IE9ピン留め

『学生たちの道』~「アラン・ドロン」原型の形成期その3~  

 ミッシェル・ボワロン監督は、アラン・ドロンの主演第1作品『お嬢さんお手やわらかに』(1958年)に引き続き、1959年、再度、この『学生たちの道』で彼を起用しました。
 『お嬢さんお手やわらかに』は、アラン・ドロンをミレーヌ・ドモンジョ、パスカル・プティ、ジャクリーヌ・ササールなどのアイドル女優と共演させ、監督自らのシナリオによる華やかな演出により世界中でヒットし話題となった作品でした。
 さすが、ミッシェル・ボワロン監督は、この2作品によって、その共演者と共にアラン・ドロンをしっかりとアイドル路線で売り出すことに成功しました。

 そして、アラン・ドロンとしては、主演第3作品目。
 ロミー・シュナイダーと共演したピエール・ガスパール・ユイ監督の『恋ひとすじに』(1958年)で共演していたジャン・クロード・ブリアリと再びコンビを組み、当時のフランス映画界で、絶大な人気を誇っていたフランソワ・アルヌールと共演したのが、この『学生たちの道』なのです。
 この作品は、アラン・ドロンにとっても非常に重要な位置を占める作品だと、わたしは思っています。

 実際のところ、彼が1960年代後半から70年代の人気絶頂期を迎えていった作品の土台となっているのは、渡米して撮った『黄色いロールスロイス』(1964年)から『テキサス』(1966年)などの前に、フランスやイタリアなどのヨーロッパで撮った作品です。
 それらは、『太陽がいっぱい』(1959年)をはじめ、『太陽はひとりぼっち』(1961年)、『山猫』(1962年)、『地下室のメロディー』(1962年)、『黒いチューリップ』(1963年)などであり、そこには大スターとしての「アラン・ドロン」の必須要素が確かに存在していると思うのですが、『恋ひとすじに』やこの『学生たちの道』など、『太陽がいっぱい』を撮るより前の駆け出しの時代のアラン・ドロンが出演した作品に、それらの土台における原型とも言えるものが隠れていると、わたしは思っているのです。


 ところで、ハリウッド作品、フランス作品に限らず、「フィルム・ノワール」の登場人物たちにおいては、常に屈折した父性の在り方などを主軸に展開していく手法を採った作品が多く、その典型的な作品として、ビリー・ワイルダーが監督し、彼とレイモンド・チャンドラーが脚色した『深夜の告白』(1944年)があります。
 次の引用は『深夜の告白』に関する書評の一部です。

【この映画の構図を決めている象徴領域と想像領域の間の亀裂は、キイズという人物において体現され、したがって、キイズは権威的な父親と、寛容な理想化された父親との、両方の役割を演じなければならない。映画の物語を解決と終結へと導いていくのは、キイズのような人間なのだ。権威的な父親として、キイズは法を代表しなければならず、ネフを警察に引き渡さねばならない。だが、理想化された父親としては、ナルシステイックにネフと互いに同化するという、抑圧されたホモセクシャリティの側面も残される。】
【引用~『フィルム・ノワールの女たち~性的支配をめぐる争闘』E・アン・カプラン著、水田宗子訳、田畑書店】

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 このような父性をテーマとして描いた作品は、「アラン・ドロン」の人気全盛期を形成した「フレンチ・フィルム・ノワール」作品へも影響を与えていると考えられますが、
ジャン・クロード・ブリアリが演ずるアントワーヌの友人ポールと闇取引の元締めを商売にしているリノ・ヴァンチュラが演ずる父チェルスラン、
アラン・ドロンが演ずる主人公の高校生アントワーヌとブールヴィルが演ずる善良で真面目な小市民の父ミショー
のそれぞれ2組の父と息子の関係が、既にこの『学生たちの道』で大きなテーマとされています。
 ここは非常に重要です。後年の「アラン・ドロン」のアクターとしてのオリジナルが、既にここで確実に存在しているからです。

 すなわち、『地下室のメロディー』や『暗黒街のふたり』(1973年)で共演したジャン・ギャバン、『山猫』や『スコルピオ』(1973年)で共演したバート・ランカスターに父性を求め、そして更に、『ビッグ・ガン』(1972年)、『アラン・ドロンのゾロ』(1974年)、『ル・ジタン』(1975年)、『ブーメランのように』(1976年)など、自らがその父性を表現していくことになった生々しい原型製法が、この『学生たちの道』で、ミッシェル・ボワロン監督の演出によって行われたように思うからです。

 つまり、主人公アントワーヌとポールとの友情、ポールと父チェルスランとの確執、ポールの影響を受け、シャンパンの闇取引に手を出し、父ミショーの期待を裏切ってしまうアントワーヌの父子関係などは、「フレンチ・フィルム・ノワール」での「男同士の友情と裏切り」などのテーマとなる潜在的要素の源流となっていると、わたしは考えているのです。

