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『高校教師』②~『ヘッドライト』のジャン・ギャバンを想い浮かべて~

 この作品がルキノ・ヴィスコンティの影響を色濃く受けた作品であることは間違いのないことでしょう。
 しかし、私はもうひとりアラン・ドロンの作品を観賞するたびに思い浮かべてしまうスター俳優がいます。ほとんど、私個人の思い込みのような気がするものの、アラン・ドロンの映画を観賞する度に、どうしてもこだわってしまう人物です。今回、この『高校教師』を久しぶりに観賞し、そのことを特に強く感じてしまいました。そのスター俳優は、アラン・ドロンがバート・ランカスターととも尊敬する俳優として挙げているジャン・ギャバンなのです。

 この作品で主人公ダニエレ・ドミニチを演じたアラン・ドロンは、当時37歳でしたが、作品でそのロマンスの対象になった相手ソニア・ペトローヴァは、まだ19歳だったそうです。イタリアの高等学校は、普通高校では14~19歳までの5年制、専門高校は3年制の後に2年制を加えた課程があるそうですから、彼女が演じたヴァニーナ・アバティが休学2ケ年を経て、高等学校に在籍している生徒であることの年齢の設定は、実際の彼女とは全く矛盾しません。

 そして、この『高校教師』と同様に男性と女性の年齢差が大きく開いたロマンスを正面から描いた作品で、私が真っ先に思い浮かべてしまう作品が、ジャン・ギャバン主演の『ヘッドライト』(1954年)なのです。

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 『高校教師』が完成する前年に製作された『帰らざる夜明け』(1971年)が、ジャン・ギャバンの過去の主演作品を強く意識した作品であるように感じたことは、既に触れたところです。【『帰らざる夜明け』~ジャン・ギャバンを超えようとしたアラン・ドロン~

 また、既に過去の記事で何度も採り上げているように、私がアラン・ドロンの作品を観るとき、そこにジャン・ギャバンの影響を感じる作品は、『帰らざる夜明け』だけではありません。

『サムライ』(1967年)では、『望郷』(1937年)
『サムライ』⑤~アキム・コレクション、『望郷』の鑑賞から想起したもの~

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『さらば友よ』(1968年)では、『地の果てを行く』(1935年)や『霧の波止場』(1938年)など
『さらば友よ』~「詩(心理)的レアリスム」から新しい「フレンチ・フィルム・ノワール」へ~

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『ボルサリーノ』(1969年)では、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督やマルセル・カルネ監督の作品
『ボルサリーノ』①~ジュリアン・デュヴィヴィエ&ジャン・ギャバンからの影響~

『燃えつきた納屋』(1973年)や『フリック・ストーリー』(1971年)には、『メグレ警部』シリーズ(1957~1963年)
『燃えつきた納屋』~アラン・ドロン、尊敬する大先輩たちから学んだ基盤~
『フリック・ストーリー』~“古き良き時代” クラシックとアラン・ドロンの新境地~

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『友よ静かに死ね』(1977年)には、『我等の仲間』(1936年)や『望郷』など
『友よ静かに死ね』②~再生・復活、リアルな「良質の伝統」~

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『チェイサー』(1978年)には、『現金に手を出すな』(1955年)
『チェイサー』①~戦後フランス映画へのオマージュ~

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 このように、私は、ある時期以降のアラン・ドロンの出演作品には、常にジャン・ギャバンの影響が色濃く反映しているように感じるのです。これらの外にも、『さすらいの狼』(1964年)や『ル・ジタン』(1974年)の設定は、往年のジャン・ギャバンが脱走兵などに扮し、「追われる男」を演じ続けた頃の作品と良く似た印象を受けます。
 また、アラン・ドロンは、ジャン・ギャバンを主演に配置して、多くの名作品を輩出したジュリアン・デュヴィヴィエ監督の演出した『フランス式十戒』(1962年)や『悪魔のようなあなた』(1967年)にも出演していますし、何よりジャン・ギャバンとの共演作品が、『地下室のメロディー』(1962年)、『シシリアン』(1969年)、『暗黒街のふたり』(1973年)と、三作品もあります。

 ジャン・ギャバンは、後進のアラン・ドロンと同様に、主に「フレンチ・フィルム・ノワール」によって、男性的な世界観ばかりを表現してきたスター俳優でしたが、意外にも、45歳のときに『港のマリー』(1949年)で、18歳のニコール・クールセルに、54歳のときに『可愛い悪魔』(1958年)で、24歳の若いブリジット・バルドーに夢中になる中年期から初老期の男性を演じたこともあるのです。
 そして、私が『高校教師』を観て、思い浮かべてしまう『ヘッドライト』は、日本でも有名で評価が高く、ジャン・ギャバンが51歳、相手役のフランソワーズ・アルヌールが24歳のときの作品です。

