『ビッグ・ガン』~イタリアでの「フィルム・ノワール」集大成、そして家族への愛~

【>あなたにとって映画はむしろフランスとイタリアですね?
>アラン・ドロン
今では違うがね、でも私のキャリアはイタリアで始まったんだ。最初の作品に出た後すぐに、私はイタリアで5年過ごした、フランスと行ったり来たりでね:『若者のすべて』『太陽はひとりぼっち』『生きる歓び』『太陽がいっぱい』『山猫』全ての始まりだった!】
【引用(参考) takagiさんのブログ「Virginie Ledoyen et le cinema francais」の記事 2007/6/27 「回想するアラン・ドロン:最終回(インタヴュー和訳)」

 ハリウッドから、1967年製作の『冒険者たち』で帰仏した後のアラン・ドロンの作品は、アメリカ資本の作品、あるいは純粋なフランス資本の作品、アメリカのマーケットと合同の版権を持った作品がほとんどで、この1973年の『ビッグ・ガン』製作の前年1972年に製作された『高校教師』が、渡米前の1963年製作のイタリア・スペインとの合作『黒いチューリップ』以来のイタリア作品でした。純粋なイタリア作品としては、1962年の『山猫』以来です。

 『高校教師』は、作品のクォリティにおいても商業的な意味でもアラン・ドロンの代表作品として名だたる作品であり、アラン・ドロン本人も自分の主演した作品のベスト5として、2007年10月8日に放映されたジャニーズ事務所所属の人気タレント・グループ 「SMAP(スマップ)」がレギュラー出演しているバラエティ番組『SMAP×SMAP 秋の超豪華 アラン・ドロンも来ちゃいましたスペシャル!!!』(関西テレビ・フジテレビ系列)の『BISTRO SMAP』に出演した際に、『太陽がいっぱい』『太陽が知っている』『山猫』『暗黒街のふたり』とともに『高校教師』を挙げています。

 そして、その成功の翌年の1973年、やはりイタリア資本モンディアル・TIFIと自社アデル・プロダクションとの合作で、イタリア人スタッフ・キャスト、舞台設定もイタリアで、この『ビッグ・ガン』を制作したのです。しかも『山猫』の舞台であったシシリー島も舞台・ロケ地となっています。
 この頃、人気全盛期だったアラン・ドロンは、デビュー当時の原点に立ち返って、得意の悲恋をテーマにした『高校教師』、十八番であった「フィルム・ノワール」作品の体系に属する『ビッグ・ガン』を、敢えてイタリア映画として製作したのだと察することができます。
 映画俳優・スターとして、自社プロダクションの立ち上げ、一個人として家庭人の役割を担ったこと、そして、その失敗、殺害事件の関与への疑義など、様々な人生経験を経て、このヴェテラン・円熟期の段階に、再び原点に立ち返ったアラン・ドロンの模索していたもの・・・それは、ここで、どのように表現されているのでしょうか?

 内容もプロットも、アラン・ドロンのキャラクターも・・・彼の従来からのキーワードである

家族との愛情、その悲劇的プロット
(『泥棒を消せ』『シシリアン』)

暗黒街の職業的殺し屋
(『サムライ』『シシリアン』『スコルピオ』)

死の美学
(『さすらいの狼』『泥棒を消せ』『サムライ』『ジェフ』『シシリアン』『仁義』『スコルピオ』)

「フレンチ・フィルム・ノワール」の特徴である男同士の友情と裏切り
(『仁義』『シシリアン』『リスボン特急』)

孤独な一匹狼と巨悪組織の対峙
(『さすらいの狼』『サムライ』『スコルピオ』)

・・・と、非常に類型的ではあります。

 演出したドウッチョ・テッサリは、超一流の映画作家とも言えるアラン・カヴァリエ、ジャン・ピエール・メルヴィル、ラルフ・ネルソンらと比較するのは気の毒ですが、第一級のエンターテーナーとしてそれなりの活躍をしていたジャン・エルマン、アンリ・ヴェルヌイユ、ジャック・ドレー、マイケル・ウィナーと比べても、彼の作品のクォリティが若干劣るように感じてしまうのはわたしだけでしょうか?