 アラン・ドロンにとって、ピエール・モンディが演ずる偽のゲシュタボを使ったプロットなども含めたそれらの要素は、『地下室のメロディー』や『泥棒を消せ』(1964年)でその端緒が発現し、『さらば友よ』(1968年)から開花していくのですが、その後、『ジェフ』(1968年)、『シシリアン』(1969年)、『ボルサリーノ』(1969年)、『仁義』(1970年)、『リスボン特急』(1972年)、『ル・ジタン』、『友よ静かに死ね』(1977年)などで中心的役割を担っていくギャング集団の生態、その彼らの大仕事と男同士の友情を作品の主軸、テーマとしていくことへと拡がっていったと考えています。

 思えば、この『学生たちの道』には、「フレンチ・フィルム・ノワール」に潜在されている父性と男同士の友情が健康的に描写されている古き良き時代を描いた作品であり、無垢で純情な好青年を演じるアラン・ドロンが、その可能性を開花するための多くの要素を学んだ作品だったのかもしれません。


 また、彼が得意としていった悲恋の「メロドラマ」の原型も現れており、ここでのフランソワーズ・アルヌールとの恋愛関係においては、後年『帰らざる夜明け』(1971年)や『燃えつきた納屋』(1973年)のシモーヌ・シニョレ、そして、『個人生活』(1974年)のジャンヌ・モローとの共演の下地になるものだったとも考えられます。

 『恋ひとすじに』での男爵夫人レナを演じたミシェル・プレールとの関係は、「メロドラマ」のクラシック作品として不倫関係を描いており、その映画的表現は標準的な形式・スタイルを超えるものではなかったように思っています。
 しかし、この『学生たちの道』でのポールの恋人フランソワーズ・アルヌールが演じた恋人のイベットには既に子どもが存在しています。高校生が付き合う相手の設定としては、かなり矛盾をはらんだ恋愛関係をプロットとし、その現代女性を演じさせているのは当時人気全盛期のフランソワーズ・アルヌールでした。
 年上の美しいイヴェットとティーン・エージのアントワーヌとの純粋な恋愛関係は、現代社会の複雑な感性へと更に一歩進めた形態で描写されているものとなっています。

 これは、ミシェル・ボワロン監督にとっても、思春期を終えたばかりのティーンエイジャーと年上の美しい女性の恋愛を描き、ナタリー・ドロンとルノ・ヴェルレーが共演して大ヒットした『個人教授』(1968年)に繋がる原型だったとも考えられます。

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 この『学生たちの道』は、アラン・ドロンのアイドル時代の総括的作品であり、彼はその後、ルネ・クレマン監督のリアリズム描写に邂逅し、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督やクリスチャン・ジャック監督のフランス映画の伝統的「詩(心理)的レアリスム」に巡り会い、単なるアイドルではなく、ヨーロッパを代表するトップ・スターへと成長していくのです。

 この辺りで、アラン・ドロンは、ルキノ・ヴィスコンティ監督やミケランジェロ・アントニオーニ監督の「ネオ・リアリズモ」の後期作品を経て、『生きる歓び』(1961年)や『危険がいっぱい』(1962年)、『地下室のメロディー』など、ルネ・クレマン監督の演出やジャン・ギャバンとの共演などによって、リアルな「アラン・ドロン」キャラクターを本質まで掘り下げられ、アイドル路線を脱皮していくのですが、それに甘んじることなく、失敗作が多かったとはいえ、渡米したハリウッドでの「スターシステム」を貪欲に吸収して、後年の「フレンチ・フィルム・ノワール」での「アラン・ドロン」に接近しくわけです。

 それにしても、後年、リノ・ヴァンチュラは『シシリアン』、ブールヴィルは『仁義』で、アラン・ドロンを追う刑事になり、典型的な「フレンチ・フィルム・ノワール」作品で共演することになろうとは、この作品を撮った頃には誰も想像していなかったでしょう。不思議な因縁を感じてしまいます。

【キイズは権威的な父親と、寛容な理想化された父親との、両方の役割を演じなければならない。映画の物語を解決と終結へと導いていくのは、キイズのような人間なのだ。権威的な父親として、キイズは法を代表しなければならず、ネフを警察に引き渡さねばならない。だが、理想化された父親としては、ナルシステイックにネフと互いに同化するという、抑圧されたホモセクシャリティの側面も残される。】
【引用~『フィルム・ノワールの女たち~性的支配をめぐる争闘』E・アン・カプラン著、水田宗子訳、田畑書店】

 わたしには、この作品の二人の父親が、アラン・ドロンにとって、先に引用したE・アン・カプランの言う「理想化された父親」と「権威的な父親」を、ともに演じていくことになったと思えてならないのです。

 アラン・ドロンは、『学生たちの道』で演じた主人公アントワーヌから、暖かい小市民的な家庭が少しずつ奪われていった結果、悲恋の主人公となることも含めて、ギャングや殺し屋、社会から逸脱した犯罪者、アウトローとしてのヒーローとなり、二人の父親に追われる悲劇を背負ってしまったように見えてしまいます。


 多くの大衆に受け入れられる「フレンチ・フィルム・ノワール」の大スター「アラン・ドロン」のキャラクターは、この朴訥なアントワーヌから、全てを奪い去ったときに形成されていったと考えることができるのではないでしょうか?