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 アンリ・ヴェルヌイユ監督の演出は、哀愁を携えた実にロマンチックなストーリーですが、私は、小・中学生のときに、これらの作品を観て、ヨーロッパの男性は中年期、そして初老期においてさえ、何故、このように青年のような恋愛ができるのだろうか?と不思議に思っていました。ところが、最近、これらの作品を観て確信しているのですが、彼らの演じている登場人物は、やはり年齢相応であり、そのロマンスが実に自然に扱かわれ、表現されていると解釈できるようになりました。

 中年期以降から初老期に入る時期の男性は、豊富な人生経験によって、若い恋人達に有りがちな不器用で廻り道をしてしまうような野暮ったい経過を辿ることは無く、女性の気持ちに対する敏感でデリケートな感性によって自然に恋を成就させていくことができるのです。私は男性が、このような恋愛ができるためには、少なくても30歳代の後半期以降まで待たねばならないような気がしています。

 年齢差のあるロマンスという設定の外に、フランソワーズ・アルヌールが演じたクロチルドやソニア・ペトローヴァが演じたヴァニーナにも共通項があります。彼女たちが、実際の年齢よりも必要以上に多くの不幸な悲しい経験を積んでしまった早熟な女性であるということです。父親が不在の家庭に育ち、親としての役割を放棄してしまった自己中心的な母親が存在しています。

 クロチルドの母親は、自分の二度目の年下の亭主に夢中で、失業中に住む場所と仕事を探し途方にくれている娘に、「母親にも自分の人生を生きる権利はあるさ」などと言って、自分の生活を優先して彼女を突き放してしまいますし、ヴァニーナの母親は自分の娘を金持ちのパトロンに付け、それを利用して生活の糧としている老娼婦です。
 それにしてもヴァニーナの母親を演じた往年の名女優アリダ・バッリは、これ以上無いほど醜悪な老女を演じていました。

 そして、『ヘッドライト』で、ジャン・ギャバンが演じたジャン・ビヤールはベテランの長距離トラックの運転手ですが、上司とトラブルを起こし失業してしまいますし、『高校教師』で、アラン・ドロンが演じたダニエレ・ドミニチは、没落したブルジョア家庭の出身であり、過去に激しい恋愛の絶望を経験て以降、失業や軽犯罪を繰り返しニヒリズムに陥ってしまった高等学校の任期付きの臨時教師です。

 いずれにせよ、このような負の要件が揃ってしまった男女に激しい恋愛感情が生まれてしまうることは珍しいことではありません。それはまた、幸福などとは縁遠い実にメランコリーで悲劇的なプロセスを辿り、最終的には最も悲惨で破滅的な終焉を迎えます。しかも、恋人同士が新たな生活を始めようとしたそのときに、予想以上の大きな悲劇に見舞われてしまうのです。

 『ヘッドライト』では、クロチルドはジャン・ビヤールに妊娠していることを伝えますが、連絡の行き違いもあって、その後、堕胎の手術を受けそれが誤診だったことにします。それ以降は彼にそのことを隠し、身を引こうとしますが、結局はジャンの強引な説得に身を委ね、展望の無い逃避行ともいえる旅に向かいます。二人は新しい暮らしを始めるために大型トラックに乗り込むのですが、彼女は術後の体調不良により長距離運転の同乗中に容態が悪化し死を迎えてしまうのです。
 『高校教師』での二人は、絶望的な環境から抜け出すことだけを考えます。ヴァニーナはダニエレの強いアプローチに自分の運命を任せますが、ダニエレにしても決して二人の未来を信じているようには思えません。彼らも新たな生活の場を求めて旅立つのですが、彼は捨ててきた妻のことを割り切れず、自動車を運転中の散漫な気持ちにより交通事故に遭い命を落としてしまいます。

 どちらの作品の登場人物も貧困で惨めな境遇であり、虚無的な人物キャラクターなのですが、その対位として、美しく物悲しい旋律のテーマ曲を使用しています。儚いロマンスや悲恋の美しさを上手に音楽表現することで、映画における「メロドラマ」として最も理想に適った作品となっています。
 観る側においては、視覚効果により、主人公たちの暗鬱な日常から展望の無い悲劇への展開へと掘り下げながら、音楽の聴覚効果への連動によって、そのラブ・ロマンスのエモーショナルな渦中にある人物や舞台を哀感、情感に溢れた詩情豊かな世界に昇華させることができるわけです。

 『ヘッドライト』の音楽の担当は、映画の脚本家でもあった詩人、ジャック・プレヴェールの詩をジュリエット・グレコやイブ・モンタンが歌った『枯葉』を作曲したジョセフ・コスマです。
 『高校教師』の音楽では、高音域のトランペットが非常に強い印象を残します。演奏はメイナード・ファーガソンというジャズ・トランペッターです。1976年のモントリオール・オリンピック閉会式でソリストを務めたトランペッターだそうです。