 しかしながら、イタリア製西部劇で鍛えられた職人気質の映画作家であることは、いくつかの彼の作品を鑑賞すればわかりますし、その優れた特徴から映画制作のプロフェッショナルであることは、歴然としています。

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 後年演出したアラン・ドロン主演の『アラン・ドロンのゾロ』でも、その職人的カメラワークや演出力は思う存分、そして遺憾無く発揮されています。

 また、この作品の類型の特徴は決してマイナスには作用しておらず、アラン・ドロン出演の「フィルム・ノワール」作品として最も安定しており、その基本的な魅力の多くが盛り込まれているのです。

 特徴的なキーワードが極めて類型的であることも含めて、彼のキャリアの始まったころと同様のイタリア映画作品であること、「フィルム・ノワール」作品の演出では職人的要素の強いB級映画の監督の演出であったことなど、アラン・ドロンの最も得意とする「フィルム・ノワール」として、これほどの集大成的作品は滅多にありません。
 前作の1972年『スコルピオ』でジャン・ギャバンと同様に最も敬愛しているバート・ランカスターと共演し、強い挫折感のあったアメリカ映画において、ようやくアラン・ドロンらしい自分なりのキャラクターで勝負できた翌年に、このような自分史的な結論を総括的に創り出したことは大きな意味を持つことだったように思います。

 なにより第二の故郷、俳優としては故郷そのものであるイタリア映画界に、今まで培ってきた得意のジャンル「フィルム・ノワール」作品を制作し還元することは、道義的な意味でも国際俳優としての立場からしても、彼の責務だったと言っても過言とはならないかもしれません。


 また、この作品がそれまでの集大成の意味のみならず、むしろ彼の新境地の開拓であったとの見解もあるのです。
【(-略)
ただ好きだから-と、それだけで選んだこのベスト・テン。でも、よく考えてみると、いずれもアラン・ドロンというスターが、新たな個性を見せたときとか、ユニークな役に挑戦したときの作品が大半を占めている。(略-)】
と、アラン・ドロンが人気全盛期の時代に、日本でのアラン・ドロン批評(熱烈なファンとしてのアラン・ドロンのカリスマ性批評)で専売特許を持っていたとも言える映画評論家である南俊子氏の選んだベスト第6位がこの『ビッグ・ガン』でした。

 『泥棒を消せ』『シシリアン』で妻や子供、妹をプロットとして配置していた経験はあれども、妻や子供が暗殺され、その復讐のために一匹狼の復讐をマフィア組織に挑み敗北するせつない殺し屋の主人公を演じたのです。
 このような配役・キャスティングは、彼がナタリー・ドロンとの結婚生活の失敗から愛息アンソニーと別居生活とならざるを得ない悲しい経験や状況からの題材の選定であり、彼の演技のメソッドとしての裏付けであったことは間違いのないことだったでしょう。ですから、この作品は類型的ではあっても硬直した内容には陥っていないように思うのです。

【たとえば『ビッグ・ガン』で、十八番の“殺し屋”を演じたあなた。黒いコート姿で、滑るように敵地へ乗り込むと、ものも言わず表情も変えぬ静けさで、消音銃がたちまち数人を血祭りにあげる。この冷徹の魅力!
 7歳の誕生日を迎えた一人息子と、貞淑な妻のために、きっぱりと暗黒街から足を洗おうとした“あなた”は、だれがそのために、いとしの妻子を眼の前で、爆弾装置の車もろとも吹っとばされてしまう。悲しみの底から怒りの炎が燃えたって、あなたは報復の鬼となる。
 けれど、そうしたあなたが、頬を引きつらせて涙を流すのは、妻の墓の前ではなく、おのれの分身である亡き息子への哀惜吹きこぼれる、まさしくその瞬間なのでございました。】
【「デラックスカラーシネアルバム5 アラン・ドロン 凄艶のかげり、男の魅力「アラン・ドロンへのラブレター アラン・ドロンさま まいる」南俊子」南俊子責任編集 芳賀書店)より引用】

アラン・ドロン―凄艶のかげり、男の魅惑 (1975年) (デラックスカラーシネアルバム〈5〉)