# by Tom5k | 2011-12-30 03:00 | 学生たちの道 | Trackback(2) | Comments(4)

『愛人関係』~愛し合う男女の超悲劇、ミレーユ・ダルクの素晴らしい代表作品~  

 アラン・ドロンの得意としていたジャンルである「フレンチ・フィルム・ノワール」の特徴によるものかもしれませんが、彼は、往々にして女性に対しては、デリカシーのない役柄が多く、それは恋愛を主題とする「メロドラマ」の代表作品である『高校教師』(1972年)や『個人生活』(1974年)においてさえ同様だったと思います。
 その出発点を思い返したとき、もしかしたら、「内的ネオ・リアリズモ」の巨匠であったミケランジェロ・アントニオー二が監督した『太陽はひとりぼっち』(1961年)で、彼が演じた主人公ピエロのキャラクターにまで、遡らなければならないかもしれません。

 ところが、この1974年に製作された『愛人関係』は、アラン・ドロンの演ずる主人公の弁護士マルク・リルソンが、珍しく、ミレーユ・ダルク演ずるペギー・リスターを本気で愛し、そして、そのデリケートな関係を描写し続ける作品となっています。
 そういう意味では、彼の主演作品としては非常に希有な傾向のものだと思います。

 しかし、このことを広い意味で捉えてしまうと、いよいよ自らのファンにまで、女性への無神経さが及んでしまったともいえるのかもしれませんが・・・?

【「愛人関係」ではミレーユ・ダルクを本気で愛しちゃう役をやっているんですけど、そういう意味でつまらなかったですね。(南俊子)】
【(『デラックスカラーシネアルバム5 アラン・ドロン 凄艶のかげり、男の魅力 斎藤耕一+南俊子《ドロンを語る》現代的な感性を表現できる不思議な人』南俊子責任編集 芳賀書店)】

 
 ところで、映画の主人公のキャラクターに、その俳優がはまり過ぎると、そのスター俳優はそれ以降、どの映画作品に出演しても、その当時の役名で呼ばれることが多くなることがあります。

 わたしが学生時代、映画好きの伯父の家に遊びに行ったとき、
「今日は、テレビで「ダーティハリー」が出ている映画をやるぞ。一緒に観ないか?」
と誘われたのですが、実際にテレビで放映されていたのは、『荒野のストレンジャー』というクリント・イーストウッド主演の西部劇でした。

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 また、わたしの父親も、増村保造監督、勝新太郎、大谷直子出演の『やくざ絶唱』がテレビ放映されたとき、
「今日は、「座頭市」のやくざものかあ?」
とか、

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 オードリー・ヘップバーンが、ショーン・コネリーとの共演で映画に復帰した『ロビンとマリアン』が上映されていた頃、
「ほう、ヘップバーンが「ゼロ・ゼロ・ナナ(ジェームズ・ボンドのコード・ネーム「007」のこと)」と共演するんだ?」
などと、ぼけた一人ごとを良く言っていたものです。

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『男はつらいよ』シリーズの渥美清なども、その典型かもしれません。

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 また、その逆の在り方として、スターの条件のひとつなのかもしれませんが、主演俳優が映画のプロットに合わせて演ずるのではなく、出演している彼らのイメージで作品が創作されたり、アレンジ・脚色されていることも多々挙げられます。
 つまり、その俳優がどのような映画に出演していても、主人公の名前は印象に残らず、スター俳優のみで映画の主人公が成立してしまうわけです。
 美空ひばり、石原裕次郎、吉永小百合、高倉健、チャ-ルズ・ブロンソン、オードリー・ヘップバーン、ブリジッド・バルドー、マリリン・モンロー・・・などの出演作品は、その主人公の名前を覚えているファンのほうが少ないのではないでしょうか?あくまで、その作品の主人公は、出演しているスター俳優自身となってしまっているケースです。

 もちろん、アラン・ドロンも、その例外ではありませんでした。つまり「アラン・ドロン」という映画スターのキャラクターが確立されてしまっていた以上、彼の出演作品は、まず彼のイメージや個性によって規定しされたうえで制作され、彼の演技そのものも、その私生活からのキャラクターや過去の経験値によって表現された作品が多くなっていたと思います。
 主演俳優の人気を利用した、つまりスターの人気に依存して商業的な成功を目的にした映画の「スターシステム」に依ったものだったからでしょう。