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 両作品とも、映画音楽の活用としては、最も効果的なモンタージュ技法からの最適な照応を完成させていると思います。本当に素晴らしい主題曲を創作したものです。

 更なる共通点として、どちらの作品も恋愛映画でありながら、男性的な世界観で全体が覆われている特徴があります。つまり、両作品とも、クロチルドやヴァニーナの女性としての視点では描かれておらず、あくまでもジャン・ビヤールやダニエル・ドミニチを基軸にして展開させている物語となっています。
 これらが封切られた当時は、男性の視点で描かれている「メロドラマ」でありながらも、多くの女性ファンが、それを受け入れることが出来た時代だったのかもしれません。

 同じヨーロッパの「メロドラマ」作品として、クロード・ルルーシュが監督した『男と女』(1966年)も有名ですが、こちらは全ての展開が女性の視点で描かれています。アラン・ドロンより少し年上ですが、概ね同世代のジャン・ルイ・トランティニャンが演じた主人公のジャン・ルイは、ジャン・ギャバンのように円熟した男性の魅力を持っているわけではありませんし、アラン・ドロンのようにハンサムで、孤独や背徳を魅力にするしたたかさは持ち合わせていないかもしれませんが、女性が最も望むタイミングでの恋愛アプローチを完璧に心得た男性です。決して女性を惨めな気持ちにせず、女性が嬉しいと常に想わせるアプローチのできる男性、つまり女性にとっての理想の男性像がこのジャン・ルイなのでしょう。

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 現在では、ジャン・ビヤールやダニエル・ドミニチよりも、このジャン・ルイのような男性が望まれる時代となっているかもしれません。

 時代の情景は、次々と移り変わっていくものです。

 アラン・ドロンにしても、
 『高校教師』の製作、出演の直近前作は、同年の『リスボン特急』でしたが、「フレンチ・フィルム・ノワール」で彼の新境地を拓いたジャン・ピエール・メルヴィルが演出しており、また、彼がその人生の終焉を迎えたのは、その翌年の1973年8月2日でした。

 更に、その2年後、アラン・ドロンが若い頃、にロミー・シュナイダーも含めて、その映画・舞台の大一座の座長ともいえた大監督ルキノ・ヴィスコンティも1976年3月17日に逝去しています。

 そして、同年、アラン・ドロンが41歳の誕生日を迎えた1週間後の11月15日、とうとうジャン・ギャバンも72歳で永眠します。

 いつまでも続くと思われていた日本でのアラン・ドロンの人気が翳りを見せ始める時期と、彼が立て続けに映画人生における師匠たちを失っていったこととが、私には、どうしても重なって見えてしまい、同時に深い悲しみが湧き上がってきてしまうのです。
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by Tom5k | 2016-11-23 21:35 | 高校教師(2) | Comments(2)

Commented by 用心棒 at 2016-11-27 20:36 x
こんばんは!
フィルムノワール、最近見ていないんですが、トムさんの記事を読んだら、見たくなりましたよ。

ちょっと前にイヴ・モンタン主演の『告白』を見ましたが、あまりにもヘビーな内容でいまだに書けないでいます。

>後半期以降
ぼくももう40代後半ですが、つい最近19歳の美大生の娘に一緒に住みたいと言われて驚きましたww

今の気持ちは一時的な感情で、本当のものじゃないから、年相応の相手を見つけなよと丁重にお断りしました。知人に話すともったいないと言われましたが、さすがに未成年には手を出しませんでしたよww

ではまた!
Commented by Tom5k at 2016-11-28 02:16
>用心棒さん、こんばんは。
やっぱり、ジャン・ギャバンとアラン・ドロンといえば、確かに「メロドラマ」というよりは、「フレンチ・フィルム・ノワール」ですよね。
イヴ・モンタン主演の『告白』は未見です。コスタ・ガヴラスとモンタンでは、「Z」や「戒厳令」を見ました。ジャン・ルイ・トランティニャンやレナート・サルバトーリも出ていましたよね。
ガヴラスの作品は、おっしゃるように重いですよね。私は若い頃、『背信の日々』を映画館で観ましたが、出て来るKKKがあまりに現実的に描かれていて憂鬱になりましたよ。

ところで、>19歳の美大生
おおっ、こっ、これはドロンやギャバンどころではない!少なくてもジェラール・フィリップのレベルではないですか?
>今の気持ちは一時的な感情で、本当のものじゃない・・・
確かに、そういったこともあるかもしれませんが、チャップリンとウーナ夫人のようなことも現実にあるわけですから、良く見極めて本物であれば、躊躇することはないと思います。ちょっと、他人事のようになってしまいますが、用心棒さんの応援は是非したいですねえ。美術の勉強をされている方なら、お若くても本物がわかる審美眼は確かな方なのではないでしょうか?
無責任なアドバイス、申し分けございませんでした。
では、また。