマにしているわけでもなく、いわゆるポルノグラフィのように性的興奮を起こさせることを目的にしているものではなく、つまり、文学的課題そのものにセックスのテーマを用いていることが不思議でならなかったですし、性愛ではなく、自らの性欲の遍歴そのものを小説として発表していることに驚かされてしまったのです。

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 そして、50歳を超えてしまった現在、この『高校教師』を観て、私がひとつ思ってしまうことがあります。アラン・ドロンが演じている主人公、ダニエレ・ドミニチという教師の不良性向です・・・現在の日本では青少年保護育成条例に抵触する可能性も高く、少なくても公立高等学校であれば文部科学省や各都道府県教育委員会などにおいて、即時、職員のワイセツ行為として免職発令されてしまうような行為を扱っている内容に否定的な感想を持ってしまうのです。
 ここに至って、私は何とつまらない良識に因われているのだろうかと、ひどい自己嫌悪に襲われます。映画や文学の本質を全く理解できない、あまりにも良識的なつまらない自分に突然うんざりしてしまうのです。

 そもそも、映画や文学が健康的で健全なテーマを扱う作品ばかりであれば、映画館に足を向ける気持ちなど、ほとんど起こせませんし、DVDを観ることも読書をする気持ちも無くしてしまうのではないでしょうか。

 逆に、憎悪、怒り、裏切り、背徳、渇望、コンプレックス、エゴイズム、嫉妬、虚無感、反抗、反逆、犯罪、ドラックや殺人、孤独・・・人間の負の行為や感情、法律や良識・良俗に反する不快で不調和な人間社会などを描いた作品であれあるほど、それが観る側のモチベーション、動機として、最も惹きつけられる魅力的な要素になると考えることもできるわけです。

 私は何故、アラン・ドロンのファンであるのか?彼のファンであることの心理はどこにあるのか?
 彼がデビューしてから、『高校教師』に出演するまでの作品を挙げても、酷く歪んだ人格破綻者のキャラクターが非常に多く、むしろ、それらがアラン・ドロンの本質的な魅力のひとつになっているようにまで思うのです。

『太陽がいっぱい』(1959年)では、友人への劣等感や嫉妬心から殺害事件を犯し、彼の恋人と遺産を奪い取る犯罪者。

『太陽はひとりぼっち』(1961年)では、他人の孤独や苦悩を想像できず、自らの道義的な倫理観を全く自覚することができなくなってしまったな欠陥人間。

『世にも怪奇な物語』(1967年)では、自分より弱い人間をいたぶることにしか興味のないサディスト。

『あの胸にもういちど』(1967年)では、人妻をたぶらかす背徳の大学教授。

『太陽は知っている』(1968年)では、旧友との確執から殺人まで犯し、警察には最後までしらを切り完全犯罪を履行します。しかも、この作品でアラン・ドロン本人が選んだ共演者が、過去に結婚の約束までしていたにも関わらず、一方的に婚約破棄をしてしまったロミー・シュナイダーだったのです。

『レッド・サン』(1971年)では、仲間を平然と裏切る自分の欲得しか考えない西部の悪漢。

『リスボン特急』(1972年)では、大切な友人の妻と愛人関係を持ち、部下や協力者に平気で暴力を振るう権力の権化である冷徹な警察官。

・・・等々。

 これらの不道徳や不倫理こそ、アラン・ドロンの最大の魅力ではなかったのか、とあらためて省みるわけです。
 ともかく、この『高校教師』は、彼にとっては、かなりの野心作であり、公開当時の日本のファン、特に女性ファンの間で評判が高かった作品と言われています。

 ところで、2007年10月8日に関西テレビ・フジテレビ系列で放映された、当時のジャニーズ事務所所属の人気タレント・グループ 「SMAP(スマップ)」がレギュラー出演していたバラエティ番組『SMAP×SMAP 秋の超豪華 アラン・ドロンも来ちゃいましたスペシャル!!!』の『BISTRO SMAP』に出演した際に、自分の主演した作品のベスト5として、『太陽がいっぱい』、『太陽が知っている』、『山猫』(1962年)、『暗黒街のふたり』(1973年)とともに『高校教師』を挙げていました。
 これらは、それぞれ自分の人生で大切だった人達と共演し、または演出した作品への出演作です。

 『太陽がいっぱい』は、師匠ともいえるルネ・クレマン監督の演出や友人モーリス・ロネとの共演、アンリ・ドカエが撮影した彼の出世作です。番組の出演中に「素晴らしい映画だ」、「「太陽がいっぱい」は世界中でヒットした」と強調していたアラン・ドロンでしたが、この作品が映画史的な意味での評価にまで至っていないことを十分にわかっている上で、敢えて強い想いを伝えようとしていたコメントのように私には感じられました。

 『太陽が知っている』は、マルコビッチ殺害事件で任意調査の対象とまでされていた時期の作品でした。盟友ジャック・ドレー監督との初コンビ、若い頃の婚約者ロミー・シュナイダー、親友モーリス・ロネとの共演作品です。