 彼が出演した映画作品の主人公は、マニュ(『冒険者たち』)、ジェフ・コステロ(『サムライ』)、ディノ・バラン(『さらば友よ』)、ロジャー・サルテ(『シシリアン』)、ロッコ・シフレディ(『ボルサリーノ』)ではなく、「アラン・ドロン」という映画スターであるわけなのです。
 ゾロを演じたときでさえ、邦題は『アラン・ドロンのゾロ』でした。

 しかしながら、わたしとしては、単純に商業的な意味での「アラン・ドロン映画」という体系で、彼の映画作品が時代に埋もれていくことへの焦りがあることもまた正直な気持ちです。
 何故ならば、彼のスターとしての位置づけに関わっても、そういった商業的なものを超えて、多くの人々の範例となるヒーロー像としての価値、そして男性でありながらも、その時代的な美しさの特質など、大げさに解釈すれば、それらは映画カルチャーの歴史における象徴的な型と成り得ていた、すなわち時代の存在と平行して、その作品においてもフランス映画やイタリア映画などのヨーロッパ映画における映画史的に価値ある作品が多いことを無視できないからなのです。

 だからこそ、彼のファンとして、彼の作品や彼自身のスターとしての位置付けを模索し続けることに意味があるように思えてならないのです?

 さて、今回取り上げたこの『愛人関係』は、アラン・ドロンの記事を31本もアップしている映画批評ブロガーのオカピーさんでさえ、現在(2011-12-19 01:47)まで取り上げていないほど、埋もれた地味な作品です。【プロフェッサー・オカピーの部屋[別館]テーマ「アラン・ドロン」のブログ記事

 さりとて映画ファンの関心にもならず、話題性も無く、ファンの大半が女性層であった当時、彼のファン代表でもあった映画批評家の南俊子氏にさえ、「つまらない」と酷評され、女性ファンに見限られ、『さらば友よ』や『ボルサリーノ』でつかんだ若い男性ファンにも関心を持たれないこの『愛人関係』という作品は、昨今の映画ファンには、どのように捉えられる作品なのか?それは、わたしの大きな関心事のひとつでありました。

 そこで、わたしは映画の達人、わたしのブログの盟友のひとりである「良い映画を褒める会。」の用心棒さんに、この『愛人関係』の記事をアップしてもらうことにしたのです。
 用心棒さんは、嫌な顔ひとつせず、わたしの無理なわがままなお願いを引き受けてくれました。
以下、【   】内は【用心棒さんのブログ「良い映画を褒める会。」ブログ記事『『愛人関係』(1973)フランス産、悲恋のサイコ・スリラー。脚本に難があるものの光る部分あり。 』からの引用】

 わたしは、アラン・ドロンのファンではあっても、男性ですから、彼と彼の私生活上の愛人であったミレーユ・ダルクの関係が、この作品に表れてしまっていたとしても、さほど驚くには当たりませんでした。いやむしろ、アラン・ドロンのアクターとしての魅力は彼の経験や彼の内面の暗部が露わになったときにこそ最大限に発揮されてきた側面もあると考えられます。
 ですから、この作品の魅力も、当時、愛人関係にあった彼とミレーユ・ダルクの共演に、その魅力が隠されているのではないかと考え、そこに着目できていることが彼の作品を理解している自負でもあったのです。

 しかし、そのわたしの、所詮、脆弱な自負心は、用心棒さんの優れた記事内容によって、粉々に打ち砕かれました。さすが用心棒さんは、当時の世評と、現在における映画作品としての純粋な価値とに、まずは明確な線引きを設けているのです。

【 ただし、当時のアラン・ドロンとミレーユ・ダルクの関係をワイド・ショー的に利用した、下世話な邦題『愛人関係』が作品理解への妨げになっている。余計な先入観を見る前から与えてしまっているので、この映画に限らず、邦題に良くありがちではありますが、配給元のタイトル決定者は映画は後々まで残っていくのを理解し、将来の映画ファンにバカにされないように猛省すべきでしょう。

 ただしこの映画にはドロンも製作に携わっているようですので、ごり押しでミレーユ・ダルクを使い、彼女を売り出しているのも事実(-略-)
 40年近く前の映画ですので、かえって今になってこの作品にまっさらな頭で向き合う方がより深く作品の本質に迫れるのかもしれません。じっさい、映画の外の醜聞など何十年も経ってしまえば誰も覚えていないし、関係もない。】

 アラン・ドロンのファンとしての狭義の認識を捨て、このような視点で『愛人関係』を鑑賞し直してみると、わたしでも、この作品の本質的な魅力を理解できるように思えてきました。