南 俊子 / 芳賀書店



 そして、彼の「フィルム・ノワール」作品に限っても単独の主演作品であることは意外にも珍しいことです。1968年製作の『ジェフ』以来5年ぶりであったのではないでしょうか?
 『ジェフ』以降は同等の主演としての共演者に、『シシリアン』ではジャン・ギャバン、リノ・ヴァンチュラが、『ボルサリーノ』ではジャン・ポール・ベルモンドが、『仁義』ではイブ・モンタン、ブールビル、ジャン・マリア・ヴォロンテが、『リスボン特急』ではリチャード・クレンナ、カトリーヌ・ドヌーブが、『スコルピオ』ではバート・ランカスターが配置されていました。

 逆に『ビッグ・ガン』が彼の単独主演で製作されたところに、アラン・ドロンのイタリア映画界における責務への自覚と、それまで培ってきた実力に裏付けられた強い自信とを感じることができるのです。

 また、フランス映画界において、ジャン・ピエール・メルヴィルの亡き後、「フレンチ・フィルム・ノワール」の体系で名コンビネーションを組んでいくジョゼ・ジョヴァンニ監督との作品『暗黒街のふたり』『ル・ジタン』『ブーメランのように』へと繋がっていく特徴的な要素が、この段階で生み出されていたようにも思います。
 アラン・ドロン主演作品としてのキーワードである家族愛、死の美学、悲劇的な「フィルム・ノワール」のプロットなどは継続され、暗黒街から足を洗えない社会のアウトローの苦悩を描写していく作品へと発展していったわけです。
 フランス映画史における伝統的「フレンチ・フィルム・ノワール」の継承者ジョゼ・ジョヴァンニ監督の作品演出の作風は、アラン・ドロンの集大成であるとも解釈できるこの『ビッグ・ガン』において仮想されていたと、わたしには感じられるのです。
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by Tom5k | 2010-11-28 12:02 | ビッグ・ガン | Trackback(3) | Comments(7)

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Tracked from ダイターンクラッシュ!! at 2011-01-21 15:05
タイトル : ビッグ・ガン
2011年1月20日(木) 録画再生(BS h 8月19日15:00放送) ビッグ・ガン【特別版】 [DVD]出版社/メーカー: 紀伊國屋書店メディア: DVD アラン・ドロンのアクション映画。一応フィルム・ノワールの範疇か。フランスでなくイタリアのマフィアの話。だからイタリア語。アラン・ドロンはビスコンティの映画に出ていたからイタリア語を喋れるのだろう。吹き替えかどうかは知らない。 アラン・ドロンは、殺し屋だが、息子のために足を洗う。それを許さぬマフィアの幹部が、彼を消そうとするが、誤って...... more
Tracked from プロフェッサー・オカピー.. at 2011-02-13 00:45
タイトル : 映画評「ビッグ・ガン」
☆☆☆★(7点/10点満点中) 1973年イタリア映画 監督ドゥッチョ・テッサリ ネタバレあり... more
Tracked from テアトル十瑠 at 2011-06-12 12:21
タイトル : ビッグ・ガン
(1972/ドゥッチオ・テッサリ監督/アラン・ドロン、リチャード・コンテ、カルラ・グラヴィーナ、マルク・ポレル/110分)... more
Commented by 用心棒 at 2011-01-02 14:48 x
 新年、明けましておめでとうございます!

12月からバタバタして、なかなかネットを楽しむ余裕もありません。今年も今ようやくネットを開いた始末です(笑)

今年も“ない”時間を振り絞り、更新して行こうと思いますので、お付き合いよろしくお願いいたします。

ではまた!
Commented by Tom5k at 2011-01-03 01:37
>用心棒さん、今年もよろしくお願いいたします。
最近は、わたしも忙しいのですが、ドロンのDVDは、相変わらず観ています(現在ではあまり好きではないのですが、ジョゼ・ジョヴァンニのドロンにはまっています)し、「ハリーポッター」の後は、ギャスパー・ノエの「エンター・ザ・ボイド」を観てきました。これはセンセーショナルでうろたえました。全くハイパーにトリップしてきましたよ・・・あっそうそう「片腕マシンガール」レンタルして観ましたが、これにはさすがに具合が悪く成りました。もう観ない・・・。

今年は、良い年になりますように・・・。
そのうち、また、お邪魔しに行きます。
では、また。
Commented by オカピー at 2011-02-14 14:06 x
リハビリ中の父が病院を強制退院となって介護マンションへ引越しになった関係で先週から今週にかけて忙しい状態で、返事もままなりませんが悪しからず。