 『山猫』は、敬愛するバート・ランカスターとの初共演、そして、最も大きな影響を受けた師匠ルキノ・ヴィスコンティ監督と撮った最後の作品です。

 『暗黒街のふたり』は、バート・ランカスターとともに彼が最も敬愛していたジャン・ギャバンと最後に共演した作品でもあり、盟友ジョゼ・ジョヴァンニ監督での初出演の作品です。『地下室のメロディー』(1962年)や『シシリアン』(1969年)は、アンリ・ヴェルヌイユ監督のもとでジャン・ギャバン一家としての出演作品でしたが、『暗黒街のふたり』はアデル・プロダクションの作品です。つまり、ようやく自分の土俵でジャン・ギャバンと対等に共演できたと、アラン・ドロンが考えたとしてもおかしくはなかったでしょう。
 しかしながら、ジャン・ギャバンは、『現金に手を出すな』(1954年)で大切な子弟、『ヘッドライト』(1956年)で年下の若い恋人、人生における最も大切な者の死を哀愁にまで高める名演が十八番のスター俳優でした。『暗黒街のふたり』でも過去の代表作品と同様、誤って犯罪を犯してしまう悲劇的な主人公の死に立ち会う保護司のキャラクターを好演したことを鑑みれば、結局はジャン・ギャバンの独壇場・・・残念ながら役者としては一枚も二枚も彼の方が上手であったように私は感じています。

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 それにしても、アラン・ドロンは、1977年の来日のときには、2007年の来日のときは異なり、自分の気に入った作品として、『太陽がいっぱい』、『若者のすべて』(1960年)だけを挙げていました。
【>いちばん好きなドロン主演作は
>しいていえば「太陽がいっぱい」と「若者のすべて」】
【「スターランドデラックスVOL4 アラン・ドロン(P48~49独占インタビュー)」徳間書店、1977年】

 また、1983年の来日のときは、人生での5人の大切な監督との出会いとして、ルキノ・ヴィスコンティ、ルネ・クレマン、ミケランジェロ・アントニオーニ、ジョセフ・ロージー、ジャン・ピエール・メルヴィルを挙げていたにも関わらず、

【>宮崎総子
今までいろんな監督と出会っていると思いますけどね。ヴィスコンティさんとか。本当に世界で一流の。どなたからたくさん影響を受けていらっしゃいますか。
>アラン・ドロン
私の人生では5人の大切な大監督が挙げられます。最も影響を与えてくれた人々はビスコンティ、ルネクレマン、アントニーオーニー、ローゼ、メルヴィル。私の人生のいろいろな時期にこうした人たちから影響を受けました。】
【「モーニングジャンボ奥さま8時半です』「総子がせまる!いい男コーナー たまらなく男ざかり!アラン・ドロン」インタビュー:宮崎総子、1983年11月8日:毎日放送】


 1996年の「カイエ・デュ・シネマ」のインタビューでは、ミケランジェロ・アントニオーニとは偶然の出会いだったとして、自身の俳優としての基礎、キャリアの構築に重要だった監督には敢えて入れていません。

【>ベルトラン・ブリエの『真夜中のミラージュ』では笑わそうとする意志が感じられましたね、それが一番の狙いではないにしろ。
>ブリエの現場は本当に素晴らしかったね。ロージー以来、私はブリエのような人を待っていたんだ。他の監督たちに侮蔑的に聞こえて欲しくはないけどね。でも私にはヴィスコンティ、クレマンがいて、アントニオーニは偶然だがね・・・

>アントニオーニはモニカ・ヴィッティにより関心が向いていたと思いますが。
>ヴィッティは彼の奥さんだったからね。私は奥さんの相手役だった訳だ。私の代わりにマストロヤンニでも良かっただろう。ヴィスコンティ、クレマン、メルヴィルにロージー:私のキャリアは正にそれだよ。その後にもいくつかの出逢いはあった:1964年のアラン・カヴァリエ(さすらいの狼)、ブリエにレネ・マンゾールの「デーモン・ワールド」のような監督第一回作品もあったね。ベルニュイユやドレー監督と撮った10本も映画も否定するつもりは全くないよ。どの作品も収めるべき場所があるんだ。ヴィスコンティがこう言ってた:「キャリアを築くのは、建築のようなものだ、基礎工事が肝心だとね。」私の基礎は、ヴィスコンティ、クレマン、メルヴィルにロージーだね。】
【引用(参考) takagiさんのブログ「Virginie Ledoyen et le cinema francais」の記事 2007/6/18
「回想するアラン・ドロン:その6」(インタヴュー和訳)」


 このようにアラン・ドロンは、自分の気に入った作品や俳優のキャリアで重要であった監督に限っては、自身の年齢・経験値、インタビューの場に応じたりしながら、それぞれ異なる発言をしてきたように思います。

【<『高校教師』①~アラン・ドロン本人が選んだベスト5作品の一本②~>に続く】
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by Tom5k | 2016-11-11 20:19 | 高校教師(2) | Trackback(1) | Comments(0)

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