【ストーリー展開と独特の時間をなぜていくようなリズムに気をとられてしまい、冷静に見ていられない作品でもあります。最近のハリウッド映画にどっぷりと浸かっている人がこれを見れば、かなり退屈でしょうし、30分くらいで見切ってしまい席を立ってしまった方もいたかもしれません。
 また最後までついて行った方もハッピーエンドとは程遠い結末には違和感を覚えるかもしれません。そもそも、ほとんどの大人がこの世の中は嫌なことばかりであると理解しています。大人にしか分からない映画、つまり見る人を選ぶ作品でした。
(-中略-)
ドロンは悲劇の人と理解されるのでしょうが、一緒に死を選び、あの世でともにあろうという行動を見ると、一概に不幸であるとは言えないのではないか。
 弾丸が愛情表現だというのは悲劇的ではありますが、映画として受け入れられないような結末ではない。バカげた思い違いかもしれませんが、悲しく衝撃的な幕切れではあります。

 これも物語の終わらせ方のひとつでしょう。なんだか後ろ髪を引かれるような気まずい余韻を残す作品で、見た日よりも次の日にじわじわきました。】

 すなわち、用心棒さんの記事にあるように「大人の映画」、「観る者を選ぶ作品」であること、ラスト・シークエンスにおける悲劇的なふたりの深い愛情描写を、男女の不幸な関係や、その悲劇性そのものをも超越した「超悲劇」として捉えることで、この作品の魅力が浮かび上がってくるように思えてきたのです。

 主人公ペギーを演ずるミレーユ・ダルクのイノセントでありながらセクシュアルな魅力、これは女性の持つ処女性を犯したい男性特有の傲慢で横暴な特性から感じ取れる魅力でもあるかもしれません。そして、それが故にその凶暴な異常性を内面に沈潜させてしまっている女性特有の病巣こそ、現代における内在された闇や魔性を象徴していると言えるのではないでしょうか?

 「ファム・ファタル」の定義として、それは「運命の女」のことを指すわけですが、これは男を破滅させる魔性の女性、妖婦という意味合いで使われることが一般的です。
 1940年代ハリウッドのB級「フィルム・ノワール」での彼女たちの定義の特徴には、そのヒロインの性格描写がしばしばあいまいであることや表現主義的な映像による女性のセクシュアリティの強調などが挙げられています。この『愛人関係』でミレーユ・ダルクが演じた、美しくも隠された異常な凶暴性を持つ未亡人ペギーにも、その定義が当てはまるようにも思うわけです。


 彼女が、脚光を浴びた作品は『恋するガリア』でした。監督は『愛人関係』の元夫のジョルジュ・ロートネルです。彼はミレーユ・ダルクの魅力を最大限に引き出せる演出家であると思います。

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 余談ではありますが、わたしはこの作品で、ミレーユ・ダルクが演じたガリアとフランソワーズ・プレヴォーが演じたニコールの関係に、久我美子、高峰三枝子、森雅之が主演し、五所平之助が監督、また、秋吉久美子、草笛光子、仲代達也が主演し、河崎義祐が監督した北海道が誇る原田康子の原作『挽歌』(1957年、1976年)での主人公の怜子と兵藤あき子の関係を想起してしまいました。
 親友の夫を善悪の判断無しに寝取ってしまうイノセントで残酷な女性を演じたミレーユ・ダルクと、この文学作品『挽歌』の主人公の玲子には現代女性の闇が同様に投影され、その現代的な主題が明確にされていたと思います。

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 『愛人関係』は、そのような奔放な女性の病んでしまったとも解釈できる心理描写を、更に一歩危険な状況に推し進め、秀逸な「サイコ・スリラー」に進化させています。女性の奔放な行動や欲望は影を潜め、それは異常な凶暴性に昇華されたうえ、極端な女性の潔癖の奥に潜伏させてしまったわけです。
 当然のことながら、その結末の悲劇性は必然となってしまいます。

【感情をあまり表さなかったミレーユの最後の笑顔は意味深長でしたので、リボルバーの弾丸による唐突な結末がより印象を強くする。】

 もしかしたら、この作品は、彼女を最も良く理解しているアラン・ドロンがプロデュース・共演し、若い頃からの彼女の成長を目の当たりにしてきたジョルジュ・ロートネルが演出したその結果によって、現代女性の闇を象徴的に表現したミレーユ・ダルク一世一代の代表作品であったのではないのかと、わたしは思ってしまうのです?