>単独の主演作品であることは意外にも珍しい
なるほど、こういう着眼はトムさんらしい。僕らのような一般的なドロン・ファンには目からうろこという感じがします。

>ドウッチョ・テッサリ
彼に限らず、イタリアの職業監督の作品は、本人のせいかどうかはいざ知らず、編集が雑で、本作もちょっと粗いところがあります。
あくまで比喩ですが、フランス大衆映画が東宝的とするなら、イタリア大衆映画は東映みたいです。
ところが、最近ガチャガチャのカット割りばかり観ていたせいか、そんなイタリア映画でも相対的にきちんとした映画に見えてくるのだから、困ったものです。
Commented by Tom5k at 2011-02-21 00:39
>オカピーさん、こんばんは。
>リハビリ中の父が病院を強制退院と・・・
いやあ、たいへんですねえ。お大事にしてください。
また、無理なさらずに・・・。
そういう、わたしもレスがおくれてしまい、すみません。
>単独の主演作品であることは意外にも珍しい
ドロンて、良い意味で共演者に花(華)をもたせるところがあって、二大スター競演とか、オールスター作品のなかで光れるスターであるようにも思います。スターとしては、いい男すぎて、主役として持てあましちゃうタイプなんでしょうね。自分もそれをわかってたんでしょう。ドロンとしての代表作が少ないのもそのせいでしょうね。

>イタリアの職業監督・・・編集が雑
>フランス大衆映画=東宝 イタリア大衆映画=東映
なるほど、確かにそうかもしれません。戦前のフランス映画は、松竹で、ヌーヴェルヴァーグは松竹じゃなくて日活のような気もしてきましたよ(笑)。

>最近ガチャガチャのカット割り
あははは、きびしいですねえ。
Commented by Tom5k at 2011-02-21 00:42
わたしは、ミニシアターとか、ハリウッドとか体系化して硬直していることが良くないのかなあとか思い始めています。我々の親の世代のようにハリウッドとヨーロッパの作品をENDとFINでくらいしか区別していなかった時代のほうが映画の質が高かったんじゃないかな?

アラン・ドロンのファンになって、つくづく面白いと思うのは、例えばですが、「太陽がいっぱい」「ゾロ」「レッド・サン」「さらば友よ」(ブロンソン)=ハリウッド作品でもOK、「スコルピオ」「泥棒を消せ」「パリは燃えているか」=ヨーロッパ作品でもOK
というように、全く無国籍、体系付けが困難だということです。
では、また。
Commented by 十瑠 at 2011-06-12 12:52 x
TB&コメント、ありがとうございました。

南俊子さん!
懐かしいですねぇ。確かに彼女って、ドロンファンだったよなぁと思い出しました。
懐かしいタイトルも沢山出ていますね。
「サムライ」、「高校教師」、「スコルピオ」、「シシリアン」。
最近、「シェルブールの雨傘」を再見したので、「リスボン特急」が観たくなりました。未見なんですけど、こんなフレンチの美男美女、目の保養には◎でしょうね。
Commented by Tom5k at 2011-06-12 16:36
>十瑠さん、いらっしゃい。
点数はオカピーさんとさほど変わらないのですね。なるほどです。
>南俊子さん
TVの洋画劇場の解説もされていましたね。
わたしは、かなり彼女のドロン評に反発をおぼえていたんですけれど、当時の日本のドロン・ファンの代弁者だったんでしょうね。彼女が出てくる前は秦早穂子さんが、映画雑誌等でのドロン記事の主担当だったようです。
>「シェルブールの雨傘」
素敵ですよね。どうしても「ひまわり」と比べてしまうんですが、それぞれ男女の立場が逆になっているように思います。
それにしても、ジュヌビエーヌはギイを待ちきれなかったんでしょうかね?わたしがギイなら、きっと、憎しみから記憶をデリートしてしまうほど彼女を否定した人生をおくると思います。
スタンドに現れた彼女にも、もっと冷たく、普通の客へのマニュアル対応で無視すると思います。キャパ狭いんですよね。
>「リスボン特急」
あまり評価は高くない作品ですが、わたしは凄く好きな作品です。一見の価値有りですよ。
では、また。