【フィリップ・サルドによるサントラが秀逸で、作品を盛り上げ、ワン・ランク上に導いています。】

 フィリップ・サルドのテーマ曲は、主人公ペギーの悲しみを歌ったエレジーとも解釈できます。そして、わたしは、またもやこの作品にフランス映画旧世代の「詩(心理)的レアリスム」の復活を想起してしまうのでした。


# by Tom5k | 2011-12-19 01:47 | 愛人関係 | Trackback(1) | Comments(8)

『Astérix aux Jeux Olympiques(アステリックス・オリンピックへ)』~フランス映画の危機~  

 2011(平成23)年8月18日・19日付け両日に渉り、札幌市出身のフランス在住映画ジャーナリストの林瑞絵氏の「フランス映画はどこへ」(上・下)と題したフランス映画に関わるコラムが北海道新聞(夕刊)に掲載されました。
 わたしは、林瑞絵氏が著した花伝社発行『フランス映画どこへ行く ヌーヴェル・ヴァーグから遠く離れて』は未読なのですが、このコラムから、「映画」の危機的状況が、かの映画大国フランス映画にまで進んでしまっていることを知り、少なからずショックを受けています。

フランス映画どこへ行く―ヌーヴェル・ヴァーグから遠く離れて

林 瑞絵 / 花伝社



 2011(平成23)年8月19日付け北海道新聞(夕刊)「フランス映画はどこへ >上」によると、1959年のアンドレ・マルロー文化相時代に、フランス国内の映画への助成制度が整備され、その振興施策が現在の安定基盤として機能していることを前提にしながらも、近年の映画産業の衰退傾向が顕著であることを危惧し、そのマイナス要因に言及しています。

 ところで、アンドレ・マルローは、第二次世界大戦中にレジスタンス運動に身を投じた経験を持ち、フランス国内では作家としても活躍していた多彩な人物です。
 わたしのブログの盟友である「良い映画をを褒める会。」の用心棒さんがブログ記事『希望 テルエルの山々』(1939)スペイン内戦を間近で見たアンドレ・マルロー唯一の監督作品。』で取り上げているように、『希望 テルエルの山々』で、映画監督を務めたこともあります。

希望 テルエルの山々

アンドレ・マルロー / アイ・ヴィー・シー



 また、彼がシャルル・ドゴール政権下で長期間にわたって文化大臣を務めていた時代には、ルーブル美術館の所蔵品などを世界にプロモーションしたり、ミロのヴィーナスを海外に貸し付けたりするなどして、フランスが芸術的に特化している国家であることを文化施策に反映させていった功績があり、それは大きく認められています。

 しかしながら、1968年2月、フランス政府の意向を受け、突如、フランス映画のフィルム・アーカイブである「シネマテーク・フランセーズ」や「映画博物館」の創設者でもあるアンリ・ラングロワを、シネマテーク・フランセーズの事務局長の職から解任した「ラングロワ事件」は、国際的にも大きな波紋を起こしました。
 アンリ・ラングロワは、「ヌーヴェル・ヴァーグ」運動への影響を初めとして、積極的な映画文化施策によって、当時のフランス映画界を通じて国際的にもに大きく貢献していたため、アンドレ・マルローのこの判断には賛否の両論があるようです。

アンドレ・マルロー伝

中野 日出男 / 毎日新聞社



 さて、フランス映画界の状況に戻りますが、林瑞絵氏は、古くからフランス映画の愛好家が多かった日本においてさえ、配給会社の買い付けの縮小が顕著となっていることなどを挙げ、その衰退状況を例示していきます。

 1985年、フランス社会党ミッテラン政権下のジャック・ラング文化相は、テレビの普及に伴って客足が遠のいた映画産業への救済措置を図るため、映画振興を目的とした資金繰りへの取組みとして、テレビから映画への出資義務を法整備しました。
 しかし、このことによって、テレビ業界の発言力が強くなり過ぎ、テレビ放映を前提とした映画への資金援助が露骨になっていった変遷など、当初の目的と大きく乖離していったことを映画衰退の大きな問題点としているのです。
 フランス映画はジャンルの一般化・固定化に陥り、テレビが映画の演出方法やシナリオ、出演俳優などにまで影響力を持ったために、その独自性が否定されていった経緯を、林瑞絵氏は、「映画は「外で見るテレビ」に成り下がった」とまで結論付けています。
 確かこの頃、フランス映画の代表格のスター女優であったジャンヌ・モローが、自国フランス映画の弱小傾向に関わって政府批判をし、その意見が大きく話題になっていた記憶があります。

 また、映画産業の効率性を追求していく時代の流れは、ハリウッドの映画産業のみならず、良質のメディア文化を量産してきた映画大国フランスでさえ、複数館のシネマコンプレックスによる安定したヒット作品を量産する傾向の集客主義が現状となってしまっているそうです。
 作品の質よりも、宣伝効果による安定したヒット作品を重視する傾向に陥ってしまったフランス映画を批判的に分析しています。

 そして残念なことに、2008年にアラン・ドロンが、久しぶりに出演した映画作品であるアステリックスシリーズ第3作目、『Astérix aux Jeux Olympiques(アステリックス・オリンピックへ)』が、その最も典型的な悪例として紹介されているのです。

Astérix aux jeux Olympiques

René Goscinny /



 これは、フランスの人気コミック漫画シリーズを原作として映画でもシリーズ化され、ジェラール・ドパルデューが全作品を通算して出演しています。

Asterix Aux Jeux Olympics

Rene Goscinny / Dargaud Intl Pub Ltd



 1999年にクリスチャン・クラヴィエ、ロベルト・ベニーニが出演した第一作品目の『Astérix et Obélix contre César(アステリックスとオベリスク)』は、日本では横浜で開催された第7回フランス映画祭で上映され、モニカ・ベルッチが出演した2002年の第二作品目『ミッション・クレオパトラ』は、日本公開となりました。

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 そして、2012年には、第四作品目『Astérix et Obélix : Au service de sa Majesté』が、エドアール・ベール、ファブリス・ルキーニ、カトリーヌ・ドヌーブ、ジャン・ロシュフォール、ヴァレリー・ルメルシェが出演して製作される予定だそうです。

 アラン・ドロンが出演している『Astérix aux Jeux Olympiques(アステリックス・オリンピックへ)』は、現在のところ、各配給会社の動向でも日本公開の予定は無いようですが、フランス映画史上最大の製作費101億円を投入し、ヨーロッパ40ヶ国、5,000ヶ所の映画館で公開された超大作です。その製作費は、25%を宣伝費用とし、公開1週間目で300万人以上の集客実績を上げ、年間第二位の記録を打ち立てました。

 林瑞絵氏は、現在においては映画の資金集めにはこのような大作の投資的プロデュースが最も効果的であると悲観しています。

 また、フランスは、国家を挙げて映画芸術家の育成に力を入れており、「国立映画フェミス」という映画作家の養成機関を設置しています。しかし、その結果にはマイナス面も多く、エリート意識の強過ぎる映画作家たちの育成によって、低予算の作家映画の乱発を促している現状が発生してしまっています。
 その作家映画の特徴には、かつて世界中の映画創作に影響を与えた「ヌーヴェル・ヴァーグ」運動の負の遺産ともいえる極端な脚本軽視と自己表現の重視などが引き継がれており、それは商業映画のマーケットとは無縁で、大衆と映画との乖離を一層招いてしまっているそうなのです。

 このような諸状況は、映像文化、メディア文化のテレビ局主導による弊害が顕著になってきている一方で、超大作と作家映画の二極分化のサイクルを生んでしまっていると指摘しています。

 総じて、フランス映画の現状は、

「援助システムばかりを当てにする日和見主義的なプロデューサー」
「徒党を組んでばかりの批評精神を忘れた批評家」
「感性を遠隔操作された観客」

など、負のスパイラルであると両断し、

「不評助長する負の連鎖」

の副題を用いて危機を訴えているのです。


 かつて、「ヌーヴェル・ヴァーグ」運動は、旧フランス映画「詩(心理)的レアリスム」の体質を徹底的に批判していったわけですが、その商業映画と映画芸術との矛盾は、後年においては良い意味での転嫁が図られてもいきました。

フランソワ・トリュフォー、クロード・シャブロル、エリック・ロメールなどの作品が、旧時代の作風に回帰していったこと、
ジャン・リュック・ゴダールの自己批判による商業映画への復帰、
「ヌーヴェル・ヴァーグ」の俳優であったジャン・ポール・ベルモンドやジャン・ルイ・トランティニャン、ミシェル・ピコリなどの「人気映画スター」としての脱皮、
旧世代を受け継いだ商業映画の典型的な人気スター、アラン・ドロンの「リアリズム映画」への取組み

など、フランス映画両極の相互間での融和や刺激により、結果的には活性化に結びついていった映画史的経緯があったと、わたしは考えているのです。

 その最も典型的な作品が、1990年、ジャン・リュック・ゴダールが監督し、アラン・ドロンが出演した『ヌーヴェルヴァーグ』であったと、アラン・ドロンのファンとしてはフランス映画を総括的に捉えていました。しかし、昨今のフランス映画の裂け目が、このような救いようのない状況にまで悪化していることを知って、わたしは、更に強いショックを受けてしまいました。

 しかも、その一極に位置する典型的な作品として例示されている『Astérix aux Jeux Olympiques(アステリックス・オリンピックへ)』に、アラン・ドロンが出演していることを鑑みれば、行く行くは彼の出演作品としても、映画史の採決に晒されていくことは避けられないことだと考えざるを得ません。

 現段階で、その映画史的結論を提示することは、極めて困難なことであるのですが、アラン・ドロンは出演時には既に72歳という高齢で、しかも、1998年には、パトリス・ルコント監督で、盟友ジャン・ポール・ベルモンドと共演した記念碑的作品『ハーフ・ア・チャンス』で引退声明しているわけですから、この作品への出演には、なおさら一考を要することを痛感してしまうのです。
 新しいフランス映画界の矛盾に対して、アラン・ドロンは、どのような意志を持って、『Astérix aux Jeux Olympiques(アステリックス・オリンピックへ)』に出演することを判断をしたのか、これは相当の大きな意味を持つものであると思います。

 翌日の2011(平成23)年8月19日付け北海道新聞(夕刊)「フランス映画はどこへ >下」では、2006年『レディー・チャタレー』を監督したパスカル・フェランが、セザール賞最優秀賞を受賞した際のスピーチで「富める者はさらに富み、貧しい者はさらに貧しく」とフランス映画の現状を指摘したことが取り上げられています。

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 彼女は、「大作=大衆映画」「低予算映画=芸術映画」以外の製作費3億9千万円から10億4千万円程度のフランス映画最良の製品マークだった「中間映画」が激減し、危機に瀕していると訴えました。
 その後、彼女は、問題意識を共有する映画人たちと「13人のクラブ」というグループを結成し、『中間はもはや橋ではなく、断絶だ』を出版しました。
 彼らは、フランス政府の文化行政に対して、テレビ局やシネマコンプレックスといった大手ばかりに有利に働く援助システムの抜本的な改革を求めました。現在、諸事情によって、その文教施策への反映は据え置きとなったままだそうですが、本活動の賛同者は300人を超え、映画業界は連帯意識の醸成に効果を挙げているそうです。

 彼らの具体的な成果として、2008年カンヌ国際映画祭では、ローラン・カンテン監督の『パリ20区、僕たちのクラス』がパルム・ドール賞を受賞したこと、2009年のジャック・オディアール監督『ある予言者』、2010年のグザヴィエ・ボーヴォワ監督『神々と男たち』が、次点の銀獅子(審査員特別)賞を各年連続受賞したことを挙げています。
 しかも、これら3作品はテレビ局の悪影響を受けず、予算的にもいわゆる「中間映画」として位置づけられる作品でありながら、フランス本国で100万人を超える集客記録を残すことができたそうです。

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 なお、『Astérix aux Jeux Olympiques(アステリックス・オリンピックへ)』の監督兼プロデューサーであるトマ・ラングマンの製作したミッシェル・ハザナヴィシウス監督の『アーティスト』は、いわゆる「中間映画」の費用10億円でプロデュースされ、脚本を基本に据えたコメディだそうで、カンヌ国際映画祭においても、主演のジャン・デュジャルダンが最優秀主演男優賞を受賞したそうです。

 林瑞絵氏は、最後にパスカル・フェラン監督の「13人のクラブ」運動が、このトマ・ラングマンをも改心させたことがあったのだろうか?との希望的な想いを綴ってこのコラムを締めくくっています。


 このような混沌としたフランス映画界の現状のなかで、アラン・ドロンは現在、舞台を中心に活躍の場を拡げている模様ですが、今後、彼が映画産業、あるいは映画芸術にどのように関わっていくのか、高齢とはいえ、その映画スターとしての存在と魅力には、まだまだ多くの影響力が健在であるはずです。
 そんなことにまで考えが及ぶと、彼の動静を見守っていくことに好奇心が沸き立ってしまうことは、ファンとして抑制できることではないのです。

 それにしても、何とも複雑で奇っ怪、ユニークで面白いフランス映画界であり、過去のフランス映画史から、現在の状況を紐解く作業のなかでアラン・ドロンを理解していくことは、何と壮大で、果てしなく大きなスケールが必要なのでしょうか。

 そして、やはりアラン・ドロンは、過去のフランス映画界において、相対峙していたジャン・リュック・ゴダール監督と撮った『ヌーヴェルヴァーグ』での経験や、

師のひとりであったルネ・クレマン監督の言葉を、決して忘れてはいないはずだと、わたしは思ってしまうのです。

「『ヌーヴェルヴァーグ』ですごいと思うのは、ゴダールのような左翼とドロンのような右翼とが、互いに衝突しあうこともなく、一緒に仕事をすることができたということです。」(フィリップ・ガレル)
【『カイエ・デュ・シネマ・ジャポン1 30年前から、ゴダール!』 フィルム・アート社、1991年】

「コミュニストだろうと、ド・ゴール派だろうと。私にはすべてレジスタンスの同志であった。私の会ったこの時代の責任者の人たちはすべて、彼ら同士お互いによく理解しあっていた。どちらが主導権を握るかで若干のアツレキがあったにせよ・・・・」(ルネ・クレマン)
【引用 『海外の映画作家たち 創作の秘密(フランス編 ルネ・クレマン)』田山力哉著、ダヴィッド社、1971年】
海外の映画作家たち・創作の秘密 (1971年)
田山 力哉 / / ダヴィッド社




# by Tom5k | 2011-09-07 02:03 | Astérix aux Jeux Oly | Trackback | Comments(8)

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